与太郎文庫
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| 2004年05月29日(土) |
続・中沢家の人々 〜 年金屋敷 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040529 三遊亭円歌の創作落語《中沢家の人々》では、本人と妻、および前妻 それぞれの両親、あわせて六人の老人が同居する。 昭和後期の世相を伝える代表的傑作として後世に評価されるだろう。 かつて、この落語家は年金受給年令に達したとき、いったん「謝絶」 したところ、区役所だかの役人が「そうはいっても、あなた一人ぐらい」 ととりなされたので、やっぱり「もらっちゃた」そうである。 このとき、すでに実は六人の老人が受給していたことは噺のネタには なっていない(観客も気づかずに笑っていた)。いまや後妻も受給年令 に達したはずだから、この一家に八人の老人が棲息しているのである。 さきの六人が、すべて国民年金だとすれば年額80×6=480万円、 円歌夫妻が(節税対策のために)プロダクション役員ならば、最高額の 400×2=800万円あたりか。一家あわせて1280万円となる。 その屋敷には六つの厠があり、その後二つ増築されたかもしれない。 おそらく円歌夫妻は、相当な厚生年金を負担した階層だが、さきの6人 は、ほとんど負担しなかった世代である。 ── 落語家で麹町のど真ん中に屋敷持ってるって落語家はあたしだけ です。麹町のど真ん中、元有島武郎の屋敷に住んでます。あたしが引っ 越してきた時は里見��て先生がまん前だったな。二軒奥ってぇと泉鏡花 住まいの跡。今だって(この辺よく聞き取れず)の隣は伊能チュウケイ 忠敬さん子孫のうちってんですかね。真横が株式会社ツムラ本社。 http://www.amy.hi-ho.ne.jp/~konishi_satoshi/look/2000/enka.html ── こにし・さとし《有島武郎と三遊亭圓歌 20000312》
三遊亭 円歌 1 落語 18760610 19271022 49 /籍=? 三遊亭 円歌 2 落語 18910428 新潟 19640825 73 /籍=田中 利助 三遊亭 円歌 3 落語 19320110 東京 /籍=中沢 伸夫(信夫) ──────────────────────────────── 新大久保駅員。19462代目三遊亭円歌に入門。前座名=歌治。1948 二つ目に昇進して歌奴2代目を名乗る。1949カール・ブッセの詩 《山のあなたの空遠く》で新作落語《授業中「山のアナアナ」》。 1958真打ち昇進。19700825先代7回忌に3代目襲名。日蓮宗僧侶。 1971芸術祭優秀賞。199608‥落語協会々長。19970110年金受給資格
(つづく) Yahoo!掲示板 > Yahoo!ニュース > 国内 > 医療と福祉 > 年金問題 2004/ 5/29 10:20 メッセージ: 8373 / 8373 投稿者: aedlib2000 これは topics_editor さんの 1 に対する返信です ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 続々・中沢家の人々 麹町のお屋敷に、六つの便所をつくった男が語る……。 有島武郎の旧邸、六番町にある。いま“六番町の師匠”と呼ばれる。 老人ホームで《中沢家の人々》を演ると、みんな泣きだすんだよ。 むかし銀座で取巻きを何人だか連れて歩いていると、水原弘が向こう から十数人連れてきた。ようようってんで、一緒に歩きだしたら、今度 は石原裕次郎が数十人連れてやがんの。 みんなでモンテカルロという店に繰りこんだけど、いまだに誰が払っ たのか思いだせない。 あとで藤山寛美が「会わなくてよかった」って云ってたけどね。 あいつの古典落語は、どっかちがうって云われるのは、もともと吃音 だったからでね。「こんちわ」ってところから始めたりして、つごうの わるいとこは、端折っちゃったりしたんです。 ── 「35年ぶり山のあな…爆笑三遊亭円歌」徹子の部屋 ◇落語界の"おきて"をどんどんと変えてきた三遊亭円歌がゲスト。落語 家でありながら出家もしている。自身の家族をテーマにした落語「中沢 家の人々」を披露するほか、石原裕次郎さんと豪快に遊んだエピソード を語る。 ── 《徹子の部屋 20051124(木)13:20〜13:55 テレビ朝日》 http://www.hatena.ne.jp/iwashi?mode=treedetail&thread=0000013193 ── 年金の行方 〜 そして誰も論じなくなった 〜
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