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■ (日記) 私の友人たちの暗黙ルール
長年付き合ってくれている友人が何人かいる。 しかも皆10年以上のロングランだ。 よくもまぁ、こんな私を見捨てずに気長に付き合ってくれるものだと感心する。 そしてその多くの友人は、互いに労わり合い、誉めあい、慰めあうなどと言う、決して美的な代物ではない。 どちらかと言うとこき下ろし合い、笑いものにし合い、互いのアラを突付き合いながら、面白がってると言うような気楽な付き合い方である。
でも、そんな中でも、友人と長続きさせるためには共通の暗黙ルールのようなものが有る事を発見した。
☆ 放って置く優しさを持つと言う事。(始終つるまない) ☆ 互いの不得手な事を強いたり、望んだりは決してしない事。 ☆ 相手に真剣に何かを忠告する場合は、決して傷つけるような言葉は使わないと言う思いやりを持つ事。 ☆ 相手の欠点を受け入れ、高望みしない事。 ☆ 互いに互いの生活の邪魔をしない存在である事。(たまに深夜の電話で叱られるが・・・) ☆ 何かの貸し借りは、別の何かで少しでも補おうという精神を持つ事。 などなど、色々だ。
さっき借りてきた4冊の本の中に、曽野綾子の【良い人を止めると楽になる】と言う本があるのだが、その一説にこんな事が書いてあった。
人生の半分を生きて、これから後半にさしかかると思うと、好きでない事はもう関わっていたくない、とつくづく思う。 それは善悪とも道徳ともまったく別の思いであった。 一分でも一時間でも、綺麗な事、感動できる事、尊敬と驚きを持って見られる事、そして何よりも好きな事に関わっていたい。 人を恐れたり、醜いと感じたり、時にはさげすみたくなるような思いで、自分の生活を使いたくない。 この風の中に居るように、いつも素直に、しなやかに、時間の経過の中に、深く恨むことなく生きて行きたい。
私はこの中に楽しい事、を入れたいが、まったく持ってその通りだと思う。 深く深く共感してしまった。 私の気持ちをそのまま代弁してくれているような気がした。 曽野綾子は今まで殆ど読んだ事が無いが、読み始めた段階から、恐れ多い事だが、もしかしたらアタシと似てる考えを持っている人なのかもなぁ・・・と思えた。
まだ読み始めたばかりの本で、ほんの数ページしか読み進んでないが、きっと私の思うところに共通する点が多く書かれている本のように思え、これから先を読むのが楽しみだ。
しかし、そう思って本を店に持っていくと、店が暇になっていけない。 人間、全て思い通りになるということが解った以上、本が読みたい、本が読みたいと思っていると、客を来させず、神様が暇な時間を与えてくれすぎてしまう。 なので読書は寝る前の少しの時間と、起きた後の少しの時間の為の愉しみに取っておくことにしよう。
2005年08月23日(火)
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