2017年06月14日(水)  どこまでも続く海辺は長い長い板のような映画『海辺のリア』

「板の上」という言葉を立て続けに聞いた。

映画でご一緒した役者さんが「俺は板の上の人間」と。
映像で顔が売れても舞台役者という矜持が感じられた。
5月に見学させていただいた山千惠子さんのワークショップでも「板の上で生きる」と何度も。

板(舞台)の上で生きるというのは、舞台役者として生きるという意味と、舞台の上でこそ自分という人間が生かされる、活かされるのだという意味があるように思った。

映画『海辺のリア』を観て、その言葉を思い出した。

>>>映画『海辺のリア』公式サイト

仲代達矢さん演じる主人公は、今や老いて、ボケて、見る影もない、かつてのスター俳優。
半世紀以上のキャリアがあり、俳優養成所も主宰という設定は、あて書きだと思われる。

この老優が、スーツケースを引き、裸足で、延々と海辺を歩く。
高級老人ホームから抜け出してきたらしい。
本編はほぼその歩きに費やされている。

ひたすら歩き続けるだけなのに、観てしまう。見入ってしまう。

老優の目は前を見据え、唇を結び、胸を張り、しっかりとした、力強いとも言える足取りで、砂を蹴り、前へ前へと進む。

見ているうちに、どこまでも続く海辺が、長い長い板のように思えてくる。
舞台がアスファルトの道に移っても、やはりそこは板に見える。

出演者は、たった5人。
エキストラも映らない。
老優の娘(原田美枝子)と、かつて老優の弟子であった、その夫(阿部寛)。
娘とできていて、夫もその関係に気づいている運転手の男(小林薫)。
老優の孫のようにも見えるもう一人の娘(黒木華)。

それぞれが実力十分な役者だけれど、立った場所を板に見せる力は、老優(仲代達矢)が抜きん出ている。

もうひとつ思い出したのが、先日授賞式が行われた「山上の光賞」のことだった。

>>>山上の光賞

「健康・医療分野で活躍する75歳以上の方を顕彰する」という賞で、今年で3回目を迎える。
高齢者というと、マイナスの面ばかり取り上げられがち(判断力が鈍って車の運転を誤りやすいなど)だけれど、年齢を重ねた分だけ知識や経験を積むことができる。それを活かし、山上の光のように後進が進む道を照らす活躍されている方を讃える、という志の賞らしい。

わたしは、山の中腹をひいひいと登りながら、後進を照らすどころか追い越されているような身ではあるけれど、歳を重ねるというのは、失うばかりではない、得ることも多いし、それを積み上げて力を蓄えていけるという考え方には大いに共感する。

中古品と骨董品、腐った葡萄と熟成してワインになる葡萄の違いは、時間をどのように過ごしたかということ。
時間に消耗されるのではなく、時間から吸収したかどうか。

見られることが仕事の役者にとっては、加齢による容姿の変化、衰えは大きな打撃だろうと想像するけれど、作品や役や共演者、時間をチカラに換えて、蓄えている役者もいる。
そのチカラを活かす脚本や作品が、この国にはまだまだ足りないと思った。

引き算ではなく足し算。

そのように歳を重ねていきたいと思うし、そのように生きている方をもっと見たいと思う。
若いことがとくにもてはやされ、歳を重ねることが若さの消費だと思われがちなこの国に、どうだ、見よ、と目を見開いて迫ってくる老優。演じる仲代達矢さん84歳。

老優はどこへ向かっているのか。
物語はどこへ向かっているのか。

それは、観る者に委ねられている。突きつけられている。

『海辺のリア』。
舞台のようだと感じたけれど、文学のような作品と言ってもいいかもしれない。
噛まなくてもつるりと飲み込める、舌触り、喉越しのいいスイーツのような作品ではない。
その逆で、観終わってからしばらく噛み続けても飲み込めない。
余韻や後味というのとも違う、引っかかり続けているような作品。

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