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■ エッセイ 人生波茶滅茶
【二足の草鞋】
私はブティックに勤め始め、一年半が経過していた。 夫は肉屋をリストラされてから約一月後、夫の高校時代の親友の紹介で、再びユニットバスの仕事に就く事が出来た。そこは新規に起こした個人会社らしく、社員は社長と親友と夫の三人だけだった。親友と同じ会社に勤められ、今度こそ心機一転頑張りたいと、夫もかなり張り切って仕事に行き始めたのだ。 一方私も少しでもお金を稼ぎたかったので、昼はブティック、夜は友人のスナックと、二足の草鞋を履き始めた。 友人の店はスナックと言っても、かなり広い店だ。ホステスがテーブルに付いて接客サービスをするという類の店で、形態はミニクラブと殆ど変わらなかった。しかしセット料金は三千円と言う安値らしく、可愛い女の子も居るので、私も勤めた以上は少しでも売り上げに協力したいと思い、極力お客さんを呼ぼうとした。 しかし、その店には社長と呼ばれる友人の彼氏が居て、ホールには滅多に顔は出さぬ物の、毎日厨房に陣取り、仏頂面をし、金(売り上げ)計算ばかりしている。 ママを呼び付けては「○番テーブルの売り上げが少ないから、何かオーダーを注文しろ」だの「女の子にもっとドリンクを飲むように言え」だの「もう直ぐ終わる筈だから、ボトルをガバガバ注げ」だのとママに細かく指示を出している。ママは「ハイ解りました」といとも素直だ。 その男は、ママよりかなり年下なのにママに横柄な口を聞き、ホステスや私の前で、平気でママを怒鳴り付けたりもするのだ。 【何て嫌な奴だろう・・・】私は彼の人格その物に不快感を覚えた。 友人から恋人(社長)が居る事は聞いていたが、まさか彼女が選んだ恋人がこんな気質の持ち主だとは思いもしなかった。 客を客とも思わず、冷酷で、威張り屋で、私が最も敬遠する類の人間だ。 しかし、今この店を辞めてしまったら途端に支払い困難になる。いくら長年の水商売経験者とは言え、この年の人間を使ってくれる夜の仕事など、そうは無いだろう・・・。 私は馬耳東風を決め込み、社長を気にせず、自分が任された仕事だけは文句を言われぬようにちゃんとこなして居れば良いのだ。そう自分に言い聞かせ、様子を見ることにした。 何かが有れば友人に相談すれば良い。友人は私を頼っているのだ。もしかしたら彼氏がこんな人だから、私を心の助人として迎え入れたのかも知れない。そう思った。 「マキの事は絶対に私が悪いようにはしないから、社長の毒舌は気にしないで私を信じて頑張って」彼女もそう言ったではないか。 ただ、私が働く条件として、一つだけは約束して貰う事にした。 私の客からは絶対にボッタくったりはしないよう、それだけは社長にもママにもしっかりと釘を差して置いた。もしも私の客からボッタと事を感じたら、私は客を呼ばないとハッキリ言っておいた。 私は厨房も任されていたので、自分の客が来ると厨房に回ったり客席に出たりと忙しかった。それでも最初の頃は私の客が来れば社長が代わってオーダーを作ってくれたり、ママが代わりに作ってくれたりと、それなりに私に気を使ってくれていた。 そんな形でスタートした夜のバイトだが、やはり社長の事はどうしても好きになれない。 人を食ってると言うか、ひねくれてると言うか、反抗心が旺盛で、元不良だった私から見ても、非社会性人間過ぎるのだ。 私に集客力の手応えを感じたのか、その店に勤め始めて一ヵ月半が経過した頃、ママから昼間の仕事を辞めて夜だけに絞って欲しいと頼まれた。正式にチーママとして来てくれと。そうすれば給料も上げるし、昼夜仕事をするよりは身体も楽でしょうし、生活も潤うでしょうと言う。 でも社長への不信感や嫌悪感が強かったので躊躇したのだが「私だけを信じてれば良いじゃない。私はマキを悪いようには絶対にしないのだから」と押し切られた。 当時は何しろ収入を増やす事が先決だった。昼間の仕事は立ちっ放しなので腰痛に拍車を掛けたし、身体もその方が楽にはなる。 私は友人の言う通り、ブティックを辞め、夜一本に絞る事にした。 しかし、あれだけ悩んだという事は、きっとぐうたら神が何処かでストップを掛けて居たのかも知れない・・・。 【金よりももっと守るべき物が有るぞ】と、ぐうたら神がモールス信号を送っていたのかも知れない。 一本化した事を、後にとても後悔する事となった。
続く
2006年12月28日(木)
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