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みんみん



 松本に行く

松本市美術館に「素と形」展(〜5/30)を観に行った。
たまたま、クラフトフェアまつもと2004
http://www4.ocn.ne.jp/~cfm/
も開催されるというので、併せて行ってみた。そもそも、「素と形」展はクラフトフェアまつもとの20周年企画であるらしい。

富山から車で行って(安房トンネル経由)、ちょうど昼どきに着いたので、そば屋に入ることにした。>そば好き
そばどころだけあってお店もいろいろあるようだが、まずNHKの裏手にある有名店Aに行ってみた。するとものすごく混んでいた。そばだからそう待つこともないだろうと思ったけれど、やめて、もうひとつ気になっていた、すすき川沿いのそば屋に行った。ここは空いていた(というのもなんだけど)。
メニューをみたらもりやせいろというのはなかったので、ざるそばを食べる。りー氏は大盛り。最初にそば茶が出てきて、後で出されたそば湯はどろどろしていた。そば湯は濃いめが好きだが、もうちょっとうすくてもいいかなと思った。でも白湯みたいなそば湯よりはずっといい。
なかなかおいしかったし、ロケーションがいいし(川べり、桜並木あり)、落ち着いて食べられたし、よかったよかったと言って出た。出だしがいいと何となくうれしい。

次に、あがたの森公園で開催されているクラフトフェアに行った。
野外にいろいろ小さなお店が出ている。見た感じでは陶芸がいちばん多いような気がしたが、木工、テキスタイル、ガラス、金属、食べ物(パンやジャム)などいろいろである。
個人作家の出店がほとんどだが、作品が非常に多いのでそのうちによくわからなくなってくる。しかし陶芸なら陶芸に限ってみても、これだけたくさんあると雰囲気や傾向のようなものがあらあら伝わるようでもあり、面白い。
子猫が1匹(薄いグレーがかった色のトラ柄で、洋猫っぽい顔をしていた。アメリカンショートヘアの血が入っているように見えた)、段ボール箱に入って捨てられていた。箱に記された「ぼくをもらってください」風の一筆に萎える。人が囲んでいたから最終的にはどうにかなるんじゃないかと思うが(という希望)。
フェアでは何も買わず。

松本市美術館へ。
目的の展示では若い人を多く見かけた。
展示されているのはある用途を持ったモノであり、基本的には展示と照明の妙で見せている。モノについての情報はほとんどない。ごく普通に流しながら展示を見るだけでは、何が置いてあるのかはわからない。薄暗い中、物のそばに配置された小さな小さなプレートの番号を読み取って、別途もらった一覧と付き合わせることで、はじめてそれが何であるのか、どういう目的を持つ品であるのかがわかる、という具合である。作者の無名性というのは民芸運動に通ずるけれど、ここでは展示品に付随するキャプションすらないので、観覧者は自ら作品に働きかけざるを得ない。
民芸館にあってもおかしくない品々だが、民芸館的展示では絶対にない。といって雑貨的ディスプレイなのかというとこれもまた違う(展覧会自体は、現時点ではいわゆる雑貨屋コンテクストの中で理解されうるかも知れないけれども)。
展示されているのは実用的なモノだが、展示や観覧のしかたがどこかコンセプチュアルなので、何だか現代美術の展覧会のようだと思う。展示されているのはモノなんだけれど、観覧の手続き(とそれを強制する展示のありよう)がそのものがモノを作品化させているというか。しかも一応展示(物)は現代美術を標榜してはいないし、観覧者は現代美術の展覧会を観ているとは思っていない。シュールだー、と秘かに思いながら出る。

伊勢町に車を停め、パルコ地下の本屋に行き(「ユリイカ」と「暮しの手帖」を買う)、中町通りなど歩く。
おきな堂(喫茶)、まるも(民芸)、松本民芸家具中央民芸ショールームなどを見、それから少し離れたところにあるベラミという人形店で、地元の七夕人形を見せてもらう。ポストカード、韓国の団扇、そば猪口などを買う。
おきな堂はチェリオっぽい雰囲気で、旧制高校生に愛されたというエピソードなども同じである。でもチェリオよりずっと食事メニューが本格的で、そもそも洋食屋らしい。そのうえカフェとしても使える。しかも女鳥羽川沿い。そば屋といい、川沿いというロケーションは魅力的だ。すばらしい。ホールを担当している、おばちゃんと呼ばれる年齢の女性も良い感じである。
パルコ横のギャルリ灰月(かいげつ)にも行く。洒落た雰囲気のギャラリーで、友人宛てに遅ればせながらの贈り物(そら豆形をしたフェルトのオブジェとお香)を買う。
松本がたいそう気に入ったらしいりー氏(気がつけばデジカメ片手に走り出していた。っていつものことですが)。私もまた来たい。

松本には19時くらいまでいた。来た道は帰らないで、大糸線沿いに北上し(夜なので本来見えているであろう美しい北アルプスの山々は見られず)、糸魚川まで出る。
本日最後の目的地は、富山の県境近く・朝日町にある大衆食堂。タラ汁がうまいと聞いて行ってみたら本当にフツーの国道沿いの大衆食堂だった。
小鍋(土鍋ではなくペラペラのアルミの)に一杯のタラ汁、バイ貝の煮付け山盛り、卵焼き、もずく酢などで白いご飯を食べる。
運転を交替して23時過ぎに帰宅。

2004年05月29日(土)



 湿度高し

むしむしする日だった。

人に勧められて、佐野眞一『てっぺん野郎−−本人も知らなかった石原慎太郎』(講談社、2003)を読んでいたら、いいかげん田中康夫の新作(小説)が読みたくなる。が、はたしてそんな日(=田中康夫が再び小説を書く日)は来るのだろうか。

友人に化粧品のサンプル(スキンケアラインを2種類各1セットずつ)をもらった。うれしい。



いつもいくお店から出てきたらいつもそこにいるはずの猫(先日星になった)がいないので妙な感じがした。もういないのだから後を追って来ることもないのは当たり前なんだけど、いつもおなかをすかせてにゃあにゃあうるさいくらいだったのがいないとなると、足りない、と思う。
知り合いがその猫の写真やら動画やらを撮ってCD-ROMにして焼いてくれた。しかしどれも病院に行ってからのものだろう。正直言うと今はあまり見たくない。もういないものの姿を見るのはなかなかに。

帰ってきたらさびこがご近所さんの家の前で両前足をくずしてくつろいでいた。うちにも来いよう!
と思ったら晩ごはんどきにやってきた。うむ、うちはめし屋か。

のいはやっぱり洋猫の血がまざっている。
口元が小さくて、耳が大きい。

今日もまた猫の話ばっかり書いている。

2004年05月27日(木)



 昼どき・夕どき

昼、仕事の合間に於保多神社に行った。りー氏に「なんか今日、鳥もらえるらしいからもらってきて」と頼まれたのだ。
於保多神社は菅原道真公をおまつりしている。天神さんで鳥といったらうそ替えだが、これは新春の行事だと思っていた(ちょうどその時分を富山では「天神さんの正月」と呼んでいたりもするようだが)。それではこの時期にいったい何の鳥だろうか、と思いつつ出向いた。既にたくさん香具師(やし。テキヤ)のお店が出ていた。
お参りをしようとしたらどんどんどんと太鼓をたたいてくださった。ごあいさつも済み、さて鳥さんは、と思い、神社の方に尋ねてみると、それはやはりうそ替えのことで、しかし数年前から既にやっていないとのこと。かつては春の大祭の今日この日にうそ替え神事を行っていたらしい。
境内はたくさんお店が並んでいてにぎやかだった。ちょうどお昼どきだったので、近くの会社にお勤めとおぼしきスーツ姿や制服姿のみなさんがたこ焼きなどを買いに来ていた。楽しそうなお昼ごはんだな。


夕方、仕事帰りに実家に寄ったら父がいて、何やら作業をしていた。大量(と書いたからには本当に大量)のタコを洗っている。タコは父の好物だ。
「タコとミギスとイワシ買ってきたけど、持っていくか」と言うので、んー、と答える。
「(金沢の)近江町市場で買ってきた」と言うので、なに、今日休みだったの、と聞くとそうではなくて、金沢で仕事があったので、その前にクーラーボックス持参で買い物に走ったらしい。

ミギスは正しくは「ニギス」というらしいが、富山でよく食べられている大衆魚で、白身だがなかなか脂が乗っている。生や干物を焼いたりして食べる。
祖母がよく晩ご飯に出してくれたこともあって私には懐かしい味だが、りー氏はあまり好きではないらしい。もっとも以前、あまり好きではないということを知らなくて、結婚して最初の晩ご飯に焼いてみたのがニギスだったのだが(片栗粉とカレー粉をつけて)。
今から思えばもうちょっとかわいらしい献立であってもいいように思うが、それもしゃらくさいように思われて(そういえば実家にあった料理百科風の本に「新婚の日の朝に」なるお題の献立があったな)、自分なりにフツーにしてみた結果だったのだろう。ポテトサラダも作ったように思う。

父がタコを下ゆでするというので、ゆでたタコの足を1本もらうことにした。1本といってもたいへん大きい。
上に書いたような理由でニギスは辞退申し上げ、かわりにイワシをもらうことにした。焼いてもよかったけれど、うんと新鮮というわけではなかったので、梅干しを入れて煮ようと思った。ついでに下ごしらえまでさせてもらう。内臓を取って適当に切って、酢で下ゆで。ここまでやれば後が楽だ。
「本当は内臓ごと食べたらいいがだけどのう!(=いいのだけどね)」
確かに。でもイワシって煮ようと思っても盛りで見かけることってなかなかないし、と言いながらうまそうな子(卵)が出てきたりするので、そのまま捨てるのが大変もったいなく思われる。
というようなことをやっていると、そりゃのいだって流しの中が気になりもする。鼻が効くというのも大変だ。
のいのじゃないよー残念だったねー。

結局イワシは富山の郷土料理「すいり」にしようと思いつつ、そもそもがよくわかっていないため(りー実家に電話して聞きたかったのだが、既にりー母は夜のウォーキングに出てしまっている時間だった。超早寝のりー父は就寝)、梅煮ともすいりともつかない料理になった。

ちなみにすいりは「酢入り」と書くのだと思う。酢入りのイワシの煮物である。
# アクセントは「い」に。
結婚するまで私は食べたことがなかったが、りー実家では食べていたらしい(味の好みは同年代の人に比べてドメスティックなのに、なぜか富山方言の基本語彙を知らなかったりするりー氏。その逆ならよくあると思うのに)。

2004年05月25日(火)



 うちの花・そとの猫

ぴょんちゃんのおばあちゃんは、(ぴょんちゃんが)職場で飾るために、時々、家の回りに咲いている花を手折って渡してくれるそうだ。昨日はシャクナゲの花だったそう。
小学生の時、同じように私も花を持って登校したことがある。教室で飾るために。私だけじゃなくて同級生がぽつぽつと花を持って(持たされて)行った。庭先や畑の花。低学年の時の担任の先生(年配の女性。しかし思えば私の母の今の年齢より若い)がとても喜んでくれたのを覚えている。
花を持って登校するのも楽しかった。花束を持って歩くと何か誇らしげな気持になってよかったが、高校の時に花束を持って歩くのが嫌いだという人(女性の先輩)に出会って、そうかそんな人もいるのだと思った。といってその人が花を嫌いだというわけでもないだろう。包んだ花は下向きにして持って行きなさいと言われたものだ。
今でも花を持って登校する小学生はいるのだろうか。



午前中、縁側にさびちゃんがひとりでやってきた。
以前だったら私が窓越しに近づいただけでパーッと逃げていったのだけれど、最近はさほどでもないようだ。ごはんを食べていった。四口くらい食べてちら、と私を見る感じ。がっがっがっがっ(ちら)、がっがっがっ(ちら)、というような。
# 最初、食べるさまを「もぐもぐもぐもぐ」と表現していたが、猫は殆ど噛まずに飲み込むらしい。ゆえにもぐもぐは嘘だと思い、訂正。

いつもなら両の前足を揃えて座るのに、今日は片足を伸ばし、もう片足は内側に折り込んで(のいと暮らして初めてこんな座り方を知ったのだけど、いったい骨はどんな風になっているのか、不思議でならなかった)。いわば、片足だけ香箱を組んでいる状態である。
すごい! これってちょっとだけどくつろいでいるのでは! と嬉しくなる。足を折り込んで座るととっさに逃げるには不便なのだ。警戒が片足分だけ解けたか。

17日の日記で触れた猫、その後。
M氏が懸命に奔走していた。結局、獣医さんを変え(のいがお世話になっているにしお先生を紹介した)、手術に踏み切った。
手術自体は成功した。しかしなかなかしんどかったのだろう、今朝がたお星様になった、と電話があった。
いろいろな選択肢があったのかも知れないし、考え方もいろいろだろうと思うけれど(私に限ってみても17日の時点とはまた違っているような気もするし、変わっていないような気もする)、ここ数日、具体的に動き、考えていたM氏が選んだ結果であるから、それでよいのだと思う。もちろん「手術をしていなければ」と考えることも可能だが、いずれにしても状態は悪かったし、のら猫を続けることは無理だった。

猫と人間は違うし、そう違わないような気もする。違わないと思いたいが、やっぱり違う。
猫も死に人も死ぬ。
私は死についてよく知らないから(つまり少し格好つけていえば、生についてもよく知らないということでもあるから)、こうしてお弔いの場に接し、勉強させてもらったのだ。なんて書くと説教くさいが、本当にそう思う。
みんな(8人くらい)でお別れ。

2004年05月24日(月)



 留守の間に

タイトル長い、と思ったので変更。

洗い立てのシーツにくるまって眠るのは幸せだ
と私は思うのに、りー氏は嫌がるのだ。なぜかというと洗い立てのシーツより自分の匂いのついたシーツの方がこころ落ち着くから、ということらしい。
fbwmにも書いたように、今日からしばらくりー氏はいない。りー氏が出て行くや否や、私は掛け布団と枕のカバーをはずし、シーツをはがし、洗濯して乾燥機を廻した。布団乾燥機もかけたからふかふかだ(これでのいがいたら言うことがないのだが。のいー)。

日中だらけていたら思いがけずりー氏登場。コートを取りに来たらしい。
だらけていた私が何を観ていたかというと、タコ。
http://portal.nifty.com/special04/05/21/
閉じたタコの目がとてもいい。
「……ったく何やっとるもんかの……仕事せい!」
と言われたので、くまの話などしてみるも、「話をごまかそうとしとるな(=しているな)」と喝破される。
きまり悪いので草などむしってみた(3本くらい)。

午後、テレビをつけると(↑懲りていない)桐島洋子と勝見洋一が出ていた。夫婦ではなくて今はよいお友達関係ということらしい。
文筆家としてのキャリアは桐島洋子の方が長いけれども、勝見洋一の方がずっと魅力的な文章を書くと思う。ということを、番組でのやりとりを見て改めて思った。

久しぶりに図書館に行ったら草いきれがすごかった。

というわけで今頃りー氏は大観峰にいるはず。
のい(今やちょっとした枕になるんじゃないかと思うくらいの−−されることはあってもするわけはないけど−−でかさ。「大きさ」なんていう上品な言い方じゃだめで「でかさ」という以外にはない)とひとつ布団に寝たさに実家に行こうかと思ったけど、結局ひとりで家にいる。

2004年05月21日(金)



 懐炉を買い、粥を煮る

りー氏は風邪をひいたらしい。
そういえば今朝「ぅあー今日だやー(注・だやい=だるい)」と言っていたが、予兆だったか。明日は仕事で立山(たぶん室堂より上の方)に行くのだが、大丈夫だろうか。大丈夫じゃなくても行かなくてはならないのだろうが。帰宅途中、既に帰宅していたりー氏から電話がかかって来、使い捨てカイロとポカリスエットを買った。カイロは明日の防寒用である。
ポカリスエットといちご(実家製)を出し、みそ味のおかゆを煮る。私はうつらないようにしないと、と、それは真実なのだが、口に出して言うとかなりいやな感じである。
りー氏は明日早起きしなくてはならない。このようなとき、目覚ましがわりの携帯をセットするのはなぜか私の役目である。りー氏の携帯にもアラームはついているだろうに。

接骨院に昨日行くはずが、結局のところ今日も行かれず。
というか実は先週末くらいに全くもって平気になってしまったのだった。しかし報告くらいは行っておきたいので、明日は行く予定。

お誕生日の友人が2人いて、メールなど打ってみる(近々会うのだが)。
私のエンピツ生活も今日で2周年。

2004年05月18日(火)



 線を引く

しばしば行くお店に、餌をもらいに来ている猫がいる。
知人曰く、久しぶりに見たその猫がものすごく痩せていたので心配になって獣医さんに連れて行ったところ、腫瘍(腎臓と肝臓のWパンチ)があるうえかなりひどい貧血だと言われたとのこと。どうしたものか、という電話があった。
とりあえず私も猫の様子を見に行くことにした。

手術を受けさせることも出来るが、貧血がひどいので輸血をしながらでないと無理らしい(輸血用血液を確保するための猫もいるので心配ない、とのこと。心配ない、って……)。仮に手術が成功したとしても、その後をどうするか。術後の猫が屋外にいていいわけもない。
知人は手術を受けさせたいという思いがあるらしく、どうしようどうしたものかと言っている。
お店のオーナーは、見たところ、手術を受けさせてまでというつもりはないらしい。
それはどちらも尤もな思いなのだろう。しかし、片方はただ悶々とし、また片方は意向を伝えることもなく何となくそのまま時間が経っている、という雰囲気にやや苛立ちを覚える。


私は猫が好きだけど、のいに対する態度と、剛田やさびちゃんに対する態度はやっぱり違うんだろうと思う(剛田とさびちゃんそれぞれについても違う)。しかし「(態度は)違う(んだろうと思う)」と書くことはあまり気持のよいことではない。
のいに対して負うている責任と、剛田やさびちゃんに対する責任とでは全く違う。私の中ではのいとそれ以外の猫の間に線が引かれていて、剛田とさびちゃんは線の向こうにいるということだ。
ということは事実だが、そう書くのはよい気持ではない。

あっさり答えを出すなよ。いつまでも迷うなよ。

剛田やさびちゃんが同じ状況になったとしても、私とりー氏はたぶん手術は受けさせないだろう。
のいが同じ状況になったとしたら……いや、そんな状況にならないようにまずは努めるだろう。それからのいの顔を見て、獣医さんと相談して、責任の取り方を考えるだろう。


猫だけじゃなくてきっと人に対しても私は線を引いている。
だけどそれと同じくらいに線を引いてなるものかと思いたい。

2004年05月17日(月)



 行ったり迎えたり

金曜日。
夜、りー氏と県南西部・城端(じょうはな)の曳山祭(宵山)へ。
以前お世話になったお宅が山宿当番をされるということで、屏風など拝見しに行く。6つある山宿の中でも特別に人出が多い家で、鳥山石燕の風俗屏風と、短冊やら色紙やら貼り交ぜてある屏風を遠巻きに見た。
加賀の千代女の(短冊が貼ってある)屏風、とご当主は仰っていたけれど、実はそれよりずっとビッグネームの短冊も貼ってある。しかし当地では千代女が有名人なのだった。
素敵な銭湯や場末のラウム温泉などを発見して大喜びのりー氏(そのうちりー日記にアップされることでしょう。気長ーにお待ちください)。

今でこそ、知らない者には「山の田舎町」といった印象の城端だけれども、絹の産業で栄え、明治の頃に鉄道が敷かれていた(りー氏情報)ほどの「甲斐性ある」町だったのだ。
山車に乗るのは町の旦那衆、それを曳くのは山のもん(者)、という構図は今でも続いているらしい(まあ、いやらしくもあるわけですね)。



土曜日。
ぴょんちゃんとみつをさんが遊びに来てくれた。
ぴょんちゃんは拙宅から車で1時間くらいのところから、みつをさんは東京からのお越しである。みつをさんとは初対面。
お茶を飲んだりご飯を食べたり(あと、ぴょんちゃんとりー氏と私はお酒も飲んだり)して過ごす。観光らしいことは何もしていない(笑)。
日中、バイクに乗って伏木(高岡市の海辺の町)で曳山を見てきたらしいりー氏は、飲んでいるうちにおねむになる。

帰宅後、ぴょんちゃんのリクエストで初めて「冬のソナタ」を観る。ヨン様というのは私でも顔を知っていたが、相手役の女の子(田中美里が吹き替えをしている)を観たのは初めて。この女の子の顔立ちがえらく地味な気がするが、きっとこれは女の子ではなく、ヨン様のためのドラマなのだろう。

日曜日。
ます寿司、ぶり寿司などお出ししつつ、お昼頃までやはりたらーんとしていた。ネットをしたり電話をしたり。
お2人を見送り(また来てね)、テレビをつけるとみつをさん出身地の特集をやっていた。テレビまで名残惜しんでいる。
はたはた寿司なるものを見る。

用事の後で草島線をぐるっと周り実家に行こうとするが、いかにも休日らしい道の混みように(休日じゃなくても混んでいるのだけれども)ヘキエキして帰る。
ます寿司を食べたりしていたら睡魔が襲ってきたので眠る。ぐう。
起きたら目の前鼻の先にくつしたを履いたりー氏の足があった。

2004年05月16日(日)



 いろいろ考えた

小さく椿事がいろいろと。



昨日は友人の家に遊びに行った。友人には10ヶ月になる男の子(N君)がいる。
N君と一緒に遊んだり、友人と話をしたり、お茶を飲んだりしながら過ごした。
テレタビーズ人形を擬人化させつつ遊んであげたら、えらくN君のウケを取ってしまった。ただ、んふっふっふっふっ、と言いながら人形を左右に揺らすだけなのだが、そのうちN君も一緒になって首を左右に動かしはじめ、さらにその後も思い出したようにひとりでやっていたりするのだった。
私としては、やりー、という気分である。

大人のひねくれと子供の素直さ、大人の素直さと子供のひねくれ、は、時々質が違うような気がする(もちろん共通する部分もあろうが)。
物事のいちばん最初に戻ってみたり、嘘をつくのではなく単純化して考えてみるとか、普段あまり使わない言葉を使って話してみるとか。私にはかなり面白い。
私には、となるところが私のコドモたるゆえんなのかも知れない。でも「私」は「誰か」ではないので、誰かのために、なんて言うのはおこがましいような気もするのだ。誰かのためになるかも知れないけどそうではないかも知れない、ということはあったとしても。
私はこう思う(で、あなたは)、ということなのだな。

のいと接することが私にとって楽しいのは、そこに自分の気持をいちばん単純かつ素朴かつ根幹の部分に戻そうとする働き(既にややこしいのう!)があるからではないかと思う。



所用で滑川(なめりかわ)に行く。
ひとりでうろうろした(「うろうろ」というほどじっくり長くはいなくて、「うろ」ぐらいか)のは初めてだったのだれど、ふるい街の中を車で走ったりしていたら面白い風景に出会った。
家々に挟まれた狭い道をゆっくり走って帰った。目前に北陸道の面影を見るようだ。そのまま海沿い走っていると水橋(富山市東郊)に出る。
途中、「売家」の札が出ている家があり、とっさにバックして戻った(私以外、道を走っている車は前にも後にも対向車線にもなかったのだ)。その場所は今となっては不便だろうし、狭いし、このままでは日当たりも悪い。それに生活するとなれば昔ながらの伝統的なご近所づきあいも待っているだろう。いろいろな意味で大変だろうな、と思いはするのだけれど。
向かい合った家々の切れ目から海が見える、そういう通りである。

理想の家、理想の住環境って、人によりそれぞれなんだろう。


車を運転しながら考える。
そういえば昨日、のいはくしゃみしていたよなあ。
のいは「にゃー」となくけれど(人間の言葉とは違う言葉をはなすけれど)、くしゃみは人間とそんなにかわらない気がする。ちゃんと「クシャン」とやる。
そういえば「こんこんくしゃんのうた」(作詞・香山美子)では、

かばさんが マスクした
おおきい おおきい おおきい おおきい マスクした
こんこんこんこん くしゃん


などとあったけれど、カバのくしゃみもクシャンなのかなぁ、
カバの言葉はどんななんだろう、
ゾウは、リスは、ツルは、ブタは、

などと、海辺の道を走りながら。

2004年05月13日(木)



 車とバイクで

用事があったりなかったりで、りー氏と共にいくつかのお店を廻った。以下、何れも市の南側の方に新しく出来たとか移転したとかいうお店である。ひょっとしてそのうち地元情報誌におしゃれスΓテットなどと称しまとめて紹介されたりするんじゃないのか。
バイクはりー氏。

▼とあるケーキ屋さんの新店。
りー実家ではここのケーキを好んで食べているようだ(特にレアチーズケーキ)。
りー氏曰く、「金かかっとるのー」なお店の仕上がり。
レアチーズケーキを2つ、シュークリームとダックワースを1つずつ買う。
ダックワースの中に入っていたのはチョコレートのクリームだったように思うけれど、フランボワーズジャムの方がいいな(これは私の好み)。

▼花屋さん。
このごろ、花を贈るときはもっぱらオルテンシア・アズールさんのネット通販を利用していたのだが、初春の頃から利用している地元の花屋さんがある。オーナーさんが感じのいい人なのが何よりよい。明日は母の日なので、2人の母にそれぞれ雰囲気の異なる鉢植え(の寄せ植え)を買う。
初めて行ったりー氏は、お店から出るなり「冷蔵庫がなかった」と言った。冷蔵庫から出した時の温度差でお花がだめにならないようにという配慮なんだよ、と解説する。
国立に住んでいた時によく利用していた花屋さん(「みつばち」という名前なのだが、奥の棚にファーブルの本と瀧口修造の詩集があったので、「瀧口修造花屋」と呼んでいたりもした)にも冷蔵庫がなかった。アズールさんとこも配達はクール便ではない(そして夏の間はお店もお休み)。

ここに行くのがいちばんの目的。

▼雑貨屋さん。
元々↑の花屋さんの場所にあったのが移転した。移転してから初めて行った。白いファサードが洗練された雰囲気で、お、と思ったが、中に入ってみたら移転前と同じカントリー風ないろいろが置いてあった。箱と中身(商品)が合っていなくてすごく不思議な印象を受ける。
箱にとっても中身にとってももったいないんじゃないだろうかと思う。空間が生かし切れていないので散漫な感じがするのだ。

▼洋服屋さん。
街なかにあったお店が移転したもの。以前のごちゃごちゃした感じも悪くなかったと思うけど、フロアが広くなったので商品を見やすくなったのは確か。2Fが出来て、生活雑貨を扱うようになったのも新しい。
知り合いにばったり。
りー氏曰く、「よくわからん造り」(建物自体が)。自由が丘(本店は代官山ですが、今あるのかなあ)のシャビー・ジェンティールみたい。特に2F。



夜は、やまやで買った安いシードル(ドライ)を飲んだ。
アルコール度数はビールと同じくらい。2人で750mlびんを開けると、ちょうどビール1缶ずつ飲んだ感じか。

2004年05月08日(土)



 ヨーツー

朝起きたら腰痛でした。

肩こりとは高校生以来のおつきあい(つきあいたくはないけれども)ですが、腰痛は初めてです。
もっとも、腰痛としては軽症なのでしょう。ひどい人は起きあがることもできないと言いますから。しかし前傾姿勢が辛い。背中全体がこわばっている気がします。
何よりどこか腰をかばいながらの動きというのは不便なものです。肩こりのいなし方なら知っているけれど、腰についてはどうしたもんだかさっぱりわからない。これは早いうちに何とかした方がいいのではないか、とほとんど本能的に思い、早々に心当たりの接骨院に行ってきました。昔から身体がギコギコした時に一家でお世話になっているところがあるのですが、そこの分院です。



8日(土)。
痛みを認めるやいなやすぐに行って大正解でした。昨日の治療および湿布&テーピングのおかげか、寝て起きたらずいぶん良い感じ。
7日に引き続き本日も通院してきました。慢性化させないようしっかり治すつもりです。

2004年05月07日(金)



 私(ども)のゴールデン・ウィーク

ご無沙汰しております。

さて標題の件ですが、以下のような具合でありました。

・所用にて上京→帰宅。
・帰省した友人に会う。
・お通夜出席(りー身内)。
・飲み会(新婚さん、まもなくゴールインらしい組、帰省の人、おなじみの人など総勢9名)。
・二日酔い。でも午後から蕎麦食べに&曳山祭を観に八尾町へ。
・掃除。
・その他(主にだらだら)。

休みなのか仕事なのかわからないような毎日を過ごしている私と違って、りー氏にとっては貴重な連休です。ゆえに、
「松本行かん?」とか、
「滋賀行きてー」
とか、そういう発言も聞かれたのですが、二日酔いでだらだらした後、昼頃になってそんなことを言われても、という思いもありまして、何れも却下したのでありました。
いま松本に行けばきっと物欲の旅になるでしょう。
滋賀については私も吝かではないのです。しばらく前から行きたいと思っていた場所です。しかし期待があるからこそ準備が必要なのです。
えー、連休は図書館開いてないだろうから、いやだ。
結局仕事にからめてしまっています。
「じゃああんた図書館に行っとるあいだ、おれ何しとればいいが(=何をしていればいいの?)」こうして書いてみるとなかなかかわいい発言ですね。

え、私だけ1日先に行くとか。

書いてみると自分の身勝手が露呈されてしまいました。
かわいそうなりー氏。

2004年05月06日(木)
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