2015年06月05日(金)  堺っ子襷リレーで「阪堺電車」映像化

「わが町を映画・ドラマの舞台に!」は、あちこちの自治体で聞かれる声。わが故郷・大阪府堺市も例外ではなく、「堺を舞台にした脚本を募集して、映像化できないか」という相談を受けたのが2012年のこと。多額の費用をかけて劇場公開ご当地映画を作るより、まずは「地元の人たちが堺でシナリオハンティングして、自分たちで脚本を作るワークショップをしてみては?」と提案。

「ドラマティックな町というのは、降ってくるものではなく、住人が自分で何気ない日常の中にドラマを見出して、磨いていくべきでは」という「石ころを宝石へ」の想いから、「ドラマティック堺さがし」と名づけたワークショップ第一弾は「高校生×阪堺電車」。高校生6チームと走る阪堺電車に乗り込んでシナハンし、6本の脚本が生まれました。

>>>2013年12月14日(土)の今井雅子日記

その原形をほぼ活かして、モノローグと6本をつなぐ3人組おばちゃん(里子、和子、市子、頭文字をつなげると「さかい」)を登場させて、今井雅子が1本のオリジナル脚本にし、堺市のサイトで公開したのが2014年の2月。

>>>「阪堺電車」オムニバスドラマ脚本とオリジナル脚本

この脚本を「羽衣国際大学 現代社会学部 放送・メディア映像学科」の村上清身教授のゼミが特別カリキュラムを組んで映像化することになり、6月5日、堺市市役所にて制作発表が行われました。

村上先生、監督を務める3年生4人、ロケマネの3年生、アシスタントディレクターの2年生3人、とともに会見に臨みました。質疑応答、会見の後の囲み取材も盛り上がり、関心を寄せて聞いていただけたことに感激しました。

発言を重ねるにつれ、学生監督達たちの言葉に力がこもり、「私ならこう撮る!」という意気込みが見えてきたのが頼もしく、その後の竹山修身市長表敬では、見違えるような堂々とした受け答えに。得難い体験を積みながら、どこまで伸びてくれるか、楽しみです。

その一方で、自治体の自己満足に終わらないものを「発信」していかなくてはという思いも強くしました。学生達の手作りを言い訳にせず、技術はプロに及ばなくても、プロにはない熱量で圧倒するものを作ってほしいと心から願います。それは若いエネルギーであり、枠にとらわれない自由さであり、二十歳の今ならではの世界観だと思います。

映像作りに参加することがゴールではなく、この作品を通して、作品の向こうにいる人たちに何を届けたいか、監督一人一人の思いをのせて、思いきり暴れてほしい。遠くに住む親戚のおばちゃんのような目で、「阪堺電車」と作り手たちの成長を見守っています。

高校生が作った脚本を、わたしがつなげて、大学生が映像化。新旧堺っ子の襷リレー作品「阪堺電車」の行方に関心を寄せていただけたらうれしいです。
>>>堺市ホームページ内「阪堺電車」制作ページ(メイキング日誌があります)

ドラマティック堺さがしワークショップ、第二弾は昨年「中学生×堺市博物館」で実施。第三弾はこの夏、小学生と行う予定です。わが町をドラマの山にするかドラマの持ち腐れにするかは自分次第。そのことに気づくドラマティックハンターを育てていくことが、ドラマティックな町を作る。そんな「石ころ式」の輪が他の市町村にも広がっていくといいなと思います。

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