マキュキュのからくり日記
マキュキュ
■■■
■■
■ エッセイ  人生波茶滅茶


【義捐金募集】

 電話の彼は今までにも本や不要のパソコン等、沢山の差し入れをしてくれていた日記の常連読者だった。以前、健康器具の仕事の研修で東京に立ち寄った時、彼のネット仲間達とオフ会をした事も有り顔も知っている。
未返済のお金が溜まってしまい、おまけに仕事まで辞めてしまい、もう、何もかも終わりなのだと話した。とても日記を書ける心境ではないのだと・・・・・・。
そうしたら彼はその不足分と、当面の生活費を送ってくれると言うではないか・・・。
 無論私は返す充てなど無いし、この先どうなるかも解らないからと断った。しかし彼は「どうせ手元に有っても、競馬代や飲み代で消えちゃうお金なんだから、気にしなくて良いんだよ」と言うのだ。
彼は御曹司のようで、自らの仕事でも結構給料を稼いでるので、余裕が有るのだから大丈夫だと言う。
それにしても、ただでさえ世話になってばかりで何のお返しも出来ていないのに、しかも、たった一度しか会った事の無い人間に、そんな大金を貸りる訳には行かなかった。何度かの押し問答の末「それじゃこの先どうするんだよ」と言う彼の言葉に、私は何も答える事が出来ず、絶句した。
「あげると言えばどうせマキュキュは受け取らないだろうから、貸すと言う形にするよ。何年掛って返したって良いじゃないか。取り敢えず、何でも良いから意地張ってないで振込先を教えろ!」そう言切られた。
 私は涙が止まらなかった。私は赤の他人であるネット友達に命を救われるのだ。
そして又、そんな自分が酷く情けなかった。
 ちょうどその頃、掲示板にはもう一人の日記読者から、早くエッセイ集が読みたいから出版料を義捐金で募ってみたらどうかと言う提案をくれた人が居た。それには賛同者も結構多かった。が、しかし、ちゃんとした出版元から本を出すには、自費出版はかなりのお金が掛かる。以前、書き連ねて来たエッセイ群をかき集め、印刷し、出版社に送り込み、読んで貰った事も有る。評価は結構良かった物の、共同出版を勧められたのだ。その共同出版でさえ、確か百万単位のお金が掛かるという事だった。もしも本を出せたとしても全く売れなければ、義捐金は無駄になってしまう。
私は捨て身の覚悟で恥を偲び、自分の希望を読者に訴えてみる事にした。
それは、小さくても良いからもう一度自分だけの城(店)を持ちたいと言う願望だった。
こんな不況の最中に店を持つのがどんなに無謀かと言う事は十分解っていた。六年のブランクもあり、美貌も持ち合わせない五十歳間近の私に客を呼べる自信も正直なかった。でも、私に出来る事はもうそれくらいしかないのだとも思った。自分の店で少しでも生活を支えられたらこんなに嬉しい事は無い。
長引く不況のせいで、今の松本にはやり手の無い店がいくらでも余っていると聞いていた。権利を買わなくても、いくばくかの保証金と家賃だけで出来る店は山ほど有るのだと。諸経費を合わせ五〜六十万ほどの資金さえ用意できれば、店は開店出来ると言う。
もしかしたら失敗に終わるかも知れない。でも、私は一か八か自分の可能性を賭けてみたいと思った。
私は恥を偲び義捐金の募集を呼び掛けてみる事にしたのだ。私にもう一度自由で伸び伸びと働ける場を与えて欲しいと・・・。
そして何と地元の友人含め二十人余りもの人々が協力してくれ、直ぐに五十万もの資金が集まったのだ。
早速義捐金の打ち切りをし、店の契約をし、足りぬ設備を整え、釣り銭も用意できぬほどのギリギリの状態ではあったが、私は念願だった自分の城をオープンさせる事が出来た。
ホームページの読者と私の友人達が皆で出し合ってくれた大切な仕事場。
 開店時には息子も彼女を連れ、泊り掛けで手伝いに来てくれた。夫も張り切って店内を装飾し、開店準備に手を貸してくれた。
店のオーナーは出費者全てであり、私は皆に雇われる店長と言うつもりで張り切ろう。そんな気持ちだった。
 むろん皆が賛同者ばかりではなかった。
少数だが誹謗中傷の声もあった。
一時期はとても仲が良かったにも関わらず、私を乞食呼ばわりし、身体を売ってでもお金を稼げ、と言う女性が居た。
五十歳の子宮と膣を削られた女に、身体を売れと言うのだ・・・・・・。
彼女からのメールは未だに大切に保存してある。
 確かに私のした事は乞食と同じかも知れない。でも、私は何とか生きて居たかった。
夢を追いながら皆と接触の持てる場所を確保しておきたかった。
店を営みながら友人知人との関わりを持ち続け、将来は必ず書いた物でお金を稼ぎ、皆に恩返しをしたいのだという目的をどうしても果たしたかったのだ。返すべき物は全て返し終え、後ろめたくはない気持ちで人生を終えたいと、それが切望であり、私の最低限のプライドである。
義捐金を送ってくれた人は、今までの購読料のつもりなので返却不可。心置きなくマキュキュの夢に役立ててください。と言ってくれる人ばかりだった。
 誹謗中傷ばかりに心を奪われていると自分が卑屈になるので、私は自分の文章を皆が買ってくれたのだ。そう思う事にした。
私はホームページを通じて皆が出してくれた店なので、店の名をエポック�靴任呂覆�、ホームページと同様の【マキュキュのからくり箱】にした。
 去年の三月頭にオープンしたマキュキュのからくり箱は、今月で何とか十一ヶ月目をむかえる事が出来た。
 やはりエポックを辞めてから、六年の歳月が経過しており、不況の度合いもかなり厳しさを増しており、店を維持するのは大変だ。
余裕を持って始めた店ではないので、赤字の月があれば途端に払えないものが出てくる。でも、私は何とかこの店を繁盛させ、協力してくれたネット仲間達に元気に働く姿を見に来て欲しいのだ。
とりあえずの夢は協力者全員を招待できるようにしたい。
 折角皆がプレゼントしてくれた店なのだから、決して潰してはならぬと言う、良い意味での強いプレッシャーが有る。
 しかし、長年経営していた知り合いの店などが一軒、又一軒と無くなって行き、夜の街は閑散としており、私は現実の厳しさに驚愕するばかりだった。


続く



2007年01月11日(木)

My追加
☆優しいあなたは両方 クリック してくれると思うな〜☆ 人気投票ランキング
≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL