2009年11月11日(水)  生まれる前の記憶の追伸

朝ドラ「つばさ」の撮りきりセレモニー後のキャスト・スタッフ集合写真を「みせて」と娘のたまが手をのばした。百人以上が集まった写真だから一人一人はずいぶん小さく写っているのだが、その中から「ちゅばさ」「ゆうかちゃん」とお気に入りの登場人物を見つけて行く。「ちゅばさのおじいちゃん」と指差したのは竹雄役の中村梅雀さん。「おじいちゃんじゃなくて、お父さんよ」と訂正すると、「このひと あまたまどう つくってるんだよ」と教えてくれる。「甘玉堂じゃなくて、あまたまだよ」と正したが、惜しい。靴に砂が入ったときに「くつに おすなば はいっちゃった」と言うのと同じく、意味はわかっているのかもしれない。

「つばさ」の放映中は内容がわかってるんだかいないんだかという感じだったが、放映が終わってから言葉が追いついてきて、「ちゅばさとなかよしのしょうたくん」と言ったりする。実はわかって観てたんだなあとうれしくなる。

言葉が追いつくといえば、以前日記に書いた生まれる前の記憶をときどき話してくれる。「たまちゃん おなかのなかでも おゆび すっていたのよ」と言うので、「そんなに長く吸ってるなら気が済んだでしょ」とわたしが言うと、「まだ きは すんでない」と妙に正しい日本語で言い返す。指を吸い続ける言い訳なのかなとも思うが、エコー写真を撮ると、いつも指をくわえていたのは事実だ。「かたが でなかったんだよね」とも言う。超特急で子宮口全開まで進みながら、頭はもう出ているのに肩が引っかかり、その数センチを進ませるのにあと数時間を費やした。「ママを ぎゅって おしてたのよ」とも言うから、たまもたまなりにお産を進めていたらしい。

この話をすると、「うっそー」「へーえ」などと最初は驚かれ、やがて「神秘ねえ」としみじみされる。ノストラダムスの大予言と同じく、言葉をどう解釈するかで「そうとも取れる」という範囲のことかもしれないが、生まれる前から記憶があるということに、やすらぎを覚える人は多い。

2008年11月11日(火)  四半世紀前の「今」の『昔も今も笑いのタネ本』
2007年11月11日(日)  マタニティオレンジ202 子育て戦力外の鈍感力
2006年11月11日(土)  ウーマンリブvol.10『ウーマンリブ先生』
2003年11月11日(火)  空耳タイトル
2002年11月11日(月)  月刊デ・ビュー

<<<前の日記  次の日記>>>


My追加