2009年11月23日(月)  一条の光の中で〜たま閉じ込められ事件

洗面所のドアを閉めて一人遊びに興じていた娘のたまに、「そろそろ出ておいで」と声をかけ、ドアを開けようとしたら、開かない。間違って中から鍵をかけたのかと思ったら、そうではない。では、たまが止めているのか? それにしては、5ミリほど開くだけで、それ以上は動かない。何か決定的なストッパーが存在している。

「ドアの前に何か落ちてない?」と聞くと、「みえないよー」と答える。中が真っ暗なのだ。「手で触ってごらん」と伝えるが、「わかんないよー」と言うので、ドアの下のほうをたたき、「たまも同じところをたたいて」と指示し、その手を下げていって床をたたかせる。たたく音だけして、発見はない。

たまが「ママぁ」と呼びかける声が不安げだ。ドアの下のほうにあるスリットのような隙間から手を差し込むと、小さな手がぎゅっとにぎり返して来た。この隙間が何のためにあるのかこれまではよくわからなかったが、こういう非常事態に励まし合うという重要な使い道があったのか! 一人で暗闇に閉じ込められたたまも心細いはずだが、親も相当パニックになっている。たまのほうが幾分余裕があるのか、爪やすりを隙間から差し入れ(差し出し?)たりするが、こんなことやっていては進展がない。

ドアを無理矢理開けようと試みるが、やはりガンと跳ね返される。一体何が引っかかっているのだ? 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせるけれど、頭の中では、このまま埒が開かなかったときのことをシミュレーションし始める。

こういうときは119番か? 生まれ育った大阪・堺の地元紙「泉北コミュニティ」でわたしが真っ先に読んでいた110番・119番通報コーナーを思い出す。見開きで数十件の出動記録に、「子どもが閉じ込められはしご車出動」がけっこうな確率で混じっていた。でも、はしご車は要らない、ドアさえ開けてもらえばいい場合は、どこに頼めばいい? カギの119番か? でもカギじゃない。のこぎりでドアを切るか? でものこぎりもドアの向こうだ。蹴破るしかないか? ドアの修理代はおいくら万円……?

それよりもっと怖いのは、ドアを壊せなかったときだ。おむつが持つのか? 最後にいつ買えたっけ? 寝てしまったら、風邪を引くぞ。その前に、不安でどうにかなってしまわないか?

そのとき、一人ブレストの成果なのか、ふと「引っかかっているのは上のほうなのでは?」とひらめいた。床に落ちている何かがストッパーになっているのではなく、上のほうで何かが出っ張っているのではないか。としたら、引き出しだ!

「たま、引き出しが開いてるでしょ? それを閉めて」と確信を持って訴えたが、即解決とはならず、「みえないよー」「わかんないよー」が続く。「引き出し、こっちよこっち」とドアをたたいて方角を知らせ、引き出しを触らせ、「それを閉めて!」。ようやく引き出しが閉まる気配があり、ドアを開けると、開いた!

たまを抱きしめて涙ぐむのは親のほうで、たまは「こわくなかったよ」とけろりと言う。時間にすれば、10分弱の出来事だったが、その何倍にも感じられた。

洗面所に入って灯りをつけ、状況を再現、ドアを閉め、引き出しを開けると、ドアはほとんど開かない。


その状態で灯りを消すと、闇に一条の光が差し込むといった具合で、これでは引き出しが開いているかどうかもわからない。30秒もしないうちに、耐えられなくなって飛び出した。

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