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2003年12月16日(火)
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プリンターが突如動かなくなった・・・ 新しいのを買おうとは思っていたけど、こうも唐突だと勿体無くなる。 明日、もう少し試してみよう。
年賀状を出さない相手 その2 というより、実際は自分から出すのを去年だけ躊躇った相手。 結局、気分が悪かったので自分から出す事はしなかったものの、 着いた年賀状には返事を出した。 私は、ほぼ毎年、年内には年賀状を出しているから。 それが返事として来たという意味を、少しだけ分かって貰いたかったという・・・ でも。多分、相手は気付いてないと思う。 それでいいのだ。うん。
その相手Nとは、社会人デビューした会社で同期だった。 同じ歳で、実は同じ小学校だった。 高学年で私が引っ越した為、中学は別々だったけれど。 高二でこっちにまた戻って来た時には、まだNは同じ地元に居たそうだ。 その高校時代に私がバイトしていたスーパーには、実はNの母親がいて面識があった。 そして、私と一年ぐらいの入れ替わりで、Nはこの地元から引っ越していったらしい。 しかも、Nが通っていた高校は、私がランクを落として受けようか迷っていた高校だった。 それらの事を入社して仲良くなって、すぐに聞いた時には、 もしかしたら、いずれどこかで出会う運命だったのか?と思ったほどだ。
Nとの付き合いも相当長いということになる。 でも、私は最初の会社を2年で辞め、その後は一年に数回会う程度になった。 Nは実家に両親と住んでいて、父親が厳しいらしくあまり電話を出来ない状況だった。 だから、Nからの連絡はいつも手紙。PCも持ってない彼女はメールすら出来ない。 私が電話をかけて留守だった時も、折り返し電話ではなく手紙だった。
そんなNから数年前に喪中ハガキが届いた。 誰が亡くなったとはかかれていないハガキで。 お母様の具合が悪いなど、近況を少し知っていたので心配になった。 年が明けて1-2ヶ月した頃、私はNに電話をすることにした。
「喪中ハガキもらったから、なんか心配してたんだけど」
そう私が言うと、亡くなったのは遠い親戚で。 本来は喪中にならない相手だと言う。 ただ、面倒なので喪中にしてしまっただけだそうで、私は一安心した。 そして、Nはこう言った。
「喪中ハガキ出して、心配して連絡くれたのなんかあるひだけだよ」
Nは、普段から少しだけ愚痴っぽいというか。不満を口にする事が多い子で。 この時も、他の子は皆冷たいだのと、散々愚痴を言っていた。
そして、その2年後だったと思う。 私の父上が亡くなり。 父が亡くなったと書いて今度は私が喪中ハガキを出した。
確か、しばらくしてNから手紙が届いたのだと思う。 その手紙には、自分の母親も入院して、家事が大変だったとか。 そんなような事が書かれてあった。 その時は、その手紙を普通に読んだのだろう。 でも、正直、返事は書きたくなかった。 気力が無かったのか、何かが引っかかってしまったのかは、今はもう忘れた。 だけど、私は返事を結局出している。
そして、去年。 喪が明けた私は通常どおり、1日に届くように年賀状を出した。 でも、毎年1日に届くNからの年賀状が、数日過ぎても届いていなかった。 その時は、あら?今年は来ないなぁという感じで。特に、気に留めてなかった。 それから、更に数日後。 Nから年賀状が届いた。
「年賀状ありがとう。 喪中じゃなかったっけ?(一年ズレてる?) とにかく喪中だと思ってだしていませんでした。 ごめんね。」
・・・・・これを読んだ時、私はものすんごいうな垂れた。 そりゃねーだろ、アンタ。 それしか、頭に浮かばなかった。 喪中喪中って、二回も書くんじゃねーっ! ってな的外れな怒りが湧いたのは、少し時間が経ってからだ。
もしも私が。Nに同じ事をしたとしたら。 きっと、猛烈な抗議の手紙なり電話なりが来るだろう。 10代の頃、ちょっとしたことでNを少々おざなりにしたが為に、そういう目に合った事がある。 その時の私は若かった・・・ Nの抗議をさんざん聞いて事情が飲み込めたと同時に、口から出た言葉は 「くだらねー」 の一言。物凄い性格だったと自分でも思う。 それでも、Nはひるみもせずに、「下らないか?下らない事か?」と抗議の手紙を後々くれた。
それ以来。私はNに対して、ほぼ反論をしなくなり。 私とNは、(私の中だけで)微妙なバランスを保ちながらも友達関係を続けていた。 でも、今年一年。お互いに手紙も電話もしていない。 去年辺りから結婚をかなり焦り出していたN。 今年の年賀状には何の変わり映えもしないと愚痴ってた。 今頃どうしているのでしょうかねぇ。
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