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■ エッセイ 人生波茶滅茶
【母親失脚!】
息子のガールフレンド(M)は高校のクラスメイトだった。 何度か彼女の家に遊びに行く内、彼女の母や家族や、隣町に住む彼女の叔母である(Y)に大変可愛がられるようになり、家族同然のように扱われるようになったと言う。 中でも一際(Y)は息子の良き理解者だった。 (Y)は私と同じ年で、数年前にご主人を亡くし、自分の両親との三人で暮らしていた。 (Y)は子宝には恵まれず、自分の子供は産んでいない。なので息子の事をまるで我が子のように可愛がってくれていたそうだ。 (Y)は息子の悩みや愚痴などを聞いている内、息子に同情するようになり、息子の事を放って置けなくなったと言う。 「折り入ってお母さんに話したい事があるのですが」との連絡を受け、私の店に初めて(Y)姉妹が訪れ、初めてその話を聞かされた時は、正直、物凄くショックだった。 息子は自分の家には僕の居場所が無い。僕が例の事件に巻き込まれたのは、精神が不安定だったからなのだと切々と泣きながら彼女らに訴えたと言う。 息子は軽い心身症に掛かっており、このまま松本の家に置いておくのは息子の為にも良くないと言われてしまった。 確かに暮らしは荒んでいたし健全な家庭環境とは言えない。何をどう言われても、当時の私には弁解の余地は無かった。でも、息子が少し大げさに話している事は、母親の私には解るのだ。 息子はあれで中々の知能犯で、演技者だ。一寸自分の立場を良く見せようとし、悲劇のヒーローを装う傾向も有る。 きっと彼女達の同情を引きたかったのだろう。 (Y)姉妹は私の事を、男の為に自分の息子を邪魔物扱いしている鬼母なのだと、そう思っていたに違いない。 だけど事実、私は息子を邪魔に感じた事など一度も無い。息子と彼を心の中でどちらが大切などと量りに掛けた事も無い。息子への愛情と彼への愛情は異質だが、私は二人とも同じように大好きで同じように大事に感じていた。息子が悪い事をすれば息子を怒鳴るし夫が悪けりゃ夫を怒鳴る。子供を阻害し、夫とだけ仲良くいしていた訳では決してない。 夫だって息子を甘やかすときは甘やかしていたし、叱る時は叱っていた。普通の家庭だってそういう物なのではないのか? (Y)姉妹は、息子さんの為に彼と別れる事は出来ないのかと私に聞いた。 何故どちらかを選ばなければならないのだろう。夫と別れたくはないと言う事は、何故息子を見捨てる事になるのだろう・・・。 正直、私はどちらとも離れたくはなかった。どちらが欠けても生きては行けないと思った。 経済状態が良くなり、皆の気持ちに余裕が出れば此処まで家庭がギクシャクする事も無くなるのだ。 息子には乳児院に預けなければならないと言ったハンデを背負わせてしまっている。私自身も家族の団欒とは無縁の子供時代だった。だからこそ、二親が揃った家庭の味を息子には味あわせたかったし、三人で仲良く暮らしたいと、それが私の一番の望みだったのに。 夫は息子に対し、確かに意地悪だった時期が有った。息子に嫉妬していた時も有った。でも彼は息子に対する愛情だってちゃんと持っていた。彼自身わざとらしい愛情表現は苦手なので、息子に毒舌だったが、息子とは本音で関わっていたはずだ。 息子が理不尽な事で学校に呼び出された時などは、息子を庇い、先生に食って掛かろうとまでしてくれた。お金も無い癖に私に内緒で息子に小遣いを渡したり、二人で私に内緒でゲームセンターに出掛けたり、彼等には彼等男同士の秘密の共犯があり、友情なり愛情なりは芽生えていた筈なのだ。 どうして世間は、なさぬ仲だと言うだけで、全てを悪い方向ばかりに捕らえるのだろう。当たり前の理由で叱った事さえも虐待のように受け取られ、血の繋がりが無い事だけで冷酷な継父呼ばわりされてしまう。 息子にだって長所と短所が有るのだ。私から見て好きな所も嫌いな所も有る。それは家族なら皆、互いに有るのではないのか? 息子の悪い所を夫が叱ったら、血が繋がらないだけで虐め扱いになるのか? 一度、私と夫が大喧嘩をし、いよいよもうダメかと思い別れる決意をし、夫を本気で家から追い出した時がある。そうしたら息子が泣きながら「オヤジを追い出すなら僕も出て行く!」と彼を追って一緒に出て行ってしまった事が有る。暫くし、息子から電話が入り「お願いだからオヤジを許してあげてよ」と、泣きながら訴えられ、私は根負けした。 なので息子だって夫を嫌いなだけではなかった筈なのだ。 それでも、私達と一緒に暮らしたくないと言うのも、認めたくは無かったが、息子の本音なのかも知れない・・・・・・。 金も無く、息子にあまり手も掛けてやれず、殺伐とした放任主義のあの家に居るより、ガールフレンドや優しいだけの人々に囲まれ、大事に取り扱われる事に、息子は本当の幸せを見出したのかも知れない。 嗚呼・・・、とうとう私は息子にまで見放されてしまった。自分の最愛の息子にまで・・・ あそこまで破綻し掛けた家に息子を繋ぎ止めて置く資格など私には無いのかも知れない。 (Y)の方が経済的にもずっと恵まれているし、息子に対する物腰も、世話の焼き方も、話し方も、ずっと柔らかく母性的だ。 私にまるっきり勝ち目は無いと思った。 「別におっ母ぁの事もオヤジの事も嫌いで出て行く訳じゃないんだし、松本にはしょっちゅう遊びに来るから、そんなに深く落ち込まないでよ」そう言う息子に、ただただ私は仕方なく首を項垂れ「アンタがそれを望むなら勝手にそうすれば?」そう言う以外に無かった。 ついに私は母親まで失脚してしまった! 自分のたった一人の子供を、自分だけの手で最後まで育て切る事すらも出来ない私は母親ですらないのだ。 その日、思い切り夫を罵倒し、彼の胸倉を殴り付けながら私は思い切り泣いた。 「皆アンタのせいよ! アンタのせいで息子まで失った。アンタは私からどれだけの物を奪えば気が済むの? いっそ私を殺したら良いじゃない!」 私は泣きながら夫を責めまくった。夫を攻めながら、私は自分自身の事を攻めていた。
続く
2006年12月15日(金)
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