days;flower-bird-wind-moon
みんみん



 大晦日

実家に来ています。
りー氏、両親、下の弟とともに本年最後の食事をしました。
のいは冷蔵庫の下から発掘したねずみと遊んでいます。
今日は一緒に寝ますよ。

さて今年はどんな年だったか。
悪くなかったのでは、いや、よい年だったのではないかと自分では思っています。目に見える部分よりもむしろ自分の気持のうえで。
あ、そうか、と思いました

とそんなひとりごとのような反省はさておき。

もう数時間ほどで新しい年がめぐってきます(新暦の)。
どうか来年も、あなた様と私にとり、健康でよき年となりますよう。

2003年12月31日(水)



 無線マウス/木綿の腹巻き

オルテンシアアズールさんに正月の花を注文する。
去年は白をお願いしたが、今年はオレンジにしてみた。到着は30日。


そういえばクリスマスの話。
ケーキもトリもなし。というのは初めてかも。しかるべき信仰はないがかつて長々とサンタクロースの存在を信じていた(っていうのもつくづく面白い現象)ので、少し寂しくもある。もっとも、サンタについてはただ願っているだけではどうしようもないが、ケーキとトリは準備すればいいのだった。
りー氏が無線マウスを買ってきた。ノートPCを持ち歩く時に具合のよいマウスがあればいいなあ、と確かに話してはいたが、プレゼント用にラッピングしてあるわけでもなく、えらく実用的なのでいまひとつピンと来ずにいたら泣かれた(嘘)。
以後毎日使っている。


コンビニで腹巻きを見つけたので買ってみた。何もコンビニで買わなくても、と思うが、いつも行かないお店だったので何となく買ってみたくなった。腹に何か巻きたい気持(ってどんなよ)でもあったので、ちょうどいいあんばいだったというわけ。木綿だが保温性を高めた素材とのことで、つけてみたら案外具合がよかった。いや、案の定、と言うべきか。
毛糸のパンツはだいぶ売場でも見かけるようになった。買ってみたいと思いつつ買ったことがない。田中美津さん(鍼灸師)の本に、女性は常に三分丈とか五分丈くらいのスパッツを履くべきだ、というようなことが書いてあった。毛糸のパンツとスパッツはお出かけ時には難しいこともあるかも知れないが、薄手の腹巻きだったら可能かも。

遅いお歳暮(返し)をぱたぱたと2箇所に送る。
甘い物と辛い物。洋菓子も地酒もそれぞれ決めた店から。

2003年12月27日(土)



 歳暮

久しぶりの日記に並ぶ似たようなタイトル。

年賀状の製作(りー氏が)。
例年のパターンというのがあるのですが、今年は出かけて写真を撮ったりする時間が少なかったらしく、どれを使うかやや苦心しておりました。そんなこともあって用いた写真の数も少なくなっています。
「なに、おれ神戸にしか行ってないってことか」
モニターをにらみながらりー氏が言いました。
そうなんじゃない。私が「東京(行くけど)行く?」って声かけても「……いい」って言ってばっかりだったやろ。
「行く行くー」
まあとりあえず今年はもう無理。
新年明けたらD一工房の展覧会を観に行くことだけは決定しています。
所員(FJOK君)自らの解説を聞かなくては。みんな予定というものがあるので早々にアポイントを取っておくように。>りー氏

夕方、双方の実家にお歳暮を持って行きました。

私の実家にはミニ焼酎いろいろのセット。ウイスキー、日本酒、と来てこのところの父は焼酎派です。お年始に持っていったらひどく気に入ったらしく、再び同じセットを購入したという次第。母や祖母には? という話になるのですが、まあそれはそれでまた考えましょう。
のいとも久しぶり。私でさえ2週間ぶり、りー氏はもっと久しぶり。最近は寒いせいか、じじむさく眠っていることが多いらしいけれど、今日ははりきって観葉植物(冬の間は中に入れている)の土を掘ったりして叱られていました。いつもはあんまりそんなことしないんだけど、嬉しいのかも、と母。子供だってそうだもんな。お客さんがくるとはりきってはしゃぎすぎて、父や母に叱られて拗ねる(それはかつての私)。
いや、子供と同列にしてはいけないのかも知れないけれど、でも猫を見ていると小さな子供とそっくりだと思うときがあるのです。保育士をしている母もそう言うくらいだから、やっぱりそうなんでしょう。ただしこの場合の「猫」というのは、去勢している(しかも室内飼いの)猫、と限定されるべきかも知れません。
もう使わないというノートPCをもらってきました。

りー氏の実家には魚津りんごを持っていきました。
それから晩ご飯をご馳走になりました。りー母は泊まって行って欲しそうでしたが、仕事もあるということで失礼。

その後、先ほどのノートPC用のLANカードを買いに。
実家にあったのはA4ノートですが、これを居間用にして、現在居間に置いているB5ノートを持ち歩き専用にしようかという考えです。
とりあえずセッティングをして、今は2台のPCが並んだ状態になっています。これで同じ部屋にいてもそれぞれネットをすることが出来ます(違)。

お隣りの工事は現在も続いています。完成は近い様子ですが作業が遅れているのでしょうか。それにしてもしかし、祝日の22時過ぎまでやるって……みんなクレームつけないんですね。
むやみに工期延長するよりも、早々に終わるに越したことはありません。お隣り(中学校)を卒業した友人たちもいることだし、へんなクレーマーになろうというつもりは毛頭ありません。でも作業予定というのがあったはずです。近隣住民をなめた仕事はいかんよ。>M柄建設さん

2003年12月23日(火)



 師走中旬

昨日。
ぴょんちゃんと会う。リフレ(クソロジー)に行き、チェリオで産後(といっても6ヶ月経つか)の友人と会う。この友人とは妊娠前妊娠中にも会っていたが、ほんとによかったなあと思う。
新米母はとても楽しそうだった。たぶん新米父(「自分が産めるものなら産んでみたい、乳をやれるものならやってみたい」という人。父親として、というより、生物としての興味か)も楽しそうなので、ああよかったな、と心から思う。
いま、私には子がいないが、もし将来親になれたとして、その時自分(とりー氏)は、どんな風に思い、考え、行動するのだろうか。ということは、二組の親の老後について考えるのと同じように、今から心配していてもしようがないけれど、でも、現時点で思うことはある。とてもいい時間だった。
そして久しぶりに街なかをゆっくりを廻った。中心市街地空洞化とは言え、時節柄さすがに人出は多い。週末が常にこういう状態でないとさみしいところか。
会う人ごとにフラッグ@西武前の話をしている。自分の話じゃないから却って出来るのか。
好きなお菓子屋さん「プラリーヌ」に寄り、それぞれ買い物をする。ぴょんちゃんはオランジェット(オレンジピールのチョコレートがけ)や焼き菓子を買っていたようだ。私は生ケーキを3つ。シュー・ア・ラ・クレーム、洋なしのタルト、モンブラン(台はメレンゲ)。
茶などしつつ語る。
夜は双方の配偶者と待ち合わせて夕食。

かぶ、うまかったー>私信


今日。
仕事など。

昨日プラリーヌで見たガレット・デ・ロワが気になっている。
映画「シェルブールの雨傘」にも登場した、いわばフランスの新年菓子か。宗教的行事と関わりがあるお菓子だという。切り分けたパイのいずれかの一切れから小さな陶器(フェーヴ)が出てくる、という趣向がおみくじ的で面白い。当たった人は1日王様になれるのだ(と話すと、りー氏は「王様ゲーム」を持ち出した。ふん! おやじが言うと邪悪でいけない)。1年を占うという性格もある。
りー氏にひきずられて(人のせい)、クリスマスらしいことをしなくなってしまったが(それもつまらない話だが。ケーキくらいは食べるだろう)、新春を祝いたいという気持はある。
「予約しておけばいいじゃない(の意の富山弁)」とりー氏。
プラリーヌは元旦から営業とのこと。元日はお金を遣わないことにしているけれど(お賽銭類は別)、でもすばらしい。

りー氏が買ってきた「紀雅」というお店のますずしを食べる。豪華バージョンのものらしい。
普通はどのお店でも1段でほぼ1,000円という価格設定だが、これは1,500円するとか。見ると押し寿司の厚みの半分がます。ごはんの方が少ないのではないかという気すらする。そして非常に生っぽい。
押し寿司、と書いたが、押しはゆるく、寿司屋のネタのようだ。味も薄めで、醤油が添えられているところがいよいよ普通の寿司っぽい。もちろんそのままでも食べられる(私たちはそのまま食べた)。
いろいろますずしを食べ比べてみたが、それで結局どこのますずしが好きだったか、という話になると、やや心許ない。ますの厚みも気になるし、締める酢の味や締めた結果の舌触りも気になる。生っぽいということは酢締めがゆるいのだろう。今ふうの作り方を好むか否かということか。
実家では「せきの屋」のものを買っていたので(地元の人は常食しているわけではない)、今食べても、ああ、と無意識のうちに納得しているような気がする。もうちょっとますの身が厚めだと言うことなしなのだけれど。

2003年12月15日(月)



 なかつよ

カテリーナ古楽合奏団を聴きにいく。県民小劇場オルビスの自主企画公演シリーズである。
カテリーナ古楽合奏団の名は、ロバハウスの名と共に知ってはいた。国立のNさんとこでフライヤーをよく見かけたからだ(ということは、メンバーかスタッフのどなたかがお客様なのかも知れない)。
オルビスは収容人数200人ほどのホールである。座席は可変式なので、ホールというよりスタジオといった方がより適切かも知れない。小さいので、舞台と観客の距離が近い。そこが観る方の妙な緊張感を解きほぐしてもくれるようだ。リアクションがあからさまに伝わり過ぎるのではないかという時すらある。

オルビスには今まで何度か行ったことがあるが、そのたび不思議に思うのは、どちらかというと実験的とでもいうのか、都市部なら観客は若者が主であろうと思われるような内容の公演でも、そうでないものでも、なぜか観客の年齢層は高めであるということだ。それもくさい文化人的な雰囲気を漂わせているようなおっさんではなく(その種の人も見かけないわけではないが)、おばちゃん的な雰囲気の人が少なくない。
おばちゃんが多いとどうなるかというと、舞台へのレスポンスがたいへんわかりやすく行われるようになる。ひとりうんうん頷いている人も多いし、公演中のツッコミも少なくない。それに、拍手の拍の取り方も若者とは多分違う。見慣れぬ物事には驚く。時にあからさまに違和感を示す。
演じ手によっては、普段とは違う客層にやや驚くこともあるようで、でも決して悪いようにはしないおばちゃんたちのもてなしに、「普段」とはまた違った面白さを感じているのではないかと想像する(何をやっても能面のように反応がない、っていうのはいやなものだ)。客層は広い方がいいだろうし。
しかし観客に若者が少ないということはやはり気になる。おばちゃんが多いのは結構なことだけど、若者の姿が少ないのは問題ではないか。もちろん金銭的な問題もあると思うけれど。

当日売りの券を買って入ろうと窓口に向かったら、女の子がつつつと寄ってきて、来られなくなった友達か誰かの分(想像)を1枚買ってくれないかと言った。3千円のチケットを2千円にしてくれた。ラッキー。
そういえば彼女は私より若かったな。

プログラムは、楽器の紹介などをはさみつつ進行した。
中世の音楽ということで、現代において一般的に用いられている楽器とはずいぶん違う形態のものも多くあったが、原型(により近いもの)を見るようで面白かった。西洋の楽器と東洋の楽器とがあるわけだが、中世というのはそれぞれの特色がもっとも融合されていた時代だったらしい。実際、弦を使った楽器でも、あるものはほとんどバイオリンだが、あるものはほとんど琵琶のように聞こえた。同じ、とか、違う、とかいう見方は既に枠組みでしかないのだが、とか言っているとらちがあかなくなるので、とりあえず。
パーカッションの演奏会に行った時にも思ったことだけれど、みたことのないシンプルなつくりの楽器をに接して、音を楽しむためにいろいろな試行錯誤があったのだろうなあと思う。ああだこうだやるのが楽しかったんだろうなあとも思う。

先人の「ああだこうだ」を追体験するのは面白い。時に生意気にも検証して、ついでに自分も一緒になってああだこうだやってみたりする。
それは懐古ではない。モダニズムを学んでいる気持だ。

アンケートは持ち帰って書き、FAXで送ることにした。
「来年度の発見ライブ(注・本企画の名)に呼んでほしいアーティスト又は面白い公演がありましたらご記入下さい。」の問いには、
呼んでほしいアーティスト:栗コーダーカルテット、柳下美恵(と無声映画と弁士)
面白い公演:素浄瑠璃(あるいは文楽)
と書く予定。他になにかあるかな。


夕方のラジオで、県の国際なんとか課にお勤めの韓国人女性へのインタビューが流れていた。
大学時代に日本語と日本文学について学んだそうだ。日本文学は、現代では村上春樹、近代では夏目漱石など、他に「中代(ちゅうだい)」や上代の作品も読んだという。
日本のその種のタームに「ちゅうだい」という言い方はないと思う(少なくとも一般的ではない)。「中代の上田秋成」と言っていたので、中世と近世でまとめてひとつなのか。あるいは中世までひとくくりで上代なのか。それともまた別のくくりがあるのか。彼女の言い間違いでなければ、韓国での言い方ということになる。いつか、韓国にゆかりの人に聞いてみよう。
もっとも、かつて「中昔(なかむかし)」とか「中つ世(なかつよ)」という言い方があったことを思えば、「中代(ちゅうだい)」という言い方も不思議ではない。日本で学ぶ世界史(各国史)だって独自の区分があるのかも知れないし。比べてみると面白いかも。

2003年12月11日(木)



 よりみち

月曜日。
夜、少し時間が出来たので、駅前に出来たシアトルズベストに行ってみた。富山初進出。アオバラでも触れたけれど、りー氏が仕事で関わったビルの中にあり、まあ夫婦愛というか(言っとけ)探検というか物見遊山というかそういう気持で行ってみた。
人の入りはわるくない。ブレンドコーヒーとブレッツェルを注文。コーヒーは好みもあると思うけれど、私はもう少しはっきりした味の方がいいかなと思った。すうっと入っていってしまって、あまり残らなかったから。しかし苦手な人でも飲みやすいともいえ、どちらにしても苦みが印象的な(と思う)スターバックスコーヒーとは対照的だ。
もっともスターバックスにしても、ストレートコーヒーがウリというよりは、その他のアレンジコーヒー的な飲み物がメジャーな気はする。

火曜日。
夜、近所の観光ホテルにある「セラピーユ」なる施設に行ってみる。早い話が低温サウナなのだが、マイナスイオンの中、五感をリラックスさせることができるというのがウリらしい。着衣のまま寝転がるので、男女一緒の「入浴」も可能。
さて五感はリラックスできたのか? ものすごーくいいという話を聞いてものすごーく期待して行ったからか、まあこんなものか、という感想を持つ。しかしサウナのようなガマン大会的様相でないのはいいと思う。汗も心地よく流れた。ひょっとするともっと流れてもいいくらいなのが、たまたま私は冷え切っていて温まるのにも時間がかかったということかも知れない(冷え性>自分)。母あたり誘うと大いに喜ぶことだろう。
初めて利用した観光ホテルはなんだか昭和っぽかった。平日だけど、案外利用者があった。街中から近くて、温泉に入ることができて、ついでにたぶんリーズナブルなのかも。

2003年12月09日(火)



 「能楽師」

シネモンドでモーニングショー「能楽師」を観る。今日から1週間のみの上映で、早いうちに観ておきたかったのと、ちょっとした思惑があったのとで、土曜日初日を選んで出かけた。併映は「藤田六郎兵衛 笛の世界」

観世流シテ方(能における主役=シテを専門に演ずる家柄)の関根祥六、関根祥人親子を追った1時間ほどの短いドキュメンタリー・フィルム。能楽師自身の言葉と所作とのあいだに、世阿弥『風姿花伝』の朗読(佐野史郎)を折々に挟み、能の世界観や身体観を描いている。
海外での公開を前提として制作されたのか、英語の字幕が入っていた。『風姿花伝』の朗読など、耳で聞かされるよりも字幕の英語を介した方がひょっとして理解しやすいのかも知れないなあ、と奇妙にむずむずしながらも面白く思う。いわば逐語訳ではない口語訳(英語)が字幕に出ているというわけ。
金沢は宝生流の能が盛んな土地柄で、「加賀宝生」という特別な呼び名もある。そのせいだろうか、ふだんは若者の観客がほとんどではないかと思われるシネモンドにも、年配の男女の姿がそこそこあった。女性の方が圧倒的に多かったか。

先日、NHKで狂言方の野村萬斎親子を取材したドキュメンタリーをやっていて、ちらりと観たらなかなか面白かった。
同じドキュメンタリーでも「能楽師」はもっと地味だが、心に思い当たる言葉に多く出会った。自分の目で頭で『風姿花伝』を読むだけでは得られない、能楽師自身の心身を通した、より具体的かつ現実的な言葉として伝わった気がする。うへー身にしみる〜、というような。
併映された「藤田六郎兵衛〜」では、岡倉天心『茶の本』の朗読があった。どちらの映画でも同じようなことを感じ取った(六郎兵衛氏の方が、声といい出で立ちといいもっとにぎやかなだけど)のだけれど−−「型」の大事さとか−−それにしても、かつて『茶の本』が英語で執筆されたように、いまは、期せずして英語の字幕で『風姿花伝』を理解してしまったりするような、いわば逆輸入的なやり方が最も有効なのだろうか。
例えばETVに「にほんごであそぼ」という番組がある。ETVにはまた「英語であそぼ」という対称的なタイトルの番組がある。セットにされることで一種の逆輸入的視点−−日本の中で内発的に「国語」に着目するのではなく(まあ、そんな能天気な時代ではない)、英語を眺めた後で「日本語」に目を向ける−−が見えるようにも思う。
きっかけはそれでいいのかなぁ…ダイジェスト版であったとしても現物(の一端)に触れるのであればまだまし、というか。
で、これってなに? というところに行けばいいのだが(そうは問屋がおろさんようだ)。
そういえば昔、ずっと『源氏物語』が好きで当然卒論にも選んだという同級生に、なんで『源氏』なの?と聞い(ていじめ)たことがあったなあ。
「好きだから」って何? とか何とか。


映画を見終わってから、近くの某博物館に友人を訪ね、少し話をする。
ずっと行きたかった雑貨屋でポストカードなど買い、先日(って日が経つけど)大和アトリオの地下に出来たソニープラザで小物を買う。
明日明後日の天気予報に小さな雪だるまのマークが出ていたので、りー実家でスタッドレスタイヤに交換する。私の車・りー父さんの車・りー車の3台を(時に雨に打たれながら)交換。疲れた…


Kさんへの私信。
ハヤトウリ、子供の頃に食べたことがあります。近所のどなたかの畑で作っていたのをもらったのでしょう、シロウリなどと同様、漬け物にして食べたように思います。子供のときはとりたてて好きでもなかったような。子供が好んで食べる味ではないと思われます。
ウリのなかまでいうと、カモウリ(ばあちゃん的に言うと「カモリ」。トウガンのこと)の他、ソウメンウリなどもよく食べました。ソウメンウリはもっぱら酢の物で。
今はウリ類大好きです。ただしスイカは大好きだけど(好きな果物ナンバー1。ナンバー2はたぶんリンゴ)メロンだけはそんなに欲求がありません。メロンよりマクワウリの方が好きかも。メロンはみずみずしさより甘さの方がまさっているように感ずるからでしょうかね。

2003年12月06日(土)



 運転中

車を修理に出しているので(先日○ーソンの駐車場で車をぶつけられた)、ただいま代車に乗っているところです。
同じかろ兇任垢私のものより年式走行距離ともに先輩らしく、運転していてときどきそれらしい雰囲気を感じます。少し前にはやった言葉でいうと「老人力」のある車といいましょうか(どうでもいいけどその折に世の中で頻繁にみかけた「老人力」の用法、赤瀬川氏の定義を大いに曲解していたものがほとんどだったような気が)。
しかし毎日の足として有効に活用しています。タバコ臭いのがちょっと気になりつつも(シートに焼けこげつき)。

とある交差点で信号待ちをしていた時のこと。
直進レーンにいた私の右後方、右折レーンから大音量の車がドスドスとやってきたので思わず注意を喚起してしまいました。その車は私より前、右前方に出て、同じく信号待ちをしていました。
左ハンドル車だったのですが、左足を投げ出し、足首を開けた窓の上にのせて、タバコ吸いつつ運転してゆきました。
こんな芸当、AT車かつ左ハンドルだからできるんですが(普通は右足でペダルを操作しますから。ってするな)、まあ、いぶかしく思われても仕方がない体勢ではなかろうか。とっさにナンバーを覚えなくてはならないような気がして覚えてしまった私も私(これがまた比較的覚えやすいナンバーで)。

今日遭遇したその他の珍しい車としては、大型免許実習中のトラック(仮免許練習中のプレートあり)と、教習中の路線バスなど。

2003年12月04日(木)



 12月

寒いので長いコートを出して着たりする。
でもこのへんでは皆薄着なので(冬は)、ひとりだけ厚着している人のようになって、少し浮くのだ。

りー氏の会社は秋に移転していたのだが、移転先に初めて行った。中に入ったわけではないが、ビルの下をうろうろしていた。
オシャレ系(たぶん)美容室だの高級オシャレ系家具屋だのギャラリーだのがテナントの、なかなかすかしていやがるビルだった。



▼小林キユウ『Route88 四国遍路青春巡礼』(河出書房新社、2003)

図書館の棚の、なんともいい具合の場所にあったので借りてみた。小林キユウって小林紀晴の双子の兄だったんだ(というほど読んではいない)。
こないだの日曜日の朝、NHKの「ようこそ先輩」で先生役として出ていた。最初に「写真ってなんなのかみんなそれぞれ考えてほしい」というようなことを提示していて、そんなコンセプチュアルな、と、「先生」の雰囲気とも相俟ってちょっとハラハラドキドキしてしまったのだが、生徒たちの撮った写真に助けられていた(ように見えた)。

ちなみに先週の「ようこそ先輩」は歌う生物学者・本川達雄氏が登場。
金沢出張の日にホテルで観たが、前夜、「明日はゆっくり出てきていいよ」と言われていたのを理由に、しっかり見てから出動してしまった。15分ほど意図的に遅刻。面白かった。生物への尊敬の念、を歌にするというのがいい。

▼藤原新也『なにも願わない手を合わせる』(東京書籍、2003)

例えば同じ年代の人たちに比べたとき、私は、手を合わせる方なのかも知れない。もうこの世の人ではない誰かに対するてねぎらいの気持(と、仮に言う)や、いろいろな物事に対する謝意がないわけではないけれども、やはり結局のところ*なにかを願う手を合わせ*ているのだろう。それはそれで幸せで能天気なことだとも言える(私が特定の信仰を持っていればまた別の思いがあるようにも思う)。


以上2冊は、たまたまどちらも文章+写真の体裁を取っていて(藤原の本には「写文集」とあった)、なおかつどちらもお遍路さんについて書かれている(小林キユウの方は1冊を通して)。
四国には行ったことがない。友達が住んでいるので行くとすればたぶんものすごく軽い気持で行きそうな気がする。そして物見遊山として霊場を廻ったりもするだろう。
昔、私も四国を廻ってみようかと思ったことがある。が、思っただけで結局廻ってはいない。


▼田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』(作品社、2003)

かつて河出書房「文藝」の名物編集者として知られた(もちろんリアルタイムでは知るべくもない)坂本一亀の軌跡は、そのまま日本の戦後文学史でもある。感想に替えて目次にならぶ作家(評論家)の名を挙げておこう−−野間宏・椎名麟三・三島由紀夫・中村真一郎・埴谷雄高・武田泰淳・梅崎春生・船山馨・水上勉・小田実・高橋和己・真継伸彦・山崎正和・井上光晴・黒井千次・丸谷才一・平野謙・いいだもも・辻邦生・島尾敏雄。
ちなみに坂本一亀は坂本龍一の父。表紙には坂本一亀の写真が用いられているが、どこか坂本龍一に似た面影がある。ただし息子より父の方がもっとシャープ。

2003年12月03日(水)
初日 最新 目次 MAIL HOME