ケイケイの映画日記
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2007年03月15日(木) 「ラストキング・オブ・スコットランド」


アミン大統領を演じたフォレスト・ウィッテカーの、本年度アカデミー賞主演男優賞受賞作品。さて皆さん(浜村淳風)、アミンと言えば、何を思い浮かべるでしょうか?そうです!アミンと言えば食人族!バン!←机を叩く音)。正確に言えば「食人大統領アミン」という作品が昔ありまして、そんな猟奇的で残酷な暴君のイメージがありました。ゆったり温厚で穏やかなウィッテカーがアミン?とちょっと不思議だったのですが、そこは卓越した演技派の彼、肌の触感さえも怖さ感じさせるよう演技でした。スコットランド医師から見たアミンが描かれていますが、この若い医師は架空の人物で、史実に基づいたフィクションです。

スコットランドの若き医師ニコラス(ジェームズ・マカヴォイ)は、優秀な父親からの抑圧から逃れたく、海外派遣医師に応募し、ウガンダに来ます。
折りしもウガンダはクーデター直後で、新大統領アミン(フォレスト・ウィッテカー)誕生に沸いていました。偶然アミンの怪我を手当てしたことから出会い、気に入られたニコラスは、アミンから彼及び家族の主治医を懇願されます。最初は派遣医師としての契約があるので断るニコラスですが、招かれた晩餐会でのアミンのカリスマ性に魅了され、彼の主治医となります。しかしただの主治医のつもりだったニコラスですが、次第にアミンの側近として扱われます。暴走を始めるアミンから逃れようと思った時には、もう後戻りできなくなっていました。

まずニコラスが医療不足に悩む後進国のためにという、ボランティア精神の持ち主ではないという設定が面白いです。彼は単に医師という自分の免許を使って、合法的に親の納得する方法で家出したわけです。自分で言うように冒険がしたかっただけで、物見遊山で選んだ土地がウガンダだったということです。静かですが深い印象を残す先輩医師の妻サラ(「Xファイル」のジリアン・アンダーソン)は、彼の素養を見抜いていたようです。

アミンが絶大な大衆の支持を集めるヒーローから、自分の命を狙われるや、次第に疑心暗鬼になり誰も信じなくなって、大量の残虐な殺戮を行う狂気の大統領としてそれなりにまとまって描かれていますが、もう少し何か一味欲しい気がします。圧倒的な存在感とカリスマ性を感じさせるウィッテカーの素晴らしい演技で納得は出来ますが、サラの語る「前の大統領の時もこんな騒ぎだったの。」には、ウガンダに棲み付く根深い問題があるはず。その辺例え誰が大統領になっても変わらないのか、それとも狂人のようなアミンだったから国が混乱したのか、視点が分散した気がします。この辺どちらかに強い主張を感じれば、大傑作だったのにとちと残念です。

ニコラスは活動していた貧しい地域とはかけ離れた、西洋文明の恩恵を受けた豪華なアミンの生活に、疑問は持たなかったようです。地味で堅実な自分の世界にはない、豪快で人懐こい魅力を放つアミンとその生活空間に魅了されたのは、少々軽い気がしますが、若さゆえの浅はかさはわかる気がします。

しかしその浅はかさが、次第に自分をがんじがらめにし、アミンから逃れられなくなります。何故アミンは見知らぬ外国人のニコラスを最初から寵愛したのでしょうか?自分の気に入りのスコットランド人だということもあるでしょうが、アミンの政権はイギリス政府の支援で誕生したもの。バカではない彼は、イギリスからの要人から「閣下」と敬意を評されても、いつもアフリカの土民だと蔑む心を持って国も自分も見られていると、感じる心はあったはずです。ニコラスの最初からアミンを慕い受け入れてくれる様子に、白人に対し初めて警戒心を持たずに接することが出来たのでしょう。医師という仕事も政治とは関係なく、それもアミンの気に入ったはず。

暴君の様相を呈してからのアミンは、チラチラ映る殺戮場面が、猟奇的に映すよりも恐ろしく、いつもより黒めにドーランを塗ったウィッテカーの容姿から、まるで妖気が漂うようです。彼の大きな体は、いつもは森のプーさんのような安心感を与えるのですが、今回はもう怖い怖い。アミンから逃れようとするニコラスを描くのですが、ニコラスの全てを逃すまいとするアミンやその側近たちの様子が細かく描きこまれ、こんなに緊張したスリリングな感覚は久しぶりで、アミンの伝記を観に来たつもりだったのに、意外な後半のサスペンスフルな展開は、とても楽しめます。

その恐ろしいアミンですが、強い猜疑心は幼児のように描かれます。幼児のような人が多大な権力を持つ恐ろしさを背筋が凍るように描いていますが、権力者の孤独は、絶対的な信用の置ける優秀な側近の存在で、まぬがれるのではないかと感じました。かつて名を残した権力者には、必ず名参謀がいましたよね。権力者の狂気を描くことで孤独を浮かび上がらせるのに成功したのは、ウィッテカーの好演あってこそです。

ウィッテカーはすでに書きましたが、ニコラスを演じるジェームズ・マカヴォイは、見たことあるなぁと思いつつ、帰ってから調べると、何とあの「ナルニヤ国物語」のタムナスさんではありませんか!70年代のイギリス青年は、本当にあんな髪型でちょっとハンサムと言う感じの人が多かったです。今回性格は明るく素直、でも思慮が足りない若々しいニコラスを演じて、私はとても良かったと思います。どうして各賞の助演男優賞に無視されているのか、とても不思議です。私はお気に入りになりました。

自分の命に代えてもウガンダを救いたい、憂国の士が出てきます。彼はステイタスの高い仕事を持ち、国ではインテリ層でしょう。彼のニコラスに託す言葉に、「ナイロビの蜂」でも描かれた、根深いアフリカ諸国に君臨する白人社会の罪深さを感じます。今後の心あるハリウッドの映画の、新たなテーマになる予感です。この作品で描かれるサラやその夫である医師のような、心ある白人もたくさんいるのですから。


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