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■ (日記) 人生の師は沢山居たほう良い
それが例え実際のメンター(相談者)でも、本でも、自分の目指す著名人でも、タレントでも、俳優でも、女優でも、作家でも・・・、自分の中の【心の師】という存在は、沢山居てもいいと思う。 人間の考えや目標は日々変化する。その時々で又新鮮な発見がある。
人は人から真剣な相談事などをされると、他の人にも同じ相談をしているような人を蔑む傾向がある。 【俺の言う事だけ聞いてりゃいいものを・・・】とか、【私を信用してないから他の人にも相談したんだわ】などと臍を曲げる人間は案外多い。 誰もが自分が一番正しい意見を持っていると、自負しているせいかも知れない。 でも、私は一人の意見に納得でき得ない所などがあれば、同じ質問や悩みをいろんな人にもしてみる。
例えば相談した人の答えが余りにも抽象的で、高尚過ぎて、意味が解ら無い時など、他の人に、ある人からこんな事を言われたんだけど、どういう事なのかなぁ? 等の質問をする事も有る。 【本人に食い下がりしつこく聞けばいいのだが、そういう人に限ってもったいぶって中々答えを言ってくれないのだ】 その場合、次なる相談者は「解んない人間に、解った人間が教えをするなら、解んないような言葉を使うほうが可笑しい。そんな人に相談するお前も可笑しい」と、すぐそうなるわけだ。でもそれは私も同調する。 何の為の相談なのかわかんないもの・・・。
なので私が相談された場合は、できるだけ解りやすい言葉を使うように努力するし、他の人にも同じ相談をしているのを知ったら、先ずはその人を恨むよりも、その人にとってまだまだ私は信憑性がないんだろうなぁ・・・と苦笑することにしている。むしろ私の意見だけでそう思いこまれたんでは責任が重過ぎる事も有るので、いろんな人に求めて欲しいとさえ思う。 まだまだ自分に自信が無いので、こんな事を相談されて、こう答えたんだけど、私は間違っていたかなぁ? と全然無関係の第三者に相談する事さえも有る。
ただ、アタシとて、たまには人の役にも立てるような提案を話したいときも有る。なので意見を乞われる場にあれば、嬉しくなったりする。
他者への同じ相談。それがその人にとって裏切りになるかならないかは、その人の捕らえ方だけなので気分を害する人は気分を害するんだろうなぁ。
でも、「それなら私になんか聞かないで最初から他に相談すればいいじゃない!!」などと怒り出す人は、かえってよほど自分に自信が無い人の部類かもしれないなどと最近思う。
なにもその人を全面的に信用していないわけではないのだが、かと言って、全面的に信用しているわけでもない。その意見にたまに疑問点を持つ事も有るからだ。 特に、断定的に物事を考える人や、考えを押し付ける人、断定的な言葉で意見を言う人、あなたは全然変わってないね・・・、などと、日頃の努力や思考の変化なども見ていないくせに、決め付けたように言う人も私はあまり好きではない。 完璧な意見を述べてくれる人も、完璧に私の事を見続けてくれている人も、神以外に居るわけが無いという確信は私の中にあるわけで・・・。 そして自分が少し成長し、人を見る眼力などが身に付いて来ると、様々な矛盾が見えてくる。今まで臆病なチッポケだった人間が、何れは相談者の思考を越える事だって世の中には沢山有るのだ。 なのにいつまでも、その人を自分の作り上げた勝手なイメージだけで判断し、断定し、物を言うような人は、それこそ成長が止まっている証拠だと思う。
人間が一人として同じ人が居ないように、いろんな意見が有って当然な訳で、その中から自分が最もピン♪ と来る、無理なく真似のできそうな意見を述べてくれる人を探す権利は誰にでもあると思う。
あの人のこういう部分は尊敬に値するけど、でもこういう所はとても従えないよなぁ・・・と思うこともあるわけで、回答者の意見の全てが正しいわけでもない。
私には色々な心の師が居るが、長い人生の中、その人同士が何度かかち合った場面がある。 しかも驚くのは三者が三者を互いに排他的、否定的な目で見詰め合っている事だ。 やはり自分自身の物の見方には確固たる自信が有る人って本当に多いんだなぁ・・・と改めて思う。 でも、それはそれぞれの思い込みだけだと思う。 そんな時私は、むしろそんなことで互いを見下すようなチッポケな人間を今まで尊敬してたんだなぁ・・・と思うと、その方が悲しい。
例えば私の相談者同士が同席した場合、互いにもっと互いを知って欲しいと思うし、皆で私をこき下ろしあってくれても苦言放題でも構わないのだが、私を取り巻く良き相談者同士、第一印象だけで相手を図らず、もしも私の事を本当に心配してくれ、私が幸せになる事を心から望んでくれているのであれば、せめて普段、真剣に私に助言をしてくれている人たちをもっと尊重して欲しい。 理解してくれなくても良いが、私がそんなに酷い人を選ぶわけが無いと、もっと信用して欲しいのだ。
だいいち、第一印象や、たった数分間や数時間の居合わせだけで、互いの事等が解るはずなど無い。 あの人はあなたに無い良い面があるし、あなたにはあの人に無い尊敬する部分があるのだから、あなたの意見も聞きたいと思った訳で・・・などと思うのだが、そんな事をいちいち言い回るのも虚しい・・・。 それで腹を立てる人は腹を立てるのだ。勝手に腹を立ててくれて構わない。 そうすると私は自分が師として尊敬していた人に、ちょっと失望したりする。
私は色々な人の色々なより良い部分を参考にしたいわけで、そりゃ、たった一人の人の生き方だけに習って生きていけるほどの優れたメンターに出会えたならそれほど良い事は無い。でも、それだけ全面的に見習いたいと思う人は残念ながらまだ出会えていない。
2005年08月24日(水)
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