与太郎文庫
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1979年02月18日(日)  わが経営を語る   林 正典

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19790218
 
 わが経営を語る 
 
 日本包装運輸株式会社(神戸市)
 代表取締役副社長  林 正典 君
 昭和54年2月18日・於 熱海 大観荘
 
 当社は包装運輸の名で、はじめ包装を本業として創立しましたが、現
在は倉庫・船舶のエージェント・通関など、輸出入の手続きを業務とし
ております。
 運輸の面では、トラックは一台もなく、かつて持ったこともあります
が、事故やその他の点で下請に依存した方がよい、という判断によりま
して、現在は持っておりません。
 昨年度売上約33億円、利益1.6億、社員230名ですが、下請からの出向
や、100%出資の子会社などを併せますと、総員は約500名であります。
 戦後、創業当時は繊維織物の包装を主として好景気が続いたのですが、
12〜13年前から悪化しまして、木箱包装に変るにつれて倉庫業務を強化
し、現在のような輸出入関係の業務を加えて参りました。
 コスト面での競争が激しく、その結果サービスの延長として、こうし
た業務が重要な部門に成長し、現在の目標としまして、海外業社との提
携による Door to Door Service を掲げております。
 こうした業務は、ほとんど政府の認可を受けながら進んでまいりまし
て、いわば封建的な業界である、といえます。
 加えて、高度成長期は、取引先の伸長が、そのまま自社の伸びにつな
がって、自社の努力があまり必要でなかったこともあり、取引先の七割
ないし八割が一部上場会社であったために、順調で安定した業績をあげ
ることができました。
 しかし、石油ショック以後は、取引先各社にも相当きびしい事態が生
じまして、たちまち荷物量が減る、という段階では私たち自身の努力が
要求され、その結果、体質改善を図らなければ、他社に負けていくので
はないか、という不安も生じました。
 この問題に対応するには、社員一人一人の向上のため、すべての社員
に経営の内容を認識させ、理解させるために、約3年前から“全員経営
参加”というテーマで、つぎの発表大会を設けることになりました。
 
 ◆ 期首期末の発表大会
 
 まず、各期のはじめに、社長・役員・各部長がそれぞれの立場から、
売上目標や利益の考えを示す“方針発表大会”では、その目的達成のた
めに各部・各課で何をすべきかを発表します。
 そして期末の“実績発表大会”で、その結果を分析し、同時に昇格人
事の発表、永年勤続者表彰、結婚出産などに金一封を贈る形式にしまし
た。
 実績表彰については、各部単位の評価で、総務や政府関係のスタッフ
から一人、さらに現業から一人、という三部門に分けて選び、公平を期
します。(総務関係者は、日ごろトップと密着した印象を与える点で、
事前の了解を得て、あまり表彰しない方針です)
 その後の傾向を見ますと、これまでは部単位の評価が、課単位のもの
に変っています。利益の対象に、課の効率を重視するようになり、各課
長の明確な方針が要求され、昨36期の期首発表大会では、課長中心とな
り、各課長が、現在の厳しい状況を認識した上で、全社員の前に、その
方針を明らかにすることになりました。
 
 ◆ 認識の徹底
 
 こうした発表形式の背景となったものに、従来ともすればマンネリ化
していた問題、営業と現業の分離がありました。それぞれの立場から、
たとえば原価意識など、お互いに大まかな形でしか把握していない点に
問題があったようです。
 その前に、部から“課の独立採算制”に移っておりまして、現業も独
立採算制を採るべきではないか、という議論もありましたが、そこまで
やると、今のように厳しいコスト情勢の中で、不必要なボーダーライン
を設けては、かえって活きたセールスにならない、と判断しました。コ
スト・フレキシビリティ(原価柔軟性)を重視したわけです。
 ただし、営業の取ってきた仕事を現場が受けるに当って、その仕事が
適切な単価であるか、もし標準単価を割る場合には、現場から下請に対
する再交渉により、実質的な原価コストを維持するわけで、三年前まで
は、まったく考えなかった方法で、その結果、営業にも現場にも原価意
識が徹底し、利益採算性の追求が厳しく行われるようになりました。
 こうして、時には部や課のあいだで、デッド・ヒートを見るようにな
りましたが、それぞれの部門が会社全体の中で、どのような役割りを負
っているか、という認識を高めるためにも、私たちは大いに奨励してお
ります。
 期首期末の発表大会だけでなく、毎週の部長会議を通じても、こうし
た方針を徹底させるよう努力しています。
 さらに、これまでの経験から、これら認識の徹底については、何度も
繰りかえし説得することが必要で、たとえば、部長会議では反応が速く
ても課長の段階で、なかなか効果があらわれない、といった傾向があり
ました。しかし、この三年間に改善され、全体的な流れを理解した各課
長の動きが、当社の大きなメリットになりつつあります
 
 ◆ 延長と展開
 
 昨日、有岡先生のご発言にもありましたように、輸出環境がたいへん
厳しく、昨年一昨年に比べて、今後ますます伸び悩むであろうことは、
私たちも神戸港におきまして、日々実感していることでもあります。
 その影響をモロに受けながら、なおかつ脱皮する方法として、私たち
の場合、先にも申しましたように、サービスの延長以外にない、と思わ
れます。
 海外の提携先とのタイアップによって、船のゲートから現地の内陸
(ドア)に至る手続きを開発し、サービスとして展開するわけです。
 このことは、私ども自身が思いついたのではなく、欧米の同業社が、
こうした形態ですでに進出してきており、私たちがやらなければ当然、
彼らがやるだろうし、私たちの権益を守るための自衛手段として、やむ
なく採るべき方法でした。
 私たちの場合、その提携先に恵まれておりまして、ひとつの例を挙げ
ますと、西ドイツの会社ですが、同国内でのトラック輸送を中心に、繊
維製品のハンガー・システムを確立して、昨今の厳しい情勢下にあって、
なお年間約25%の伸び率を示しているところがあります。
 同社は、バイヤーのニーズに合わせたサービスというものに、非常に
熱心です。私たちの常識から申しますと、繊維製品をハンガーに掛けて、
送るだけでいいではないか、というところですが、製品の購入を決定し
たバイヤーにとって、必要なことは、もっとも速く短期間に手に入れる
ことなのです。
 そこまでを、ひとつの流れとして把え、先方の船が日本を出る時、ど
のコンテナにどの製品が入っていて、ハンブルグにいつ到着するか、1
個あたりの船賃はいくらかかったか、という内容の情報を、出帆後3日
以内に知らせなければなりません。その義務を私たちが負っているわけ
です。
 これらの情報を得たバイヤーは、終点のデパートに対して、売単価や
コストをはじいて分配し、すべての手配を済ませておくことが可能です。
船が着くまでにすべての製品について、配送先が決定しているわけです。
 こうしたすむーすな取引きが、魅力ある業社として、荷主に好印象を
与えており、私たちも勉強させられる点ですが、海外の業社の場合、常
によく考えぬいたサービスに努めるケースが多いようです。
 
 ◆ 経営者のすがた
 
 高度成長期にあっては、低賃金の人がモーレツに働くことによって利
益を生じたけれども、低速経済したでは、モーレツにも限界があるわけ
で、プラスアルファとして、頭を使うことが大切になると思われます。
 それには、経営者・管理職がみずから率先して、利益全体の70%くら
いをあげていく努力が必要です。
 そして、現実のリスクに対してチャレンジする姿勢も必要です。すな
わち社内に“リスク解決機能集団”を設けるとともに、私自身は最終的
に、経営理念というものが、もっとも重要ではないか、と考えておりま
す。
 昨年、京都でPHPの第1回講演会に参加する機会を得たのですが、
その折、松下幸之助氏は、つぎのように訴えておられました。
 ……あなたは経営者という仕事が好きですか? 経営者の仕事には、
心配ごとや困難なこと、そして思い責任があるんですよ。それでも好き
ですか? もし好きでなければ、あなたは経営者の仕事を止めるべきで
す……。
 取締役も部長も課長も、それぞれ仕事と立場が異なるが、その仕事や
立場が、好きでなければならない、といわれるのです。
 たとえば課長というのは、上と下の板ばさみの状態であることが、解
決への道程であります。
 私自身の反省を申しますと、二世という意識から、若干義務的な形で、
経営にタッチしてきたのではないか、会社があったから、社長に命ぜら
れるから、社員も居るから、という姿勢があったのではないか。経営に
従事する者は、その苦しみを楽しみとするくらいでなければ、現時点の
難問を乗りこえられないのではないだろうか。し霊前に、そういう信念
を持ちあわせていなければならない、ということに思い至りました。
 戦後の子供が、ドライで割りきった考えに偏っている原因の一つとし
て、親の姿の変化があるようです。
 私は、ことし40歳になりますが、私の世代では、たとえば母親の姿を
思い浮べる時、洗濯といえば洗濯板でゴシゴシと洗っている姿でした。
夜になってお休みなさいをいう時には、母親は編みものはつくろいもの
をしていました。
 戦後の子供にとって、洗濯といえば、電気洗濯機というキカイが思い
浮かび、夜になってお休みなさい、をいう時の母は、テレビを観ている
わけです。キカイに置きかえられた母のイメージが、子供に情を失わせ
た、とも思われます。
 経営者についても、私たち自身の姿が、そのまま従業員に訴える力と
なるのではないか、実際の行動ひとつひとつに信念のある態度を示して、
その中にも私たち自身の反省が認められなければ、全員の協力を得て、
危機を脱出できないのではないか、と思われます。 なかなか、できそ
うでできることではありませんが、松下幸之助さんは、しばしば“素直
になれ”といわれるが、当の、松下さん自身、素直になるのに30年かか
ったそうです。しかしヘボ碁も毎日、10年間打ちつづけておれば、初段
になれると申します。
 毎日毎日“素直になろう”と努力する、謙虚な気持ちになることが大
切であると考えます。
 
 記録者 1979年度経営開発委員会 第二小委員会
     深町 征四郎
     高村 睦浩
  (JC 倉敷青年会議所)
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 有岡 正樹 ? 経営評論   19..・・
 深町 征四郎  山陽美装社長 193.・・ 山口 倉敷 1980・・ 4. 車中排ガス自殺
 林 正典 日本包装運輸社長 1939・・ 神戸 群馬 19850812 45 航空事故死
── 朝日新聞社会部《日航ジャンボ機墜落 19901005 朝日文庫》P266
 
 深町 征四郎  ワーゲンクラブ会員
〒710笹沖20000629JC倉敷青年会議所事務局421-9566(Mrs.Eguchi)
 OB訃報は《集年誌》に所載。命日を問合せるも、不詳。


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