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みんみん



 

夕方、金沢からの帰途、珍しい車2台に遭遇。
その1。競走馬を運ぶトラック。
金沢市郊外には競馬場があるので、市内でも場所によっては珍しくもないのかも知れないが、少なくとも富山ではまず見ない。
外から見た限りではまるで引っ越し屋さんの大型トラックで、ただ「競走馬が乗っています」というようなことが書いてある点が大きく異なる。それだけで何だか爆弾を抱えて走っているみたいだ。本当は競走馬を運んだ帰りで何も乗っていなかったとしても。
猫を往復1時間の病院に連れていくのでさえナーバスになるのに、北海道から飛行機だかトラックだかで移動する馬の気持を考えるとはらはらする。あ、もちろん馬に付き合う人間にも。
トラックの斜め後ろから「あの中にいるんだ〜」と思って見る。
その2。〈カーキ色に大きな赤十字が描かれたジープのような車2台〉を運ぶトレーラー。
運ばれているのはいかにもアーミーっぽい雰囲気の大きな車。トレーラーは県外ナンバー(どこかは忘れた)。

先日は、大型免許の路上教習車(某自動車学校名入り教習車:トラック)や、実技練習中の路線バス(普通の路線バスに「教習中」の札)にも遭遇した。

りー氏にのいを獣医さんに連れていってもらい(足の指を踏まれたのが心配だったからではなく、前々からの予定)、別々の車で実家に行く。
祖母と3人で夕食。先日伯父が釣った鮎を焼き、自家製夏野菜(なすとズッキーニとトマトと玉ねぎ)をスープで煮て(ラタトゥイユよりもあっさりした感じで食べたかった)と、それから即席漬け、枝豆、みょうがのおつゆなど。ビールも少し。
食事を終え、のいを肩に載せる。私の、いま食事をしたばかりの口やら顔やらを一所懸命なめる猫。

1日りー氏が携帯していたデジカメのプレビューを見る。車の助手席にのいが座っていた(ちょっと危ない)。自分がやっていないこと(猫を車の傍らに乗せて運転)をされると、非常にねたましい。

暑くて寝苦しい夜。
夜が明ける少し前に目が覚めてシャワーを浴びて、再び寝る。

2002年08月31日(土)



 

夕方、図書館でりー氏に遭遇。下を向いて作業をしていたのにどうしてわかったかというと、キーホルダーについている聞き覚えのある大きな鈴の音がしたから。この鈴はラクダにつけるものらしく−−どこで手にいれたのか知らないが−−りー父の鍵にも私の鍵にもついている。ゴロンゴロンと重みのある鈴で、音もかなり目立つ。
鈴の音を聞いて、昔、結婚するまえ、別々の家に住んでいたとき、お休みの日や夕方などに、県立図書館や本屋さんでバッタリ会ったりしたなあ、と思い出した。その時も鈴の音で気づいていたような(猫か?)。
図書館はしばしば待ち合わせ場所でもあった。りー氏は「そやったっけ?」と言うに違いないが。

明日の実家行きに備え、りー氏は新しい猫じゃらしを買ってきた。以前買ったもの(既に毛がむしり取られ、プラスチックの原型が剥き出しになっている)と同じ型のもの。
猫の絵とともに「トムのおもちゃ」と書いてある。
トム限定?

2002年08月30日(金)



 遊び

デジカメを買ったついでに、photoshopを触ってみる。
もっとも、私が「使う」といったところで、サイズを変えるとか、小さくなることで画面が暗くなった(ように見えた)写真の色味を少し明るくするとか、せいぜいそんなところだ。のいの写真に「にゃー」と書いて遊んでみたり。
右上がりの正比例のグラフみたいなのにカーブをつけてみると、写真が明るくなったり暗くなったりする。違う写真のように見えるけれど、便利は便利だ。しかししつこいが私がやる(できる)ことといえば、2ステップくらいだ。サイズを変え、グラフ(仮)の形を少し変える。本当は他にもいじるべきところは多々あるのかもしれないが、あんまり考えないようにする。
りー氏がアップしている写真は、大きさを変える以外、基本的に(「全く」ではないらしいが)ほとんどいじっていないらしい。

朝、のい、母に左前足(左手か?)を踏まれる。
母は動きが唐突なので(というと本人はきっとたいへん嫌がるだろう)のいとしてはツッコミどころ満載なのだろう。その結果。踏まれた瞬間、キャンキャンキャンキャンとまるで犬のように鳴いたという。
夕方、実家に様子を見に行ったら(猫バカ)、普通に動き回っていたので、過保護に過ぎるかと病院に連れていくことはしなかった。足先が心なしかぼこっと大きくなっているようには見えた。
一昨日会ったばかりなのに、また大きくなったなあと改めて思いつつ、ほんとに大きくなった、本当に大きくなったね、と、あほのように祖母と繰り返し言い合う。ほとんど繰り言のように。でもなぜか言いたくなるのだ。なんだか、もういい年なのに、会うたびに「あっれー大きくなってー」と言う近所のおばちゃんのようだ。でも相変わらず顔(頭)は小さい。
よく注意して聴いてみると、鳴き声も少し大人っぽくなっている。小さく「にゃー」くらいだったのが、「にゃあん」くらいにはやや太い。「変声期」とりー氏は言う。
こうして大人猫になっていくのか。出会ってから2ヶ月が過ぎ、今は5ヶ月の猫である。

猫は鼻と鼻をくっつけてあいさつするらしいから、私も、来たときと、帰るときにはいつも、私の鼻をのいの鼻にくっつける(もしくは、のいの鼻に指をくっつける)。
昨日の帰り際、りー氏も一所懸命鼻を突きだしていた(ように見えた後ろ姿)。

夜、ゴーヤチャンプルー。
たぶん今夏最後のにがうり。

2002年08月29日(木)



 飲みに行く

−−あるいは理由と言い訳(または怠惰)の違いについて−−

家から2番目に近い本屋さんをのぞいたら、動物についての本ばかり集めた文庫本のフェアをやっていた。私が先日ネットで注文した、長田弘『ねこに未来はない』(角川文庫)もあった。
漱石の『我輩は猫である』、小学生の時に図書館で読んだきりで、手元にはなかったので、猫ついでに(どういうついでだ)買う。
『続百鬼園随筆』(新潮文庫)も見かけたので、買う。

午後、お手伝い。
また暑くなったとはいえ、午後3時にもなれば、日は翳る。

夜、夫婦2組で飲み会。
はじめのいっぽになったか?

遠く離れてしまったから〜
結婚したから〜
子供が産まれたから〜
ではなくて、そうなったらそうなったで心おきなく遊べるようなしくみを考えたい。

お店を出て友人夫妻を見送って。
さてどうするよ。
このまま家に帰ってもいいが新世界(中央通りはずれのいかにも場末な飲み屋街)のビールバーが気になる、というので歩いて行く。
地ビールを中心にいろいろ。りー氏はちょっとフルーティな、私はハーブっぽいビール(共に地ビール)を飲む。私たち以外のお客様は皆男性。まあ飲み屋街的。スナックとまではいかないが、カジュアルなバーである。
カウンターの向こうのお姉さんと、りー氏の隣りに座っていたとある若い男性の会話を聞くともなく聞いていた。

ビールも飲み干したので、お店を出ることに。
それに、会話を聞いていたらだんだんニヤニヤしてきてしまったのだ。うずうずとも言う。

・・・あの男の人さあ、つまらん人だったね。
「うん」
なんか薄っぺらで。ぺらぺら。
「うん」
女の人の方がぜんぜん元気だったね。
「うん」
全会一致(会員2名)。

○○がないから〜(「○○」の中には、お金・能力・恋人など、適宜入れ替え可能)じゃなくて。
ないならないなりに。
あるならあるなりに。

2002年08月28日(水)



 お友達

実家に行ったら、電池で動く犬のオモチャがあった。小さな白い犬。
のいのために母がもらってきたらしい(新品)。
また少しつめを切ってやる。

晩ご飯。ジャージャー麺。
たまごを3個ゆでる(半分に切って上にのせる用)。

ゆでたまごはいつもこんな風に作る。
すなわち、
(と、勿体ぶるほどのこともない)

1.鍋にたまごと水を入れ、火にかける。
2.沸騰したら火を止めてそのままふたをする。
3.ふたをしたまま適当な時間放置する。
4.ゆでたまごの出来あがり。

余熱だと、殻が破裂するかとはらはらすることもない。
さらに沸騰時の破裂防止を期すため、水と一緒にお酢を入れてみたりもする。

肝腎のゆで具合、私の好みは15分間弱放置くらい。
今日は10分間放置だったのでかろうじて黄身が固まっているくらいになっていた(最初はゆるゆるだったが、余熱でやや固まった)。
適当に殻をむいていたら、むきかけのまま「このままでいい」と言って、りー氏はそのままマヨネーズと共に食べていた(ジャージャー麺の上に乗せずに)。

「ゆでたまご、夜にまた食べようっと」
夜って。いま夜だよ?
「ひみつの夜に食べる」
# でも結局食べていない。
よろこんで宝物を埋めた場所を忘れてしまった動物みたいだ。

夜、実家から、鮎をもらったから取りにおいで、と電話。
鮎釣りが好きな伯父がいるのだ。今年も宮川に行けたんだな。よかったよかった。伯父は数年前に大病をしている。
鮎はとりあえず冷凍しておいてもらう。
「のいどうだった?」と母。
うん、また大きくなっとったね。
「よーく甘えるよー。よく寝るし。誰かそばにいると安心してよく眠っている」

白い犬のオモチャ。
電源を入れたら当たり前だが突然動き出した。
「そしたらのい、後ろに下がっていってねー、そのおかしさといったらなかったよ」
ところが犬は勢い余って台から勝手に落ちてしまった。
「勝手に落ちたんだけど自分が制覇したみたいな気になったらしくて−−ってお父さんが言うには−−それからは蹴るやら噛みつくやらえらい変わりよう。おっかしいよー」

週末、両親が尼崎の弟夫婦+甥のところに行くので、泊まりがけでのいの世話をしに行く予定。どっちが世話してもらうんだか。
その時に鮎を焼いて食べよう。

2002年08月27日(火)



 接続

日中、お手伝い。

並木が植わっている地面にぽこぽことたくさんの小さな穴があいていた。
ありの巣?
それににしては大きいし、数が多すぎる。

蝉の穴やろ、とりー氏が言った。

へえ。
本当にぼこぼこぼこぼこたくさんあいているから、ここから1匹ずつ出てきたとすれば、そりゃミンミンいうわけだ。
蝉が鳴くと暑さも増しそう(な気がする)。でもどうせ鳴くなら、雲がわき起こる青空の下(の木陰)がいいんじゃないだろうか。中途半端な曇り空よりかは。

「link」のページををたどって、あちらこちら、会ったことのない人のページに飛んでいく。
するとそこの「link」が自分のブックマークと同じだったりする。
すると知らない人なんだけれど知っている人のような気がする。

〈ネット友達〉という概念は、あまりない。
知り合うきっかけがネットだった、とか、ネットによってつながりが深まった、ということはもちろんある。特に富山に帰ってきてからはかなり。
恣意的につながろうとするのではなくて、たまたま、何かつながりたいと思うようなきっかけがあって、ぴっと糸が引かれる。その糸は極細かもしれないし、ロープのように頑丈かもしれない。極細の糸が細いなりに微妙な撚りを生み出すこともあるし、太さに甘んじて変化のない関わりもある(それはそれで幸福なのだが)。
いつどう変わるかわからない。つながる瞬間も重要だが、発展させ維持していく方がもっと重要。いいなと思う物・事・人には引き寄せられ(あるいは近づき)、そうでない物・事・人からは知らないうちに(あるいは恣意的に)距離を取っている。

例えば、もしもネットが出来なくなったら、メールが書けなくなったら、手紙を書けばいいか、と思う(許されれば)。
書くのがもどかしくなったら会いに行けばいいや、と思う(許されれば。時間は作るものだ)。
ある程度ネットに近づき、日常化したからかも知れない。

ネットが人とのつながりの深さや広さや幅にグラデーションを生み出していることが面白い。
しかもそれが変化するダイナミズム(そんな大げさなものでも)。

それでいちばん使わなくなったコミュニケーションツールは何かといえば、電話だ。

すごく早く眠ったら(何時に寝たのか覚えていない)、夜中に寒くて目が覚めた。
起きてみたらそれからしばらく眠れなくなった。
少しネットをして目を疲れさせて、再び眠る。

2002年08月26日(月)



 なぐさめ

軒先にぶどうの木が1本はえている。
今年は虫に喰われてひどいことになっている。葉っぱはぼろぼろか、さもなくば茶色く枯れているし、実もせっかくつけているのに、栄養が行き届かなくて、生けるレーズン状態。
昨日はりー氏が巨大ないもむしを発見した。小さいのなら見たことはあったけれど、滋養がゆきとどいて、ちょっとぎょっとするような大きさに成長している。むう。
シーズンが終わったら根元から伐る予定である。木の幹に巣くっている虫駆除のために。ばっさり伐っても来夏には変わらずに繁るだろう。

ETV「新日曜美術館」を観ていたら、長新太の展覧会の案内があった。ふくやま美術館にて。
ぎょー。観たい。しかし福山は遠いな・・・
図録は買うとして、12月の原画展トムズボックスでなぐさめるか。

ところでりー氏はこの番組のことを「新日(しんにち)」という。
一般的には「新日本プロレス」のことをいうのか?
『日本国語大辞典(第二版)』のことを「新日」を呼んだ人もあった。
私はあまり言葉を省略しない方だと思うが、この中では「新日曜美術館」がいちばんなじみがあるだろう。でも実際に使うことはあまりない。『日本国語大辞典(第二版)』は「日国(にっこく)の第二版」と呼ぶだろう。
# 「日国大(にっこくだい)」と省略するところ(金沢と九州)もあるらしい。>日国

笙野頼子『愛別外猫雑記』(河出書房新社、2001)
ほぼ再読。笙野作品を読むのはデビュー作以来。
読んでいてあまり楽しい気分になる本ではない、けれど、同感出来る部分も多々。

午後は少し図書館に行って、帰ってきてから夜中までひとりで、本を読んだり珍しくテレビを観てみたり。

2002年08月25日(日)



 土曜日

地蔵盆。

友達がフリーマーケットに参加するというので、りー氏と行ってみた。
会場はある会社の駐車場。宣伝を兼ねた、こじんまりとしたフリーマーケットだった。友人はその会社とは全く関係がないが、出店料が無料らしい。
お客になろうと思って行ったのだけれど、たぶんメインであろうと思われる商品を買い占めてしまったら、商売上がったりだろうと思い、予約をすることにした。後日作ってもらうか、もし残っていたらそのまま買うという風に。
向いは手作り子供服のお店で、カジュアルな感じの洋服が並んでいた。子供服はもともと好きなので、つい目が行ってしまい、2歳の甥っ子のために(という大義名分で)カーキ色の長袖Tシャツと、紺とグレーのボーダー柄のカーディガンを買った。
Tシャツは後ろの襟元に布地の切替えがあり、カーディガンはフリース製。フリーマーケット価格としては高めなのかも知れないけれど、子供服の相場としてはたいへんにリーズナブル。
将来自分のお店を開くためにがんばっているのだそう。

それから本屋さんに行ったらお昼になってしまったので、街中にご飯を食べに行く。
本格フランス菓子も揃う喫茶店・カリンへ。

裏通りの雑居ビルに猫がねそべっていた。白地に、うすい灰色とやわらかい茶色のトラ模様。
道に面したところにトレイがあり、キャットフードが置いてあった。水を入れる容器は、いちいち洗っていないのか、どう見ても衛生的だとはいえない雰囲気。実のところ猫もちょっとうす汚れた感じなのだった。単に昼だからなのか病気なのかお年なのかわからないけれどねそべっていた。誰かが世話をしているのだろう。
「すげー病気持ってそー」
と言いつつめざとく立ち止まるりー氏。

実家の周りにも、近所の家でえさをもらっている野良猫がいて、うちの庭なども徘徊している。非常にタフな顔つきをしているその猫は、時々、実家の網戸越しに、のいを威嚇してくるらしい。しかものいと同じ茶トラ猫。
家族としては、心配だからのいはやっぱり外には出さないでおこう、という思いがますます強くなる。そして、どうしても野良猫の方を追い払うというかっこうになってしまう。たぶん私が同じ状況に置かれていたとしてもそうなるのだろう。
でもこれって猫好きとしてはつらいなあ。のいはもちろんかわいいけれど、見知らぬ猫だって、街中で遭遇したらうれしいのになあ。

自分とその周りだけよければというのはいやだ(と言いつつ自己中心的でもある自分)。でも、自分とその周りを守ることも必要だという矛盾。

もっとも今日の猫は寝ていたし、離れたところから見ていただけ。私の方もまだまだ猫経験が足りない。

いったん帰宅後、図書館。
淡々とだらだらと。

『ねこに未来はない』(長田弘)を読んだら、これくらいのスタンスで、あ、もうちょっと「守ってあげ」られるような感じで、猫とつきあえたらいいなと思った。
いや、「守ってあげる」だなんて。そんな。

2002年08月24日(土)



 被写体

朝、ニュー・デジカメの基本的な使い方をざらざらっとマスターして、木彫り町(仮)立図書館へ。
途中で財布を忘れたことに気がついたのは、掲示板で速やかにご報告した通り。引き返すには中途半端なところまで来てしまっていたので、そのまま木彫り町へ。

青焼写真をデジカメで撮る。机の上に本を広げ、適当な範囲を設定し、真上から撮影。コピーだとおそらくきれいに文字が出ないはずなので、デジカメ様々。
新しいのも使い勝手はよい。何よりコンパクトなのがありがたい。

行きは柚子鮎町(仮)経由、帰りはR156経由。
どのルートがいちばん効率よしなのかよくわからないけど、うちからだと、まあ、たぶんこんな感じなのだろう。

一旦帰宅して、県立図書館に行って、家庭教師に行って、実家に寄る。
母が魚を焼いていた。父はまたお通夜に行っていた。祖母はテレビを見ていた。のいは遊んでいた。
デジカメを返し、ニュー・デジカメでのいを撮ろうと思い立つも、動きが素早すぎてちっとも捉えられない。
座ってごはんを食べている後ろ姿の腰のあたりがまたしっかりした感じがする。でも相変わらず顔は小さい。

そういえば、朝、練習のつもりで自分の顔を撮ってみたんだった。見慣れない顔だった。

「ねえさんたちに100の質問」。ブックマークしているいくつかの「ねえさん」ちに、回答が書いてある。
あらためて問題を眺めてみた。
「その57 1日だけ猫になったら何をする?」
毛づくろいをして、のいと遊ぶ。

でも猫(になった私)の目から見てやなやつだったらどうしよ・・

そんなことは、ないだろう(希望)。

りー氏(ねえさんではないが)の答えは「散歩」。
どこを散歩するかというと「家の裏」。
よその猫に噛みつかれるよ?
「つよいから噛みつかれんもん」
ふーん。

2002年08月23日(金)



 デジカメ・かき氷・鳥

今日のタイトルは三題話風ですが、あまりつながってはいません。

デジタルカメラを買いました。富士フィルムのFinePix F401。条件は、

・画素は200万程度(それ以上数値が大きくても扱いにくい、というりー氏の意見を参考に)
・デジタルではなく光学ズームがついていること
・長時間連続撮影ができること
・スマートメディアを使用すること(現在使用中−−FinePix2700−−と同じく富士フィルムの製品だと、なお親近感はわくかな)
・予算は5万円以内

といったところでした。
富士フィルムのデジカメというと、本体裏にグルグル回すダイヤル状のものがついていて、それで操作するのが特色ですが、F401にはついていません。全体にコンパクトだというせいもあるのでしょう。ほぼ私の手のひらと同じくらいの大きさ。
家電はたいがい、ヤ○ダ電気かコ○マか百○ボルトあたりで購入するので(あ、ジョー○ンもあるけどなぜか行かない。全く他意なく。富山の家電量販店の草分けなのだけど)、とりあえずそれらのお店を廻り、パンフレットをもらうなり価格や入荷予定を聞くなりしてきました。
結局、電気屋さんじゃなくて、新しくオープンしたカメラ屋さん(というか現像屋さん)がいちばん安かった(しかもうちからいちばん近かった)ので、そこで購入。

さーてこれからもりもり撮って(のいとか・・)、日記にもアップするぞー(勉強して)、と思ったのだけれど、りー氏によれば、今拙宅からは写真のアップが出来ない状態にあるらしい。
なんで。
「そういう設定になっとるから」
今まで出来たんに?
「設定かえたから」
ずっと出来んの?
「おれがもうちょっと勉強したら出来るようになると思う」

・・・私にはよくわかりません。

「かき氷食べに行かーん?」とりー氏。
いいよ。
(今までは、「まだ朝だから甘いもの食べたくない」とか「もうおなかいっぱい」とか、食べたいタイミングが合わなかった。)
「やったーやったー♪(ここで歌)」

いたち川沿いの「山川」へ。りー氏は「氷宇治ミルク金時白玉(だか「宇治白玉ミルク金時」だか。とにかく和風オプションほぼ全部)」、私は「氷金時」。川縁のベンチに腰掛けて食べる。

食べながら、水辺にアオサギが1羽。
「あれがこないだぶつかってきたんよ」
先日りー氏が車を運転中、フロントガラスにアオサギ(でかい)がごちんとぶつかってきたらしい。
なるほどガラスには痕が。
たまに、窓ガラスに間違えてぶつかってくるスズメとかおるよね。
「それは、だら」
# だら=あほ。
アオサギは飛んどってぶつかったわけやろ。
「向かいから走ってくる車のスピードと方向を測れんかったんやろな。普通はちゃんと避けるんだろうけど」
でもそれって鳥(飛ぶのが商売)としてはまずくない?
「まずい」
あれだけ大きいので、方向を急転換させることはむつかしいのではないか、という話。

鳥。
この間、うぐいすの子供のなきがらを見かけた。山の方で。
うぐいすである確証はないけれど、たぶんうぐいす色をした鳥だったから、そうなんだろうと思った。
のんのん。
# 子供がおまいりする時に使うことば。あるいはおまいりのこと。(幼児語)

2002年08月22日(木)



 夜の秋

夏の季語。
昼間。雲は夏なのに、空気はすこし秋だった。雨が降った後、気温があまり上がらなかったから。

今日届いた本。
『ちびまる子ちゃんの俳句教室』(集英社)
先輩に教えられた本。夏石番矢さんが編者。
非常にわかりやすく俳句を学ぶことができる。所収句もたくさん。芭蕉・蕪村・一茶などもおさえてあって、中学生には難解だった(笑)子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」や、自由律俳句もある。
「ちびまる子ちゃんの短歌(和歌)教室」も作ってほしいなー。ぜひ。

新しいデジカメの購入を検討中である。今メインで使っているものは、実家からの借り物なのだ。
購入の相談をしながらりー氏が「やんぴこたんにする」と言った。

やんぴこたん?

突然かわいらしい響きが(笑)。
「やめる」という意味らしいが、私は初めて聞いた。
どこの言葉か、ルーツは全くわからない。『日本国語大辞典(第二版)』にも出ていません。関西弁? それともりー家語?
# 友人のお母さん(全共闘世代)が使う言葉に、「あっとんしょん」というのがあったそうだ。長じて友人はフランス語をかじり、初めてその語のルーツを知ったらしい。“attention!”アタンシオン、「気をつけて」ということ。

「オースティンパワーズ ゴールドメンバー」の上映に先がけ、第1作である「オースティンパワーズ」と続く「〜デラックス」を借りてきた。レンタルの都合で、前者は吹替版、後者は字幕版である。りー氏は「〜デラックス」のみ観たそうだ。
ばかばかしさ炸裂(でもちょっとは誠意もあるよ。笑)で好きだわー。バート・バカラックが好きだっていうところもいい(笑)。曲もちょくちょく流れる。
# 今までの作品には必ずバカラック本人が出てきて歌うというゴージャスさ。
## 子供の頃から好きだった「雨にぬれても」がバカラック作曲だったと知った時も、なかなかに感動した。>感動シリーズ@昨日

でも私は途中で寝てしまったから半分くらいしか観ていない(いきなりここだけ時制がずれる。笑)。つまらなかったんじゃなくて、最近夜更かし出来なくなっているので。
今晩続きを観よう。

昨日の補足。
八神純子はボーカリストとしてはすばらしい。ソングライターとしての才能は・・・(笑)

2002年08月21日(水)



 今日の感動

思いがけなくご夫婦で見て下さっている方があったり。
ありがとうございます。
りー日記はさいきんすっかり停滞しているので、いよいよ私の方はばかばかしいりー氏の日常(「美しい日本の私」みたいな語順。笑)を暴く筆が進む。いや暴いているわけではなくて元々(以下略)。

本題。
小学生の時、お年玉で最初に買ったレコードは八神純子のベスト盤だった。中でも“Be My Best Friend”(作詞・作曲:山川恵津子)という曲が好きで、繰り返し聴いていた。
今日久しぶりに行ったレンタルCD&ビデオ屋さんでたまたま見つけて、おっ懐かしい、と思い、借りて聴いてみたら・・・“Be〜”の編曲は「天才ギター少年」鈴木茂だった。
最初の2小節目でいきなりマイナーに転調するとか、ややボサノヴァ入ったゆるいリズム感とか、鈴木茂の仕事だったか。はー!
日本のポップス・ニューミュージックでいちばん好きなのが、1970代の終りから80年代初頭にかけての曲なのだけれど(当時私は小学生)、考えてみればこの曲もその時代の作品。印象的だったのも納得がいく。
それにしても八神純子は当時20歳そこそこだなんて、すごい表現力。しかもどれもみんなとても大人っぽい歌ばかり。自覚して好きになった初めてのアーティストなので、今でもちょっと生で歌を聴いてみたいなという気持はある。ずっとファンだったとかいうわけではないのだけれど、あれだけ歌がうまければ、今聴いても感ずるところがあるだろう。
そして私が鈴木茂の「微熱少年」を知るのはそれより後、たぶん中2の頃。
# ちなみに松本隆の詞や、後藤次利編曲の曲も入っている。>八神純子ベスト
# ついでにりー氏はこのへんは全く興味がない(笑)。

こういうことってたまにあるんですね。
「はしれ!ショウガパンうさぎ」の訳者が長田弘だったと知った時なんかも「はー!」でした。

# 下の弟が小学生だった時分、図書室から『はしれ!ショウガパンうさぎ』という本を長々借りてきていた。彼はちゃんと読み終えたのかどうなのか、それは定かではないけれど、帰省中だった当時大学生の姉は、この不思議なタイトルが気になって読んでみた(ジンジャーブレッド製うさぎなんだな要は)。
ショウガパンうさぎ君はなかなかにかわいらしかった。ストーリーは・・・何だっけ(笑)。とにかくうさぎが逃げる話。
しかしこの本、今は絶版らしい。むーん。

長田弘の本は、『深呼吸の必要』(晶文社)を勧められて読んだのが最初。
勧めて下さったのは、「道徳教育の研究」(中学の教員免許を取るための必修科目)の先生。暉崚淑子『豊かさとは何か』(岩波新書)、河合隼雄『大人になることのむずかしさ』(岩波書店)などもこの授業で紹介されて読んだ本である。今見ると少し気恥ずかしいけれど、一般学生への入門・参考書としてはふさわしいと思う。
非常勤の先生だったけれど何という名前の人だったか・・・印象に残る人であることは確か。

でその長田弘『ねこに未来はない』を一刻も早く読みたくて、図書館で捜すも、どうも富山県内にはないらしい。注文して待つか。
げっ、しかも今調べたら『ねこに〜』の絵は長新太が描いているらしい。
これは角川文庫版じゃだめだ、有無を言わさず晶文社版でないと・・・ええい両方注文してしまえ、クリーーーック!

2002年08月20日(火)



 お盆明け

夜中から未明にかけて風雨の音。
久しぶりに数日、猫のいる生活をしていたので、またいないのは寂しく、夢の中にのいが出てくる(夢に見たのは初めて)。全く関係のない懸案事項や聞いた話などが1つ2つミックスされて、ストーリーとしてはわけわからんものになっていた。夢にありがちなことだ。

早起きして懸案事項であるところの仕事をやっつける。

出かける準備をしてさて出発、というところで、トイレの水が流れっぱなしであることに気づいた。さてこまったな。りー氏@神戸に電話して聞いてみる。
トイレの水止まらん。
「原理わかっとる?(・・・あんまりよくわかってない)タンクの中に浮きがあるはずで」ニャオウ。
「(りー氏いろいろしゃべっている)」ニャオウ。
うわ大人(の猫)の声だ(猫の声に注意がいっている)。今回りー氏がお世話になっているKさんのお宅には、白と白地にキジトラの2匹の猫がいるらしい。きっとどちらかの猫の声だろう。いいないいないいな。
また「のい〜」という気持になったので(あほ)、夕方少し実家に寄ってみることに決めた。
# まだ子猫であるのいの鳴き声(基本)は「ニャー」。

りー氏が私の車で出かけているので、今日はりー氏の車(ジムニー)で金沢へ出かける。ハンドルがぶれやすいのでやや緊張気味。

実家へ。
再びやんちゃモードの猫と遊ぶ。手がみみず腫れ状態になる(でも1日するとおさまる)。帰る頃には落ち着いたのいと、また来るね、と猫式のあいさつ(鼻と鼻をくっつける)をして出る。

夜は帰省中のSちゃん(実家までドライブ練習にみえた人)とご飯を食べた。
その前にりー氏より電話が入る。
「今敦賀」
ふーん、じゃあ最低でもこれから3時間以上はかかるね。
「下道だし」
え!
「今どこ?」
富山駅。これからSちゃんと会うところ。
「・・・(忘れていた何かを思い出す間)あー、これからだと・・・遅いか、難しいな」
だから言っとったやろ。
「・・・忘れとった」
実に面白い忘れっぷりだ。

Sちゃんを無事ピックアップ。まずはこないだのお土産(ピーナツもなか)のお礼を言い(特にばあちゃんが気に入って云々)、「アメリカナイズされた日本料理」的なお店に行く。りー氏は行かないだろうお店だけれど、以前Sちゃんが、カリフォルニアロールが好きだと言っていたことを思い出して(仕事でアメリカに行った折に先方でご馳走になり、開眼したそうな)。
カリフォルニア、フィラデルフィアなどのいわゆるアメリカ風巻きずしに、サラダやシーフードなど。食べやすいしおいしかった。
その後カフェでお茶。
女の子が化粧をするか否かは、その母親の化粧に対するスタンスと関係するのではないか、という話をする。母親がノーメークなら、娘も化粧にあまり興味がない場合が多いし、逆に、みっちりする母親なら、娘もしっかり派の場合が多い、というようなこと。
Sちゃんのお母様はノーメークだそうだ。それにまつわるSちゃん姉妹のいろいろな話を聞く。

私の母は仕事柄(?)もあって必ずお化粧をしているのだが、私はそんなにばっちりしている方ではない。でもしていないわけではない。出かける時は何か塗って口紅くらいは塗る(塗っていないくらいに見える方が好きだけれど)。
母親の影響があるなあと思うのは、ファンデーションとパウダーの使い方だ。母は乾燥肌なのでファンデーションはリキッドを使い、その上からルースパウダーをはたく習いである。私もパウダーは好きだし(出来ればケーキ状でないもの)、ファンデーションはリキッドかジェル状のが好きだ。お泊まり会みたいなのに行くと、概して皆さんコンパクトを見て(=パウダリーファンデーションを使って)いるのでそうなのかあと思う。旅先だからなおさらかも知れないが。

雨が強くなる。Sちゃんの家まで送ったら、「おてま(「お手間」だろう。いわゆるお駄賃・ご褒美の類)」をもらう。わーい。

帰宅したらりー氏も到着したところだったらしい。お昼に神戸を出たのに、京都に着いたのは夕方の5時だったとか。すごく混んでいたらしい。最初に高速に乗ればよかった、と言う。
へろ〜、となりながらお土産(殆ど食べ物)を出して冷蔵庫に入れるやらする。ダニエルのケーキやパン、ザワークラウトなど。

Kさんご夫妻にはお世話になったようです。ありがとうございました。>私信

残暑見舞いと、清里行きの写真(どうも顔をしかめがち)など到着。

カウンタが2000を超えました(実は2000ヒットは自分。これもありがち)。
ありがとうございます。

2002年08月19日(月)



 今日の出来事

午前中、仏壇屋さんがやってきて、修理に出す仏壇を運び出して行きました。
総勢5名。皆さん礼儀正しく、ネクタイ姿で作業をされました。いわゆる作業着でないのは、亡くなった人に対する敬意を表しているのでしょうか。今日は比較的涼しい日だったからいいけれど、盛夏なら大変なことに違いありません。作業がしやすい服装だとは言えないだろうし。

服装。
いろいろなところでたまに見かけるテレビ局のカメラクルーは、概していつもカジュアルな恰好をしています。
しかし「(例えば)取材現場が、参列者にとっては厳粛な場であるはずのもろもろも式場であっても、変わらず超・カジュアルだったりするのはどうかと思う」と取材先の人に言われてから、TPOに応じた服装をするようになった、いう(おそらくはカメラマンである人の書いた)一文を目にしたことがあります。

話は元に戻って。
仏壇の中やら裏やらに入っていたいろいろの品が並べられていました。興味深い品もいろいろ。明治年間のお葬式の出納帳とか。
うちは和綴じの古い本なんてある家ではないだろうと思っていたけれど、ありました。親鸞上人の順拝記です。誰かが書き写したものでしょう。縹色の表紙。いかにも和本です。ご先祖が熱心な信徒だったか否かはわかりませんが、宗教書は強い。改めて(何と言っても世界のベストセラーは聖書だし)そう感じました。

それから、仏壇屋さんは皆男性だったのだけれど、私がのいを抱えて(外に出ないように)座敷に案内すると、中の若いあんちゃんみたいな人が、のいの頭をサッと軽く撫でていってくれました。あの人も猫好きなのかな。
のいよかったね、と話しました。

お昼、小一時間ほどのいと一緒にひるねをしました。
しあわせ。
猫休暇(?)がほしい・・・実家に帰ると喜ぶ人もある。
でもさすがに悪いな(苦笑)。

別々の車で母と病院にお見舞いに行って、それから太田屋でかき氷を食べました(母は氷クリーム宇治、私は氷金時)。
辺りを見渡すと猫の絵がそこかしこにあるので、ひょっとすると店主は猫好きか?と思い、会計の時に「猫お好きですか?」と尋ねてみました。するとご夫婦揃って「大好き」との答え。
うちにもいるんですよ4〜5ヶ月のが。「それはいちばんかわいい盛りだねー」としばし猫談義。あーいつもなら写真持ち歩いてるんですけどー、残念(神戸行きに際しりー氏に貸してあげた)。とか何とか言って出る。
また来よう(笑)。

別々の車で別々の家に帰宅。

台風は大丈夫だったんだろうか。

2002年08月18日(日)



 実家にて

朝。
は、もちろん、のいの気配で目が覚める。
家にいた時そうだったように、早起きして遊ぶ。
父はいちばん早く起きて、畑に行った。母が起き、祖母が起き、りー氏が起き、その都度のいは、階段や部屋の前に飛んでいく。

りー氏は8時少し前に出発。車にて。ぶいーん。

仏壇を修理(と洗い)に出すので、お寺さんが供養に来て下さる。

母と一緒に動物病院へ。ワクチン2回目と検査などのため。実家に来てからは初めての病院行き(ならびにお出かけ)である。
キャリーにはすんなり入ったが、車の中では落ち着かないらしく、約30分の間、強く太い声で泣き続ける。私は狂ったように暴れるのいを知っているが、母は知らない。今までこんな声は聞いたことがないと不憫がる。
病院はお盆も休まず開いていて、しかも幸いなことに私たちが到着した時には他に誰もいなかったので、すぐに診察していただく。最初の頃はすんなりケージから診療台に出ていたのに、最近はちょっと知恵がついたのか、先生に抵抗するそぶりを見せる。
体重は2.1kg。中ねこさんは、診察の合間をぬってお部屋の偵察にいそしむ。

「興奮すると鼻も赤っぽくなるんやな」
昨日みんなでバーベキューしている時、りー氏がのいの肉色の鼻を見て言った。
そういえば車中でも赤っぽいピンク色だった。平常時はずっとずっと薄い。

いったん帰宅して、母と再び街中に出かける。
まずは腹ごしらえ。久しぶりにチェリオへ。母はホットサンドのセット、私はトーストセット、それから2人で名物のあんみつをつつく。チェリオのあんみつは、あんこにピーナツが入っているのが特徴。食べている間にりー氏より電話。
商品券があるとのことでデパートに行く。バーゲンというにはスカスカ気味な棚と、いち早い秋色のディスプレイ。さまざまな茶色を目にした。
結局ピンと来るものはなく、冷やかしただけで外に出る。

私だけ街に残って、友達と待ち合わせる。
その前に少し買い物。

実家の近くに出来た雑貨屋+家具屋+カフェに行く。
このお店がなんというか微妙にちぐはぐな感じ。ひとつひとつの要素(建物・インテリア・商品・メニュー・スタッフ)それそのものはあり得そうだけれど、それらが集結すると・・・あれれと思う。
あんなロケーションで人は来るんだろうか、と思うけれど、実家の近くというのは利点だろう。
いつもの調子でわりに(いや、かなり)大事な話をする。

実家まで送ってもらってのいとご対面。彼女はこれで2度目。
茹でたてのとうもろこしと枝豆を食べながら。

父がお通夜に行ったので、一足先に祖母と母と2人で夕食。夏野菜を中心にした煮物、牛肉のステーキ少し(ポン酢をかけて)、豆腐のサラダ、ポテトサラダ(朝の残り)などを食べる。妙な落ち着き。
のいも傍らで晩ごはん。

母の予想時刻ぴったりに父が帰ってくる。
亡くなったのは父の同期入社の人(年齢は1つ上)。59歳。仕事の上でも関わりが深い人だったらしく、口惜しい様子。仕事がやりにくくなる、とも言う。
死因は心不全。新聞には喪主としてご子息の名があった。たぶん私とそう変わらない年の人だろう。
そういえば昨日のバーベキューの時に、父の父であるところの祖父の話をした。若くして急逝したので、当時0歳だった叔父は記憶にない。りー母さんの兄弟も同じだ(父親が若くして急死)。
今までいた人がいなくなる。その暗闇を私はまだ*本当には*知らないのかも知れない。人の死を知らないわけではない。出来れば知りたくはない。でもそういうわけにもいかないだろう。でも知りたくない。(以下エンドレス)
死ぬのもこわいのだ。

妙な方向に話が。

ワクチンのせいでのいはとろんとしている。ジャンプもしないし夜の大運動会もなかった。額に触ってみると熱い。そして鼻は赤い。

2002年08月17日(土)



 ある閉店

午後は実家で叔父一家とバーベキューの予定。それからお墓参りも。
その前に久しぶりの掃除をやっつける。分担ははっきり決っている。畳の間2間(居間ならびに寝室)と縁側はりー氏。その他(書斎、キッチン、廊下、トイレ、洗面所、玄関)は私。
# 浴室はシャワーするついでに。
掃除するためにはそこらへんに散らばっているものを片さなくてはいけない。掃除の後は出ている物が少なくなる。そんな単純なことでまず快適度は増すのだった。
ついでに洗濯機も2回まわす。

今夜は実家に泊るが、明朝りー氏は車で神戸(尼崎)に行く予定になっている。それで別々の車で出かける。りー氏は一足先に出かけた。

りー氏より携帯に電話。
「林屋閉店」
えー!まじ?
林屋といえば、京都のガイドブックには必ず載っている有名な日本茶の専門店だが、もともとは金沢のお店らしく、その縁か、富山にも支店がある。以前は富山市の中心商店街である中央通りにお店があり、1階が小売店舗、2階が喫茶室(「緑」という名前)、3階が教室(茶道・華道)だった。喫茶室ではもちろんお抹茶のほか、世界のお茶、それからお茶を使ったさまざまなデザートや軽食類をいただくことができた。京都の林屋には行ったことがないけれど、(雑誌などで見る限り)あそこまでバラエティに富んではいないとしても、そこそこのメニューは揃っていたと思う。
私が大好きだったのは抹茶ソフトクリーム。高校生の時もたまに食べに行っていたし(17時で閉店なのが難点)、上京してからも帰省するたびに必ず食べに行っていた。帰省中殆ど毎日行っていたこともある(電車に乗って)。それほどまでに私をひきつけた抹茶ソフトは、抹茶そのものの味と香りがした。ミルクっぽくない、甘ったるくない味。ハーゲンダッツの抹茶味をもっとシャキッとさせたような味。
ちなみに紅茶ソフトというのもあって、これもなかなかにおいしかった。ミックスも出来るので時々はお願いしていたが、半分ずつのストライプを舐めながら、おいしい、けどやっぱりもっと抹茶が食べたいぞ、とその特別な味を再認識したものだ(紅茶もおいしかったんだけれど)。
お店の女性(年配の人)もすっきりした感じの人で、抹茶ソフトの渋みに重なって見えた。

過去形で書いてきたのは、喫茶室は既に無いからである。ある時、林屋富山店は3階建てのお店を閉め、中央通りから同じく中心商店街であるところの総曲輪(そうがわ)通りへと引っ越してきた。と同時に、喫茶室(といろいろの教室)は無くなってしまったのだった。

それでもしばらくは、金沢のお店で抹茶ソフトを食べていたのだった。
けれどどういうわけかある日林屋の抹茶ソフトは味が変ってしまった。ミルクっぽい味の、ふつーのお茶屋さんと同じ味の抹茶ソフトになってしまった。

それでも林屋富山店へは、鳩居堂の文具を買いに行ったりして、たまに利用はしていたのだった(お店のお姉さんと挨拶を交わすくらいには)。
閉店は9月末だという。

今思い出しだのだが、りー両親が私の実家に挨拶に来てくれた時に出したお茶は、林屋のものだった。結納の時の桜湯もそうだと思う。ということは結婚式の日の桜湯もそうかも知れない。
そういうお店だった。

途中、お花を買い、私は予定より遅く実家に到着(先に到着のりー氏は、もちろん、のいと遊んでいる)。すぐにお墓参りに行く。

バーベキュー。
の最中、Sちゃんが車でやってくる。運転の練習。
ピーナツ最中と、のいには猫缶を頂戴する。そして遊んでもらう。ありがとう。
帰りの道筋をみんなしてレクチュアする(うるさい。笑)。

叔父一家にも遊んでもらい、大満足ののい。

−−以上、実家にて−−

2002年08月16日(金)



 神岡

Mさん、Kさん、りー氏、私の4人で神岡へ。
神岡鉱山を撮り続けている写真家、中田さんの写真展の初日である。中田さんはMさんの大学時代の友人。故郷・神岡での写真展開催は2度目とのことだった。
午前9時からのオープニングに合わせて出発する。前日にりー氏がお祝いのアレンジメントを調達してきていたので一緒に持っていく。
# わーPちゃん、見せるのを忘れたよ。花。>私信

白黒はオリジナルプリントだが、カラー写真はインクジェットプリンタで出力されていた。
写真集で見ていたよりもコントラストがはっきりしていて、色が美しい。それもそのはずで、写真集はオフセットでインクが4色、インクジェットプリンタでは6色だから、単純に微細な表現が可能になるということらしい。
1枚、とても好きな写真があった。廃屋の向こうに広がる叢。大きめのポストカードにして、友達に送りたいと思った写真。

人の気配のある写真。
「人が写った写真」ではない。人が写っていなくても、その気配のある写真というのは、あるような気がする。撮った人が向こうに見ている(そこにいた)人。その場合に私が念頭に置いている「人」は、個別具体的な人を指すのではなく、もっと匿名的で、普遍性を持った存在のような気がする。
しかし撮るのは個別具体的な人。ある個人。

私はいつもりー氏に「あんたはちっとも人を撮らない(怒)」と言うのだけれど、じゃありー氏の人物写真を見たいのかというとそうでもない気がしてきた。りー氏の人物画というのも見たことがない(かつては絵を描いていた)。
# ただしりー氏の撮るのい写真は
# わかりやすい愛情にみちみちみちみちている(笑)。
抑えて隠微に。説明的でなく。
向かい合う者に想像する余地を残す表現にひかれる。だからこそ抽象的なものも好きなのかもしれない。

神岡鉱山自体は、その下流にある神通川流域@富山の人たちにとって必ずしも歓迎すべきものではなかったかもしれない。イタイイタイ病。
いま、巨大なショッピングセンターが立っている場所には、かつてカドミウム汚染田があった。

今日は終戦記念日だった。
思い出す。

昨夜も友にのいを見せたくて実家に行ったが、今日はMさんKさんをご案内する。
Mさんは家に猫がいて、Kさんは大の動物好き。おおいに遊んでもらうのい。
座りながら立っている人間に飛びかかるさまは、まるでムササビかモモンガかという具合。

リフレクソロジーの反応が出ているらしく、何だかだるかった。遊びに行っている最中もひとりで休憩していた(・・・)。首の付け根なども痛かった。悪いところが出ているらしい。
のどはよく開いている気がした。声の出がよい。


2002年08月15日(木)



 たまには

りー実家&りー母さん一族のお墓にお参り。
帰宅。しばらくぐだぐだ。

もりだくさんで楽しい予定を考え、実行してみた。久しぶりに会うTさんと共に。
その1。リフレクソロジー。Kさんから話を聞いて。ぽわーん。
# フットバスのとき、ヴェレダ@シュタイナーの
# 入浴剤(ワイルドローズ)が入っていた。
# とってもいい香り。
その2。平和通り食堂でりー氏も合流してベジタリアンな夕食。玄米と一緒に、いろいろの野菜を食べる。干しいちじく(お手頃値段)とトルティーヤを買う。
その3。のいを見せたくて(強引。笑)実家へ。

時間待ちにショッピングセンターでお茶を飲んだことも楽しい思い出。
温泉に入って背中を流しあったような気分だ。

伝わるだけで解けることもある。

ふとんを敷くのももどかしく、寝る。

2002年08月14日(水)



 迎え火

昨日観た「釣りバカ〜」にも出てきた、木彫りの町へ。町立図書館で青焼き写真を何枚も見る。ページをめくっていると独特のにおいがした。
最終的にはもう少しよい状態のコピー(ないしは現物)が必要だが、確認出来るだけでも随分ありがたい。とりあえずデジカメで撮影しようと思ったが、バッテリが切れていた。ありゃりゃ。しかもACアダプタも持ってきていない。電源の場所を確認しておく。
まちなかの図書館とは大違いで、利用者の姿は少ない。夏休みの宿題に取り組む女子中高校生数名と、本を借りに来る子供や大人数名。今日から貸し出しカードがバーコード付きのものになったようだ。
町民でない私も、テーブルを広々と使い、黙々と作業。

実家に寄ってから帰ろうと思ったけれど少し遅くなったのでやめる。

帰宅後、りー実家へ。
本当はりー実家のお墓にお参りしてから行くはずだったのだけれど、ひとまず帰宅する前に手みやげ(栗のパウンドケーキ)を買ったりなどしていたら、遅くなってしまった。早めの夕食に時間を合わせ、お墓参りは明日にする。順序が逆である。
夕食をご馳走になり、泊る。

携帯電話で実家に電話をすると、母が「あんたに電話せんならんと思っとった」と言う。のいのやんちゃ過ぎについて。
実家の水回りは、昨年の夏に改装したばかりである。近頃のいは、ダイニングの新しい壁紙をガシガシ爪研ぎしまくりらしい。障子はいわずもがな。注意するとやめるのだが見ていないところでやるという(犬と猫の違うところ)。悲しくなると母は言う。そんなことを言われると私も悲しくなる。のいを嫌いになったのではないかと思って。そんなことはないしかわいがっているのだけれど、というやりとり。子供の頃のことを少し思い出す。なぜか。母はのいの母でもあるが私の母でもあるのだ。
爪を切ってやったら少しはおとなしくなるかな。

2002年08月13日(火)



 好き・嫌い

食べ物の好き嫌いを前面に出すのはよくない、と思っています。
もちろん私にも好き嫌いはあるのだけれど(りー氏にも。それぞれ違った意味合いで強固)、父には「好き嫌いはわがままだ」と言われてきたし、子供の頃、泊まり学習などで珍しく外でご飯を食べて、あれがマズイだの(食堂のおばちゃんがにらんだの)何だの言っている同級生を見て、言えはしなかったけれどやなかんじー、思っていたし(心の中でそう思う私もやなかんじー。笑)。
# 「なんて田舎っぽいんだろう」というような感覚。
# 別に田舎をさげすむわけでも、私が都会的だという
# わけでもなくて、自分の世間知らずを正当化する
# ようなところがすごくいやだった。
# それを「田舎っぽい」と言ってみる。
言うならなるべくやんわりと、と思っています。りー氏の「嫌い」はもっと容赦がない。

嗜好が一般的かどうか、という問題もあるだけれど、「それ」が好きな人もあるのに、嗜好を否定するようなことはとても出来ない。そんなおこがましいものか?
嗜好なんて始まりは個人的なものなのだ、ということを自覚すべきだ、と思うことがあります。
お互いに。

もっとも、やんわりと表現しているからといってゆるやかな感情であるとは、まったく限らないのですが。

夜、映画を観に行きました。
その前に腹ごしらえで、いまふうな中華料理屋(中華の麺類と丼類の専門店)に入りました。りー氏は高菜&鶏そば、私はのりがたくさん入ったラーメンを頼みました。

待っている間に、りー氏が頻りにある方向を促します。見ると、お店の人が大きなお椀状のもので「味○素」をごっそり容器に移し替えているところでした。
いや、中華料理というのはもともと化学調味料を多用すると聞いているし、私も味○素ずばりそのものを使うことこそないけれど、使われたものを食べることはあるし、家にある調味料にもきっとたくさん入っているに違いないのです。だから少しくらいは。
しかしまるで小麦粉かお米か何かをはかるみたいな量(段ボール箱に入っていた)を遠目に見ると、さすがにげんなりです。

だからというわけではないのでしょうけれども、ラーメンはおいしくありませんでした。
いや、以前にもオープンしたての頃に入ったことはあって、その時は別段何も感じなかったのです。だけど今回は塩素くさいにおいが気になって、それでもがんばって食べたけど、どうしてもスープをまともに飲む気にはなれませんでした。
りー氏も黙って食べています。が、「鶏そば」の鶏を残し気味なところを見ると、好きな鶏ではなかったのでしょう。

出がけにりー氏が自分のほうのスープを飲むように勧めました。
でも私は自分のでせいいっぱいだったので、いらない、と。

お会計をして出ました。
外に出て、私が、ちょっと、もういいやってかんじ、と言うのと、りー氏が「甘かったー」と言うのと、ほぼ同時でした。
りー氏の食べたほうのスープは、まるでジュースか何かのように甘かったとか。りー氏は甘い「食事」が好きではありません(甘いもの・お菓子などの類が嫌いなわけではない)。
なんか塩素くさくて。
「それ麺のにおいやろ」
ふーん・・・まあでもどっちにしてももう行かない。「うん」

映画の上映時刻まで間があったので、本屋さんをふらふらしていたら、りー母@ウォーキング中に遭遇(りー実家とはわりに近い場所にある)。

さて映画は例の(=富山が舞台の)『釣りバカ日誌13』です。
身近な風景が多々映ったり、知っている人が出ていたり、細かいネタがわかるのでクエスチョンマークなしに見られます。あるいはかくれんぼで何かを捜しているよう。そういう意味ではまさに娯楽です。
小澤征悦の富山弁がいちばん危なげない感じ(地元の人はまったくこういう見方をするから・・・笑)。あとはデフォルメ気味(特に岡本信人@番頭さん。笑)。
それからスーさん(三國連太郎)しぶー。じじい好きの血が(笑)。こないだテレビで見たパート1の雰囲気とは全然違います。

2002年08月12日(月)



 「おすすめ」

(本日の日記は珍しく当日に書いています。)

本屋さんへ。「CREA」9月号(文藝春秋)、地元タウン誌、内田百痢愽患官狄鑄』(新潮文庫)を買う。
百痢C戮泙ながら、只今のゆるやかな流行りになりつつあります。小説を読んでみたい。
「CREA」。もう私は、完全なる猫好きになってしまった。

例えば「渋沢竜彦」はシブサワ(澁澤龍彦)ではないような気がする。
誰かが「旧仮名遣いでない百里覆鵑董廚箸いΔ茲Δ覆海箸鮟颪い討い燭韻譴鼻確かに今更新仮名遣いで書かれているのは不思議な感じ・・・いったい私の中でどのように位置付けられているというのだろう。
# もちろん新潮文庫が悪いわけではない。

アマゾンで買い物をすると

こんにちは、みんみん(仮)さん。おすすめ商品があります。・・・

という一文が表示されていることに気づいた(今更)。
おすすめ商品。さて何をすすめてくれるのだ。そう思ってクリックしてみる。
私の過去の買い物データを分析し、例えば本であれば、同じ著者の別の作品などが掲げてあった。アマゾンばかり本を買っているわけではないから、すすめてくれる本にはある偏りがあるし、まあめちゃくちゃである。
既に持っている本も知らずにすすめてくれていたりする。そういう場合、律儀に「持っています」とクリックすると、おすすめ度ランキングは変わって、別の本がランクインしてくる。
例えば百痢悒離蕕筺戮鯒磴辰燭箸いΔ里如谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のおんな』がすすめてあった(猫つながりかい?)。
「持っています」(クリック)
すると別の谷崎の文庫本がランクインする。
「持っています」(クリック)
次の谷崎。
「持っています」(クリック)
次の。
「持って」(省略)
持っているからといって読んだかどうかは別なのだけれど。
そして、
「興味がありません」(クリック)
とあっさりランク外にしてしまう作家もある。
何の本との関連だったか忘れてしまったけれど(関係がないふうに見えるというか突拍子もなさすぎて忘れた)、野坂昭如の『エロ事師たち』もランクインしていた。この本みたいに読みたいと思っていたものはあえて残しておく。
三島由紀夫も何冊かすすめられていた。

りー氏は、日中、バイクで有峰(ありみね。北アルプス山麓。山)に行ったらしい。
「要するに、ダムの下から上まで一気に登った」
「急峻な山道を一気に」登ったら足がガクガクになって、全身とにかく疲れたー、と言うので、足をマッサージしてあげた。普段は全くマッサージが要らない人なのだが(身体が「凝る」ということがないらしい)。
それで山ではサルをいっぱい見たとか。

---

昨日の補足@のい。実家でごきぶりを2匹とらまえる。
やんちゃぶりには手を焼きながらも、えらいえらいと褒めもする両親(でも猫バカぶりはりー氏と私の方がうわ手)。ごきぶりを食べてはいません。
このところ食事は1日2回、父がえさをやる。母が何度言っても量は山盛り(やりすぎ)。
# よく飲みよく喰う人の基準。
えさと一緒に猫砂の入った袋も置いていたら、紙で出来た猫砂までもえさかと勘違いし、一緒にやっていたらしい・・・昔は、猫砂といったら本当の砂を使っていて、それを何度も洗って使っていたというからね。白っぽいのもえさに見えたか。

「読者のネコちゃん142匹大行進」@CREAを見ながら、突然、
「あああああううううう〜!」
とバタバタ叫ぶりー氏(頭の中にはのい)。

2002年08月11日(日)



 予定

8月も中旬。

実家に行く回数は間違いなく増えている。理由は言わずもがな。というわけで、今日もそちら方面に行ったついでに、ぐるりと廻ってみた。しかしあいにく彼は、祖母の部屋にあるテレビの裏でぐっすり昼寝中。ずーっとのびっぱなしで私と遊んではくれなかった(涙)。
両親は「いかに彼がやんちゃ坊主であるか」を熱心に語る。
夏野菜をもらって帰る。

帰宅すると、「プールで500m泳いできた」とりー氏(自慢気)。
どこのプールで?
「鵜飼い町(仮)のプール」
# 鵜飼い町は私たちが育った町であり、
# 生まれてから今に至るまでの本籍地でもある。
料金200円くらい?
「タダ。実家の住所サラサラっと書いてきた」
うっへー。鵜飼い町民でもないくせに。その場合の住所ってどういう定義よ。
「サラサラっと書けること」
・・・そんなら私なんか今まで住んだところの住所と電話番号全部スラスラ書けるもんね。何の訳にもたたない。
これからもどんどん泳ぎに行っておさかなになる予定だそうです。
# 昔、人魚になったことはあるらしい(ネタで)。

プール並みに人の多い図書館へ。集中できない(人のせいではない)。
なんだか、だらだら、だらだらやっている。

お盆はたぶん、迎え火の日にりー実家へ行って、16日の午後くらいに私の実家でバーベキュー(父の中で遅ればせながら盛り上がっているのだ。あれだけ難色を示していたのに。笑)をして。
それからりー氏は神戸に行く予定。本当は私も行ってみたいけれど、少しおとなしくしていようかと。

せっかく出かけていってもお盆モードで出直したりしなくてはいけなかったりするのかしら。それはちょっとだ。
公共施設はお盆休みがないのが幸い。

夜、TKさんより、なかなかかわいらしい謝罪の電話。
彼女もりー氏も私も根はマジメであるということが判明(笑)。
オカシイね。>お互い様

今日のねこ本。
▼マイケル・W・フォックス著、奥野卓司・新妻昭夫・蘇南耀訳
『ネコのこころがわかる本 動物行動学の視点から』(朝日文庫)
白黒ながらねこ写真の図版入り。かわいさをねらったものではないのだけれど、かわいい。
書いてあることはどうなんでしょうか。飼い猫の爪を抜くのもアリだったりして、まあ、あちら的なのだろう。
▼内田百痢悒離蕕筺戞蔽羝文庫)
実はあまり読んだことのない百痢三島由紀夫をほとんど読んだことがないというのとは異なる理由で(むしろ理由としては正反対か)。もったいないことをしているのだろう。

本屋さんに行きたい。雑誌を買うために。

2002年08月10日(土)



 ひんやり

暑いとそれだけで体力は消耗しそうである。
夜中に暑くて目が覚めて、クーラーの下に移動して、しばらく眠って、そしたらちょっとノドが痛くなって冷えすぎたので、またふとんに戻る。
どう考えても身体にはよくなさそうだ。

りー氏が買ってきてくれた昔なつかしのアイスもなか(バニラ)は、アイスクリームというよりもなんだかミルク卵シャーベットみたいな味だった。
夏季限定の氷屋さんは、普通の家の広い玄関みたいな土間が「お店」だ。高校の向かいにあって、一度だけ食べに行ったことがある。不思議な味だったんだよな。
今年はまだかき氷を食べていない。

夜、浴室や流しのガラス越しに動く影。
怖い。
・・・家の周りの雑草がにょきにょきとのびすぎて、風に揺れるの図。
それにしてもよくお育ちである。

昨日の日記補足。
りー氏はのいのことを信用していないわけではないそうです。
ただ「だらだ」と思っているだけらしい。
# だら=あほ。

「だってあんた子供の頃のこと覚えとる?」
うん覚えとるよ(た、たぶん)。どういう椅子に座ってごはん食べとったか、とか。あ、うそ(なぜなら子供の頃はちゃぶ台でごはんを食べていたから。下の弟が使っていた椅子と混同している自分)。
「どっかから流されて来た、とか覚えとる?」
どんぶらこどんぶらこ言うて?
「うん」
かぼちゃの中に入って? ・・・ちょっと違うね。
「んー、すいか」

すいかは好きなので(好きな果物ナンバーワン)川上からすいかに入って流れてくるというのも悪くはないのだけれど。
拾われる頃にはおなかがタプタプになっていそう。>すいか食べ過ぎ
昔は川に流れてたな。すいかの皮。

「水菓子」とはよく言ったものだ。>果物

2002年08月09日(金)



 お酒

フェーン気味のせいか、緑の北アルプスが見える。
最高気温の記録はまたもや更新、というようなことを、多分、其処此処で書いているのだろう、つい。

りー実家で梨をたくさんもらう。
グッピーの赤ちゃんは大きくなっていた。数が減っていたように思うのは気のせい?

夕方、Yさん邸におじゃまして飲み会。実家から持ってきた秘蔵のドブロク(利賀村の人に分けてもらったらしい)その他を持参。特別なお酒は酒好きと飲まなくては意味がない。
飲むとよくしゃべるんだねえ。いや飲まなくても・・・と答える。笑う。
ご両親もまじえ、楽しい時間を過ごす。
# りー氏の大正13年富山市街地地図Tシャツも
# そこそこ好評(笑)。

最近飲む機会は減ったから、酒量は落ちたと思っていたけれど、そうでもないのかも知れない。ただしある時点でセーブはしているような気がする。本能的に。
お酒が好きというよりも、飲んだり酔ったりする雰囲気が好きなのだろう。だからひとりだけ飲もうという気にはならない。お酒がなくても、それはそれかなと思う。
ひとりで飲むことが嫌いなわけではない。

それにしても世界中のたいていの地域にお酒というものがあるのだろうか。

マトリョーシカの並ぶ部屋。
窓の向こうの三毛猫は、どてーんとした模様に短いシッポ。

昼、頂き物の梨を届け、ドブロクを取りに行った実家にて。
ダイニングの床に寝ころんだら、私の鼻から眉間、額をなめた。大したザラザラだ(本当は少し痛い)。
壁にもたれて足をのばして座っていたら、私の背中と壁の間に入りこんできて、グルグル言った。次に、腿の上に座ってグルグル。
と、いうような話をしたら、「(私のことを)覚えとるもんかね」へー、と言うりー氏。
よほど信用されていないようだ。>のい

2002年08月08日(木)



 詩人

夏なので(と、いうことにしておこう)、いつもより本を買う。
アマゾンbk1から本が届く。
・別冊宝島「梅図かずお大研究」(宝島社)
・風間誠史「賢者の石愚者の水」(いしずえ)
前者は先日も触れた特集。Tさんが執筆。
後者は詩集。

こないだの清里行きのとき、Kさんは東京からのかなりの行程を自転車でやってきた。
KMさんが「Kさんの名をネットで検索すると、そのうち半分くらいはアスリートとしての記録でヒットする」と言っていたので、ほんとかな、と思って帰宅してから検索してみた。そしたらなんと詩も書いていらしたのだった。
いや意外ではない。むしろ納得。

# そういえば清里での別れ際、KMさんに
# 「NさんとKIさんによろしく」
# って言ったら、適当に言っとく、と返事があった。
# いったい何て言われたのだろう。少々不安だ(笑)。

ある本のあとがきに安水稔和の名を見つける。中学校1、2年生くらいの時に気になっていた詩人だったので、とても懐かしく感じた。
今ならば作品集の有無を調べて借りるなり取り寄せるなりするのだろう。しかし当時は田舎の子供ゆえ、アンソロジーの中にある詩を反芻するのみ。だからそんなに知っているわけではない。でも懐かしい名前。

あまりよい気持のしない仕事をひとつ片づける。

お茶を飲みながらはがきを3通書く。

久しぶりの友人を囲んでの飲み会。りー氏とともに参加。
美味しいお酒とお料理と、それからいろいろな話。
旧暦七夕の夜。

2002年08月07日(水)



 夏の日

今夏最高気温を記録。

午後、蝉が鳴く曳山町(仮)のS家を訪問。所蔵の貼り交ぜ屏風を見せていただく。
再来年の曳山祭で地区の山宿当番に当たっているとか。T山石燕の屏風(S家の家宝として伝来。お化けではなく十二ヶ月の風俗屏風らしい)や、今日拝見した屏風も出るのではないかとの話。
先代夫人におつきあいいただき、気がつけばあっという間に2時間経っていた。夏の調査は暑くて大変だけれど、とりわけ思い出に残る気がする。
目的の資料は新出のものではなかった(手紙だと思っていたけれど懐紙だったし)。でも、その人の筆跡を初めて見ることが出来たし、関連資料をお借りできたし、他にも面白いものを見せていただいたりしたのでよしとしよう。
それにしても写真撮影の技術向上の必要性をつくづく・いよいよ実感。
# それにデジカメのバッテリー切れを心配していたら
# 懐紙の大きさをはかるのを忘れたよ・・・

帰り、実家に寄る。置き手紙を残してHとRちゃんは大阪へ帰っていた。
水を飲むのいの後ろ姿は心なしかたくましくなった気が。

まぐまぐでメールマガジンを2つ登録。富山と金沢の街情報もの。
後者は大学生を中心に運営されている。金沢、いろいろ変わりつつあるのかも。変わらない(変わることのできない)ものも大きいのだろうけれど。

明日は飲み会。久しぶりのお店に行きたくて、幹事をやる。

2002年08月06日(火)



 クモモクモク

暑い日。入道雲。夏の山、緑できれいだった。

さすがに昨夜は食べ疲れ話し疲れたのか、うたた寝していて気がつくと早朝になっていた。それからさらに一眠りして、朝、母からの電話で目が覚めた。目覚ましをかけていなかったから、あやうく遅刻するところだった。
昨日話していたイタリア料理屋さんの連絡先を場所を聞かれる。しかし月曜日はお休みなのだった。月曜休みというお店は多い。
ひとつふたつ心当たりのお店を教える。

車中で聴く朝のラジオは立山からの中継。K先生が出演されていた。高校の時の地学の先生で、定年後の今は、立山カルデラ博物館の学芸員をされている。
私が聴いた時にはホシガラスや「室堂」と「室堂平」の違いについての話など。授業で聴いた話よりはるかに面白いのは(笑)。

金沢へ。
昼食後もみんなでしゃべっていたら15時半になっていた。

50円切手を久しぶりに買う。白山の高山植物@ふるさと切手。
記念切手を買うときはいつもシート買いかそれに準ずる。コレクター癖はなく、単純なるまとめ買い。いつも切らさず持ち歩きたいがため。早速貼って投函。
久しぶりに本屋さんへ。軽めのものなどつい細かくいろいろと。
初めて楳図かずおのマンガ(は、軽くはないか。笑)を買う。『愛の奇蹟』(小学館文庫)。初期の短編を集めたものである。某サイトで触れてあって気になったので。
別冊宝島も買わなきゃ。Tさんが書いておいでだから。

デジカメの使い方をおさらい。三脚やセルフタイマーの使い方など。
パソコンで画像を確認するのが確実なのだが、出先で電源を借りるのははばかられるような。バッテリだと画面が暗くなるんだなしかし。

2002年08月05日(月)



 バーベキュー

りー氏は朝から金沢。

K工業大学の構内は非常にきれいだ。りー氏(週末、3日連続で行った)も驚いていた。
人工池は苔も生えていないし、舗道のタイルもきれいに磨き上げられている。北陸では学費が高い大学だということになっているが(もっとも、理科系私立大学の相場としては普通らしい)、管理面にも反映されているのだろう。
# 数年前、Pさんとラウル・デュフィの「電気の精」
# (ここのライブラリーセンター所蔵)を観に行ったのだ。
# そういえば構内に郵便局もあった。これは便利。

夜、バーベキュー。
りー氏は金沢から直接実家へ。Fさんもお誘いした。
私はKさんと実家へ。
実家に着くなり母が「さっき買い物に行っている間にのいがいたずらをしたから『メッ』と言ったところ」と言った。今日の午前中、りー両親が持ってきた盆栽を、さっそく掘り掘りしてしまったらしい。盆栽は早速外に隔離。

火も材料も準備が出来た。
私の両親、H(下の弟)、Rちゃん(弟の彼女)と共に。肉とか魚介類とか畑の野菜とかキノコとかいろいろ焼いて食べる。祖母には焼いたものを持って行く。ハラ一杯になる。私は運転手となるべく、ビールをがまんする。つまらんぞー。でも自分だけお酒を飲むということが出来ない損な性分。
最後の方でMさんも参加。
みんなで庭でがやがやと話しながら食べていると、のいが窓辺にやってきてちょこんと座り、網戸越しに、

にゃあー。にゃーあ。にゃあああ。

と鳴いた。ぼくもそっちー、行きたいいい、とたぶんそういうことだろう。はっきり口を開け、こちら側を見ながら鳴く。離れていても小さな歯が見える。
実家の子になって以来、のいと初めて対面するりー氏は、ううう、かわいすぎる、と泣く(笑)。花火大会の日もTさんからもらったのい写真をまじまじと見てはつぶやいていたそうな(F氏談)。
あんたが飼えないと言ったんでしょ、と私は悪態をつく。しかし、のいは楽しそうだった。よくしゃべって(=鳴いて)いた。怒られてきまりわるくなるとダーッと走り去る。そのくせ人がいなくなるとさみしくなる。人がトイレに行くと入りたがる。
実家ではのいを中心に会話が増えたと言う。今、大人ばかり3人になってしまっても、それなり会話はある家だったけれども。
まるでヤモリのように網戸に張り付き登る猫。

Hはどこかから大きな猫じゃらし(エノコログサ)を見つけてきて、のいをからかっていた。若干猫アレルギー気味らしく、くしゃみをしたりかゆくなったりしなくもないらしいのだけれど。
Hにとっては弟みたいなものなんだろうかとふと思う。猫@三男。いや四男か?(その場合長男は私。笑)。

2002年08月04日(日)



 愛称

H(下の弟@大阪在住)がRちゃん(彼女)と一緒に帰省してきた。
海へ行くというので、実家に行った帰りに岩瀬浜まで送ってやる。母から海の家の無料チケットをもらっている。あまりきれいな海ではないが、久しぶりの海だからと2人は喜ぶ。Rちゃんは母からピングー柄の大きな浮き輪を借り、2人して車中でふくらませていた。

夜。
そういえばHの携帯は写メールが使えるので、のいを撮って送ってもらおう、と考える。送ってきた画像。


のい子(注・オス)近影。
居間のテーブルの下でモデル立ち。いつもはこんなにしおらしくはないよ。
両前足に2本のしま模様。
ちなみに約1ヶ月前の写真はこれ↓。



画像の大きさが違うので単純比較がしにくいが、身体全体に対する顔の比率にご注目を。毛も下のはホワホワしていて、何となく顔つきもまだぼんやりしている。
今は、弟と私曰く「スタイルのいい猫」、父曰く「やせすぎなんじゃないか」、母曰く「身体が長ーく感じる」、といったところ。
顔が小さくて顎がキツネのようにとがっている。あばら骨は出ていないし、とにかく元気によく動き回っているから、健康的にすっきりした体型なのだろう。もちろんこれから大人の体型になっていくのだし、手術をすればまた違ってくるかもしれない。

送られてきた画像をりー氏にも転送してあげる。
「美猫だ・・・」←あほ。
りー氏は「ビビョウ」ではなく「ビネコ」と呼ぶ。美ネコ。

ところで、のいはオスだけれど、私はよく「のい子」と呼ぶ。
幸田文は露伴に「文子」と呼ばれ、青木玉さん(露伴の孫・文の娘。ご存命なので敬称付きで)も文に「玉子」と呼ばれたらしいけれど、小さくかわいらしいものには「子」をつけて呼ぶらしい。
それから「ノイノイ」とも呼ぶ(これは片仮名の気分)。
中国では子供の名前は漢字一字の繰り返しで愛称とするらしい。中国から日本にやってきたパンダの名前がそうだ。
これもかわいらしいものを呼ぶ愛称のスタンダードか。

昨日テレビにライオンが出ていた。
その顔を見て、ネコ科だよなあ、と思った。

NTさんのお誕生日。おめでとう。
小さな展覧会の件、うまくいくといいなと思っている。

2002年08月03日(土)



 清里→富山

朝、ふだんの時間に起きると、EさんとYさんが朝の散歩に出かけるところだった。誘われるも、今日の長距離運転を考え、二度寝を選ぶ。
ゆっくりした朝。

今日行ったところ。
清泉寮。ソフトクリームを食べ、記念館を見、一休みして八ヶ岳の水を飲み、お土産を買う。
清里北澤美術館。アールヌーボーのガラスを見る。ある種のモチーフは充分に東洋的であるかも知れないけれど、これはヨーロッパの人の仕事なのだ、というようなことをYさんと話し合う。色彩と質感について。日本人はガラスにもっと透明感(こんな単純化された言葉で雑だけれど)を求めているのではないか。北澤に収められたガラス作品も、繊細ではあるが、透明感というのとはちょっと違う気がする。同時に、ほとんど彫刻だ。カメオのような。
清里現代美術館。別荘のすぐ近く。個人のコレクターがやっている。大学生の時に知って以来、ずっと来たいと思っていた。念願叶う。オーナーは癖があるし、この手の作品にアレルギーがある人もいるだろうけれど、現代美術ないし音楽に興味がある人にはとても楽しいと思う。所蔵作品は確かに面白い。まるで歴史的資料に遭遇したみたいに興奮した。私は。

その仕事の切り口にひかれる先輩が何人かいるのだけれど、仕事や勉強の面だけでなく、美術や音楽の興味や関心も共通する点があると知った。再確認した、と言うべきか。偶然かも知れないけれど。そういう人と一緒に美術館を廻ることが出来てとても嬉しかった。
午後、先生ご夫妻およびハオとお別れ。東京組の女性2人とEさんをお乗せして、松本へ。もりだくさんでした、楽しかったです、とお別れの挨拶。そういえば勉強もしたのだったな、と思い出しました、と。勉強は数時間だけのことではないのだった。
また皆さんとお話ししたい。何気ないことが、いかに貴重な時間であることか。そう思えるようになった。

行きとほぼ同じルートで、富山には20時頃到着。
交通事故は自宅近くで起こるという統計があるそうだが、なるほどそうなのだろうと思った。知らない場所を走っている時は、地形もわからないから緊張しているが、なまじ知っているとそこまで緊張はしない。いいのかわるいのか、ということだ。

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金沢から帰ってきたりー氏が、サンドウィッチのお土産を買ってきてくれたので、夕食に食べる。
りー氏には現代美術館でコスースのポストカードを買ってきた。のに放ったらかしだ。いらんのやな。取り返そーっと。

そういえば旅の間は、ポストカードを書く時間も、携帯メールの返事を書く時間もなかった。帰宅してから遅ればせながらのメールをT嬢とO嬢とK嬢に送る。それから無事到着メールをCさんに。

ところでりー氏は、花火大会の日にT嬢とバッタリ会って(だから昨日のようなメールが来たのだが。笑)、のいの写真(先日来訪時に撮影)をもらってきたらしい。改めて見ると数週間のことなのにまだ小さくて、毛がホワホワしている。顔も大きく感じる(まだ身体が小さい)。うるっと来るりー氏。
花火大会の日、昔の富山市の地図をプリントアウトしたTシャツ(自家製)を着ていたら、M氏には大受けするも、N嬢にはキモチ悪いと言われたらしい。
だからTPOは選んだ方がいいんだってば(笑)。
# ある種実にTPOに叶っているとも言えるのだが。

2002年08月02日(金)



 清里行き

8時、自宅出発。
R41を南下し、神岡(岐阜県)方面へ。
自宅からR41までの道が混んでいるのは通勤時間帯だからだ。富山市の郊外、空港入口を過ぎると急にスムーズに流れる。
神岡から平湯を通り、安房トンネルへ。この時点で10時。思ったより時間がかかる。3時間半かかるという父の言葉もあながち大げさではないようだ。もっとも、時間がかかったのは、通勤ラッシュにひっかかったことが大きい。
神岡を過ぎて上宝村(岐阜県)内では工事が多く、何ヶ所も片側通行の信号待ちをした。平湯〜安房トンネル間では、車の窓を閉め切っているのにどこからか硫黄のにおいがした。このあたりは硫黄泉。好き嫌いのある泉質だが、私はとても好きだ。またつかりに行きたいと思いつつ、上高地(の手前)を通り、松本へ出る。
市内Eさん宅へ。数年前に一度お邪魔したことがあるが、今回は車だから少し勝手が違う。こじんまりと落ち着いた住宅街の路地をそろそろと走っていくうちに、道を思い出す。
あまり時間がないので、Eさんお手製のお昼ごはんを少しつまんで、あとはお弁当箱に入れてもらう。Eさんは中国人なので、何気ない炒め物でもスパイスの使い方が独特で、しかもとても美味しい。野菜まん(春菊入り)と何も入っていないパンがわりのお饅頭が山盛りに作られていて、これは差し入れとなるらしい。やった。
たくさんの荷物を積んで、長野道松本ICから中央道長坂ICを経て清里。
13時半頃、清里駅にてYさんをピックアップし、T先生のお宅へ迷わず到着。駅前はいかにも観光地然としていて(海みたい・・・)ちょっと、だが、少し離れると静かだ。先生と奥様、それにミニチュアドーベルマンのハオ(「ニーハオ」のハオ。メス、10歳)がお出迎え。先生とは3週間ぶり、奥様とは9年ぶり、ハオとは初対面。

今回の参加メンバーは総勢9名である。Eさんと私以外は全員東京からの参加。
昨年出来たT先生の別荘は、元・ブースカの家らしい。円谷プロの撮影に使われていたという、リビングの天井に大きな扇風機が回るログハウスだ。清里は思ったよりも暑かったけれど、クーラーの必要は全くない。
一服の後、書斎を見せていただく。いくつもの書架、アナログな先生には似つかわしくないパソコン(娘婿さんの希望により設置されたらしい)、風通しのよい窓辺に置かれた机、その上に書きかけの原稿。明窓浄机。窓からは木々の緑が見える。

午後は研究会。
終了後(夕方)みんなで温泉に行き、夜は名物・ほうとうのおいしいお店へ。清里は山梨県なのだ。かぼちゃほうとう、いろいろの山菜、ヤマメ、牛タン、鴨つくねなど。温泉上がりのビールがものすごーくおいしかった。
車を運転されない先生ご夫婦が贔屓の高根タクシーは、清里唯一のタクシー会社らしいが、お迎えの大型タクシーにちびっ子(運転手であるご主人のお孫さんか)が乗って来るなどして、実に「家族的」な雰囲気。
帰宅してEさんの差し入れなどいろいろつまみながら、山梨ワイン、日本酒など。ちょっと飲んだ。
お酒を飲む前に、ふとんを敷いておこう、と提案したのは、我ながら名案だったと思う。

途中、T嬢より「何清里に行ってんのー、りー氏女の子侍らせとったよー」とメール。酔っぱらいは「フザケンナ100倍にして返してやる」と一応お約束のツッコミ電話を入れる(笑)。
# 別に夫婦喧嘩ネタではありません(笑)。
今日は富山の花火大会。

2002年08月01日(木)
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