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JIROの独断的日記
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2007年09月29日(土) 「救急車要請2件、同一と思い2件目は不出動…東京消防庁」←救急車に乗った事がありますか?

◆記事:救急車要請2件、同一と思い2件目は不出動…東京消防庁(9月29日21時47分配信 読売新聞)

東京都品川区で28日深夜、近接する2か所から相次いで入った救急車要請の通報を、

東京消防庁の担当者が同一現場からの通報と思い込み、2件目の現場に救急車を出動させなかったことがわかった。

この現場には、マンション14階から飛び降り自殺を図ったとみられる男性(60)が倒れており、

通報から54分後に救急隊員が駆けつけた時には心肺停止状態で間もなく死亡した。

同庁は29日午後、緊急記者会見を開き、「不適切な対応で誠に申し訳ない」と謝罪した。

同庁の説明によると、28日午後11時48分、品川区八潮の路上で「泥酔した人が倒れている」

という119番通報が同庁総合指令室に入った後、同56分には、約300メートル離れた路上でも

「男性が倒れている」と警視庁から通報があった。


◆コメント:人のミスだけを誇大に強調し、「良い仕事」を取りあげないマスコミ

マスコミというのは、自らは何もしないで、人の仕事の粗探しに精を出し、頼みもしないのに紙に刷ったり、

電波にのせたりして、日本中に言い触らす。それで良いことをしたつもりになっている。

上の記事で報じられた内容は、ミスかもしれないが、救急体制・救急隊員は、その殆どのケースにおいて、

真摯に任務を遂行している。


◆我が救急車体験:亡父が倒れた時のこと(話が長いですが、具体的に書かないと、分かっていただけないと思います)。

私の父は、1992年12月26日に脳梗塞を起こし、一旦回復したが、1993年8月30日に脳出血(であることは、当然、後で判ったことだが)を起こし、

寝たきりとなった。

1996年1月30日に他界した。当時ロンドンに駐在していた私は親の死に目に遭えなかった。




それは、いい。要するに脳血管障害で死んだオヤジだが、その可能性も兆候も何年も前からあった。


可能性とは、長年高血圧だったことが、一つ。

兆候とは軽い脳梗塞を起こしたのではないか、と思われるような症状が認められたこと。

ろれつが回らなくなる。すぐ前の事を忘れる。言葉が出なくなる。などである。

脳血管障害との関係を医師は否定するが、私は関係があったに違いない、と信じていることがある。



父はもの凄い量の鼻出血(鼻血)のエピソードが何度もあるのだ。

洗面所でぶっ倒れられたら(当時の我が家の洗面所は寒かった)大変だから、リビングにビニールシートを敷いて、

テーブルの上に洗面器を置き、父は顔を下に向け、何時間も苦しそうにしていた。

初めの頃はそれでもなんとか、自然に止まったが、何度も繰り返す。鼻腔内の血管の同じ位置から出血したらしい。



こういう話をすると医療従事者は、

「いやあ、鼻血ってのはね。すごい量に見えるかもしれないけど、唾液なんかが混ざっていますからね、大した出血じゃないんです」

というが、洗面器一杯に溜まるドロドロの血液を、この目で至近距離から見ていた私には、そう思えなかった。ただ事ではない、と思った。

後述するが、父はこの後病院に運ばれるハメになった。

とはいっても私は仕事がある。毎晩自宅に帰るとリビングで血のにおいがして、何日も消えなかった。



はっきり書くが、女性は生理があるので、血にはある程度慣れているが、男は周期的に大量の血を見ることがない。

鮮血の視覚的ショックにも、血液の臭いにも敏感なのだ(医療従事者はこの限りではないことは言うまでもない)。



話が逸れた。

悪い予感は当たった。

何回目かの鼻腔内大出血のとき、父がふと用を足したくなりトイレへ行った。

私はあまりの緊張と不安から、リビングに隣接している台所でタバコを吸っていたが、「ん?」と思った。

オヤジがなかなかトイレから出てこないのだ。

母も同様の不安を感じたらしく、トイレに向かった。



母がドアを開けた途端、悲鳴が聞こえた。

父は、小用を足して、ズボンのチャックを閉めたところで、卒倒したのだ。

まさに、母がドアを開けると同時に、父は、直立の状態から、真後ろに倒れたのである。母だけでは支えきれない。

私も飛んでいって、何とか頭を床に強打させないで、床に仰向けに寝させた。

また出血して、血(の塊)が気道を塞がないように、顔を横に向けた。



父の意識は残っていたが、朦朧としていた。発する言葉の意味が不明である。やばい。

倒れたところはトイレで、後ろ向きに倒れたので、下半身はトイレの床、上半身は廊下にある。いずれも寒い。

毛布をかき集めた。寒さで血管が収縮すると本当に脳溢血(梗塞か出血)を起こすかもしれない。



母は無論、父を心配していたが、医者の娘(母方の祖父は昭和大学の皮膚科・泌尿器科を創立した医者である)なので、パニックに陥らない。

(母は、「医者の娘」であって、「医者」ではないが、医者の子供は「門前の小僧」で病気や怪我を病的に怖がらないのである)

私は深呼吸をして生まれて初めて119番に架電した。

「鼻血」だけでは、来て貰えないかもしれないから、トイレで倒れた所を強調した。119番の受付の方が
「分かりました。救急車、5分で行きますからねっ!」

と、おっしゃった。

我が事のように心配して下さっているように思えた。

それだけで気持がずっと落ちついた。


◆救急車に同乗した。

私は救急車が迷わないように、大きな懐中電灯を手に、家の外に出た。本当に、あっと言う間にサイレンが聞こえた。

音のする方向の路地に走った。正面から救急車がやってくる。救急車がこれほど頼もしく見えたのは初めてだった。

懐中電灯で、曲がる方向を合図した。救急隊員の方が、「分かりました」という仕草をした。

家の真っ正面に救急車が止まった。

「鼻血」といっていたのに、救急隊員の方々は真剣そのものだった。無駄な動きが全くない。



父を目にしても、落ちついている。さりとて冷たい訳ではない。

父の名前を私から訊き、呼びかけて意識レベルを見る。もう一人の隊員さんはバイタルを診ている。

狭い廊下だったが、重い父の身体に衝撃を与えないよう気遣い、あっと言う間に救急車に搬入した。私と母が同乗した。



我が家は昔も今も荻窪である。

青梅街道を走れば約10分で着く、東京医科大学病院へ運ばれることになった。



救急車の中でも父の鼻出血は続いた。

救急隊員の一人が、膿盆にガーゼを敷いたものを父の口元に近づけ、

「はい、そのまま、吐いて大丈夫ですよ。出していいですよ」

と優しく声をかけ、励まして下さった。

私の視界は涙で曇った。心底「ありがたい」と思った。



この人達は、それが職業とはいえ、365日24時間(無論交替で、だが)、

全く知らない赤の他人の生命を救うために、任務を遂行しているのだ。

文字にしてしまうと「当たり前」と思われるかも知れぬが、私はその行為の尊さを身体で感じたのである。

既に社会人だったから、「このような人々の給料になるのなら、喜んで税金を納めたい」と思った。



しばらくして落ちついてから、その時の救急隊の方々に御礼がしたいと思い、

菓子折を持って、母と消防署を訪ねた(何処の消防署に所属しているのか、母がいつの間にか訊いていたのだ)。

幸い、お世話になった救急隊員さんたちがおられた。文字通り心から御礼を申し上げた。

大変喜んで下さったけれども、菓子折は「これが仕事なんですから」と遂に受け取っていただけなかった。



救急隊員さんが悪いのではない。どうせ役所の上が五月蠅いのだろう。

こんなの、贈賄も収賄もへったくれもあるか。人として当然じゃないか。

父が死んだのはこれよりずっと後で、更に父の他界から11年が経った。



今でも私は、あの日の救急隊員の皆さんへの感謝の気持ちを抱き続けている。

忘れることなど出来ないのだ。多分、一生ね。


◆マスコミもバカだが、救急車をタクシー代わりに使うバカがいる。懲役にしろ。

冒頭の記事は、日頃の救急隊員の活躍の有り難さなど知らないのだろう。知らなくても想像力を働かせればどれ程大変な仕事か分かるだろう。

それなのに、ブンヤ(新聞屋=マスコミ)ただ一件のミスを取りあげ、鬼の首を取ったように報じる。

許せん。貴様らに何が分かる。



もっと許せないのは、救急車をタクシー代わり、又はそれに類似した理由で呼ぶバカどもだ。これをご覧なさい↓。

東京消防庁<安心・安全><救急アドバイス><救急車の適正利用にご協力を!>

救急車を呼んだ理由。


  • 「夜間・休日で診察時間外だった」(東京には、各市、区に休日診療当番医がいる。夜間の急患を受け入れている病院も沢山ある。)

  • 「救急車で病院に行ったほうが優先的に診てくれると思った」(そういう人は、一番後回しにします)

  • 「どこの病院に行けばよいかわからなかった」(お前、いい加減、張り倒すぞ)


マスコミは、冒頭の記事を書くならば、同時にこのようなひどい現実も報道しなくては不公平だ。

恣意的なんだよ。必ず誰か「だけ」を「悪者」にしようとする。こういうのを一面的な思考というのだ。

何が真実の報道だ。役立たず。ブンヤのバカども。



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