再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 教わる。

いつも気付いてばかりな気もするのだが、
気がつけば7月も最後。
昨日は、
声優科の中間発表「タダの物語」をスターダスで、今日は、「かもめ」を円の発表会で、観る。
思うことはいろいろながら、それは、また、別の話。
円を見たあとは、所属の小森氏と、「教え論」(本人も大学などで実施中)で賑やかに。
昼、板垣氏と打ち合わせたこともあって(素晴らしく理論体系づける方)、余計に。
いま、なにが必要で、なにをしているのか、で、ある。
言えるのは、芸術はおしえられないけど、付随するいろんなことは、求められたら、実は教えられる、で、そこから更に教わることが沢山。ということで、閉酒。

昼夜間で、上野まで出向き(円が田原町にあるので)西洋美術館へ、気になっていた、「かたちは、うつる」←もうタイトルから気になってしまいしかたなかった
を駆け込みで、
いやぁよい、
これで、420円て…とか思いながら、
タイトルが異様に長い作品(例 屬覆砲事務所で徹夜よ、このウソツキ男!そんなこと言っても、ちゃらちゃらした女どもとミュザールへ踊りに行くんでしょうが!…」〈夫婦善哉〉より)、風刺画が楽しいと思っていると同じ人、オノレ・ドーミエ。←多分今までも見たことあるが、名前は認識したことがなかった
←知る人ぞ知る人なんでしょうが
(例◆嵌しきナルシス彼は美しかった、うっとりとやさしい息吹で/そよ風がほら、妙なる輪郭にそっと指を滑らすよ/泉の鏡なす水面に向かい/ためつすがめつするのが好きな、私らと同じホラ穴のムジナるしす(ナルシス・ド=サルヴァンディ氏秘作の、肩の凝らない四行詩)」〈古代史〉より)←ながっ
←タイトルで気になっていた企画だけに整合性はバッチリ
何度も順路を無視して戻り、監視員に変な顔をされる(笑)
え、え、絵はがきとか思いながらショップにはなく、企画パンフにはあまり説明がなかったので買わず、
探して見つけたご本人の本(今回の企画とは関係ないが)はなんと八千円、
後ろ髪を引かれる思いで…ガマン。←飲み代なら払うくせに

また来るかなぁ…

まだ時間があったので、常設展の方も約十年ぶりくらいに観る←定かでなし
なんか、昔引っかかった絵と同じところで立ち止まる自分を発見したりして愉しい。
心が貯まる時間。
豊かな時間。
素直に教わる時間。

是非に舞台でも…
明日明後日も観劇予定。
ほんと、よく見るな…


2009年07月31日(金)



 考える。

中間発表を終え、
昨日は淵野辺まで行って、桜美林大学の三人姉妹を観る。
まあ、劇場が非常に素敵なのです。
そして、三人姉妹。。。

前回、一月に別作品を見たときにも思ったのだが、
やはり、多感な学生時代に、自分の力ではどうにもできないかもしれないようなこと、に挑戦する機会を与えられる、掴み取ることはとても大切で、大事な時間だなぁと再認識。出来不出来は勿論、人に見てもらうのだから出て当然だし、本人達もそのために必死になっているだろうが、そこを凌駕する教える側の意志をとても感じられるのだ。
その大事さに当人が気がつくのは、もっとずっと先かもしれないが(わたしがそうである(笑)
↑まあ、こんなことを思っているので、敢えて見に行ったりするのだが。
←今週は、早船氏が演出している、円の養成所の発表も行く予定。

で、今日は元B学座の古川さんも出演の、モダンスイマーズ。
十周年記念公演だそうだ。
軽く、肩を落とした幹事(間違い×)で
軽く、肩の力を抜いた感じで、楽しく見る。(えらい違いだ)

考える力、そんなことを思いながら。



2009年07月29日(水)



 日常ってのはこんなもんです。ハイ。

中間発表最終日(ま、二日しかないのだが)
昼は昨日の夜のチェックをし、本番へ。
何故か講師陣大集合な会でした…
村松えり嬢、修学旅行からは、秋山さんと、伊藤さんが来てくれる。ありがとうございます。なにはともあれ、初心を思い出さずにはいられないでしょ?(笑)

しかし、会場がアツい…
ジメジメの上…

昼夜間で、扇風機を持ち出して空気を回そうとするも、甲斐なし。

夜はそんな中、超満員、ついにわたしも荷物お預かりしましょうか?とか言って、座布団もって走り回る羽目(どういう事態だ)

芝居としては、さいご満員で、ま、よかったね

夜は去年のぶるけちゃ面子たち、修学旅行から相楽みっこ、若井さんと来てくれる。

いやぁ酷暑でした。。。

打ち上げ前に、ぶるけちゃ面子と「いつもの店」に。今回、ぶるけちゃの時と同じく、二面対面舞台なので、そんなことを話したり

で、クラスの打ち上げに参加、ま、楽しく。
二次会も参加とか思いつつ、カラオケなので(わたし、こういう時のは好きでなし、ハナシができないし。が、みな呑まないし)有志で先にラーメン屋に寄ってから。
食事後、カラオケ屋に着くと、予想通りの三部屋分室(何故だ、うちあげだよね←どうせ同じ額払うなら多く唄いたい←だから、それは普段の日にやればよいのでは?←だが、ダスの子らはこのパターンが多い←おっさんの戯言なので→)、ま、ま、じゃ酒でも…
と思うが、
身分証持ってない人間がいて、アルコールなし…
中学生じゃあるまいし…

それは、ムリ、である。

わたしには、ムリ、である。

からして、店員に交渉するも、融通が利かないのは、ま、チェーン店だから仕方ないにしても、猛烈に態度が悪い、
で、叱りとばそうかとも思ったが、
打ち上げだし、
そもそも皆はこれで楽しいのだから、
やめといて、
おっさんは中座。
深夜の池袋徘徊なんて、学生時代以来だ…

いやいや酷暑。。。
どうなのよ?


2009年07月27日(月)



 日常ってのはこんなもんです。

中間発表初日
昼夜ともに、なぜか客入れをしなくてならず(笑)、昼に至っては、開演後の客入りが続いた為、最終的に席もなくなり、だめ書きもままならず(笑)
芝居の方は好意的に受け取られている様子、まだ演者の集中度が対面客席を忘れさせる程までは到達せずだが、そういうことも含めて皆で確認しての昼夜間。
夜の会はアトリエキノコの大西れおクン、修学旅行出演者の平井チャン、最後10分を(爆)星さんと、来てくれる。
芝居は階段をあがっている感あり。
ついでなので、音響の竹下ヨシユキ君も連れて焼鳥屋…、ちょっと先の某計画について話し合いながら、杯を重ねる、夜は更ける。
竹下は、手人形、という友達に出会った記念すべき日だ(笑)



2009年07月26日(日)



 明日から

東京あたりは、隅田川の花火大会で、浴衣姿の人がちらほらり。
ぼくらは、久しぶりの炎天下の中、地下にもぐって、午前中から稽古。

やっといてね、ということが、なかなかに伝わらず、結局わたしが手を出す箇所が多く、うーん、どうなのよ(やってしまう自分も含めて)、と思いつつ、ま、中間発表だから…
と思い直したりして、
場当たりへ。

音照ともにこういう企画意図をわかって、楽しんでくれているのは◎

どうしてもあと一押しが必要となる公演形態なので、
とても心強く思いつつ、
こだわるところはこだわる。

連日の通しをしながらの、
「今日どうだった?」
の問いかけに、まだまだ戸惑いつつ、自分の言葉で今日を表す生徒たち。
外的要因でなく(周りから偶発的につくられてよくなる環境でなく、という意味)自分たちの発信から、よくなる努力を。演出家が言う「これでいい」なんてたかが、の思いで、もっともっと貪欲になって欲しい。

ゲネプロはHくんこと長谷川くんも、先日、たまたま見に行った芝居が同じだったのを縁に観に来る。
ま、色々あるだろうが、楽しんでくれていた様子、なにより。

いつも言う言葉は舞台上での「新鮮な出会い」と、
そこに行き着く為の、自分個人としての「準備」
今日までは言い訳がまだ通用するが、
明日から二日は、そうはいかない。

よき、本番を。
お時間ある方は、下記に。

中間情報。
「日常ってのはこんなもんです」
作:俳優クラス 構成・演出:藤井ごう
於:スターダス・21アトリエ(小竹向原駅下車徒歩十五分)
7月26日(日)15:30〜  18:30〜
7月27日(月)15:30〜  18:30〜
入場無料

なんやかやとこんな方向(三ヶ月かけて、戯曲の構造から入って、自分達でシーンを書いてみる→本を書く)でやって三年目、また新しい物語がいくつかうまれようとしています、今回のテーマは「嬉しい―悲しい」(一年目「待つ」二年目「出会う」)
お時間ございましたら、どうぞ。無料だし(笑)


2009年07月25日(土)



 つつがなく。

中間発表を控えた水曜日、なんとなくではなく、仕込みようのパネルも立てて稽古。
つつがなく進むようで、実はなにも動いていない、「誰に教わったのさそれ」といぅ、全体が昨日のダメ出しを解消しようとしているだけの通し、舞台の経過する時間というものと、自分が気持ちよいだけの芝居をしている時のことを殊更、低いレベルに合わせれば楽、その先を求めて欲しい思いを。
その瞬間にその場に、きっちりと存在すること、その大事さ、について講釈。、、んなことをいいながら、実は理屈を凌駕してほしい私です。
飛び越えられそうな人間が、目に見えて増えている、間近に迫った本番も無論大事ながら、その過程の重みの方を大切にしていってである。

今週は月曜から、仕込みの金曜日までじっくりと連日稽古。

互いに苦手な部分をしっかり出し合って、解消していきたいものだ。
どうも、
聞かずに、
わかってます。
という風情でいることをよしとしている帰来が見えて、
このままじゃいかんでしょ〜
とか思ったりする。
傷つく前の言い訳が多いこの世代で、
そことはまた違う、感覚をもった子ら。
表現する、ということの楽しさ、と重み、の両方を体いっぱい感じて欲しい。
つつがないこと。
だめだしがないこと。

そんなことは、ちっちゃすぎることなのだから。

2009年07月24日(金)



 よもや話

衆議院選挙、遂にあるよぅですね…、
然るべきとき、というのは、今のことだったんだな、
深すぎて、意味がわからない(笑)
とってもどうでもいい感がありながら、、が、
ある調査によるところによると(よりすぎ)、このいっぴょうの価値を現在貨幣に置き換えた場合、なんと、三百二十万、ということらしい。三百二十万円である。
これはかなり、大した額であって、ちょっとした車より(うちの愛車より)ハイブリッドカーが購入できるレベルであるそうな…
ちょっと、一年○○働いたかもしれないような額でもある…

そりゃ、三百二十万という価値については、老若男女、様々とは思いながら、これはちょっとどうなのよ、という値段である。

一年かけてピースボートにスタッフじゃなくて乗船できるし
高いというだけでなく、私らの一票というものが、それだけの価値と意味を持っているということを、一体誰がどこまで理解しているのだろう。
知らない奴が悪いとされる世の中で、国はそのことをなるべく周りに伝わらないようにしているとしか思えないのだ。
まずもって、国民の代表であるべき政治家、で、そのわたしらの代表を選んでいる、わたしたち。
片やの問題では既にない。
なにかしらの態度を表明しなければいけない時期だ。

といいながら、
政権がとれそうな風向きだと
「現実路線」という政策マニュフェストが勿論でてくるわけだが、
だからさぁ、ちょっと前まで声高に反対していたものまでひっくるめて、「やります」とかって一体なんなのだろう。
「現実路線」を継承していけば、政権政党が変わる意味など、な〜んにもない、と思うのは、わたしだけ?

わたしたち一人ひとりが
それだけの価値のある一票を握っているのだ…

2009年07月22日(水)



 舞台って。

マチネを某所で観る、
まぁひどい芝居を観た…
金がないを前面の…裸舞台
ま、それはいいとして
ミステリーを唱うのに穴だらけの脚本と、こちらに考えさせない演出(ミステリーだよね?)、
冒頭の紐解きから、えー…の連続、感慨を強制する音のレンゾク。
大体に話が読めるのはおいておいても、(元々ヒトを殺している←金の為)そんなヤツらが仲間だろとか言っても、正直どうでもいいし、ばれそうになって庇いあったとこでどうでもいいし、その後の状況で人殺したら死刑だよとか言ってたけど、既に殺してるわけだしそれが共通認識だし、当然背負うだろう人間の十字架など微塵もなく、だから共感を呼ばないのだし、笑わせる為のシーンもセリフも、笑えないのです。人間味って、人の弱さって、そんなものじゃない。多分、ひとつひとつのシーンを稽古場で作っていたときは笑っていたはずだから、今日の客は…とかいうんだろうが…(勝手に言ってます、ごめんなさい)
全体を見てないからです作り手が。みる側完全不在だし、かつ最後、それでもちゃんと見ていただろう人をちゃかす落とし!(そんなものに必死になった俺らってバカとでも有り体に言いたいのだろうが、元々からバカどもだし、殺しを都合上肯定するし)
…最低
どうせなら、テポドンでもふってきてそんな奴ら状況全てが淘汰されたら感心する新機軸だったが(実際そんな奴ら死んでしまえと思ったし←危険思想←だがこれ確かに雲間が晴れるよにすっきりする)…

俳優は難しい設定を必死に生きようとしているのだが、余計に鼻白んでしまう。(ホンの構成上どうにもならない。始まりが始まりだけに何を言ったところで登場人物を愛せない)

これが初めて!
とか
旗揚げ
なら[若さ故]とか[アツさ故]わかるが、
十年戦士、
もっとちゃんとしなきゃあ…
頼むよ

耐えきれず、同じ時間に来ていたHくんと
精進落としするかのよに、ビール
会話は「……」
夜も芝居を観る予定故、かつ、間の時間にせねばもありながら
この心のわだかまり、というか、怒りというか、何かを解消せずにはいられない…

嗚呼怒り解消されず…

で、夜はなんやかやと、一度ご一緒させていただいてから不思議とご縁ある関根信一さん率いるフライングステージさんを、オフオフで。(夏のせいかしら)で出会った作家のみどりさん、その後イロイロ振り付けしてもらっているみやこさんと三人で。昔りばいぶに出てくれていた、加藤くんも出演。同じく裸舞台に椅子、が、この効果がとても効いている。それが、みる側の[想像力に委ねられる]ことを熟知し、かつ、笑っている感じだから。
人を見つめる目線の優しさはそのままに、こちらの覗き見したい下心と相まって、心地のよいロードムービーを観た気分。加藤くん快演〓
舞台って…という気分を見事に[舞台って豊かよね]に変えてくれた(ま、こりゃあくまでわたしの気分が関係していたかもしれませんが)


終演後、みやこさんみどりさん、そして何故か駅前劇場に観に来ていた阪上さんも加わってあらためて気分よく乾杯、、、

両極の芝居を観て、自分を確認すること暫し…

2009年07月19日(日)



 東京で。

昼から打ち合わせ。
昨日の今日で(正確には水曜日の土曜日、で、台本を開いたのは今朝(早く)という意味)、かつ、本日はケツが決まっているので、
最初から、問題のポイントを整理。
この段まできて、あらためて(最近この言葉の使用頻度がえらく高いな…)箱書きに戻って、人物、シーンの意味、などに「今」あるものを「解体」していく。で、本当に必要なものと、足りていないところとを確認しながら、
数パターンの「こう書き換えたら?」―「こうなる」可能性について話し、吟味し、
突破口が見えた、、、、と思う。
このレジーがうまくいけば、全体の印象が変わってくる。
是非にも中途半端な形で進めたくないのだ。
作家さんも、非常にアツくなっている、アツい人…

突破して、人物の掘り下げにさらに…

夜は前進座でコーロさんの「ハンナのかばん」を観る。
「ハナシがちがう!」と同じ班の別作品。
第二次大戦のユダヤ人のことを扱った作品。
全く毛色がちがう…(笑)
その幅はとてもいいと思う。
前半がやっぱり、こういう作品は難しいよな(どうしても説明をしなくてはいけない部分が生じるので)散漫になり空間が捉えきれない、と思いながらも、中盤から後半はグッと引き締まってくる、歴史に裏打ちされた話の力と、俳優の気持ちの上がり方と、生演奏がうまく絡み合っている。
どこに連れて行かれるのかも(観てる人がね)、非常に明快でわかりやすいので好感。
もっともっとよくなる作品でしょう。
こうなると銅鑼も「ハンナの〜」を同時期にやっているのだが(同じ原作)、これは興味で観たくなる。
もれ聞こえてきた話では、全然ちがうらしい(と、どちらも観たらしいお客さんが後ろで話していた)←らしいは怪しい。
その後、打ち上げにも参加させてもらって、
ワイワイ。
東京で、この方たちと飲んでいるのが、不思議である。
是非に、「ハナシがちがう!」でも
東京公演をお願いしたいなぁ。
(なんて話が、わたしからではなく出てくるので、とても嬉しい)

十九日も十四時から吉祥寺は前進座にて、もう1ステージあるよう。。。


2009年07月18日(土)



 あらためて

養成所、一週間前につき、
本日初、音響が来てくれたので、全ての曲のきっかけを決めつつ、曲も決めつつ、止めながらだが通し稽古。
昨日Kさんから一アイディアもらった曲が入ったことで、全体がパッと決まった(感謝)。
流れはしっかり見える。
都合七本ほどのオムニバス(一つの形にまとまってはいながら)で、裏はてんやわんやしている(笑)
ムードとしては、以前は、この時期になると私から鞭を入れたものだが、最近はそれをしなくなった(決してさぼっているわけではなくて、そうすると現場が殊更に進むことをよーく知ってしまったので、つまらん、というのと、結局のところ、それは見えざる手が働いているだけな気がして、どう自家発電した子等が放電を繰り返し、全体に波及していくかということの方が、一人ひとりを思うと、大事なことに思えてきたのである。ま、どうしても必要であれば、そりゃあね…)ので、まだバラつきがみられる。
苦手な部分に気がついて、そこから目をそらさずに自分と向き合うこと。
そしてそこから一歩踏み出そうとすること。
自分で苦手な部分をごまかしていたら、今はスルーしても、いつかまたぶつかってしまう。今、自分の中で変わろうとすること。自分と違うものを持っている他人に興味を持つこと。
相手のオファーを受け入れてみること。
そんなことを言いながら、
「芝居は息だ」
ということに体から気がついてくれる人たちになって欲しい(望)
自分の「つくりこみ」だけを大事にして、今、正に、目の前で、起きている「現象」を見落とすなかれ。
わたしも、人に喋りながら、あらためて、「確認」させてもらっている。


稽古後、二十一時くらいから、高円寺で
火曜日にあげた準備稿についての打ち合わせ。
美術家さんの脳みそも動き始めたようだ(よかった…)
家に帰って、明日の打ち合わせの台本が、メールで届いている。
現在3:33分
フィーバーだ、
今日は作家として、「色んな意見をください」とかのたまいながら、
明日は演出として、「こうしませんか?」とのたまう予定。
この変わり身の早さ、我ながら呆れる(笑)
さ、台本を読もう…

改めて、中間情報。
「日常ってのはこんなもんです」
作:俳優クラス 構成・演出:藤井ごう
於:スターダス・21アトリエ(小竹向原駅下車徒歩十五分)
7月26日(日)15:30〜  18:30〜
7月27日(月)15:30〜  18:30〜
入場無料

なんやかやとこんな方向でやって三年目、また新しい物語がいくつかうまれようとしています、今回のテーマは「嬉しい―悲しい」(一年目「待つ」二年目「出会う」)
お時間ございましたら、どうぞ。無料だし(笑)

2009年07月17日(金)



 どうでもよくなること

本日は、中間発表が差し迫りながらも、稽古を早めに切り上げて青年劇場さんのキュリーキュリーを観に行く。
修学旅行の公演に際し、助手をやってくれた方の初演出だから…
んー
どうあれ、

正直に
どこに連れて行ってくれようとしているのかわからず、
頭からケツまで、どう観たらよいのか態度を決められないまま…

終演後、
音響のkさんとあーでもないをしながら会って喋れるかな?とも思いつつ、音沙汰全くなしでした。今もって。
…そんなもんかぁ
ま、そんなもんよねぇ
ま、じゃ、どうでもいいや
人ってよく見えてしまうもんで、でも
興味がなくなる瞬間ほど、あっさりしたものはない。

やはり、
この観劇月間終盤戦を迎え(いやぁ、見れないものはやはり多々ありながら、このひと月余りは観たなぁ、芝居好きの人みたいだ…)、作り手は作品をよーく精査すべきよねと改めて。人がやらないなら、私はちゃんとしよぅっと。
と、自分の首を絞める発言である(笑)

相楽嬢よりメール、「修学旅行」無事春の旅が終了。
今期だけで30うんステージ、通算150ステージを越えたらしい。
素晴らしい…
おつかれさまでした。英気をやしなってください、そして
また秋に、最高の作品を。


2009年07月16日(木)



 夏の実感。

十四時より新宿で打ち合わせ、作家さんと二人で、二日にも打ち合わせをしていて、それに基づいての書き直しの、大きな(全体の流れ)の中での話から始まって←もひとつ出口をというやつ、
なんやかやと雑談を挟みつつ、一ページ目からおっていく(笑)
人物像
人物の変化
関係の変化
時代の変化
伴う言葉の変化
そして、何を見せたいのか
そんなことを突き合わせながらの時間
そいえば、前に新劇人会議だったり、四年前の劇団コーロさんの演出をさせてもらった際も
こんな風に腰を据えてじっくりだったな、と思いつつ

ふと外を見てまだ明るい日差しが射している、
次の予定は6時、
余裕だと思っていたら、なんと既に五時半、
先方に断りをいれ、そこから更にちょっと。
普段から地下にもぐることが多いので、
夏を改めて実感…


2009年07月15日(水)



 なんとか

サイさんの芝居、残念ながらいけず。

今月に入って、稽古から戻るとなんやかやと調べもの、図書館、深夜ファミレスオアマックの日々、来年3月に向けての(我ながらゆうしゅうな向かいかたである←ただ、8月しか時間がないので慌てた、とも言う)叩き台の本を集中的に書き始めたのだ(とはいえここに至るまで5ヶ月くらい)、表現とかわたしが暗い(初体験ということ)世界なので、逆に楽しみつつ、普段絶対に書き込まないことを書いたり、歌きらい、とか言いながらよしこの際だ、で入れてみたりしている(笑)
思うのは、大人も子供も楽しめる玩具箱たれということ←それぞれの目線で

で、今朝早く、準備稿を脱稿した(とはいえここから打ち合わせ→書き直し→初稿→打ち合わせ→ニ稿→→→→決定稿と続く最初で…)
童話が元とはいえ
…われながらわっかりやすいホンだ…
出来不出来はこれからこれから…

元々は美術家さん発信の企画なので、さて、火がつけられるかなぁ

明日は、別の(劇団劇作家さんの)台本打ち合わせである。こちらは作家さんと。次の出口を見つけないとなので、また籠もって物語と格闘…

その前に稽古稽古…

緊張の夏、日本の夏。
アツい夏…


2009年07月14日(火)



 どちらでもない、って一体

とあるアンケートにつっこむ、の続きである。

設問,海譴蕕里海箸砲弔い討匹思いましたか?
一・前からしっていた 二・初めて知った 三・どちらでもない

設問の形態はかわるが、答え三択は全て同じである。
設問から察するに、この企画をやってみて(または見てみて)の三択問題なわけであるが、
一・前からしっていた
↑コレに関しては、大概の場合、ちゃんとあてはまる。
なにせ一生懸命新しい試みをしていることを「既に知っている」という上から目線で対処できるのである。言うなれば、もっとつっこんだところを知りたかった、とか。
二・初めて知った
↑コレもとてもよくわかる。なにせ、初めてしったわけである。たとえ、後で、あ、あれは小学生の理科の時間に聞いたことがあった気がする…と思ったところで、その人間が、その場に来て、見て、触ったものが「初めてのような感覚」になれた訳で、主催者サイドとして、一番欲しい意見である。さらに本当に知らなかったことで、ここが興味の入り口となってくれたらこれはもう提供冥利につきる(そんな言葉聞いたことがないが)
で、三・どちらでもない
である。前から知っていないし、初めて知ったわけでもないし、どちらでもない?んー、わからん。
どちらでもない=興味をもたなかった
とか
どちらでもない=その事については見過ごした、もしくは、あえて読まなかった
ということか
これはもう、一と二の統計を取りたいだけで、適当にプラスされた項目でしかないのではないか?
しかもこの答えの置かれ方からして「どちらでもない」は設問に対しての答え、というよりは、「初めて」「経験済み」という二択があって、どちらにもあてはまらない、という意味でおかれている気がして、これでは本当に、なんのこっちゃやら意味がわからない。

で。当たり前のように設問に還って「ん?」と思う。
A「どう思いましたか?」
B「初めて知った」
これ、文章としておかしい。
A「どう思いましたか?」
B「前から知っていた」
やっぱりおかしい。

この二択を導く為には、「このことについては」という設問でなければならず、「どう思いましたか?」に対しては「良かった」とか「良くなかった」と有体に答えなければならないだろう(有体じゃないアンケートなんてなんだと思いつつ)。とすると、ほぼ全部の設問がこの形であった場合、三の「どちらでもない」に丸をつけるのが正解、ということか(←点数を取るものではない)
…なんのアンケートだ。
コレは一体何かその後の役にたつのだろうか…。

で、もののついでに思い当たって「全てをちゃんとモーラする」設問を作ってみる。

設問:台本を書き始めると、こういう脱線の文章の分量とそれに費やす時間が殊更に多くなる。
一・前からしっていた 二・初めて知った 三・どちらでもない

これだ、三、である。
いろんな意味をもって、三、である。
これ以上わたしにとっていい設問はないと思われる。

なぜなら、「前から知っている」と言い放つと、これはこれで問題だから。わかってるなら直しなさいよ、という当たり前の感想が自分でも導きだせるから。そして、「初めて知った」といって嘯いていられるほど、人として器が大きくないのだ。するともう、どちらでもない。これしか選べないじゃないか。


都議会議員選挙が終わった。
家には投票用紙が来なかった。
なぜだ…
税金払ってるのに…
一・都民である 二・都民ではない 三・どちらでもない
三、だな…

2009年07月12日(日)



 普通って一体。

とあるアンケートである。

当てはまるものに○をつけてください。
設問 〆Fのコンサートを聴いてどう思いましたか?
一・とてもよかった 二・よかった 三・普通 四・よくない 五・全然よくない

ま、これはいいとして…

設問◆‥玄物の説明についてや、時代や図などの表記がわかりやすかった。
一・とてもよかった 二・よかった 三・普通 四・よくない 五・全然よくない

ちょっと、違和感を感じてくる…

設問 あなたは短気ですか?
一・とても短気 二・短気 三・普通 四・短気でない 五・全然短気でない

どうだろうか…

設問ぁ,△覆燭呂茲お酒をのみますか?
一・とてもよく呑む 二・呑む 三・普通 四・呑まない 五・全然呑まない

もっと極端にすると…

設問ァ,△覆燭鷲袖い任垢?
一・とても病気である 二・病気である 三・普通 四・病気じゃない 五・全然病気じゃない

なんか意図が変わって、五に○をつけた奴が確実に病気である。なんて公式がでてきそうなもんだが、ここで問題にしたいのは、
「普通」
という言葉である。
これは嘗て脚色した本でもギャグとしていれたような記憶が最近になって蘇ったのだが、大体において、こういう三から五の○付けでいくと、左が強く、右にいくに従って弱くなる。で、真ん中においてある言葉が例の「普通」という言葉である。
普通って一体何なのだろうか、、、

,鮓る限り、「ああ、聴いて普通だったのね」と考えられてまあ、いいような気もするが、「折角コンサートに来たにもかかわらず、気持ちはいつもどおりだった」と考えると、意味が変わるし(全然よくないよりも、ひどい場合が想定される)、「俺はよくコンサートにいくが、この演奏は上手でもなく下手でもない、普通だ」という解釈も可能ではないか?

△鮓てみると、そもそも設問と答えの会話が成立していない。
A「わかりやすかった?」B「普通」これでは人としてどうなのよである。
分かりやすかった?という質問にはやはり、わかりにくい、か、わかりやすい、と答える。逆にそこに「普通」とあることで、物事を複雑にしているような気がしてならないのだ。ま、この場合設問自体が、「〜わかりやすかった。」と人に尋ねている体でありながら、すっかり言い切ってしまっているので、「ああ、そういう意味では、自信があるのね、でも、ぱっと見た感じではそれくらいのことは提供側として当然だし、普通にするのでは?」の「普通」かもしれない。

である。もう、なんだかよくわからない。
表層だけ眺めると、「普通」とすることで「短気でもないし、気が長いわけでもありません」という理解なのかもしれないが、前述の通り、左から強く右に行くに従って意味が弱くなるとしても、「全然短気ではない」=「気がとてつもなく長い」という公式は成り立たないと思うし、第一そんなこと聞いてないし設問が。すると「普通に短気」なのかもしれない。が、じゃあ、だからその普通ってなんなのよ、である。そもそもA「おまえってさ、短気?」B「普通だよ」これではなんのことやらわからない、あくまで、短気であるか、短気でないかを聞いているのでしょ。

ぃ繊屬△鵑燭茲呑む?」B「普通です。」
これは会話としてはある。で、私もよく使う。←ということは、この「普通」は既に周りからしてみれば「普通」ではないということになるような気がするのだが…
しかし、この答え群の場合、二に「呑む」という答えが用意されているのだ
、同じではないかこれでは。二に○をつければいいではないか。というか、三の普通はいらなくはないか?
それとも私のように、よく呑むとは大手を振って言いたくない恥じらいのある人間の為に、大きく意味を解釈できる(あなたは大量っていいますけどね、わたしにとってはこんなもの「普通」なんですから、、とか)普通を用意してくれているのだろうか。

ァ嵒袖ぁ」という質問に「普通」は普通におかしい。
A「先生、わたしは病気なんでしょうか?」
B「普通です」

……。

なんか、最近、自分でもアンケートとったり、書いてもらったりすることが増えて、逆に自分がアンケートを書く場合、「他人のふりみてわが振り直せ」で、結構真面目に答えてあげようとしている(昔はそんなこと自体しなかったが←大人。)。で、真面目に読むと、突っ込みどころが満載で、設問の意味内容よりも、その、意図、を考えてしまうのだ。

わたしは普通じゃないのだろうか…




2009年07月10日(金)



 一日シェイクスピア

プロペラの日本公演を観に行く。
野田さんが初芸術監督で、池袋に呼んだイギリスの男だけの劇団。

昼、ヴェニスの商人。

夜、夏の夜の夢。

都合、五時間。
先日飯田さんが、今度出演する芝居は九時間で、チケット代が二万九千円だと言っていたけど(汗)、
それほどではないにしろ、
結構な覚悟を持って、体調万全で見に行く(笑)。
これで、ひどかったら…
とかとか色んなことを思いながら、
ただ楽しみにもしていたので(一発目がつまらんはずはなかろうという…)、、、

結果、両方とも、手触りは違うけど、
(オーソドックス(夏の夜)と、新趣向ある(ヴェニス))
とても興味深く観る。結果、あまり時間は気にならない。
こうなると、知っている話なのに、同時通訳レシーバーを使わないといけない自分に、嗚呼…である。

昼、夜ともに、いろんな方がみえていた。
で、夜終演後ロビー、お客さん挨拶を続ける野田さんの前に、
売り込みでしょう、若い子ら、扮装して登場。
周りの呆然とした冷たい目線にも関わらず、
なにやら開演、いや、怪演…
挨拶をしたくて待っている人も沢山いたのに…
ま、なにはともあれ長かった。
空気を読むなんてことは必要ないとは思うが(視点を換えれば、みんな唖然呆然って面白い)、
短く、まとめて。
芝居よりも、その空気の中にいることに、どっと疲れが…

で、終わらないし、誰も止めないので、帰ろうとしているところに、小森氏登場、どうやら、ロンドン留学している時に、プロペラにくっついていたらしく、本日は、「呑みに」きたそうで…

まず、英語だよなぁと思い直してみたり…

その後、Kさんと東中野の我家で終電まで。

2009年07月08日(水)



 待ち人来たらズ

結局、香港帰りの友人とは、連絡がとれず、会えず。

で、その間に美味いそば屋を発見したり、人につきあってもらって時間をつぶしたり、やる筈じゃなかった仕事をこなしたり(←これは逆に良いことじゃないかと思う、逆に)していたわけだが…

結論から言うと、
「じゃあ、その日ね、しらない番号からになると思うけど、出てね、じゃあ」
みたいなことで済ましていて(←これはメール)

実際のところ、彼奴はわたしの携帯番号も、メールアドレスも全て、香港においたまま、久しぶりの日本旅行はつつがなく済んだのだそうだ。

で思う。
彼奴とは幼馴染だ。
で、昔から、そして、大学生、社会人(彼奴は途中から転勤し、赴任)←私の場合、社会人というものが一体なんなのか…なまま、であるが。
と、前もって日時を決めてあったことなど、ない。
言ってみれば、
「今から行くわ」とか
「今から来いよ」とか
「今なにしてる?」とか
で、済んでいたのである。
でもって、家もべらぼうに近かったりして。行けばよかったのだ。
ま、昔々は別として、ある日からポケベルだったり、携帯だったりが登場し始め、改めて、「何月何日の何時に、何駅の何々口ね」なんて約束を取り交わす必要もなかったし、←あ、一度だけ、わたしが香港に行った時は、連絡をしたが、これは特殊であるから除外。
関係が変わることもなかったのだ。

だがしかし、私らは既に、実家住まいの人間ではない(まそりゃそうだ)
しかも、こういう場合、実家に電話をして、今の連絡先を…
なんて思ってもそもそも電話番号など記憶の彼方だったりするし、
更に彼奴の実家は引越しして、その先を私は知らない。

携帯ですぐ連絡を取れる生活の慣れに陥っていることにあらためて気付く。
走れメロスも今や走る前に、
「あ、ごめんなさい、ちょっと目の前にありえないけど大水で川ができていて、約束の時間にはとても間に合いそうにありません。信じて」
と、ワンケア入れとけばいいのである。

あの、遅れたらもう、あの子はいないかもしれない

というドキドキ感もないし、←なんの話だ

約束の変容である。
そんな大層なことでは絶対にないような気もするのだが、変容である。

で、今回の場合、もういい加減ここまで連絡がないとすれば、彼奴を考えるにおそらく「連絡先を当地に置いてきた」ということが容易に想像できるのだが、イチイチ携帯を見てしまうこのもどかしさ…

嗚呼無常。。。

でもきっと、次回も同じ約束をする、そんな気がしている(笑)

2009年07月06日(月)



 いずれ呑む

四月から続いていた大学講義(わたしはサイドコーチとして参加)が
既知の通り先月でめでたく終了。
で、なんだか毎週のように呑んでいたように思いながら(爆)
改めて、担当の教授も含めて、打ち上げ。

19時開始予定。
なんやかやと店を探したりしたのだけれど、ボーナス後のしかも週末、なかなか目当てのお店は空いていず…
三丁目近辺で乾杯。
といいつつ、集まりは二十時ごろで…(わたしも稽古の為遅れた一人です、すみません)
で、最初の店で乾杯も、宴もたけなわでありつつ時間制限に追い出され、
久々に、「平次」(牛タン屋さん)に移動。
いやぁ、食った飲んだ、飲んだ、食った。
元まかない食だった、辛いカレーも二度ほど食し(もう一体どうなってんだか)、講義のこれからの問題点などなどなども話されつつ、段々と、ぜーんぜん関係のない話に花が咲く。
で、花が咲けば、気がつけば、電車は動いていなくなる。
これ、世の常。

で、ココ最近はめったにいかないカラオケ屋へと乗り込む。

遅ればせた、キヨシロウ追悼から始まって(これは別の日にも別の人と、やったよな記憶もあるが…)
始発までたっぷりと、
安い焼酎の大量に入れられたウーロン杯で喉をいやしつつ…
カラオケは芸があるか、とんでもなく上手いか、面白いか、
そんなことを教えられたもうええかげんおっさんたちと共に。
ま、打ち上げ、ですから。

しかし、物凄い頭痛を伴う二日酔いである。。。
しかし、今日は、香港から親友帰京により、また呑む予定である。。。


2009年07月04日(土)



 いずれ呑む。

木曜日、
午前中から打ち合わせがあって、予定より大幅に遅れて、喫茶店から喫茶店へ。
10月にやるリーディングの作家さんと台本について打ち合わせ二回目。
あと二度三度?ある予定、じっくりと二時間強、このご時世に灰皿が山盛りになる(←喫煙者一名)。その後、別の作品で作家さんでありながら、わたしチームの助手をしてくれる方と雑談のような、情報収集のような、、、どうリーディングするか、で。
夜は正に目の前のモリエールで←ということは、時間つぶしにつきあってもらった、とも言う
円堂氏(何度もりばいぶに出てもらっている)と柴田みゆき(ぶるどっく☆けちゃっぷ主宰)が出演しているアセンション2012を見る。
まあまあ、突っ込みどこ満載過ぎて、そもそも、客席端からはよく見えず、ま、ネタばれするのでなんですが、宗教教唆です、怖いです、御伽噺なのか事実に即してなのか、言葉遊びから派生して、笑っちゃいたいのか、なーんもよくわからず、よく調べたでしょ僕、なんだけど、肝心の外側からの検証もしてないから
「どうして人は歴史を捏造するのか」好きなわたしとしては(笑)
四の五のはいいや、
作品の八割が説明台詞、
戦争反対を謳いながらの、神国日本って…

ただ俳優さんはちゃんとやってるのよね…

ちゃんと作品を練ろう、と改めて思う次第。(実際今日は直前までこまかーいことにこだわる時間だったので、悲しくなりながら…)
丁度昨年りばいぶに出てくれた飯田さんも観劇に来ていたので、
「ビール飲みましょうよ!」
で、終電まで笑いながら笑いきれずも、ワーワーする。
最終的にはみゆきも合流。

いずれ、呑むのだ。


2009年07月03日(金)



 いずれ呑む。

昼に久々のサンシャイン劇場で、死霊のはらわたミュージカルを観劇、
元来の“なんでうたいだすのよ?”病持ちのわたしながら、
そういうことすら踏まえて達観して作られているので、あんまり気にせずみれた、脚色のタッチだなぁこれ。意味を捨ててる(笑)
しかし、外人然とした動きはたとえ狙いでも鼻につかなくなるまでに時間がかかる…(苦笑)
夜はなぜか最近通いなれた母校の裏、Pカンパニー(長谷川くん出演)の阿藤智恵さんの作品を。
不条理のような、そうじゃないような(特にラストは条理…?)
棺の色とか「かくあるべき」モノが「有り得ない」色に染まっていくのはオモシロい。
終演後、小屋での乾杯、打ち上げに参加させてもらって、皆様とあーでもないこーでもないする。長谷川(Hくん)は、ブランデーをクイクイと…

あ、わたしは芋焼酎で。




2009年07月02日(木)



 しかるべく

もう言い尽くされているのを承知で、
例の
しかるべき時にしかるべき形でしかるべき対処をします。

というあれである。

公式会見やらなにやら政治家やら
某国首相が最近殊によくつかうあれである。
叱るべき×
鹿るべき×
然る可き○

要は何も言っていないのである。
結論としてもなにも言っていないのである。
解釈は、「聞いた側の判断」に任される言葉である。
誰でも知っているのに、都合のいい言葉だ。

言い換えてみて
最適な時に最適な形で最適に対処します。
当然な時に当然な形で当然に対処します。
相応しい時に相応しい形で相応しく対処します。
あるべき時期にあるべき形であるべく対処します。

然るべき、最適、当然、相応しい、あるべき
わたしらは、その具体的内容にふれたいわけである。
しかし、色んな意味を含みながら、難しい言葉を羅列して、なんとなく、意味があるようで、実のところ長いだけでまとまっていないのだが、それらしい装いをして、突っ込みどころをなるべくなくし、でも意見はしっかりとある風でいて最後のところは煙にまく。
つまり自分で責任はとらないが、聞いた側の判断で、それはそう解釈した方に責任があるとする。「わたしがいつそんなことを言いました?」というあれである。そんなのが政治家の上手い弁舌だったのだろうが、
その中でも、極めて使いやすい言葉なのだろう。
なんか、「あー、わかってるんですよね?じゃあ、よろしく」という気分になるではないか、ちゃんとした人が話しているところを想像すると(笑)。
しかし、もういい加減さあ、、、と思う。
しかるべき対応をとれ!

…とか。

これを芝居の現場でやってみたら。
演出家がダメだし中
「あのさあ、この本の然るべき解釈ができていないんだよ、この役の然るべき役割も読めていないし、本に書いてある然るべき動きも全くできてないし、然るべき言葉で喋れていない、然るべく考えてこい」
簡潔に翻訳すると
「本の解釈ができてないから、もっかい考えてきて」
違約すると
「この演出家にはプランがない」
である。

なんか由々しき問題な気がしてきた。。。

2009年07月01日(水)
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