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■ エッセイ 人生波茶滅茶
【なに? この店!!】
案の定、仕事を一本化した途端から、店への不信感は倍増した。 女の子は皆酒を飲む為、女の子の送り迎えは社長がしており、私は開店の準備が有るので一番乗りで迎えに来てもらう。私を店に下ろしてから、社長は次の女の子達を迎えに行くのだ。 店に入り、店内の掃除を終え、厨房で付き出しなどを作り、ボトルの整理などをしだした頃、ポツリポツリと順番で女の子達が揃い出す。ママが来るのは大体一番後だ。だから口開けは私一人だけの事も多い。 ある日一人の女の子がママを尋ねて来たのだが、ママは留守だと告げると、浮かぬ顔で帰って行った。 それ以降も彼女は幾度となく訪れ、私は気になり飲み物を勧め「何か有ったの?」と聞いて見た。すると彼女は言い難そうにこう言うのだ。 「私、以前この店に勤めてたんですけど、実は未だにその頃のお給料を貰えてないんですよ。どうしたら良いのでしょうかねぇ」と。 「・・・!?」私は不安になり、詳しく彼女から事情を聞いた。 彼女の話に寄ると、過去に何度か給料の遅配が有り、未だその頃の給料を全部貰えてはいないと言う。彼女の話に私は漠然とした不安を抱えた。友人はそんな内情は私には一言も話してくれてはいなかった。 そしてその後、店に入ろうとすると度々【家賃滞納六ヵ月! 払えないなら即出て行くように!!】などと言う大家からの貼り紙がされるようになった。あんなに客から取っているのに何故? と、とても不可解だ。 社長に貼り紙を見せ「こんな貼り紙が有りましたけれど・・・」と言っても、彼は鼻先で笑い「大家とある事で揉めていて、単なる毎度の嫌がらせだから全然気にするな」と言うだけだ。 私はこの店に居て本当に大丈夫なのかと心配になった。しかし、もう後の祭りである。昼間の仕事も辞めてしまったのだ。とりあえずは此処にしがみ付いて居るしかないではないか。 社長はそんな私の弱みに付け込み始め、益々私に対する言葉や態度が粗雑になる。 「殺すぞ、テメエ。この馬鹿女!」 これは社長の口癖で、ママは始終社長にこう怒鳴られていた。 最初にそれを聞いた時は耳を疑った。 【良くもママは平気であんな事を言わせているなぁ】と呆れ返り、それをママに言うと「あの人の昔からの口癖だから全然気にならないわ」と平然としている。 【あんな言葉を当たり前に吐ける人の何処をそんなに好きになったの?】とも聞きたかったが、さすがにそれは遠慮した。 そしてついにその言葉を、私にまで向けるようになったのだ。 店の売り上げ計算や、経理や従業員の給料計算は、全て社長が行っている。 一度どう考えても給料の額がおかしかったので友人にそれを話すと社長に伝わったらしく、私は社長に電話でこう怒鳴られたのだ。 「俺が間違うとでも思ってんのか! この馬鹿女! ブッ殺すぞ、テメエ!」私には「殺すぞ」では無く、ご丁寧にブッまで付いていた。(笑) この時は名誉毀損か侮辱罪で、本気で訴えてやろうかと思ったくらいだ。 私はこのかた、親にも夫にも過去の恋人にも、友人にも、そんな口汚い言葉で罵られた事は一度も無い。こんな言葉を吐くような人間とはそもそも付き合いもない。 おまけに、社長からこんな事まで言われた。 「ママが何て言ってアナタを誘ったか知らないけど、俺はアナタをチーママだなんて思った事は一度も無いからね。アナタみたいな年の人間を誰が使うと思う? ただママが、マキは料理も上手いし客もソコソコ持っているって言うから、仕方なく使ってるだけだよ」だと・・・・・・。 これにはさすがの私もキレ掛けた。本来ならその場で「ふざけんな! 上等じゃねぇか! こんな店こっちから辞めてやらぁ!」等と啖呵の一つでも切って辞められたらどんなに気分が良かった事だろう。 私の客だけで、多い月は30%近くも売り上げが増加したと言うのに、余りに人を馬鹿にした酷い言葉ではないか・・・。 頭に来て友人に話すと「あの人は、口は悪いけど、腹はそれほど悪い人じゃないのよ。マキの事だってあれで随分心配してるんだから・・・」と苦笑しながら言う。 私は怒りに震え、店の使用人ではなく友人の立場として、再度友人に忠告した。 彼女はきっと、あんな社長でも心底惚れているのだ。そういう気持ちは私にも解らないでもない。私も人の反対を押し切り、今の夫と一緒に居るのだから偉そうな事は言えない。ただ、彼女と違う所は、夫に悪い所があれば、夫との別れも覚悟で相当にきつい事も言う。彼女は社長の悪い部分を知って居ながら、いつも言いなりなのだ。 「惚れた弱みだけに流されていると、行く末とんでもない事になるよ」私は友人にかなりキツイ忠告をした。 それ以来、年下の私に忠告をされた事が気に障ったのか、使用人に苦言されたのが癪だったのか、友人の態度も意地悪な物に変わり始めて来た。 私の客が来ている時でさえ、私をあえて厨房から出せなくしているのかと思うくらいに次から次へと底底意の悪いオーダーの取り方をする。しかも客からの頼みでは無く「私お腹が空いちゃった。オムライス頼んでも良い?」等と自分の食事を作らせるのだ。 【自分で作れよ! このタコ!】心の中でそう思いながらも、私は黙って作った。 以前のように私の客が来れば代わってくれるなどという思いやりは、もう皆無だった。 厨房は任せられる。客は呼んでくれる。給料は格安で使える。店に取って私はさぞかし都合が良いだけの人間だっただろう・・・。 私の中に、以前友人に抱いた不信感が再び蘇って来た。 この人は前もそうだったった・・・。不幸せな状態に居る人の前で、平気で自分の幸せをアピール出来る人なのだ。人を利用し、人を見下し優越感に浸れる類の人間なのだ。それで私は彼女から離れたんじゃないか・・・・・・。元のままだ。 こんな扱いを受けながらも店を辞める事も出来ぬ自分の立場が悔しくて情けなかった。 お金が無いという事が、こんなに人を惨めな気持ちにさせるのが悔しかった。 屈辱に耐えながら半ば意地だけで働いていた頃だった。更に容赦なく追い討ちが掛かるような出来事が起きた。
続く
2006年12月29日(金)
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