2009年06月25日(木)  眞木準さんのコピーが大好きだった

朝刊でコピーライターの眞木準さんが亡くなったと知る。享年60才。まず名前の活字が目に飛び込んだが、まさか訃報記事だとは思わなかった。

コピーライターとして広告会社に入社したものの、コピーのことを何もわかっていなかった頃、TCC(東京コピーライターズクラブ)のコピー年鑑や月刊誌のコマーシャルフォトや宣伝会議に載っているコピーを片っ端から読んで、いいコピーとはどういうものかを研究した。「これ好き」と思ったコピーが、かなりの確率で眞木準さんの書いたものだった。「わたしは、この人のコピーが好きだ」と学習するまでに時間はかからなかった。その好みは、コピーライターの経験を積んでからも変わらなかった。

いちばん好きだったのは「恋が着せ、愛が脱がせる」という伊勢丹のコピー。恋愛とファッションの関係をこんなに的確に、そして美しく、品よく、さらには伊勢丹というブランドらしさも匂わせて、短く鋭いコピーに閉じ込めてしまった。この一行で、いろんな恋を思い出したり、思いめぐらせたりしてしまう。そんなチカラを秘めたすごいコピーだった。

TCCコピー年鑑の記念号で、会員が「自分の書いたいちばん好きなコピー」を挙げる特集があって、眞木さん本人は何を選んだかと注目したら、「夏野(娘の名前)」と書かれていたように記憶している。その年鑑が手元にないので確かめられないけれど、わたしの記憶が正しければ、出産どころか結婚もしていなかったその当時は、マイベストコピーに娘の名前を選ぶということが変化球のように感じられた。でも、今は、むしろ素直で素敵だと思える。お話しして、人柄に触れてみたかった。

「お話しして」と書いてみて思い出したのだけど、眞木さんとお話しする機会が一度あった。宣伝会議賞というコピーのコンテストで入賞したとき、その授賞パーティにいらしていて、名前を呼べば振り返るようなすぐ近くに憧れのその人がいた。審査員の一人だったのだろうか。会場で出会った他の受賞者に「眞木さんのファンなんだけど、声かけようかな、どうしよう」と相談し、「迷ってないで、声かければいいじゃない」と背中を押されたことは覚えているのに、声をかけたのか、かけなかったのか、結果が記憶から抜け落ちている。おじけづいて逃げたのかもしれないし、言葉を交わしたとしたら、舞い上がって、頭の中がマッシロになったのだろう。

コピーライターから脚本家という道に進んでしまったけれど、眞木準さんの書くコピーから受けた刺激は、今脚本を書く上でも活きていると思う。言葉を面白がる、それが、言葉を面白くする。そんなことを片想いの師匠に教わった。感謝を込めて、合掌。

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