マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 エッセイ  人生波茶滅茶


【毒食わば皿まで】

 やがて彼が私達のマンションに転がり込むような形で、三人の生活は始まった。
彼は私の家に迷い込んで来た、愛すべき、やんちゃな、手に負えぬ野良犬だった・・・・・・。
彼との愛は様々なドラマの幕開けとなり、とてつもない不幸と、とてつもない幸せを同時に私に運んで来た。
【呆れたあんた】と言う名の、私の大好きな古いシャンソンが有るのだが、彼との生活はまるでその歌詞その物の様な暮らしぶりだった・・・・・・。

彼は以前の夫とはまるで正反対の人間だ。
用意周到で神経が細く、何事にもピリピリと繊細だった前夫に比べ、無計画で事なかれ主義で、何でもアリの天真爛漫な彼。
彼のそのヒッチャカメッチャカで荒削りな大雑把さが、何故か私にはとても心地が良い。
 将を射んとすれば先ず馬を射よで、当初は息子にも大変気を使ってくれ、釣りだのマレットゴルフだのゲームセンターやキャッチボールと、手代え品代え息子とジャレ合い、息子と同等なレベルで遊んでいた。今考えて見れば、息子と同レベルと言うよりは、むしろ息子以上に彼は単細胞だった。
そして彼は何と、一緒に暮らし始めた途端、ユニットバスの組立工の仕事を私に無断で辞めてしまっていたのだ。それは事後承諾のような形でモジモジ顔の彼に報告された。
辞めた理由は元々会社に不満が有ったらしいが、直接の理由は彼の持病の痛風が出た事と、仕事に行くと私との時間が少なくなるから勿体無くて嫌なのだと、平然とした顔で言うではないか!
私は呆れ果てて怒る元気も無かった。
「ただでさえ生活が苦しいと言うのに、なんで仕事を辞めて来ちゃうの!」
私は彼に対し漠然とした不安を抱いた。でも私はそんな彼が憎めなかった。
もしかしたら自分の人生がとんでもない方向に向き掛けているのかも知れないと言う、予感めいた物を感じたが、それでも彼に対する恋心は日々増して行くばかりだった。
 仕方なく、彼を正式に店のマスターとすることにし、友人や客達には夫になったと紹介し直した。しかし、これがとんでもない事になった。
 夫は思いの他コンプレックスが強く、僻みっぽく、イジケ虫で、嫉妬深かった。
被害妄想もあり、来る客来る客、私との関係を疑い始めた。
暮らし始めた当初の彼は、女友達と食事に行くのさえ許さぬほど、私を縛り付けた。
嫉妬と言うよりは自分一人が蚊帳の外という疎外感が我慢出来ないのだろう。例え数分であれ、私に目を向けて貰えぬ時間有る事その物が気に食わないのだ。
夫はまるで子供以下の赤ん坊だった。
仮にもマスターと言う立場なのに、人付き合いに得て不得手が激しく、向こうから寄り付き、心を開いて来る客達に対しては馬鹿ほど愛想が良く、私の許可も得ず、ただで飲み物などを勝手に奢ってしまったりする。
何かを褒められれば私の許可も得ず、物などもどんどんあげてしまうのだ。
そのくせ自分が苦手な、一寸気取り屋でインテリタイプの客等が来ると、途端に仏頂面をし、愛想もこそうも無い。
特に私に親しげな口を利く客などが居ると、ムスっとし、厨房に入り込んでしまうのだ。
店に居る間中、私は客に気を使い、彼に気を使い、いつも神経をピリピリさせていた。
 私は今まで色気で商売をした事など一度も無い。それは最も私の嫌う商売体系であり、私は客に媚びさえ売らない。どちらかと言えば本音で接するサッパリ商売だ。そんな所が、私が稼ぎ下手な所でもあるのだが・・・・・・。
私は客と親しくなればなるほど、ジョークでこき下ろし合えるような気楽な関係に持ち込む癖がある。
ただ、物好きなお客の中には勝手に私に思いを寄せる人だって何人かは居たかも知れない。だからと言ってそれが何なのだ。
私は店のママと客と言う壁を取り払い、私の家に皆が集まって来ると言うようなフレンドリーなコンセプトで店を経営して来た。
私が直ぐに男にしなだれ掛かるような女でない事は、十年も付き合いのある夫なら百も承知のはずなのだ。
しかし世間知らずでボキャブラリに自信の無い夫は、そんな空気に溶け込めぬ自分自身にジレンマを感じ、かなり僻んでいたようだ。
「俺なんかどうせ頭悪いし? 田舎者だし?お前さんのような会話のお手玉も上手に出来ませんからね!」そんな憎まれ口を叩き、機嫌が悪けりゃ厨房に引き篭もってしまう。
そんな彼の様子に客も気を使う。
これじゃ助けになるどころか邪魔をしに来るだけだ。
 そしてその嫉妬心をやがては息子にまで向けるようになり、息子に目を向けている時の私にも辛く当たるようになる。
機嫌の良い時は相変わらず駄洒落を連発し、息子ともジャレ合い、皆で仲が良いのだが、一度機嫌を損ねると、もう、手が負えない。
私達の生活は、彼の機嫌中心に全てが回り始め、息子も徐々に彼の顔色を伺うようになる。
誰かに忠告して欲しく、そんな悩みを打ち明ける度、友人や親類からは彼との関係を反対されるようになり、それも当然の事だった。
夫には内緒で息子と二人だけで美味しい物を食べに行ったり、夫の目を盗んで息子と共有する為の秘密の時間を持ったりし、息子には常に本音で接し「貴方以上に子供の彼だけど、少しの間だけ我慢してね」と、息子の理解を求め、又息子も「オヤジの事は嫌いなだけじゃないから大丈夫だよ」などと言ってくれていたので安心していたのだ。
しかし、あの頃の夫は息子よりも物分りが悪く、随分息子には我慢をさせてしまった。私は母みたいに自分の子供だけには寂しい思いはさせまいと心に決めていた筈なのに、母と同じ道を辿っている。いや、私は母むしろ以下だ! 私は酷い自己嫌悪に陥った。
それでも、自分の見る目が間違いだったとはどうしても認めたくはなかったのだ。
それからと言うもの、私は長い間息子に対し、後ろめたい気持ちを引きずり続けた。
息子は祖母が亡くなり、やっと私の愛情を自分が独り占め出来ると思っていたと思う。それなのに僅か一年余りで、今度はやっとお父さんと呼べる人間が現れて喜んでいたと言うのに、蓋を開けてみれば、こんな我侭で赤ん坊みたいなどうしようもない人間だった。
息子は大きな期待が裏切られたような気持ちで一杯だっただろう・・・。
【今はこんなだけど、あの人の本質を見抜いて欲しい。絶対に私の目に狂いは無い事を証明できる日が来るから】
そんな気持ちが私には有ったのだ。
私は決して彼に多くの物なんか望んでいなかった。息子や回りの人間との和を持ってくれる事と、夫として父として、仕事を優先してくれる事。たったこの二つさえ守ってくれれば、後は全て愛すべき所ばかりなのだ。
私は彼の中に【どうしようもないけど憎めない人】と言う、私の父と同じ魂が宿っている事を確信していたのだ。
そして何よりももう、彼を愛し過ぎていた。
皆を敵に回しても仕方ない。息子に嫌われても仕方が無い。
もしも周りが言うように、この男が本当の悪人で、最低の男だったとしたら、何時かこの男と一緒に私は心中しても構わない。
もう引き返せない。この男と、とことん落
ちる所まで落ちても良い。
そんな覚悟を抱き始めていた。


続く


2006年12月13日(水)

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