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みんみん



 気持グルグル

終日、気乗りのしない仕事。仕事内容も量もなかなかにしんどい。私には。
毎回のことだけれど、気づかされ感動することもあり、はたまた怒りや憤りに近い気持を持つこともあり、迷いも感じたり、いろいろ。


大家さん(おばさん)のお通夜に行った。
宗派は真言宗だった。浄土真宗はもちろん、曹洞宗とも違う。お坊さんはひとりだった。これはお通夜だからか。読経の前にシャラシャラ音がして、煙が上がっていた。護摩を焚いているのだろうか。マジックっぽい。興味津々。
だからといって、これからもいろんな宗派のお式に参列したい、とはならないところが他の行事とはちょっと違うところだ。

葬儀に行っていつも気になってしまうのは、参列者の中にちらりと笑顔をみた時だ。
お付き合いとか、いろいろな事情があるだろうけれど、一般的に言って悲しいことには違いないので、身内の人は普通の笑顔は見たくないんじゃないだろうか。厳密すぎるのかな。
それから、今日のお通夜は葬儀専門のセレモニーホール(ここ、以前は結婚式場だった!>平○閣)で行われ、明日の葬儀も同じ会場で行われるのだが、その間おばさん(もう、仏様だけど)はひとりで夜を越すんだろうか。もし自分が身内の立場だったら、ちょっといたたまれないかも知れない。寂しくないだろうか。帰宅したくないという人は絶対にいるだろうとも思う。そういう時はどうしているのだろう。


それはそうと、出がけに母と口論になる。というか、私が怒って(母にとってみればそれは「怒ることではない」となるのだが、その点からして既に見解が違う)一方的にまくし立てていたのだけれど。
思い出しただけでカーッとなる。私だっていつも自問自答しているのに。

「当たり前だから」っていうのは理由にはならないよ。

2003年07月30日(水)



 私ではない私

りー氏の大学時代の後輩が、スタッテン島の9.11記念碑コンペで選ばれた。以前にも書いたけれど、“Postcards”と題した案が選ばれたそのお祝いに、日本の友人たちからpostcardsを贈ろうという企画が進行中である。
りー氏がそのうちの何枚かを準備するのはもちろんだが、同じくpostcard好きの私も書くー、と宣言していたのだった。しかし何枚くらい書いてもいいのだろう?
お世話をしているKさんのところに電話をかけるというので、一緒に聞いてもらうことにした。

りー氏は大学時代を関西で過ごしている。
このころのりー氏を私は全く知らないが、大学時代の友人と話すときのりー氏は関西弁と富山弁が交ざったような言葉になる。

「みんみん(仮)が『10枚くらい書いてもええでー』って言うとるんやけど」

と話すりー氏の横で、ええでー、とは言ってないー(いいよ、とは言ったけど)と、小さくツッコミを入れている自分。
直接話法から間接話法になったと言うべきか。

2003年07月29日(火)



 まぼろしのぬかづけ

金沢の街なかを車で走ったら、地図を片手に歩く観光客をしばしばみかけた。観光地なんだなあ。


クリーニング屋さんに寄って、いつものように信号を左折して最初の角を右に入ろうとしたら葬儀の案内が立っていた。ああ、近所でどなたか亡くなられたのか、と思ってよく見ると、それは大家さん(おばさん)の名前だった。吃驚。ええっ、と思いながら、そろそろと道を進み、大家さんの家の玄関の前でいったん止まってみた。ああ、本当なんだ。
大家さん宅の前でたまたまおばさんの妹さんという人と遭遇し、確認をする。いったん車を停めて立ち話をする。
先週の木曜日急に倒れて、そのまま亡くなったらしい。

うちは大家さんの敷地内にあって、家賃も毎月直接持参していた。銀行に振り込むと同一支店なのに手数料を取られるので(>H銀)、直接持っておいでとおばさんが言ってくれたのだ。月末に持っていくと、いつも野菜だの漬け物だの持たせてくれたものだ。
りー氏は特におばさんのつくる白菜のぬか漬けが大好きで、冬になると「またもらえんかなー」と無くなるたびに言っていた。

「私、婿取りなんよ」
いつだったか、妹さんと京都へ旅行に行くから、ゴミ当番を代わってほしいと頼まれたことがあった。代わるもなにも、いつもおばさんが私たち店子のぶんまで当番(ずっと家にいる人でないと時間の点で遂行できない)をやってくれていたのだ。
# アパート住まいの人たちは免除されていて、借家住まいの人は当番をやるっていうのもおかしな話だと思うが。家賃という点でいうと古い借家の方が安いだろう。
いいですよー。旅行、いいねえ。京都はいつ行ってもいいからね。
あんまり京都という雰囲気の人ではないのだが(失礼)、姉妹がいるとそういう楽しみがあるのかと思った。
親の代くらいにF町の山の方から出てきたのだけれど、早くにご両親が亡くなったので2人の妹さんの親代わりをして、そしてお婿さんを迎えて、家を継いだ。まだこのへんも家が少なくて、線路の向こうに昔からの農家(=地主)があった程度だった。

おばさんはいわば、このムラと私たちの間に立っていてくれた人だった。おじさんは本当になんにもわからないらしく、おばさんの留守中に家賃を持っていっても、「わからんから後で」と言われるくらいなのだった(はんこくらい押してくれよ、と思わなくもなかったが)。
おばさんがら(ー)くな人であることは前の日記にも書いたけど、一面でもろもろの管理を全て引き受けていたので、残った人たちはなんにもわからないそうだ。店子としては従前通り生活できることを願うばかりだ。

らーくにせられませ(楽になさってください)。



読まずに語る云々というのがありましたが、観たことないドラマ批評。
「元カレ」
このタイトルだけで私はまったく観る気がしないのだが、いやしかし、このタイトルだからこそ観たくなる人もいるんだろうとは思う。
ドラマでは、元カレ、あるいは元カノと接近せざるを得ないシチュエーションを設定しているところにポイントがありそうだ。でもそもそも、「元カレ」はともかく「元カノ」っていう省略形は嫌かも。

2003年07月28日(月)



 におい

どこからともなく農薬のにおいがする。
ちょっと行けば田んぼや畑もある。夏休みのにおいだ。
つんとノドの痛くなるようなにおい。


気分転換をしたくて、香水のミニボトルを買いに行った。
いま、めったにフレグランス類をつけることはない。こういうのは、決まったものをひとつつけるのがいいように思うが、固定されたくない気持もある。これというものを見つけていないということかも知れない。
今日は少しだけスパイシーなのがいいなと思った。

しかしりー氏は「くさい」と一言。つけかたもあろうし、好みもあろうし。男性の方が嗅覚に敏感だときいたことがあるが。
うーむ。

アロマオイルでも見に行くか。



2003年07月26日(土)



 切手/レンタカー

雑誌二題。
「夜想」復刊。
「クウネル」9月より隔月化。


縁側にセミがころがっていた。
「梅雨も明けてないのに」とりー氏。
ぶどうの木につかまって鳴いていたのか?
散歩猫が食べたらよくないなと思いつつ、そのままにしている。


昨日郵便局でふみの日切手を見つけて買った(ネットではあまりきれいに映っていないけど)。原画は村上勉氏。
村上さんのイラストって、あんまり好きじゃなかったはずなのに(子供のころ、佐藤さとる的ファンタジーの世界が苦手だったということかなあ)、切手を見たらなんだかよくて、まとめ買いしてしまった。猫やくまが描いてあったからかな。
しかも他にも記念切手やらハガキやらいろいろ出ていたので、突発的に何枚もシート買いしようとしたら、お会計の金額が財布の中のお金より多かった。いい大人の買い物としてはかなり恥ずかしかったが、減らしてもらった。
# 振り込みをすませたばかりだったので。>弁解

しかし残念だったのは、発売日当日限定らしい「特殊通信日付印(B)記念押印機用」の絵がかわいらしかったこと。手紙を持ったくまのイラスト。
知ったのが遅すぎた。押して欲しかったな。

私が子供のころ、ラジオ体操関係の記念切手が出た。
この切手、初めてイラスト(まんが)が登場したというので話題だったが、その後いろいろ切手になったものだ。
長新太(は、まんがではないが)切手欲しい。


レンタカーの予約をした。アオバラにも書いたように、疑問点は、清里までの乗り捨て料金がいくらか、ということだったのだけれど、結局松本までにしたので、あっさり解決した(松本までの乗り捨て料金なら表に載っていた)。
要は、富山から松本まで出るのに時間がかかる&選択肢が少ないのであって、そこまで出てしまえばそこそこ本数はある。車で3時間(+α)見ておけばいいだろう。
(昨年同日の日記を読み直してみた。)

富山駅の駅レンタカーの事務所は、ずっとそこにいたら気がおかしくなるんじゃないかというくらいに狭い。狭いところの楽しさというのもないわけではないが、あれじゃああんまりだ。交替、あるんだろうなあ。


本当にやる気が起こらない。まずいーやばいー。
なんかこういうのって学生みたいだな。

2003年07月25日(金)



 医療費

擬制世帯主宛てに「医療費のお知らせ」が届く。中を開くと、先々月、救急医療センターに行った時の医療費の総額(私が支払った金額ではない)が記してあった。思い出すだにあれは高かった。まあ時間外だからしょうがないけど。

「おれ(=社保加入者)関係ないのにー。おかしいよなー」
要は保険料を確実に徴収したいということみたいよ。本人(うちの場合は私)が払えなくてもとにかく責任取ってくれやー、ということで。
「でもおれ宛てに(「医療費のお知らせ」が)来たからって勝手に開けたら、知られたくない治療とかもばれるぜ」
たとえばどういう?
「(うちの住所地名)クリニックとか」(注・実在しない)
そういうとこって保険効かないんじゃないの。

国保加入世帯ごとにお手間なことだとは思うが、しかし、知らしめるという意味においては有効かも知れない。それとも、すぐ病院に行ってしまいがちな人(もちろん、真に必要な人は別)には関係ない?


同じような治療をしても、病院ごとに治療費が異なるということもあるだろう。
獣医さんもそうだ。猫は犬に比べて通院の必要は少ないが、そういった点でのいのかかりつけの西尾さんは本当に良心的だと思う。費用だけでなく診療姿勢も安心信頼できるので(開院時間も長い)、実家からはちょっと遠いのだけれど転院する気にならない。のいには長時間の移動すまんが。
でも西尾さんのサイト、閉鎖してしまった。掲示板があったからかな。
もうちょっとしたら予防接種の案内がくるはずだ。

2003年07月24日(木)



 お中元

隣りは祝日も工事をやっていた。
朝は早い。7時前から工事車両の音がする時もある(さすがに祝日はそんなことはなかったと思うけど)。
連休中に解体工事はかなりすすみ、コンクリートのschemaが露出した。
そびえ立つ巨大な箱の向こうに空が見える。なかなか圧巻で、かっこいい。と思っていたらりー氏も写真を撮っていた。


ふと思い立ち、両実家宛てのお中元をオルテンシア・アズールさんでお願いした。観葉植物の取り合わせあるいはアレンジメント。
お店は今日から夏期休業に入る。あまりにも計画性がないと自分でも思うが、いろいろ考えた結果なのだ。
私の実家にはアレンジメントを贈った。実ものの多いアレンジで、のいが狙いそうだな〜と思っていたら、案の定、そわそわ落ち着かないらしい(と、母から聞いた)。あんたには猫草がたっぷり2鉢あるやろ。
食べられて坊主になる前に見に行かなくては。

夕方、観葉植物を持ってりー実家に行き、いつものように話をする。
するとりー父さんが突然、「のい生きとる?」と聞いた。
「当たり前じゃない!」と笑いながらツッコミを入れるりー母さんの声をバックに、元気ですよー、と答える。
りー母さん曰く、「たまーにねー、突然、(りー父さんが)『のいどうしとるかのー』って言うのよ」。
本当は猫が好きなんじゃないんですか?
「そうかも知れんね」とさらっと答えるりー父さんの真意やいかに。

2003年07月22日(火)



 だらりだらり

りー氏は今日も出勤。
昨日も明日も出勤。

氷見の方に行こうと思っていたけれど、目的のお店はお休みらしい。
ついでに高岡の方に出かけようかと思っていたが、こちらもやる気が失せる。
どうしようかなあ、花展(いけばな展覧会)のチケットもあるけど、と思い、チケットをくれた母に、行った? と電話してみる。これからお中元を買いに行こうとしているというので、便乗して私も出かけることにする。

デパートの地下でおそうざい買って帰ろうかなーと言うと、買い物につきあったというのでいろいろ買ってくれた(しかもりー氏の胃袋だと2日ぶんの晩ご飯くらいに相当の量)。何かしたっけ?

帰宅途中にりー氏より電話。
「急に焼肉食べたくなったんだけどどうすればいいと思う?」

結局焼き肉を食べに行く。最近、一緒に出かけることも殆どなかったからなあ。
# おそうざいは明日のおべんとうと晩ご飯に。

でもりー氏はごきげんでした。飲んで食べて。
たまには焼肉食べたいなむにゃむにゃむ、といいながらふとんに入っていました。

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「エンピツ」(日記)には簡単なアクセス解析がついている。
このところどういうわけか「安野ともこ」を検索していらっしゃる方が多い。「すいか」効果か。
しかしgoogleのようにキャッシュでたどることが出来る場合はともかく、他の検索エンジンでいらっしゃった場合、日記の目次にリンクしているだけなので、たどりついたはいいが目的のトピックがどこかだわからんという話になってしまいます。
というわけで安野さん(昔、レコードも出してたなー)めあての方は7月14日(土)をご覧下さい。

2003年07月20日(日)



 味のない食べ物

郵便局に行き、街なかを車でぐるぐる走り、結局郊外のYまや(お酒のディスカウントショップ。輸入食料品類なども充実)にたどりつく。
切れていたビール(りー氏用。ラガーを箱で)とシードルとガス入りミネラルウォーター×6とバキュバンとブルーコーンチップスを買う。
ブルーコーンチップスの存在はAさんに教わった。ドリトスを黒みがかった紫にしたと言えばいだろうか。食べ物としてはちょっとぎょっとする色ではある。
もともと私は味のない食べ物(いや、ないわけはない)が好きなのだが、このチップスはスパイスだの何だのの味がまったくない。ただ薄めの塩味。これが妙に食べたくなり、買った。
味がないと言えば、ただ揚げただけのポテトチップス(塩をふっていない。外国製)も食べたことがある。これも何ともいえない味わいだった。ビネガー味もある。こちらも強烈だがなかなかよい。
ポテトチップスよりはコーンチップスの方がさっぱりしていてより主食風。。

パンに塩を入れないのと砂糖を入れないのと、どちらがしまりがないか。
砂糖はイーストのごはんだから、ほどほどに入れることでパン作りの失敗も少なくなる。
パンには塩分が多く含まれている。塩気のないパンはパンチが抜けたような味になる。
昔、近所のスーパーに食事制限用食パンが置いてあり(しかも3枚入りという手頃なサイズ)、一時期はまったことがある。パンチが云々と書きながら、なんだか独特の甘味があるような気もしていたのだ。

しかしYまや楽しい。


上の弟一家からうどん届く。ありがとう。




2003年07月19日(土)



 今日まで

の映画を2本観る。

朝イチで図書館に行き、コピーを取り、それから街なかまで出かけた。
Aピタ食品館の屋上駐車場に入る。ここは最初の1時間の駐車料金が無料だ。最近では知られるようになったのか、駐車場の入口に、買い物をしない人の駐車は罰金をいただきます、というようなことが書いてあった。まあでも何かと買い物の用事っていうのはあるからその点はクリア。それにこのお店はわりといろいろ揃っていて便利なのだ。

映画の上映時間まで少し時間があったので、バーゲン中のお店などをひやかす。ちょっといいなと思うものいくつか。
中央通りの松竹で「西洋鏡」を観る。20世紀初頭、中国で最初の活動写真が誕生した頃の話。監督は中国系のアメリカ人女性らしい。あまり世界史に明るくない(高校の時に選択はしたけど、成績がひどすぎてあれでは勉強したとはとても言えない)私だが、日本における中国のステレオタイプなイメージって、中国っていうより清朝のそれだったりするんだろうなあと思った。しかしその服装は現代の目からみるとかっこよくもあり(特に男性の普段着。なんか山本耀司みたい)、着てみたいー、と思った。画面で黒っぽい人たちがうごめいているのはちょっと怖くもあるけれど。
私は観ていないんだけれど「フィールド・オブ・ドリームス」を観ている人だともっといろいろ感想を持つかも知れない。フライヤーにも「中国のフィールド・オブ・ドリームス」みたいなことが書いてあったんだけど、そういう風に言ってしまうと自ら首を絞めているというか。
中でイギリス人の活動屋さんが上映するフィルムは、むかーし視聴覚教育(教員免許用)の授業で観た気がする。工場みたいな場所から人がたくさん出てくるのとか、水かけのいたずらをするのとか。リュミエール兄弟?

松竹に行ったのはいつぶりだろう? 昔ながらの古い映画館で、ポップコーンマシーンがある。注意してみてみると、いろいろ割引のシステムがある。レディースデー(水)・メンズデー(木)・スチューデントデー(土)の他、駐車券(どこのでもよい)持参割引とか、市内循環バス割引とか。割引なると一律千円になるようで(ただしサービスを併用することはできないかな)、非常に魅力的。「西洋鏡」の前に上映していた(でも観そびれた)映画もここでしかやっていない作品だった。できればシネモンドのように、いやそこまではいかずともそれならせめて高岡ピカデリーのように、オリジナルな路線でがんばっていってほしいなあ、と思う。

駐車場までの道すがら、ふたたび気になる洋服を確認しに行き、ついでに試着してみる。ちょっときちんとしなくてはいけない時にいいかなー。好きな色と素材だし、悪くないと思う。あまり買いたいと思えないような接客。それが理由というわけではないが、購入は保留する。
別のお店に行く。ここもセール中。カジュアルなものばかりで、外での仕事の折にはキビシイところもあるが、いいなーと思って出る。ここでも買わず。

駐車場に入るまえにスーパーで買い物をしていったん帰宅。


夕方、今度は郊外のシネコンへ。
りー実家に寄る。中に入ろうとするとシャムっぽい猫が歩いていった。靴下をはいているみたい。後ろ姿によればオスだった。靴下と同じ濃茶で色分けされいた。
珍しくりー母さんひとりだった。

2本目は「ミニミニ大作戦」。リメイクらしいが、オリジナルは知らず。
ミニ(車の)がパワフルに大活躍するのだけど、なかなか面白かった。観てすっきり、というタイプの作品。ハリウッド映画ってそういうの?
しかし外に出たあとに車を運転する際にはちょっと気をつけないといけないかも。任侠映画を観たあとの人状態というか。


さて今度の水曜日は高岡ピカデリーに「草ぶきの家」を観にいくぞー、と思っていたら、なんとこれも今日までだった。やられた。

2003年07月18日(金)



 会話

昨日書き忘れたこと。
今年初めてセミの鳴き声を聞いた。
仕事と仕事のあいだに友人のお見舞いに行ったら、彼女も聞くとはなしに「今日セミ鳴いとった」と言った。あんたも気づいた?と思った。



だらだらしていた。

手紙届く。
さりげなく思いがけなく重大なことが書いてあった。その人の心がざわざわと動くようなこと。
いろいろな問題もあるのか。ならば、長く広い目で、うまくいくように祈ります。

いま、この人との関わりが、いちだん深い部分にすっと入っていった、と実感する瞬間がある。男女のことだけでなくて、同性同士のつながりにおいても。
どんなにつき合いが長くても、そこにたどり着けない場合もある。あくまで本人の実感によるところ大だから、こちらがそう思っていてもあちらはさにあらず、またその逆ということもある。個々人の性格というものがあるし、また人付き合いにも組み合わせというものがある。
でも何かがうまくぴったり合ったとき。そういう時節になったとき。何か、すっ、と風がふいてきたみたいな気持になる。

夏の予定ひとつ決まる。
去年同様、T先生の清里の別荘に行き、そのまま東京に廻って、Cさんちにお邪魔して(お酒好きの夫@Cさんと一献傾けたいものだとずっと話していたのだ。ちなみにCさん自身は下戸)、仕事など。
というわけでまた1週間弱くらい留守にするよ。
「え、そんなに長いこと行くの」
あれ珍しい。すぐ「ねーどっか行かんが(どこかに行かないの?=留守にしないのか)」って言うくせに。毎日好き放題だよ。ふとんを上げなくても怒られないし。身体に悪いもの食べ放題。
「(鼻息を荒くしている)」

夜中、H(弟)より電話。仕事帰りらしい。
「あのさー、今、目の前に猫おるんだけど」
え。
「小さい。のいと同じ(茶トラ)。たぶん風邪ひいとるんじゃないかなぁ」
う(うらやましい。でもすぐに暗い気持になる)。
「どうしよう〜」
うー。うーーー。
「・・・あ、他にもおった! 親ときょうだいと」
なら大丈夫だね。小さいって、どれくらいの大きさよ。
「のいに初めて会った時より少し小さいくらい」
じゃもう歩けるね。あんたのこと怖がったりしてないんやろ?
「ぜんぜんぜんぜん」
じゃ飼い猫かもよ。
「あーーーよかったーーー」
家に拾って帰らんならん(=帰らなくてはならない)と思っとったんやろ。
「うん。あー、じゃー、放って帰ろう」
よかったね。気ぃつけて帰られ(=お帰りなさい)。おやすみー。
「おやすみー」

のいと重ね合わせてしまったんだね。
猫ちゃんアレルギーながらがんばっています。>H

2003年07月16日(水)



 ナンギナンギ

去年の同じ時期に比べたら、エネルギーを吸い取られているような感じはだいぶ和らいでいると思うのだけれど、でもなあということはある。フザケンナなこととか。
まあいろんなことがあり、いろんなひとがいる。いやなことばかりでもない。たとえ数パーセントであっても、受けとめてくれる人がいればそれでよしとすべきなのだろう(と、自分を励ましてみる)。



長崎の事件。
もちろん衝撃的だった。あってはいけないことだ。
でも、神戸の事件に比べたら、想像できそうな気もする。犯罪の低年齢化という問題はあるにせよ。

性別で分けてはいけないのだけれど、と前置きをしつつも。
男の子というのは難しいんだな。いや、男は難しい、と言うべきか。
仕事の場では女性よりも老若の男性と接する機会の方が多いけれど、本当にそう思う。男嫌いになりそうな時もある。性別の問題ではないのだけれど。



気を取り直して猫話三題。

▼その1 のい話(またかよ)
「こないだ大変だったんよ」
と、母が言うときは、のいのことにきまっているのだ。

土曜の夜のこと。蒸し暑かったので、風通しをよくするため、玄関脇の部屋の網戸を開けておいたらしい。
翌日曜日。5時頃、祖母が、お父さん(=私の父)たいへんたいへん! というので、みると、先輩(仮。のいと同じ茶トラののら)が部屋の中に入ってきているのだった。あちゃー。
のいは必死で逃げ回ったため、けんかにはならなかった模様。噛まれたような痕跡もないようだ。でもそれはそれはショックな出来事だったらしく(いつも窓越しに見てひとりで興奮しているけど、やると見るとでは大違いか)、その後しばらく、父に近寄ることも出来ず、鳴きもしなかったとか。
幸い翌日はのいの大好きな母さんが在宅で、少しずつ安心してゆき、それでいつもよりちょっといい子になっていたとのこと(いつまで続くか)。
今日はなんだかいつもよりにゃあにゃあしゃべっていたな。

(先輩に)石投げてやればよかった、と父。
うーん、それはー、微妙な問題だ。のいは特別だが、猫はみんなかわいいと思ってしまうから、複雑。

マンガ『クロ號』に、気の小さい(弱い)猫ほど、トイレ後に砂をばっさばっさと大仰に蹴散らすという記述があった、ふうん、そうかあ、そういえばのいもばっさばっさとやるけど、こんなやんちゃ坊主(当時)なのに気が小さいのかね、と思っていた。
今も猫砂を散らしまくっている。

やっぱり内弁慶なんだね。

▼その2 みくちゃんと子猫
ある日実家のインターホンが鳴った。
祖母が出てみると、そこには裏のOさんちのみくちゃんが立っていた。手には黒くてやせた子猫2匹。
駅に捨てられていたらしい。みくちゃんは猫が大好きなんだけれど、お母さんは猫が苦手だから飼うのはダメだといわれたらしい。それで「飼ってもらえませんか」と尋ねて来たということのよう。
なんとかしてやりたくて、お母さんと大げんかしたみたいだ。
「そんなんだったらお母さんも富山に行ったらだめ!」
# 富山とはお母さんのご実家をさすらしい。実家は市外なので、在郷の人たちはみな富山市内に行くときは「富山へ行く」という。

よっぽどだったんだろうなぁ。とてもよくわかるけど。
子猫はどうなったんだろうか。

それにしても、猫と暮らすなら責任持てよ、だ。

▼その3 やっぱりというかなんというか
ャウリンガル発売予定。
で、考えた。
のい(に限らず)の言葉は意味は知りたいけれど、でもあれこれ考えもせずにわかってしまうのは、ちょっとつまらなくて、怠慢な気がする。それに、翻訳された人間語の声は、「のいの声」とはきっと違うのだろうし。
どうだろう。

2003年07月15日(火)



 Nスペ

「見つけたら買っといて」と言われ続けて数ヶ月、ようやく街なかのスーパーで発見した(しかも特売)黒のつけ麺を食べた。おいしかった。
# ハ○ス食品のサイトには全商品紹介のコーナーはないのかな。多すぎるということか。

あ、そろそろぞろ目(11111)だ。>カウンタ

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昨日は、(すいか〜)と喜んでいたのだが、考えてみたら冷泉家の、観るの忘れた。同じ時間帯に放送予定の。
朝、テレビ欄で見て、どっちかビデオに録画すればいいやと思っていたのだった。がーん。

が、そこはNスペ
(省略形はあまり好きではないが、使ってみよう。)
14日というか15日の夜中に再放送だ。
今度こそ観なくては。ビデオビデオ。

放送は日付の定義の仕方がややこしい。
サイトによると、

(15日(火)午前0:15〜(14日(月)深夜)の放送です。)

とあって、うっかり15日の方だけ見てると、火曜日の夜中にチャンネル合わせそうで(それは単純にそそっかしいってやつ?)、でまた「キー!」となりそうで、恐い。
それからよくありがちなのは、楽しみにしている番組を待っている時に限って、眠くなって寝てしまったりするということ。
注意注意。

Nスペ再放送といえば、キセキの詩人の回は結局再放送されていないのではないか。
それが答えということか。

2003年07月13日(日)



 comin’ soon

お好きな方にはビミョーに豪華キャストなドラマ、すいかを観る。観よー、と思ってて、でも忘れていて、途中からぱらぱら見始めたのだけれど。
りー氏と「映画っぽいね」と話す。1週間おきのドラマじゃなくて、もうちょっと濃度を上げて映画で観たい。
「この枠(土曜9時NTV系)は小劇場系なのか?」
もたいまさこが出てるから? 白石加代子まで来たか。あまり詳しくない私でもなるほどとは思う。
ぐーぐる君によれば脚本家は「やっぱり猫が好き」のかたらしい。

小劇場系枠(仮)といえば一部ではりー氏(今より細い頃の)に似ていると言われている工藤官九郎氏、私も好感を持って拝見しているけれど、「ぼくの魔法使い」は正直言ってちょっとついていけなかった(りー氏も同意見)。私(一個人)がテレビドラマに求めるものとは違っているというだけの話だろう。そして、私がついていけなかった部分こそが、彼の面白さであろうということも想像する。

もういちどすいか話。
スタイリストが安野ともこさんだった。高校生のとき、カミングスーンの洋服が大好きで大好きで大好きだった(たぶん関係あったはず)。高3くらいの時に富山にも取り扱うお店が出来て(オンリーショップではなかったけれど、BASSO−−って今あるのかな−−と2本立てだった)、毎日通って展示会の写真なども見せてもらっていたので、雑誌に出てもすぐわかった。カミングスーンだー、と。いや、その商品を知らなくてもあそこの服だとすぐわかるような雰囲気があった。

なんかつくづく80年代(もっと言ってしまえばセゾン文化)にどっぷりなんだな。世代でくくるならその若い方に属すだろう。若くて落とせるお金も限られていて地理的物理的な限界もあったからその程度の「介入」ですんでよかったのか、逆に(であるからこそ)地味ながら根強いものとして残ってしまったのか。どっちも、かも。
あれも一種のバブルと言えば言える。ボディコ〜ンとかいうのとは違って。

安野ともこだ!と叫んだら、りー氏に「安野モヨコとなんか関係あるのか?」と聞かれたが、違うっ、と言われる否や即答しておいた。
ぜんっぜん違う。
こぐれひでことさねよしいさこが違うのよりもっと違う。>いつぞやの日記

# こぐれひでこさんは昔ご自分のブランドを持っていてデザイナーでもあったのだけれど、安野さんはそこのプレスか何かをしていたはずです。オリーブ少女(というのは憚られるが)だった人には懐かしいかも。

2003年07月12日(土)



 絶妙

思い立って午前中から県立図書館へ。
そんなに手間はかからないだろうと最小限の準備で来てしまったが、やっぱりもうちょっと荷物を持ってこようと思い、一段落したところでいったん家に帰った。
図書館と家のあいだには丘陵がある。上って、下りて、ひとやすみして(家で)、また、上って、下りる。

それにしても今の家のロケーションは絶妙だ。
本当は神通川を渡らない、もっと街なかに住んで、便利さと昔ながらの風情とを味わってみたい気もしなくもないが、3つくらいの図書館を頻繁に利用する身としては、このロケーションはかなりベストに近いのだろうと思う。川を1本越えると時間も手間もそれだけかかる。
じゃあ、いっそのこと、県立図書館の隣りに住んじゃえばいいかといえば(いや、それも考えたが)、K羽山の頂上ならともかく、ふだんうろうろするにはちょっと寂しい。丘陵を越えるのも微妙に手間だったりするものだから。

理想の家、理想のロケーション、などと考えるのが楽しい。

図書館で借りようと思っていた本、何冊も貸し出し中だった。あまりない経験。





2003年07月11日(金)



 動物家族

仕事の後、本屋さんに寄りました。
地元のタウン誌が出ていたので買おうと思いましたが、また「○○市在中」(「在住」の誤用)とあったので、すっかり萎えてしまい、やめました。また、というのは、以前にもあったという意味です。つまり誤字ではない。
萎えた、とりー氏に言ったら、「投書してやればいいのに」と。
「そういえばうちの近所のガソリンスタンドに『整備士在中』ってあった」
在駐、じゃなくて。
「うん」
今月号の表紙(いわゆる読者モデル)も編集者の知り合いパターンでしょう。よくあることですが。

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じつは手紙をほしがっているりー氏と私宛てに、とらねこさんの絵が描かれたすねいるめーるが届きました。
ありがとう。

りー氏のてかてかの鼻を見ていて、鼻紋で個体識別するのは牛だっけ、とふと思いました。
ぐーぐる君に聞いたら、そうだ、とのご託宣が出ました。
てかてかなのは鼻だけじゃなくて額その他もです。でもニキビ跡はないんですね。これもまた、アブラをもってアブラを制するということでしょうか(アブラ違い)。


私にとってどの猫もみないとおしいものですが、子猫のかわいさといったら、また、特別なものです。
りー氏の会社(のヤク○ト販売店)の前に、たぶん、子猫が捨てられていたそうです。打ち合わせに行こうと思って駐車場に行ったら、警察(交番かな)の人が来ていて、足元の方でうにゃうにゃ言っていたからたぶん子猫だろうということでした。だれかまちの人が知らせたのでしょう。
今は法律もあるから(あるなしの問題ではないが)なんとか、なんとかなるだろうとは思うのですが、どうなるのでしょうか。

「それから、会社から○○の方に向かっていく道の途中(りー氏通勤路)にも子猫がおる」
把握しているようです。

2003年07月10日(木)



 家で

去年のアサガオ、種がいつの間にかこぼれ落ちていて、芽が出て、今朝、きれいな青紫色の花が咲いた。
ちょっと草ぼうぼうだったので久しぶりにむしってみた。ほんとにちょっとむしっただけど、小さい山が出来た。

ほぼ1日家にいた。
携帯メールの返事を打つのが楽しかったり(泣)。

目覚ましをかけないで寝たら本当にぐっすり眠ってしまっていやだなあ。こういうのをいぎたなし、というのだ。だけど目覚まし無しって気持がいいもんだ。
りー氏もいつもより4分くらい遅く出て行った。

「速報!歌の大辞テン!!」、今日は昭和57年のヒット曲をやっていた。
いやー、リアルタイムで聴いていたせいもあるし、好きな作家が多いし、いい曲も多いし、もっと聴きたい。
「ハイティーン・ブギ」って山下達郎の曲だったんだな。あとこのへんはやっぱり松本隆ぶっちぎり。

夜、ひとりで「幸福の王子」を観ていたら、なんだか救いがないような気持になっていけない。
あの話に救いはあるのか、と、1時半まわって帰宅したりー氏(くたくた)に言ったら、「自分が犠牲になってみんなが幸せになるっていう話なんじゃないの」と。
ああ、まさに「幸福の王子」のように。
でも、観ていてつらいなあ。それこそが意図通りということか。

そういえば昨日書くのを忘れたのだけれど、昨日は久しぶりに夕焼けをみた。
梅雨といっても雨より蒸し暑さの方が気になったりするのに、今年は平年に比べて日照量が少ないらしく、あんまり暑いと思ったことがない。過ごしやすくていい。
夕焼けをみて久しぶりだと思ったのは、そもそも夕方、晴れていることが少なかったからか。

2003年07月09日(水)



 信心

仕事を終えて建物の外に出ると、くさむらで子猫が2匹重なって眠っていた。そしてそれを見ている女性ひとり。ここに猫好きの方がいらっしゃるということは知っていたが、もしかして、とお尋ねしたらその人であることがわかった。
いつだったか私が駐車場で出会った黒猫さんは、いま、その方の家にいるらしい。


実家に行く。
祖母に西本願寺みやげ(下がり藤の和三盆らくがんとパンフレット)を渡したらとても喜んでくれた。以前、近所の皆さんと講をつくってお参りした時のことなどを懐かしがっていた。
売店で買おうと思ったしおりのことを話していたら、家に何枚かあるから好きなのを持っていったらいいと言ってくれた。これはお寺の法事などでお坊さんがばらまくのだそうだ。「蓮の花」と呼んでいたように思うが、なるほどしおりは蓮の花弁のようなアーモンド型をしている。
りー実家は浄土宗で(でもお経はまだ聞いたことがないけどね)、りー母さんの実家は曹洞宗なんだよ、珍しいやろ、という話をしていたのだけれど、昔、祖母が若い頃、行儀見習いで行っていたお家も曹洞宗だったらしい。
祖母は若い頃、看護学校に通った後、派遣看護婦としてその家のおばあちゃんにずっと付いていたそうなのだが、そのおばあちゃんという人がたいそう信心深い人で、祖母もお付き合いでしばしばお寺に行ったり、お経を聴く機会があったそうだ。そしてつくづくと、
「曹洞宗のお経っちゃ(=というものは)おごそかでねー、本当にありがたーなって(=ありがたい気持になって)、はあー!(と、情感をこめる)いう気持になったわねえ。町(派遣先)から田舎に帰ってきたら、浄土真宗の法事はガチャガチャうるさいと思ったもんやちゃ」
と言ったのであった。
あ、やっぱりばあちゃんもそう思った?
「思(おも)た(=思った)ねえ」
なんかさー、浄土真宗のお葬式って、お経もあっさり終わってすぐに説教になるよねえ。それに比べると曹洞宗って念入りで、格好もかっこいいよねえ。真宗はキンキンキラキラで派手だけど(まあだから田舎ウケするんだろうけど)、曹洞宗はしぶいもんねえ。
「『かっこいい』ってあれだけど、まあ、そうやねえ」

私は祖母のこういうところが好きだ。

この人は昔、私が、この先どうしたらいいんだ、と絶望的な気持になったとき(当時10代)、思わず、尼さんになってやるー、と言ったら、アッハッハッハ、と大笑いして、
「人間ちゃ(=人間って)、せっぱつまったら、おなじようなこと考えるもんやねー」
と言ったこともあった。

そんな祖母も今では、きみょーむりょーじゅにょーらーい(以下続く)、と毎日正信偈を唱えているとのこと。


りー氏疲労困憊の体で帰宅。
食欲がないと言う(仕事が立てこんでくると食欲がなくなります。>りー氏)。うなぎあるよ、と言ったら、うなぎなら食べる、と言う。
「だらはどうしとった」(『だら』はどうしていた?)
だら(=あほ、ばか)とはのいのことである。
だらはねー、トイレに行こうとしたらダッシュしてきたね。そして閉めたドアを外から一応がさがさやって、そのあとゴロン(と横になること。「あそんで」のサイン)してたね。

家の裏手の方に車が走っていったのを見て、祖母が、「お母さんの車かな、帰って来られたかな」と言った。のいが走ってきたらそうなんじゃない、と答えたら、しばらくして居間の方からダーッと走ってきて、勝手口のドアの前に待機していた。
何を根拠に知るんでしょうか。母の到着を。
母の帰りが遅いと足首を噛んだりして大変らしい。すげーわかりやすいやつ。

2003年07月08日(火)



 七夕@新暦

暦の上では今日ですが、実家方面では旧暦で執り行っておりましたゆえ、実感的には1ヶ月先であります。
子供のときにやったみたいに、笹を採ってきて、短冊を書いたりお飾りを作ったりするのも楽しいかも知れません。

出がけに郵便物到着。
中に、Sちゃん男の子誕生のしらせ。6月23日うまれ。写真がSちゃんに似ていた。
そして仕事先に到着するかという頃、携帯にメール。M谷さん無事出産。こちらも男の子らしい。7月4日うまれ。
どちらも、おめでとう。
生まれるときはばーっと続くのかも知れないな。

そういえばりー氏の大学時代の後輩の方が9.11関連のコンペで入選されて、皆さんでお祝いのpostcardsを認(したた)めようという企画があるらしい。
私はその方とは全く面識がない。でも許されるなら便乗して私もpostcardの1枚を書いてみたいと思った。なぜなら私もpostcardをほぼいつも持ち歩いていて、返事があろうとなかろうと時々誰かに宛てて書いたりもするからだ。メールの方が早いにもかかわらず。
だからメールでもなく封書でもなくpostcardの軽さ・重さというのがあると思える。センチメンタリズムではなく(それも皆無とは言うまい)現実的実感として。

2003年07月07日(月)



 ぐわん

今日は日帰りで京都出張だったのですが、朝、少し時間があったので初めて西本願寺に行きました。そちら方面でご用があったので、便利がよかったのです。
東本願寺の方は駅の真ん前だからいつも目に入りますが、西本願寺の方は堀川通り(ここを北まで突っ走ると・・・と思いつつ渡りましたとも。>ぱぴさん)まで出る必要があります。

さてお参りのついでに売店で「ほんがんじぽすとか〜ど」を2部買いました。お西の紋(下がり藤)にちなんで藤なども描いてある花のポストカードの組(5枚1組。2種類)もよかったのですが、「八方睨みの猫」「麝香猫」に呼ばれたので「どうぶつ」を2組(2種類)買いました。といって、もちろんファンシーなわけはなく、むしろけっこうこわい絵なんですが。
ポストカードを入れた袋には「HONGWANJI」とありました。「KWANGAKU(くわんがく)」と同じパターンですね。ぐわんぐわん。
それから、ばあちゃん用に下がり藤の形をした和三盆製らくがんを買いました。いわゆるお下がり。
実家は真宗本願寺派です。目に慣れ親しんだ、お経に挟むしおりなんかも売っていて、改めて見るとかわいいので買おうかと思いましたが(りー氏の喜ぶタイプのおみやげでもあるのですが)、やめました。婚家の宗派が変わった今となっては(このへん自分でももろもろ微妙だなーと思いつつ、もともとどちらかというと信心ぶかい方なのと、フォークロア的カルチャー的諸方面的興味関心とでつい嬉々として接してしまいます)知恩院にも改めて行きたいと思いますが、真宗ほどグッズ販売が充実しているか否か。いや永平寺ですらいろいろありましたから、心配の必要はないかも知れません。
つまりみごとに物見遊山のワナにはまっているわけであります。

おみやげを買う時間は殆どなくて、伊勢丹にも寄れず、駅の構内で慌ただしく買った程度。久しぶりに河道屋のそばぼうろや稚児餅をちょっとだけ買ってみたりしました。

2003年07月06日(日)



 せまいよのなか

りー氏は出勤。仕事でガラス工房(個人の方の)に行っていたらしい。その帰りに富山市のガラス工房に寄ってみたら、ちょうどお祭りをやっていたそう。
そうだった。ちょっとした知り合い(ただし顔を認識しているかどうかというと心許ない)がいるので、訪ねてみようかしらと思っていたのだった。でも、当初私はこの週末留守にする予定だったので、行かれないな、と思い定めてしまい、日曜日はともかく(工房のお祭りは2日連続で開催)土曜日は富山にいたというのにすっかり忘れていたのだった。
惜しいことをしたなあ。でも夏休みにチャンスがあるかも知れないから、そちらを期待していよう。
ひょっとするとそのうちりー氏と知り合いが仕事で関わるようになったりもするのかなあ。わからないけど。

夜、りー氏の会社の社長さんと、Hさんと一緒に韓国料理を食べに行く。
どこでどうなったか銭湯→フロ屋の番台の話になる。
今はなき「ぶ〜け」という雑誌に、「フロ屋のおきて」というマンガが連載されていた。作者は藤谷みつるさん。これは堀川小泉の朝日湯がモデルで、そこのお嬢さん(今は結婚されてお子さんもいらっしゃるが)が描いていらっしゃったのだった。
お客さんもいろいろ登場するが、おばちゃんたちは皆バリバリ富山弁で、連載が始まったとき、ここって富山じゃないのか?と思った記憶があった(はたしてそうだった)。当時は東京在住だったので、何かなつかしい気持で毎月楽しみに読んでいた記憶もある。
で(前置きが長い)、実は藤谷さんのお姉さんは、HさんやM谷さんと仕事上でつながりがあったらしく、藤谷さんの作品にスクリーントーンを貼りに行ったこともあったそうだ(「フロ屋のおきて」のではないけど)。
「フロ屋」以外にはラブストーリーを読んだことがあるが、これはまた違った作風で、ナイーブな雰囲気を持っていてとてもいいと思った記憶がある。藤谷さんは今でも番台に座っているそうな。

標題は「せまいとやま」とも言うな。

2003年07月05日(土)



 雑誌生活

インターネットバンキングの手続きを取った。
銀行と郵便局(こっちは「バンキング」ではないな)と、それぞれの口座を登録した。
まだ実際に振り込んだことはないけれど、きっと楽だろう。振り込むためにはネットで買い物をすればよいが、もちろん無理して買う必要もない。

「暗証番号とか、気ぃつけられよ(=気をつけなさいよ)」とりー氏。
やっぱり? お金のもんだいだもんねえ。
「アルファベットも意味を成すような並びじゃだめだよ。」
ふーん、羅列じゃないとだめかね。
「うん。辞書でかたっぱしから引いていったらおしまいだから。だてにあやしい本(例.『Hッカージャパン』とか『Nットランナー』とか)読んどるわけじゃないがんぜ(=読んでいるわけではないんだよ)」
ふーん。



夕方、お見舞い。
手持ちぶさた気味らしいので雑誌でも持って行こうと思い、Nかだ本店に行く。
久しぶりに来たのでざっと眺め、自分用にも買う。買ったのは、
・仕事関係
・『東京人』
・『子供の科学』
以上3点。
仕事関係は、買い忘れていたことに気づいて。
発売されたばかりの『東京人』の特集は東京のホテル。りー氏もしばしば買う雑誌だけど、この特集なら買ってないだろうと判断して買う。
『子供の科学』は懐かしくて久しぶりに手に取ったら、うおー!な記事がいろいろ載っていたので。
# 『SPUR』にも心ひかれる記事があったけど、たった1つだけのためにほいほい買うのもどうかと思い、がまん。

夜。
『子供の科学』懐かしくて買ってしまったわ。
「ふーん。(ページをめくる)おー!すげーー!!へー!!!(瞳キラーン)」
君は私以上に精読していただろうしね。
「定期購読するか!」
んー。

毎日いろいろ考えますな。

2003年07月04日(金)



 時節柄

「お弁当のごはんすこし減らして」とりー氏がいった。
今までと同じ量を入れているのだけれど、このごろはちょっと多いと感じるようだ(それでもたいてい食べきってはあるけれど)。
そういえばあんなにくいしんぼうなのいも、このごろは少しひかえめだ。好きなごはん(くさび形のドライフード)を選り好みして食べている。今は季節的に食欲が落ちやすいのだと獣医さんはおっしゃっていたな。
りー氏には時計がなくてもほぼ時刻がわかるという特技がある。たぶんおなかの中に時計があるのだ。



小説、あるいはマンガの映画・ドラマ化ということについて考える。
自分(観る人)の想像通りになってもならなくても、それもひとつの享受の様相だと思えばいいのかなと思ったりもする。基本的に別の作品だと思えばショックはなお少ない。
ストーリーを正確に追っているからといって作品の世界を表現し得ているかというと、それはまた別だろう。あるいはまた、ストーリーを忠実におさえ、なおかつ空気も写し取り、なんてこともあるかも知れない。



今日はわりともりだくさんな日だったのかなあ、などと思う。
仕事で高岡に来た友達と会っていろいろ話したり、別の友達のおめでたいニュースとびっくりニュースを同時に聞いたり、お手紙が来たり、いろいろ。
あんまり自分のことは出来なかったけど。

ところで、皆さん睡眠時間はどれくらいなんだろう。
私はどちらかというと朝早くに起きて始動したい方なんだけれど(出かけるのは遅い方がいいけど。笑)、りー氏の帰りは遅いので、それからご飯につきあって、片づけて、寝る、を両立しようとすると、睡眠不足になってしまう。しかもりー氏の食欲はその日によって違うので、本人が帰ってきてから作っている。作ったものを必ず食べろ、というのはある種の暴力かも知れないけれど、作ったものを食べてもらえないとやっぱり悲しい気持になるものだ。このへんは難しい。「相手のためを思って」というのと「思いの見返りがほしい」というのと、相反する感情ながら同時にあるから。
遅い時間まで何も食べないでいるというのは私には出来ないので、7割くらいひとりで食べて、3割くらいをつきあう。「それならおれ外で食べて帰ってくる」とりー氏は言うのだけれど、それはいやなんだ。

りー氏が私を縛りつけようとしない人であることは重々わかっている。それはありがたいのだ。
でも、それにしても、はて、どうしたものか。

2003年07月03日(木)



 半夏生

暑すぎず寒すぎず過ごしやすい1日。

朝、別に急がなくてもよい日なのに、なぜか気持がバタバタしすぎて−−二度寝したからだけど−−ごみ出しの日を間違えそうになった。
「え、もう木曜日だっけ」とりー氏に指摘されても一瞬わからなかった。
気が急いている。
でも資源ごみ(缶)の日ではあったのでやっぱり慌ててまとめる。

久しぶりの人に会って話す。

所用で2日連続実家に。
勝手口にまわると川べりに黒ちゃん(近所ののら)が座っていた。ずいぶん大きくなった。幼さが抜けたようだ。
母が帰ってきて、網戸越しにそわそわとのいが鳴く。その鳴き方の、にゃあ、と、なんとやさしいことよ。あまりに発声がていねいすぎて声がかれているように聞こえてしまう。人によって鳴き声が違うとは聞いていたけれど、本当に違うんだな。
私もあんな風に鳴かれたいよ。

昨日は映画の日、今日はレディースデイ、でも映画は1本も観なかった。

りー氏は早く帰宅(21時前に)。
夕食は麻婆茄子。

2003年07月02日(水)



 今日から

7月。

と書いておきながら時間が1日逆行するのですが、りー氏が日記に書いている夏越の大祓(なごしのおおはらえ)、今年初めてお願いしてみました。お正月に雄山神社でお祓いをしたら、先日、こちらもどうぞ、といったかんじで人形(ひとがた)と振替用紙が送られてきたのです。
本当は6月晦日に参詣し、茅の輪くぐりをしてみたいと思ったのですが(行ったことないけどこういうの好きだ)、あいにく外で仕事のある日でどうしても行かれません。それで私どもの形代を郵送しました。りー氏日記にある人形に氏名と年齢を書き、3度息を吹きかけて、身体をなでるようにします。
雄山神社の社殿は3ヶ所にあります。立山雄山の頂上、芦峅寺(あしくらじ)、岩峅寺(いわくらじ)。昔りーばあちゃん(母方)は大山町に住んでいて、常願寺川を渡ったところにある岩峅雄山神社にはしばしば参詣していたようです。神様仏様に信心ぶかい人なのです(宗教に熱心、というのとはちがう)。りー氏もばあちゃん経由で夏越の大祓をお願いしたことがあるもよう。お納めする初穂料の相場を教えてもらいました。



田舎では早苗がつんつんとしげっている。
いちめんのみどり。
巨大な猫草畑がひろがっているように見える。もしそうならきっと茶色はよろこぶだろう。たべきれない。

実家で。
くらやみからこっそりのぞいていたらいつのまにかしっぽを太くしていたので、
あんたなにしっぽ太くしとんの
とからかったら、パンチされた。
そんなこともうれしい。

2003年07月01日(火)
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