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■ (日記) 太宰治のドラマを見て・・・・・
昨日、太宰治のドラマを見た。 太宰治の書いた物は、まだちゃんと読んだ事がない。 が、3年ほど前、【人間失格】の単行本を買い、読み始めては見たのだが、4分の1ほど読んだ辺りで止まったままになっている。
どことなく読んでいて、私と似てるところがある・・・と言うか、太宰治が学問的に優秀だったという所を除けば、人や物事に対する接し方や、社会に対する絶望感、物や人への一種の恐怖感などに、合い通じるところが有り、読み進めるのが憂鬱になったのかもしれない。 その先を読めば違った所も沢山出てくるのだろうが、何となく気が重くなり、途中で止めたままになっているのだ。
ただ、太宰治自身に少し興味が沸いたので、昨日のドラマは楽しみだった。 が、ドラマ中に電話が入ったり、メールが入ったり、台所に立ったりと慌しく、あまり熟見(←こんな言葉は、多分無いだろう・・・。まぁ、適当な言葉が見つからなかったので、マキュキュ語と言う事で、ニュアンスだけを受け取ってほしい【苦笑】)出来なかったので、解ったような解らぬようなドラマの内容だったのだが、やはりドラマを見ても、あの人はかなり生き方が下手くそで、一種独特な絶望感に強く苛まれ続けていた人なのだと感じた。
身内よりも自分を慕ってくれる他人を大切にする・・・・・・。 こんな所も私と通ずるところがある。 きっと彼はあまり人間としてのルール社会の中で、自分に自信が無いのだろう。順応性が無いのかもしれない。 生き様には自信は無いのだけれど自分が持っている【何か】には気付き、それを強く自負している人でも有るのではないか? と思う。
なので自分を慕ってくれる人、認めてくれる人、評価してくれる人、愛してくれる人がことさら嬉しいのだ。嬉しくて嬉しくて仕方なく、ついつい身内に対するよりも良い顔を見せてしまうのだろう。 こんな部分は、とても解れる様な気がする。
先日、メンターの(Y)さんと再び深い話をした。 私がとても沈んでいる時期で、それこそ、やはり私は無価値な人間なんだと再確認せざるを得なかったような状況だったので、久々に彼女の前で涙を見せた。 あの日は彼女も、かなり私が痛んでいたので、友人や客としてではなく、セラピストとして接してくれたようにも思う。 なので私も、心の奥に溜まった本当の不安を遠慮なく吐き出せたのだ。
私は小さな頃、母子家庭だった割には母に抱きしめられた記憶は余り無い。 母は母性が無かったわけではないのだが、かなり薄かった人だと思う。 私に向ける言葉も割と辛らつで、褒めてくれるよりもどちらかと言えば、こき下ろす言葉のほうが多かった。 甘い言葉や優しい言葉を吐けないのは、私達家系全体の一種の癖のようなものなのだ。
母は多分に気分屋で、機嫌のいい時には誰よりも優しく、美人でステキな母なのだが、自分の感情が怪しい時は、子供の事は二の次になるような人だった。 わが家系は代々、芸能に携わり、一般の家庭的な雰囲気を味わった者は誰も居ない。【母の代とてそうだった】 なので自分が与えられなかったものは与え方が解らないと言った習性が代々受け継がれてしまっている。私の家だけではなく、叔母達や従兄弟達や従姉妹達も皆そうだ。 そういう家系に生まれついた宿命は皆に平等されている。
なので人間社会の仕組みに対し、変に反面教師で世渡り上手になった人か、そのまま順応できず生きるのが苦手か、両極端な人間で形成されている家系なのだ。(私は明らかに後者だが・・・) その代わり、通常の人が持たない、独特な雰囲気、独特な世界観、感性などは、幼い頃から植えつかってきたような気もする。 皆、素直な子供らしさが無く、ある意味情緒不安定な幼少時期を過ごしてきた家系と言っても良いだろう。 なので愛情に対する一種の戸惑いやテレのような物があり、素直さに欠け、揚げ足取りの多い、辛口一族の家系なのかもしれない。
私の母は、かと言って私を愛していなかった訳でも邪魔だった訳でもないらしい。 その証拠に、親類中が私をネタにこき下ろし、笑いの種にされていると、本気で怒って庇ったりもしてくれるのだ。 自分もこき下ろすくせに、人にこき下ろされたりすると、急に不憫に思うらしい。(笑) 私のことは愛していた。けれど通常の母親としての愛し方が解らない母だったのかもしれない。 しかし、そんな事は求めようともしないし、はなから諦めてもいたし、ある意味母を理解していたのだと思う。母を愛していたので、母の負担になるような事は極力してはいけないのだと・・・・・・。気性の激しい人だったので、母に気を使って顔色を見ていたような節もある。
そんな幼児体験の話から順を追って話している内に、(Y)さんは「本当に辛かったよねぇ・・・寂しかったよねぇ・・・痛い言葉だったよねぇ」と、自分の事のように痛みを共感してくれたのだ。 今の私は、幼い頃に受け取れなかった人からの理解や愛情を、今になって必死に取り戻そうとはしているのだが、どう受けて良いのか受け取り方が解らないで居るのだと教えてくれた。 人生に対し、変な諦め癖のような物が自分の中で定着してしまっているような気がする。
なので私は男にも甘えられないのだそうだ。(これは電話カウンセリングの時に言われた言葉だ) 経済的に頼れる男に縁が無く、ハートや人間性を重視して選んで来たのには、母がどうしようもないが人間味溢れた優しい父を愛したと言う事と、その父の面影が大好きで、今も消せないと言う事と、離婚後、苦労続きだった母の、男には頼れない。負けたくない。安心して男に身を委ねられないと言う、母のプライドと習性が、そのまま私に受け継がれたのだと思う。 男に媚びたり、へりくだったりするのが苦手なのである。 少なからずとも男に対し、愛すべき人は経済的に頼れない。経済的に頼れる人は人間的にどこか愛せない・・・、と言う偏見のような物があるのだ。
私はこれからどう生きればいいのか? これから何をしたらいいのか? 本当は何をすべきなのか? 経済的な自立はもう無理なのか? そんな質問を泣きながら(Y)に投げかけた。 もう、ほとほと自分が嫌になってしまっていたのだ・・・・・・。 自信喪失。自己嫌悪。過小評価。人間失格。 そんな暗澹たる気持ちだった。 今の私は一種のノイローゼ気味なのかもしれない。
そして(Y)から得た答えは、がむしゃらに心を書く事だと言われた。 私の書く物が大好きだと・・・・・・。 貴女には人が持ちたくても持てない、素晴らしい感性があるのだと・・・・・・。 様々な涙から培ってきた、理解力と説得力があるのだと・・・・・・。
彼女は私に教わる事が多いと言ってくれた。救われた事も何度もあると。 貴女と出遭えて本当に良かった、とも言ってくれた。 貴女ほど人の表面的な部分ではなく、心の奥底を解れる人はそう多くはないのだと・・・。 なので貴女の書く物は、薄っぺらなカウンセラーレベルの物などではなく、セラピストレベルの物が書け得る人なのだと・・・・・・・。 貴女が貴女の心を書く事によって、もっともっと高レベルな、セラピストに値する癒しを人々に与えられる人なのだと・・・・・・。 そう励ましてくれたのだ。
なのでどんどん、どんどん書きまくって、応募なり何なりに挑戦し続けて見て欲しいと提案してくれた。 必ず貴女の才能を発掘してくれる人が出てくると・・・、それが貴女の収入にも繋がって行くのだと、そう言うビジョンがハッキリ見えると断言してくれた・・・・・・。
才能とダメさは表裏一体なのかも知れない。 苦しみと喜びも・・・・・・。 数々の痛みから噴出してきた膿の中から、人の心を動かせる何かが生み出せるのかもしれない・・・・・・。 そう言えば、先日読んだ曽野綾子も、苦しみや不幸が小説を書かせるエネルギーになっていると書いていたっけ・・・。
きっと太宰治も、常にどこかが痛くて痛くて仕方が無い人生を送った人なのだろう・・・。常に心の奥底はヒリヒリと赤剥けていたのかも知れない。 苦しみもがいて来た中で、支持される物が書けるようになったのかも知れない。
途中になっていた【人間失格】をもう一度最初から読み直してみようか。 書く事への勇気とヒントが見つかるかもしれない。
2005年10月11日(火)
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