2003年03月31日(月)  2003年3月のカフェ日記

■今月もお茶するヒマほとんどなし。その中で燦然と光り輝くのは、アンバサダーホテルのミッキーシュークリーム。子どもでなくても、こういうのは、うれしい。


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2002年03月31日(日)  レーガン大統領と中曽根首相の置き土産
2001年03月31日(土)  2001年3月のおきらくレシピ


2003年03月30日(日)  中国千二百公里的旅 中文編

今回の思いがけない収穫は、中文(チョンウェン)、つまり中国語だった。前回中国に来たときは観光ツアーで日本人としか話さなかったし、台湾に二度行ったときは、一度目は中国語ペラペラの友人に通訳おまかせの旅、二度目はCM制作でスタジオにこもっていたので、これまた中国人と話す機会がなかった。今回はロケハンという取材の旅だったので、次々と中国の人と知り合い、一緒に行動する展開に。これまでの中国語圏旅行とは比較にならない中国語シャワーを浴びることができた。

人と人がぐっと親しくなれるのは、食事の時間。最初に覚えた言葉は「おいしい」を意味する好吃(ハオチー)と好喝(ハオホー)。吃は「食べる」の意味なので食べ物に、喝は「飲む」の意味なので飲み物に使う。「好吃、好喝」と言いながら、中国の人たちは実に楽しそうによく食べ、よく飲む。「良い」を表す好(ハオ)と動詞をくっつけると、ほめことばになるらしい。

好看(ハオカヌ)は「形が美しい=見た目がいい」、ハオティン(ティンは口偏に折の右側を足した漢字)は「音が美しい=聞こえがいい」となる。お酒をついでくれる小姐(シァオジエ)=「ウェイトレス」に謝謝(シィエシィエ)=「ありがとう」と言うたび、不客気(プゥカァチ *気の中の「メ」はない)=「どういたしまして」とささやかれるので、これもすぐに覚えた。

必要に迫られた言葉は、覚えざるを得なくなる。名刺を切らしたばかりで今回持ち合わせてなかったのだが、中国も日本と同様に名刺文化の国で、「名刺の持ち合わせがない」=没帯名片(メイダイミェンピェン)を繰り返す羽目になった。動詞を否定する「没」は使える言葉。「〜がない」を意味する没有〜(メイヨウ)は一日に何十回も聞いた。没有名片(メイヨウミェンピェン)と言うと、「最初から名刺がない」という意味になる。

有没有〜(ヨウメイヨウ)の形にすると、「〜はありますか」の疑問文に。レストランでは葡萄酒(プウタオジョウ)や珈琲(カァフィ)や白飯(パイファン)、ホテルでは「バスローブ」=浴衣(ユーイー)や「ドライヤー」=吹風機(チュイフンチー)があるかどうか聞くのに使えて便利。

文字通り「問題ないよ」の没問題(メイウェンティ)もよく聞く言葉。「ダイジョーブ」という軽いノリで使ったりする。「自分で没問題っていうヤツに限って問題を抱えてたりするけどね」と冗談も飛び出した。没との使い分け方はわからないけど、「不」も打ち消し語。みんなが「ブス、ブス」と連呼しているのが気になったら、わたしのことではなく「不是〜(ブーシー=〜ではない)」だった。不要(ブーヤオ)は「必要ありません、いりません」の意味になる。

ロケハンの旅ということもあり、辛苦了(シンクゥラ)=「お疲れ様」という言葉も飛び交った。「辛苦了、辛苦了」と肩をたたきあって繰り返すのは、「おつかれ、おつかれ」のノリなんだろか。中国語には過去形がなく、「了」をつけると過去になるらしい。「眠くなりました」=我困了(ウォクンラ)または「寝たいです」=我想睡覚(ウォシャンシュイジィアオ)と言って部屋に引き上げる前に、晩安(ワンアン)=「おやすみなさい」のあいさつを。「こんばんは」は晩上好(ワンシャオハオ)で、「おはよう」は早上好(ツァオシャンハオ)。

基本的にひとつの漢字にはひとつの読み方しかないので、漢字を覚えるごとに中国語の意味と発音が身についていく仕組み。アテンドしてくれた中国人関係者をつかまえては、「今なんて言ったの?」「これはどう言うの?」と聞いて回った。

「海はなんて言うの?」と聞くと、「大海(タ−ハイ)だよ」と教えてくれ、ついでに「大海是我的故郷(タイハイシーウォタクゥシィアン=海は私の故郷)っていう有名な言葉があるよ」とオマケがつき(是はbe動詞で、的は「〜な、〜の」を意味する)、発音指導までしてもらえる。これぞ生きた中国語。しかも「君は飲み込みが早い」「今度来る時は通訳は必要ないね」などとおだててくれるので、調子に乗って覚えてしまうのだった。

「おしゃべりな人は外国語の上達が早い」のだとか。そういえば、「ニューヨークに来る日本人留学生の中で、最初に英語を話すようになるのが関西人」と聞いた覚えもある。「わたしも話の輪にまぜてー!」という衝動が、言葉を覚える原動力になるのかもしれない。今回の旅でも「ここで中国語がわかったらなー」と思う場面が何度もあった。帰国して、早速中国語のテキストを購入。付録のCDを流しっぱなしにして聴いている。

動詞の変化も名詞の性もないし、フランス語やドイツ語に比べれば文法のルールはシンプルなんだけど、壁となるのは発音。四声の違いで意味がまったく変わってしまうので手強い。ただいま、有名な「マーマーマーマ」を特訓中。



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2002年03月30日(土)  映画『シッピング・ニュース』の中の"boring"


2003年03月29日(土)  中国千二百公里的旅 厠所編

★(注意 食事中の人、食べたばかりの人、これから食べる人は読まないこと)

前回はじめて中国に来たときの教訓は、「トイレはホテルで行っておくこと」だった。ウォッシュレットに慣れた日本人には少々強烈なトイレ=厠所(ツァソォウ)が中国では現役で頑張っている。ツアーコースにあった民族村のトイレに行ったとき、先に入った同行のツアー参加者に「見ないほうがいいよ」と言われて入口で引き返してからというもの、ホテルとレストラン以外のトイレには近づかなかった。だが今回は観光ではなく、マイクロバスで長距離移動の旅。ついに開かずの扉を開けるときが来てしまった。

記念すべきデビューの舞台となったのは、国道沿いにあるガソリンスタンド(一番よく見かけた中国石化集団のもの)に隣接した公衆トイレ。外見は日本の公園などにあるものとさほどかわらず、かすかな期待が胸をよぎったが、中に入ると、「あれ、こっち、男子トイレだっけ?」。開かずの扉を開けようと思ったら、扉がなかった。「でも、壁があるだけよかったですね」とS嬢。高さ1メートルほどの仕切りで3つのオープン個室に隔てられているのだった。

他の人と鉢合わせするのは避けたいので、S嬢と交替で入口を見張り合うことにする。3つのオープン個室を貫くのは一本の溝。汲み取り式便所というのは子どもの頃に経験していた(ポットン便所と呼んでいた)けれど、あれは匂い以外のものは深い暗闇が吸収してくれたので良かった。しかし、そこに待ち受けていた溝は深さわずか二十センチほど。もちろん水洗ではないので、覚悟はしていたものの、ご対面した瞬間、絶句と目眩と混乱が一度に襲ってきた。「どんなにきれいごとを言っても、所詮人間は汚す生き物なのだ」と一瞬で謙虚な気持ちになり、「生きることは罪なことだ」などと哲学めいた言葉が頭をめぐりだし、短時間のうちに悟りの境地に至るのだった。恐るべき厠所力。S嬢の感想は、「大人になった気がします」。同感。

男性陣にとっても新鮮な体験だったようで、バスの中でそれぞれ武勇伝を披露しあって笑い転げていた。日本ではトイレの話で盛り上がることなどないのだが、あまりに強烈な話は笑い飛ばすしかない。同時に厠所デビューしたロケハン隊の間には共犯者のような親しみが生まれて愉快だった。

■一度すごい厠所を知ってしまうと免疫ができて、後はあまり驚かなくなった。露天トイレも初体験したけど、「天井がなくても個室でよかった」とおおらかな気持ちになれた。通訳の女性によると、中国のトイレ事情はどんどん進歩しており、都心部では欧米や日本と変わらないらしい。「壁や天井のないおトイレは、わたくしのような都会育ちの中国人でも、びっくりします」とのこと。その証拠にホテルの公衆トイレはこの通り。絶滅の危機にある仰天厠所、体験するなら今のうちかも。

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2002年03月29日(金)  パコダテ人トーク


2003年03月28日(金)  中国千二百公里的旅 干杯編

■中国はビールグラスもワイングラスも小さいなあと思っていたら、中国の方々と食事をご一緒して理由がわかった。乾杯で宴会の幕が開くのは日本でも同じだけど、開宴の挨拶をした人が「2回目は○○に乾杯」「3回目は○○に乾杯」と続ける。「私は客人には3度酒をすすめることにしています」という挨拶もあったし、3度乾杯(中国語の略字では干杯=カンペイ)するのは、あらたまった宴席での礼儀なのかもしれない。「干杯!」と言った後に「随意(ズイイー)」と言われたので意味を問うと、「あなたの意思に任せます。全部飲み干すかどうかはお好きなように」の意味だとわかった。つまり、「随意」と言われない限りは一気に飲み干さなくてはならないので、杯は小さいほうがいいということになる。ワインやビールはまだいいけど、白酒(バイジュウ)という匂いだけでもクラクラするテキーラのようなお酒も出てくる。白酒用のグラスはお猪口の半分量が入るかどうかというぐらいのミニサイズだった。■10分に1回、それ以上のペースで誰かが立ち上がっては「干杯!」をやる。面白いので数えてみたら、17回になった。その1回1回に「遠路はるばる来てくださった皆様を歓迎して」「日中友好を願って」「わたしたちの友情に」「みなさんの健康に」と理由がつく。中には「女性たちがいつまでも美しくありますように」といったお世辞もあり、日本人の間では「あんな歯の浮くような文句言えないよなあ」と話題になった。この他にも「○○さん、干杯!」と名指しのミニ干杯があちこちで起こるので、それも含めるとさらに数は膨らむ。「なんでこんなに何度も乾杯するんですか?」と質問してみると、「人の気持ちはお酒の中にあるんです。気持ちを飲んでいるんです」とそのまま台詞に使えそうな答え。お酒はspiritとも言うし、なるほどと納得。食べ物も気持ちもみんなで分かち合おうという中国の心意気は、share大好きなわたしにはとてもステキに思えた。干杯の数だけ、中国を好きになった気がする。ちなみに、円卓なのでグラスを合わせられるのは両隣の人ぐらい。なので、回るテーブルの上にグラスを置くと、乾杯したことになるのだった。

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2003年03月27日(木)  中国千二百公里的旅 食事編


■中国料理はいろいろ食べているし、回るテーブルも知っているけど、本当の「中国式の食事」というものを今回初めて体験した。食べることは生きる営みの基本であるだけあって、文化としての「食事」を見ることができた。中国の人が客をもてなすときは半端じゃないとは聞いていたものの、でてくる料理の品数には驚いた。最初につまむ漬物やナッツといった前菜だけでも十種類以上。あとは数えるのが怖いぐらい次々と皿が運ばれる。わたしたちがとくに丁重な歓迎を受けたこともあるだろうが、「酒池肉林」という言葉を思い出させる圧倒的な量だった。もちろん味のほうもすばらしく、日本では見たことのない食材や味に出会っては、舌が躍った。人生最高の大学芋(こちらでは糸引き芋と表現する)には、箸が止まらなくなった。右端は自助早餐(朝食バイキング)の皿。朝から飲茶食べ放題に感激。

■中には珍味もあり、「イカみたいにコリコリしていますねー」と食べた「何かの腸らしきもの」が、そのままの形で水槽を蠢いているのを見たときは驚いた。まるで泳ぐオーセージ。サソリが出たこともあったけど、最後のお楽しみに取っていたら、いつの間にか皿が消えていた。テーブルに皿が載りきらないので、うかうかしていると食べる前に下げられてしまう。美容に効果絶大とのことだったのに、残念。
■中国料理のしめくくりは杏仁豆腐かマンゴープリンだと思っていたけど、山東省ではフルーツが定番の様子。たいていスイカとイチゴ、他にはドラゴンフルーツやキュウリやトマトが一皿に載って運ばれてくる。山東省の料理はピーナツオイルとニンニクをたっぷり使うので、お口直しにすっきりしたものをということなのかも。かわりに朝ご飯に蒸しパンやクリームケーキのようなものが並んでいた。デザートには感動の出会いはなかった。帰路の青島航空に向かう途中で視察のために立ち寄ったジャスコでアンパンを買う。餡は水分すくなめ、皮はけっこうおいしかった。ひとつ1元=約13円。消費税はつかなかった。空港では何度も看板を見て、「うまそー」と思っていた「梨汁」にありつく。コーヒーショップで注文したら、缶ごと出てきた。こちらは空港価格で20元=約260円。

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2002年03月27日(水)  12歳からのペンフレンドと3倍周年


2003年03月26日(水)  中国千二百公里的旅 移動編

■中国から帰ってきた。広告の仕事のロケハンだったのだが、取材の旅ということで、現地で働く日本人や中国人の方々に会い、興味深い話を聞くことができた。その一人ひとりとの出会いが刺激的で、楽しく、温かかった、仕事の相手であっても、人と人して心の通うおつきあいをしたいと思っているわたしにとっては、とても幸せな旅になった。■山東省の青島に入り、北へ南へマイクロバスで1200キロを走りながら視察をして回るというハードな行程。バスの振動でおしりが痺れそうになったけど、観光ではなかなか通りがかることのない風景を見られたりして面白かった。中国の道は、自転車の二人乗りがよく似合う。おばちゃんもおばあちゃんもちょこんと横座りして揺られているのが愛らしい。リアカーに乗せられて運んでもらっている人もいて微笑ましい。山東省は面積15万7千k、人口8900万人。中国一そして世界第三位の野菜の産地らしい。りんご、梨、ぶどう、柿、ピーナツ、長ねぎ、白菜、大根、にんにく、里芋、長芋、ほうれん草、レタス、小麦、とうもろこしなど、実にいろんなものを育てている。



■旅の楽しみのひとつが買い物、だけど今回は朝から晩まで移動の旅で、お店めぐりはおあずけ。そのかわりホテルの部屋でキッチュな小物たちが待ち構えていた。パンストやらバスソルトやら肌着やらが売り物として備えつけられているのだ。そのパッケージがどれもいい味出していて、とくにパンツのお兄さんとお姉さんの目線にはググッとやられてしまった。ドラッグストアや文房具屋なんかに行ったら、ツボに来るもののオンパレードなんだろな。今回はバスから見えるVOWも真っ青の看板の数々で、がまんがまん。

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2002年03月26日(火)  短編『はじめての白さ』(前田哲クラス)


2003年03月16日(日)  Q.生まれ変わったら何になりたい?

■「生まれ変わったら何になりたい?」と、小学生の頃、友達と聞きあった覚えがある。当時の職業は「小学生」だったので、「男になりたい・女になりたい」「金持ちになりたい」「芸能人の子どもになりたい」といった他愛もないことを言いあい、そんな「もうひとつの自分」を想像して笑ったりしていた。大人になってから、この質問をされることもすることもなかったけれど、先日『エッジ』を読んでいて見つけた宮崎あおいちゃんのインタビューにこの質問を見つけて、懐かしくなった。早速ダンナにぶつけてみたところ、「生まれ変わったら何になりたい? それは男か女という意味か、動物という意味か、職業のことなのか、何なんですか。質問の範囲が広すぎて答えられません」と、夢のない返事。「なんでもいいから、今の人生以外の選択肢があるとしたらってことで答えてよ」と言うと、「生まれ変わったら美人と結婚したい」とのたまった。「生まれ変わっても美人と」ではなく、「生まれ変わったら美人と」というのがミソ。「つまり、わたしとは二度と結婚しないと?」と追及すると、「いろいろ検討させていただいた結果、そういうことに落ち着く可能性もあるかと……」。まずはあがいてみたいという本音のようだ。ちなみに『エッジ』で見たあおいちゃんの答えは、「生まれ変わっても自分になりたい」。今の人生が幸せで、今の自分が好きということが素直に気持ちよく伝わってきて、いい言葉だと思う。この話を聞いたダンナは「君も『生まれ変わっても自分になりたい』って言いそうだね」。ああそうさと言うと、「あおいちゃんが言うのはわかるけど、君は本当に今の君でいいのかね?」と問題提起。つくづくニクタラシイ。■ここまで書いて、夜見たドキュメンタリーで同じような言葉が出てきた。「生まれ変わっても私になりたい。今の私が好きだから。今の私以上のものを望まない」。DNAの突然変異により人の何倍ものスピードで老化が進むという難病に冒され、11歳にして肉体年齢は百歳を超えている少女の台詞だった。「生まれ変わったら何になりたい?」は、いろんな意味で考えさせられる。

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2002年03月16日(土)  『風の絨毯』高山ロケ1日目



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