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■ 所謂初めての…��
呑んだくれの初早盆体験。 そんな中、呑んだついでに?南海放送へ!?
元々が、五年前に芝居作りで住み込んだのがすべての始まり。 本年二月にも栃木県は足利市にて市民からの立ち上げ演劇をしてましたが、そんな活動の大本が、四国は松山市だったのです。
で、帰省初日、ど深夜、五年前、役者としてその舞台に上がったこれがまた「変」な男がおりまして(年上。が、わたしのことを「このおっさん」と呼ぶ)、当人曰く、「あんたたちに会わなければ、こんなことしとらんかった」と、なぜだか、関西弁で話す男。ちょくちょく(とは言え、一年に一度会えるか否かだが)連絡は取り合っていたのだが、この機会、六月の芝居も観に来なかったので?久方振りに呑むことに。(この場合、その日の夕方から呑み食べ続けていることはおいておく) 出会ったころは、確か金融屋だった筈なんだが…
その後、参加した夫々が、夫々の活動に従事し始め、熱かったカンパニーも五年も経つと、元の木阿弥に戻っていくもの、やめてしまうもの、また新しい興味に走るもの、様々な中、かの地で演劇なるものを復旧させようと、尽力している、のんびり風土の中、セカセカしているこの「おっさん」(奴の方がこの言葉似合う) とても気があうみたい(笑) ま、暑い中、熱いトークが展開されていたわけです。
で、午前様もいいとこを過ぎ、
「明日ね、ラジオのレギュラーがあるんで、ついでだから出ません?ゲストで。」 「は?何を話すの?」 「いや、なにをおっしゃいますの、今話してたことをかいつまんで、話してくれればいいんすよ。」 「か、かいつまんで?」 「せっかくでしょ。」 「え、明日も予定あるし…」 「なにしてはりますの?」 「二番町で呑むという大切な予定が…」 「何時からですの?」 「七時から。」 「じゃ、番組が十時からなんで、九時半にタクシーで南海放送に向かってくれれば、すぐですから、タクシー代、出しますから。」 「いや、呑んでるし…」 「なんなら、酒持ってきてくれてもいいですから。警備員室までって言ってください、運ちゃんに。なんなら、呑んでる友達も見学にくればええやないですか」 「だから、呑んでるし。」 「せっかくやし。三十分くらい。」 「………。」
なにがせっかくなのだろう。普段であれば、「いや、それは、ごめん」な筈だったのだが、 旅は道連れ世は情け、調子のいい関西弁と、それに茶色い飲み物が手伝って
「いいよ、なんでもいいんでしょ?」
と、その勢いに当てられるわたし。
そういえば、生まれて初めて、大学の教壇に立たせてもらったのも、ここ松山だったなぁ…(←その時は呑んでません悪しからず)
そして…
行ってきました、南海放送。
七時から、きっちり二時間呑んでから、タクシーに。 打ち合わせ三分。前の番組からの入れ替え一分。 左手にスイカ、右手にお茶で、話すこと一時間。 最初の三十分という話はどこへやら…
しかし、改めて思いの丈を話すって、面白いもんです。 赤提灯ならばただ勝手に話してればいいんだけど、これがまた、公共の電波にのって…などと考えると、小心者な私は、言葉と、考えと、確認確認しながら喋ることに。 思うことを改めて口に、言葉に出すこと。 自分でもへぇえ〜なんて思ったり。
そしてなにより、自分が関わっていく、関わっている、携った現場から、影響を受けて、この場合、わかりやすくパーソナリティーとしてわたしの前に座っているこの男の発止なしゃべくりを見聞きしながら、いい仕事をさせてもらってるんだな、と、改めて実感。総じてエライけど。
素直に、負けとれんな、と思ってみたり。
また機会があったら、やりましょ〜。 …そういう話だったな…
そして、一時間が過ぎ、わたしは再びタクシーに乗り、二番町を目指すのであった… そして、きっちり二時間何をしたのかは、言わずもがな。
2006年08月12日(土)
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