与太郎文庫
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1969年07月12日(土)  日本の弦楽四重奏談 �� 巌本 真理・黒沼 俊夫 両氏をたずねて

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690712
 
── 第6回音楽コンクールは たしか 1年延期したそうですね
巌本 そうです 支那事変でね ですから昭和13年に2度あったわけね 
私はその12年度の方だったんです
── その時の課題曲はどんなものを
巌本 予選がタルティーニのソナタかベートーヴェンのロマンス 私は
タルティーニを選んで本選はブルッフのト短調でした
── その後クワルテットとしての分を含めて最近の芸術祭賞に至るま
で各種の授賞がたいへんな数にのぼりますね すこし調べてはみたので
すが いささか混乱の気味があるのです ひとつは わが国の出版界が
演奏家の紹介について不熱心なせいもあるようですが
黒沼 そう 生きている人には特にね(笑)
── 室内楽にとり組まれたのはいつからですか
巌本 変則的にはずっと前からです 最初は渡辺(暁雄)さん井口(基
成)さんとトリオを演ったりしてましたから
黒沼 江藤(俊哉)くんなどもいたんじゃない
── それは斎藤秀雄さんを中心にですか
巌本 ええ でも売物じゃなくて レッスンとしてのアンサンブルでし
たけれども
── あどけない少女の頃だったわけですね
巌本 つまり 17才ぐらい(笑)ってわけね
── そして21才の音楽学校教授も誕生しましたね アメリカでは演奏
会が主な目的だったのですか
巌本 最初のふれこみは やはりそういうことだったようですね 私は
信じちゃいませんでしたけれども(笑)でもパーシンガー教授に教わる
ことができましたしね
── タウン・ホールの他には出演されなかったのですか
巌本 ちいさなコンサートなどには出ましたけれども だいたいは勉強
していましたね
── おふたりが 室内楽で共演されたのはいつごろからですか
黒沼 ぼくが戦争から帰ってきたのが昭和24年ですから その数年あと
ですね ぼくは当時オーケストラにいたんだけれども ラモー室内楽団
ができて そこで一緒に演っていたのが最初かな だからもう20年ちか
くになりますか
── 演奏家として 室内楽をひとつの目標に定められた動機のような
ものが それぞれおありだったのですか
黒沼 ぼくの場合は 音楽学校でロマン・デュクソンという先生に習っ
ていたのですが 室内楽の経験も豊富だし とってもいい先生だったん
です その頃からぼくはコンチェルトの独奏者やオーケストラには興味
がなくて とにかく室内楽をやっていこうと思っていましたね
── 巌本真理弦楽四重奏団として正式に結成されるまでにも しばし
ば共演されていたのですね 
黒沼 クワルテットを中心に 作曲家別の演奏会だけでも10回くらいや
りましたね 全曲連続というのはブラームスが最初です
── ベートーヴェンは 非連続にひととおり手がけられたのでしょう
か
黒沼 いや ほんとうはそういいたいんだけれども実は残念ながら二三
残ってるんです
── 全曲連続ということになると 作曲家によってはつまらない曲 
駄作のたぐいも含まれるわけですね
黒沼 それはありますね 曲がまずくても演奏がすばらしかったという
風にやりたいですね 実際はその逆の場合だってあるでしょうけれど
(笑)しかし台本のいいに超したことはありません
── 四つの楽器は それぞれ異なった活躍をするわけですが 各奏者
の奏法はすっかり統一した方がいいのか あるいはむしろ てんでばら
ばらの方が演奏効果がいちじるしい
黒沼 それは非常に具合が悪いんです ヴィオラが出てきた チェロが
でてきた というようじゃいけないんで 第1と第2のヴァイオリンの
区別がつかない というのが最高の状態なんです
巌本 ですからヴィブラートなんかもそろえるわけね
── すると楽器も同じ性質のものが望ましい
黒沼 厳密にいえば 同じ時代の同じ製作者のしかもいい楽器を四つそ
ろえなくてはいけないんです ブタペストのように 図書館でストラデ
ィバリウスをひとそろい借りてきて録音するというのは理想的ですね
── いま使っておられるのは 高価な楽器ですか
黒沼 巌本さんのがかなりいいんで あとはばらばらです 
巌本 黒沼さんのチェロは有名なんでしょ
黒沼 有名なだけじゃいけないんで(笑)こればかりは今すぐどうにか
なるというわけにはいきませんね ピアノ・トリオなんかだと 奏法や
楽器よりも 名人が三人あつまればいいんですが
── 邦人作品の初演もいくつか手がけられておられますが それは前
衛芸術としての立場から意識的にとりあげていらっしゃるのですか
黒沼 いわゆる前衛作曲家たちは 四重奏をまず書いていないんですよ 
実はひとつやりたい曲もあるんです
── こんどの京都公演のプログラムでは邦人ないし近代のものが聴け
るかと期待した人たちもいるのですが
黒沼 邦人作品などは 皆無といっていいくらい注文がありませんね 
定期演奏会とちがって招かれて演る場合には だいたい主催者の意向に
あわせるわけですがね
── すると聴衆としては 番外のアンコールで聴きたいものを要求す
ることになりますね
黒沼 ひととおり終ったあとですから 気がらくになって いい結果に
なる場合もあるんです でも拍手があったらの話でね(笑)その時には
きっと面白いのをやりましょう (この項つづく)

── 第一ヴァイオリンが女性である例は欧米でもめずらしいのですか
黒沼 ないことはないですね ヨーロッパに4人とも女性のクワルテッ
トもあります
── 弦楽四重奏では 常に第一ヴァイオリンがリーダーとなるわけで
すか
黒沼 原則的にはそうですね そのように書かれたものがほとんどです
から
── いわゆる伝統的な書法で作曲されているから古くさいとはいえな
いし かといっていつまでもそれに負ぶさった作品も物足りなくなるの
ではないでしょうか
黒沼 それはそうです ただ新しいものの中には たしかに4人の奏者
のためには書いてあっても いわゆるクワルテットとして異質なものも
あります 旧来どおりの書法を中心にして まったく新しい手法も採用
するというペンデレッキーなどは いいと思いますね
── 演奏しておもしろい曲と 聴いておもしろいというのは別の問題
になりますか
巌本 そういうこともありますね とってもむずかしいところですけれ
ど
黒沼 たとえば とっつきが悪くても回数を重ねるうちにだんだんよく
なる というのがブラームスでしょうね それと逆に これはぼくの個
人的な意見だけれどもヒンデミットのように2,3回演るとつまらなく
なるのだってあります はじめはおもしろいんだけど
── すると聴く側としては はじめての曲であっても数回聴いたもの
でも たえず興味をもって臨みたいものですね
黒沼 知らない曲だから つまらないだろうという傾向は たしかにあ
りますね
── ある世代までの音楽ファンですと まずベートーヴェンから入っ
て ブラームスかワグナーあたりで一段落という道を通る人が多かった
わけですね ところが最近の若い世代ではいきなりブルックナーを聴い
て 平気でレコードを買っていく あんな長いものを(笑)と私は驚い
ているのですが そのあと先へ進むのか あるいはベートーヴェンにあ
ともどりするのか
黒沼 そこが分かれ目ですね でも結局はだんだんもどっていくんじゃ
ないですか 弦楽四重奏でいえば やはりベート−ヴェンが金字塔です
からね
── 彼はとくに弦楽器をよく知っていたという点でですか
黒沼 それよりも音楽そのものでしょうね
── たとえば彼のシンフォニーについては多くの指揮者が自分なりの
解釈と訂正をした譜面をもっているそうですが 巌本真理弦楽四重奏団
では楽譜はどのように選んでおられますか
黒沼 スラーもスタッカートも何もないのを主に使っています 楽譜っ
てのは もともと書きなぐりだったわけですよ こまかいことはでたら
めっていうか それほど重要じゃないんです 当時の音楽では演奏家に
まかされてもいたし 現在あきらかにこうすべきだという場合をふくめ
て 勝手にやっちゃうわけですね もっとも中に音そのものまで変える
人たちもいますがね(笑)
巌本 いろいろ版がありますでしょ アップダウンの記号でも第一ヴァ
イオリンと第二ヴァイオリンが逆になっていたりね(笑)かえって邪魔
になることの方が多いですね。
── 指示記号が多いのは向うではアマチュア演奏家の要求にこたえる
ためでしょうか
黒沼 いや むしろ版権の都合で無理に手を加えているのかもしれない
(笑)
── 初演ものの場合には まさに書きなぐりのままで演奏されること
が多いでしょうね
黒沼 符尾だらけですよ そういうのは
── 作曲家が立ちあって 練習の段階で急遽 書き直したりすること
もありますか
黒沼 立ちあうことはありますが オーケストラとちがって 4つの同
じ系統の楽器ですから それほど予想外の音にはなりませんね
── キング・レコードの日本の弦楽四重奏曲は文字どおり日本の代表
作を集めたものですが 録音に際してはどれくらい準備期間があったの
ですか
巌本 最初お話があって半年くらいだったですね
── レコードの場合は 演奏に当っての気負いのようなものは いく
ぶんちがってくるのですか
黒沼 それは異いますね たとえば迫力的な部分はいくら力んでみても
汚くなるだけだし生演奏だったら こんな弾きかたはとてもだめだとい
うようなことも やらなくてはならない 
── ヴォリュームを加減するようなこともあるのですか
黒沼 よほど特別の場合にはね
── むかしSP時代には 収録時間にあわせてテンポを急いだりした
そうですが
黒沼 そんなことはやりませんよ(笑)ぼくの考えでは 最近のレコー
ドは音響的にひじょうにいい状態で採ってあるから 高度な音楽ファン
は わざわざ演奏会まで出かけなくても充分満足してるんじゃないかな
── したがって常設のクワルテットも少ないし 採算に見合う大きな
ホールでは音響的に好ましくないわけですね ところで一般のアマチュ
アが そうした演奏会に出かける前にせめてこれだけは勉強しておかな 
くてはというようなことはありませんか
黒沼 さあ それはむずかしいですね まあ何となく聴きに来られて 
よかったらまた来ていただく(笑)とくに準備されることはないんじゃ
ないですか
巌本 テーマがどうとか 曲の成りたちがどうってことは かえって必
要ないと思いますね そんなことでクワルテットが敬遠される方が困り
ますね
(1969・7・12/音楽芸術協会にて)
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 月刊《アルペジオ》第5号は、十字屋主催の「巖本真理弦楽四重奏団
演奏会」特集号として、いわば実験的に急遽まとめた。十日前に東京で
対談、その他の連載も内容を変更する。→《双龍外伝》に詳述。
 黒岩氏が師事したチェリスト、ロマン・デュクソンの名は、三十年も
のちに戦前期の来日音楽家(1939)“ドゥクソン”の表記で発見したが、
生没年月日は未詳。
「巌本さんのがかなりいいんで」、おそらくアマティであろう。黒沼氏
のチェロは未詳だが、菅沼氏のヴィオラは、その父の製作になるという。
 演奏会が終ったあとの食事会は、この上もなく痛快な会話で弾んだ。
われながら少々はしゃぎすぎた反省もあるが、その夜のたのしい思い出
を記念して、次号の表紙を“君去りし後”と名づける。閉演後の無人の
ステージを、暗室作業で再現作画(撮影・土村清治、印画・清水治雄)。

 当日のアンコールは、バルトークのピアノ曲《ミクロコスモス》のう
ち、ティボール・シェルリーの編曲による弦楽四重奏のための五つの小
曲より、終曲“蝿の日記から”。

── 密集した位置で白鍵と黒鍵を二つの音部に分けて運動させるバル
トーク好みの曲想に、「蝿の日記」という面白い題名をつけたもので、
おそらく「ミクロコスモス」全曲中もっともポピュラーな曲であろう。
 〜 Bartok,Bela《Mikrokosmon,No.142》 〜 
── 柴田 南雄《名曲解説全集12 19651125 音楽之友社》P316-317


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