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■ エッセイ 人生波茶滅茶
第四章 癌で命が救われる 【天罰か? それともご褒美か?】
思いもよらぬ展開で束の間貧乏から脱出する事が出来たのは、息子が家を出てから半年が過ぎた頃だった。 県の道路拡張の為、店と住まいを立ち退きしなければならぬという話が急浮上したのだ。 もう、宝くじに当たるか、死ぬより他に膨らんでしまった借金を精算する術は無いと思っていたので、その立ち退き話が来た時は、余りに悲惨な私の生き様に同情し、初めてぐうたら神が、神様らしい事をしてくれたのだと思った。 九死に一生を得るというのは正にこんな事ではないのだろうか? 最後の数年は赤字続きになったとは言え、十三年間も必死で守り通してきた宝物だ。 僅かながらも立退き料が出るという事が嬉しかった。 私の唯一の財産であり唯一の生活資金源である店を手放すのは惜しいし辛いが、そんな事を言っている場合ではなかった。 これで少しは纏まった借金が減らせる。そう思って判を押す事にした。 そして皮肉にも、立ち退きが決まってからの数ヶ月、店は再び活気付き、蝋燭が消える前に、一瞬明るさを放つような輝きを見せた。 店の最終日の前日、閉店後店に残り、十三年間の様々な想い出を廻らせながら、私は朝まで一人飲み明かした。 大きな期待に胸を膨らませ、意気揚々と開店したあの日・・・。 母の癌を知り、自棄酒を飲みながら大泣きしたあの日・・・ 大勢の客と愉快なスタッフに囲まれ、一斉を風靡したあの頃・・・。 一周年記念の最初で最後のシャンソンライブ・・・。 母の追悼パーティー・・・。 夫と飲みながら愛を語り合った日々。 様々な人々との出会いと別れと、沢山の人間ドラマを展開させて来たきたこの店・・・・・・。 そんな愛しい想い出を沢山残してくれた店との別れを、私は一人ゆっくり惜しんだ。 店の打ち上げの日は、大勢の客やOBスタッフ達が花束を持って集まってくれ、皆で深夜遅くまで盛り上がった。 この店はエポックと言う名の通り、画期的な瞬間を作ってくれた。 「十三年間、私の生活の糧となってくれて本当にありがとう。長い間お世話になりました」 私は愛しい店に心の底から礼を言い、エポックはついに十三年間の幕を閉じた。
実はこの時、私にはある計画があった。 エポック�兇麓衒�す事になるが、もう一店舗の母が残してくれたエポック�気髻∋笋楼�き続きやるつもりで居たのだ。 バブル崩壊後の大不況の中、家賃も安く、人件費を掛けずに一人でやるには、カウンターだけの店は妥当だった。 母が亡くなってからもずっと苦しい中、家賃だけは払い続けて来た店だ。やり手が居ない時も家賃だけは払い続けてきた。私はそこでささやかに稼ぎ、夫にはちゃんとした定職に着いて貰おう。そう思っていた。 しかし、それが計画倒れとなった。
私に天罰が下ったのか、ご褒美なのか、長年のお金の苦労がストレスを生んだのだろう。私も母と同じ子宮癌になったのだ。 立ち退き後、家も引越し暫くした後、生理でもないのに不正な出血を見た私は、私はもしかしたら癌? と不安になった。 生理はとても規則正しく、過去そんな不正出血など無かったのだ。 私の店には幸いにも大学病院の婦人科班が常連で通っていたので、後日一人の医師を呼び、それを話すと、直ぐに病院で診て貰えと言われ紹介状を書いてくれた。 私の家系は母を初め、癌で亡くなっている身内ばかりだ。母を亡くした次の年には、東京の伯母が癌で亡くなり、その次の年にはその伯母の娘である従姉妹までが癌で亡くなった。いつ私が癌になっても決して可笑しくは無かった。だからこそ、転ばぬ先の杖だと、どんなに苦しい状況でも私は保険だけにはきちんと入って居た。 店の常連だった医師の一人が私の担当医になってくれ、検査を受けた結果、やはり私は初期の子宮頸癌だと診断された。 「間違いなく癌でしょうね?」 私の質問に先生は「残念ながら・・・」と頷く。 「良かった! これで命が助かるかも!」 (?)先生はキョトンとした顔で凝視する。 この時、私は正直、癌を喜んだ。 癌になった事を喜ばなければならぬ程、私はお金の事で切羽詰り、辛く苦しい思いをしていたのだ。 皮肉な事だが、自分の唯一の財産である店を失った事と、一粒種である息子に見放された事と、命を失うかも知れない大病を与えられると言う究極の交換条件で、ぐうたら神は私に大金を渡す魂胆らしい。 私はぐうたら神が悪魔に見え、それに魂を売ったような気持ちだった。 総額一千万円チョットで私は自分の命をぐうたら神に売るのだ。安いのか高いのか? まぁ正直、そんな事はどうでも良かった。その時は命よりも金の方が大切だった。 担当医の(T)は未だ「後にも先にも癌になってあんなに喜んだ人間は、ママだけだよ」と苦笑している。 病院の喫茶室で結果報告を待っていた夫に、「やっぱり癌だったよ」と告げた。 夫は最初ジョークだと思っていたらしいが、嘘ではないと判ると、相当にショックを受けたらしく、大きく首を垂れた。 「今更そんな顔しても遅いわよ。見なさいよ、アンタが散々ストレスを掛けるから癌になっちゃったじゃないよ!」そう言って私は夫を睨め付けてやった。 先生が言うには、癌はゼロ期で、本当に軽い物だと言う。円錐切除術と言う簡単な手術だけで全てが採り切れるだろうと言われた。入院も十日程で済むそうだ。 私だって癌が全く恐く無かった訳ではない。 誰だって癌になれば怖いに決まっている。 【癌+辛い治療=死】と言う単純な方程式はどんなに馬鹿な私にだって浮かぶ。 何人も癌で見送って来たのだ。末期時の悲惨さも恐ろしさも知っている。 でも、当時の私は癌よりもお金の苦しみの方が怖かった。しかし喜んだのも束の間。癌がゼロ期だという事で、保険金支払いの対象から外れると聞かされた! えっ!? とうとう癌にまでなったと言うのに? ま、ま、まさか! 嘘でしょう!
続く
2006年12月16日(土)
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