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JIROの独断的日記 DiaryINDEX|past|will
◆ふと、思ったのですけどね。 きっかけはこんにゃくゼリー騒動である。 「正気の沙汰とは思われない」 のである。 1歳児にこんにゃくゼリーを食わせたら喉に詰まるかも知れない危険があることぐらい、当然予想して 然るべきだ。 どうしてもこんにゃくゼリーを食わせたいならば小さく切れば良いだけの話で、 或いは、危険だと思うなら(思わなかったのだろうが)はじめから子供にはこんにゃくゼリーを 与えなければよい。それだけのことが。製造者に責任は無い。 同じように大騒ぎになった「割り箸訴訟」と似ている。 そもそも子供に綿飴を買い与えるのは良いが、それを食べながら歩かせる方が悪い。 行儀が悪い。私の子どもの頃は「歩きながら物を食べるのは、乞食のすることだ」と 躾けられたものである。大学病院に損害賠償請求する前に、親である自分の不注意を反省すべきである。 何でも他人の所為にする。訳の分からない人間が増えるから、「こんにゃくゼリーの安全基準」を 国が策定する、というアホなことが起きる。 ◆虚構と現実の倒錯。 もう一つ。全然違う種類のことだが、テレビドラマの終わりに このドラマはフィクションです。 という「断り書き」が表示される。大分簡潔になった方だ。 以前は、 このドラマのストーリーはフィクションであり、登場する人物、団体などは全て架空のものです。 だった。 しかし、私が子供の頃、あんな表示はなかったのである。 言うまでも無いほど当たり前の事だからだ。 「ドラマ」は「芝居」であり、芝居は全て「ウソ」だ、ということぐらい、 子供にさえ分かる事だ。 だから「このドラマのストーリーはフィクション〜」の表示が初めて出たとき、 私の親父など、怒っていたのを思い出す。 そんなこと、当たり前じゃないか。言われなくても分かってる。人をバカにするのか。 ということだ。誠にその通りで、当時子供だった私にでさえ、滑稽に思えた。 だが、世の中「存在するものには理由がある」のだ。 私は目撃したことがないから、半信半疑なのだが、ドラマにおいて悪役・敵役を演ずる 役者さんが、道を歩いていると見知らぬ一般人からすれ違いザマに罵倒されたり 甚だしい場合には石を投げられるという。悪役の子供さんは学校でイジメられることが多い、という。 昔、NHKの朝ドラ「おしん」(1983年4月4日〜1984年3月31日)は、驚異的なほど高い視聴率を得た。 「おしん」の子供時代を演じた女優の小林綾子さん(当時は子役)は、ドラマの舞台となった山形のみならず、 全国で、うっかりオバサンたちにつかまると お腹空いてるんでしょ?可哀想にねぇ。ご飯食べていきなさい。 と、迫られ、困惑したという。オバサンたちが善意であることは否定しないが、 やはり、「正気の沙汰とは思えない」。 かつて、インスタントコーヒー、「ネスカフェ・ゴールドブレンド」のCMで 「違いの分かる男のゴールドブレンド」シリーズが長く放送された。 小説家、音楽家、画家、建築家など、もっぱら「文化人」が登場するのである。 岩城宏之さんが、「違いの分かる男」だった頃、あるゴルフ場でキャディーのオバサンから、 あんた、大変やねえ。毎日あんなにコーヒー飲んで、お腹こわさん? と、本気で心配され、一瞬絶句したという。 この手の話は枚挙に暇がない。現実と虚構の区別が付かないというのは、 相当、「危ない」レベルだが、「このドラマのストーリーはフィクションであり〜」が 表示されるようになったのは、多分、ドラマを現実と錯覚した視聴者から、 苦情の電話が多かったからであろう。 大抵の人は、自分の精神や人格はずっしりと落ちついており、「狂気の要素」など 微塵もない、と考えているだろうが、人間の精神はそれほど、堅固なものでは、無いのかもしれない。 【読者の皆様にお願い】 是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面の右下にボタンがあります。よろしく御願いいたします。
2009年12月28日(月) 「ラフマニノフ 鐘」で検索して来られる方が多いですね(笑)。ラフマニノフの他の曲を聴いてみます? |