にっき。
 しゅ



  3日で1日

ああ だるい。

書こうと思ってた事があったけど、今日はもうやめ。


私は3日くらいかけて、
他の人の1日分の生活をしてるんじゃないだろうか。

2002年05月31日(金)



  免許 → 本屋 → CD

一睡もせずに朝っぱらから更新した免許証の受け取りへ。

ペーパードライバーなので、当然、無事故無違反。
ゴールド免許の優良ドライバー(笑)。

優良の人は、30分の講習を受けてすぐにおしまい。

その後、大型書店に寄ってうろつき回る。

絵本の「百万回生きたねこ」を初めて読む。
前から読んでみたかったんだー。
立ち読みで済ます所がセコイな(笑)。

それからCD屋へ。
期待せずに入ったんだけど、以前から探していた廃盤CDが新品で残っているのをみつけた。

町田町蔵・至福団の「どてらい奴ら」。

つい先日うちのBBSにこのCDの事を書いたばっかなのに。
書いたとたんに見つかるんだもんなあ。

帰宅途中、古本屋「にんじん」だった場所が、介護ヘルパー「だいこん」に変わってて笑う。

午後、さすがに眠くなり、うとうとしている所へ父親がひさしぶりに帰ってきた。

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一睡もしてないわりには、今日は体調も気分も良かった。
もちろん薬を飲んでいるから、ですが。

最近はちょい鬱やイラッとくる事はあっても、激鬱にはなっていない。良くはならなくても、現状を保っていられれば、とりあえずはオッケーなんだけどな。

2002年05月30日(木)



  茶髪、金髪の子供って多いね。

うーん、今日は体調、気分、共によくわからん。
並のような、ちょっと悪いような。微妙。


夕方、ふと外を見ると、近所の狭い公園で、小5男子軍団が本気でサッカーの試合をやっていた。小5っていうのは聞こえてきた会話からわかったんだけどね。

イヤな予感がする…と、思ったとたんに予感的中。
うちの玄関にバシッとシュートを決めて下さった。

庭にころがったボールを取りに来た茶髪小僧。
勝手にうちの門の鍵を開けながら「ボール取って!」と生意気な口調。

前回は機嫌が良かったので黙認してやったが、今日はこの、態度と口の効き方がなってない小僧に教育的指導をしてやった。

怒っている時の私の目はめちゃ冷血だ。
まあ今日は、本気でキレてたりはしてなかったけどね。

小僧は「ありがとうございました…」と言ってしょんぼりと帰って行った。茶髪にする前に最低限の躾ぐらいやっとくように。>親


明日は朝から用事で出かけなくてはならないので、今夜はもう寝ないつもりなんだけど、そういう時に限ってなぜかお酒を飲む気がしない。長い夜、好きなだけ飲む時間があるのに〜。

何して過ごそうかな。

2002年05月29日(水)



  病院 → 職安

ただでさえイライラする時期なのに、昨日のババアで更にイライラ度アップ。体調は並。


午後からまずは病院へ行く。

待ち時間が1時間半位はかかりそうな気配だったので、診察はなしでトレドとメイラックスだけ貰ってきた。

その後、病院近くの職安へ。

通うとしてもまだ少し先になると思うけど、職業訓練校の詳しい内容を書いたパンフがあれば貰ってこようと思ったので。

んでも、ここの職安は、職業訓練については扱っていないそうで、ここから徒歩で15分以上はかかると思われる、別の職安まで行かなければならないという事だった。

夏日の気温の中、そんな所まで歩いていく体力はなかったので今日はパス。でも、職探しに関するいろんなチラシを貰ってきたので、行ったのは無駄ではなかった。以前に無職になった時よりも、随分といろんなサービスが増えている。役立ちそうなサイトのアドレスも載っていたので、後で見にいこう。

それにしても、世の中ホントに不況だわねえ…。
私が行った職安は100台ほどあるパソコンで、自分で求人の検索ができるようになってたんだけど、パソコンは全て使用中、順番待ちの人が数十人もいたわ。

本屋とスーパーに寄って帰宅。


夜、父親から電話。
明後日、こっちに帰って来るらしい。

あわてて少し部屋の掃除をする。
その後、飲酒。

今日は疲れた。

2002年05月28日(火)



  ラリアート

7時間くらい寝たのに、3時間昼寝してしまった。
眠い。だるい。
気分は酷くはないけどちょっとイラつき気味。

今回はまだ酷い症状は出ていないけど、やはり今晩からセーリ対策用の薬の処方に変える事にした。

トレドミン15mg 朝夕
メイラックス1mg 朝晩
加味逍遙散2.5g 朝昼晩

これを基本で。

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以下、毒舌入ってますのでご注意。
気分を害したくない方は読み飛ばして下さい。


隣の家には前からムカついていたけど、今夜もムカ。
とりあえず隣の家の壁にドロップキックをくらわすが、それくらいじゃムカつきは収まらない。

50、60のオバハン同士の抗争なんか知るかよっ。
勝手にやっとけ。巻き込むな。興味ねえよ!

隣の家のババアには面と向かって言ってやりたい事があるんだけど、こいつ、私と目が合いそうになると逃げるんだよ。自分にやましい事があるっていう証拠だね。

機嫌が悪いので当然今夜も酒。
もうガンガンと。

その後、髪のブリーチをした。

酒と薬とブリーチ剤の匂いと。

もしもーし、ラリってませんか、アナタ?

そうゆう状態。

この後もまだまだ飲み続けます。

2002年05月27日(月)



  雷電

7時間寝て起床。

この時期にしては珍しく気分良好。体調も普通。

午後、少し眠くなったけど、昼寝はせずに済んだ。
過眠も大丈夫みたい。

段々と夏に近づいてきたので、気分と体調がいいうちにやっておこうと、クーラーの掃除をする。暑いの大嫌い、クーラー大好きなもんで。

そういえば、去年は5月の終わりに最初のクーラーをつけた気がする。

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晴れて綺麗な満月が出ていたのに、10時前から急に激しい雷が鳴りだした。しばらくして雨も降り出す。

家で寝転びながら雷と雨の音を聞いていた。
他の音は一切聞こえず、聞こえてくるのは激しい雷と雨の音だけ。

落ち着く。

気がついたら1時間程、眠ってしまっていた。

今、午前1時だけどまだ雷が鳴ってる。
雨はもう止んだかな。

さっきネットでニュース速報を見たら"ひょう"も降ったって書いてあった。

ああ、そういや、物凄い音でバラバラ降ってる音がしてたな。
あれ、雨じゃなくてひょうだったのかもね。

2002年05月26日(日)



  赤玉

10時間位寝た。
けど、起きてからは昨日と違って眠くはならなかったわ。

体調、気分は並。
なので薬はいつも通りで。

昨日また町内会の仕事の依頼が来たので、午後にやる。

やり終わってやれやれと思っていると、町内会長から電話。

また別の仕事の依頼だった…。

防犯担当の役員はもう一人いるのに、なんでみんなウチにばっか言ってくんのよー!と、いつもなら泣きor怒が入る所だけど、今日はちょっと前向き思考な日だったので、うちの方が頼りにされてるのよーと、勝手に良いように解釈しておいた。

それにしても次々と来る、おカネにならない仕事の依頼。
あーあー。ため息。

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夜、お酒売場をうろついていて赤玉をみつけた。
あまーいワインね。<赤玉

うちは子供にも平気でお酒を飲ませる家庭だったので、小学生の頃は母が時々買ってくる赤玉が大好きだった。

ミルキーはママの味っていうけど、私にとっては赤玉はママの味。

ひさしぶりに見かけて懐かしくなったので買って帰った。

昔と全く変わってない味でうれし。

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追記。
伊藤俊人さんが亡くなられた事をさっき知りました。
結構好きだったのでショックです。
ご冥福をお祈りいたします。

2002年05月25日(土)



  眠い眠い眠い。

暑くて目を覚ますと昼2時だった。
私の部屋、西日が射すから午後になると暑くなるのね。

今日は体調、気分、共に並。

昼2時起きで充分寝すぎなのに、起きてからもずっと眠い。
気分の乱れはないけれど、セーリの10日前くらいだし、いつもの症状(PMS)がまた出始めたのかもしれない。

今日のところは様子を見る事にしていつもの薬を飲む。
明日も同じような状態ならセーリ対策用の処方に変えよう。

5時頃から7時半までまた寝てしまう。

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夜、テレビで映画「サトラレ」を観た。
また命についてちょっと考えてしまった。

親から子へと、何百年、何千年と受け継がれていく命。
産まれてすぐに消える命もあれば、百年以上生きて、何人もの子=新しい命を残していく人もいて。

考え出すとキリがないし、精神衛生上、良くない方へ思考が回る事もあるので途中で考えるのをやめる。

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お酒を飲んでしばらくの間は眠気が飛んでたけど、アルコールが切れてきて、また眠くなってきた。

もう寝ます。おやすみなさい。

2002年05月24日(金)



  話題3つ。

体調、並。気分はやや良。

寝坊して、免許証の受け取り(講習付き)に行きそびれ。
やってもた。

夕食にベトナム風の生春巻を作ってみた。

ライスペーパーを一枚づつ水で戻すのが面倒くさい。
一枚づつやらないと、すぐに破れちゃうのよ。

二人前分作って味見。うまーいっ!絶品!
食欲があまり無かったくせに、一人で全部食べてしまった。

一手間かければ美味しい物を食べられるんだな。
わかってはいるけど、なかなか実行に移せないワタシ。

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私がもう15年以上も聴き続けている、あるバンドのオフィシャルサイトに、そのバンドのリーダー宅に産まれた子猫の貰い手を探すページがあった。

が、残念な事に産まれた子猫4匹共が、昨日から今日にかけて、相次いで死んでしまった。

その事を伝えるページに書かれていた内容の要約。

母猫が、死んでしまった子猫の上半身を食べてしまった。
それは恐らく子猫を自分の中に返し、命をリセットする行為なのだと思う。子猫を食べるという最終的な愛を成就させた母猫は、満足気な表情だった。子猫は、自然の摂理によって正しく、正確に処理されたのだと思う。


母猫の行動と、このように理解しファンへと伝えてくれたこのミュージシャンの文面に、愛や命の連鎖についての新しい考えを貰ったような気がする。

自然の摂理、か。

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ガラっと話は変わりますが、映画「ピンポン」。
6月上旬から公開なんですね。
ひさしぶりに映画館まで観に行きたい映画だ。

2002年05月23日(木)



  髪を切る。

体調は並、気分はやや良好。


髪を切りに行った。

短くなればそれでいいので、オシャレなサロンではなく、近所の昔から行っている、オバちゃんがやっている美容院へ。

切るのは5cmくらいという事だけ伝えて、あとはオバちゃんにおまかせ。好きなようにやってちょーだいな。

ザクザクシャギーを入れるオバちゃん。
仕上がりを見るとちゃんとイマ風になってる。
イマドキのカットも勉強してるんだなあ。
これで3400円。安い。

帰り際、オバちゃんが「ちょっと待ってね」と言うので、何かなと思っていると、綺麗なバラ模様の紙に包まれたアップルパイをくれた。

アップルパイも嬉しいけど、オバちゃんのお心遣いにマジで感激。
今の生活になってから、人の優しさにはめちゃくちゃ弱くなった。
今日も、うわーんって泣きそうなくらいに感激したよ。


夕食。
ひさしぶりに人並みの量を食べる事ができた。満腹。

2002年05月22日(水)



  薬とお酒とカフェインと。

微熱。
最近またよく微熱が出るなあ。

なぜだかお腹がずっと痛い。
聞こえてくる音全てが煩く、イライラする。
昨夜の破壊衝動もまだ少し残っている。

セーリ前のいつものやつか?と思ったけど、まだ2週間ほど間があるので、時期的には少し早い。

微熱と腹痛で動くのがしんどくて、夕方、やらなければならない町内会の仕事をちょっとやった以外は、ずっと寝てた。

体調がイマイチなので今日はお酒はやめた方がいいかな。
でも、イライラするし、ちょっとは飲みたい…。

結局、夕食時にシードルを1本だけ空けた。

少し気分が持ち直す。


薬とお酒とカフェインに頼って日々生活しております。

2002年05月21日(火)



  クールダウン

4時間だけ寝て起床。なぜか?

理由= 燃えないゴミの日だから。

家とゴミ捨て場を3往復。
その後昼前まで起きていたけど、また寝てしまった。
数時間後に再び起きる。

体調、気分、共に並。
でも食欲はあまりない。

羅針盤のクールダウンばかりを延々聴いてた。

聴いているうちに歌詞が気にかかり、少し考え込む。

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夜中3時半、追記。

気分が荒れている。破壊衝動。
ぽーんとどこかへ飛び出したい。

有り余ったエネルギーを、思いつくままにぶつけていた十代の頃のよう。でも今はその頃とは状況が違うんだよ。思いつくままにぶつけていたら間違いなく破綻する。

朝までまだ長いよ。

2002年05月20日(月)



  晴れ

ふうー、やっと体調、気分、共に「並」に。

ひさしぶりに天気もいいのでどこかへ出かけようかとも思ったけど、出かけるとおカネがかかるので、自宅で日光を浴びる事にした。

夏物の服を出してきてお洗濯。
ついでにサンダルもお手入れ。

庭に出て延々、土いじり。
古い植木鉢の土をほじくり返して、新しい土と入れ替え。
ミントとラベンダーの種を蒔き、庭掃除もする。

近所の狭い公園でサッカーをしていたクソガキ…いえ、お子様方が、うちの庭へとシュートを決め込んで下さったが、機嫌が良かったので怒らずに見逃してやった。

夜8時から12時まで寝てしまう。
起きて遅い夕食。

2002年05月19日(日)



  何事もなく。

微妙。
鬱な感じはあまりしないけど、ちょっと不安感が出てきた。
体調は少し気持ち悪いけど、これは単にコーヒーの飲み過ぎなだけのような気がする。カフェイン取り過ぎ。

今日は日記に書くほどの事は何もなく。

洗濯を2回したとか、
アロエのトゲが刺さったとか、
昨日作りすぎた酢豚を今日も食べきれなかったとか。

その程度の事しかなかった一日。

でもこういう一日も、幸せな一日なんだろな。

2002年05月18日(土)



  診察

やや、ふらつき気味。
気分もぱっとしなくて曇り空。

午後、病院へ行った。
珍しくほとんど待ち時間なし、私の後にも患者さんはいなかったので、今日はいつもよりも少しゆったりめに先生と話をした。

先日一週間、親の所へ行った事も話す。
そこから、こういう病気の事は家族に話すべきなんだろうかという話になった。

理想的なのは、病気に理解のある家族で、全てを話してわかって貰える事。でも、理解してくれなさそうな家族であるなら、話さないでいる方がいい場合もある、と。‥‥そりゃそうだよねえ。

で、うちの場合は話さない方がいいかもね、という事で。
ハイ、今まで通り黙っている事にします。

だから病気の事や本当の気持ちを吐き出せる場所は、この日記だけ。自分の心の中とこの日記だけに私の本音があります。

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帰宅後、体重を計ってみる。
先生にまじまじと顔を眺められて、改まった感じで「…ごはん、ちゃんと食べてる?体重、何キロ?」と訊かれたので。

先生はもしかして40キロきってるんじゃないかと心配したみたい。
40キロは絶対あるよと思ったんだけど、改まって訊かれると最近計ってなかったし、もしかしてまた痩せた?と、自分でもちょっと心配になった。

結果。
ダイジョブでした。痩せてなかった。
162センチ、44キロ。ガリってるけど、倒れるほどでもない。

こういう病気はゆっくり時間をかけて治していこうとも今日言われて。わかっている事なんだけど、信頼している先生から言葉に出して言われると、それだけでちょっと救われた気持ちなる。
言葉。大事だね。

2002年05月17日(金)



  浮上感謝

一日中寝てた。

昨日はおとなしく過ごしてたのに何故か疲れてる。
動きたくない、動けない。
微熱、気分はダウン気味。

トレドの15mgを切らしてしまった。
仕方がないので25mgを割って飲む。

そういえばもう三週間、病院へ行ってないや。
明日、行かなくては…。


夜、いくつかの日記と掲示板を見て回る。
固まって重りになりかけていた心が、解凍されて浮上した。

どうもありがとう。

2002年05月16日(木)



  生

10時間くらい寝た。
疲労感はマシになったけど、体調、気分、共にちょっと重い。

新聞で結核に関する記事をみつけた。
大阪府では00年、5412人が発病し、そのうち約5.2パーセントにあたる283人の方が亡くなったらしい。

こんなに亡くなる率が高いとは知らなかった。
私が結核にかかったのは高校生の時で、まだ若く体力もあったから治す事ができたのだろう。

後遺症で肺活量が元に戻らなくて、ひ弱な体質になってしまい、くやしい思いをした事もあるけれど、生きているだけでも儲けもん、とても有り難い事なんだと思った。感謝しなくては。

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結核とは別に、私は一度死にかけた事がある。
その時、いわゆる「お迎え」の光景を見た。

ただの夢だったのかもしれない。
でも、その時の私はそれが「お迎え」だとはっきりと確信した。

上下左右、全てに何もない、ただ真っ白なだけの空間。
気が付いたら私はそこに立っていて、しばらくすると、少し離れた場所に、とても暖かい光が上からすーっと差し込んできた。

その光の下に行けば、とても幸福な気持ちになれて、上へと登っていくのだとわかった。そして、登りつめた先は、天国、もしくは新しい命として生まれ変わる出発点のようだった。

私はそこへ行こうかと思ったのだけれど、なぜか動かずに、立っている場所からその光をただ眺めているだけだった。

次に気が付いた時、私ははっきりとした意識で目を覚ましていた。その前の丸二日間は、ほとんど意識がなく、たまに目を開いても朦朧として、またすぐに眠りへと引き戻されていたというのに。

後から思えば、あの時光の下へと行かなかったのは、まだこっちへ来ては駄目だと誰かが引き止めてくれたからなのだと思う。

生きていく。
私はまだまだ生きていくよ。


2002年05月15日(水)



  逆切れ酔っぱ

酔っぱらいながらこれ書いています。

なんかね、今日はいろんな物を落としまくりで。

皿、醤油、箸、ペットボトル、ハサミ、ペンetc.
とにかくいろんな物を落下させた。
自分で「どうしちゃったの??」って思うくらいに。

おまけに手紙をポストに出しに行く途中で、風に手紙を飛ばされちゃって。すぐに走って拾いに行って、無事に捕まえられたけど、近くにもしも川でもあったら、もう救出不可能だったわ。

実は一ヶ月位前から「最近よく物を落とすなあ」とは思ってたのね。以前は滅多に落とす事はなくて、食器を割った事も一度もなかったのに。

それでも今日の落としっぷりはあまりにも酷くて。
最近体力の疲労感が凄いから、腕力がちょっと弱ってたとか、ぼーっとしてたとか、理由は考えられるんだけど…。

母がアルツハイマーの初めの頃、よく物を落としてた事を思い出しまして。その頃の母はまだ50歳くらいだったから、当時はまさかアルツハイマーだとは思わずに、更年期障害かなあとか思ってたんだけど。

先日、父に「お前も痴呆症か!」と怒鳴られたところなんで、もしかしてホントに私も若年性アルツハイマーにかかりかけてる?なんていう考えがちらっと頭をよぎったり。

で、逆切れっつーか、「あーっ!もうっ!!」みたいな気分になって買い置きの発泡酒の缶をぷしゅーっと開けちゃった。

薬も発泡酒で飲んで、そのうち酔いが回ってきた。
今は完全に酔っぱ。
でも鬱になるよりはずーっとマシだわ。

なんか勢いのある曲を聴きたくなって、今プラスティックスのライブ盤かけてます。「ダメダメだな、私。でもどうでもいいやー。」っていう、やけくそハイテンションな感じ。‥‥それにしても酔いが回って暑いわ。

2002年05月14日(火)



  グリコのおまけ

12時間寝て昼に起きる。
今日も疲労度MAX。体全体が重い。

朝に飲む薬を昼に飲み、しばらくぼーっ。
今日は薬の効きが、ちょっと悪い。

昨日の深夜にひさしぶりに帰ってきた弟が、家の中のどこにいても聴こえる位の大音量で、あんまり私の好みではない曲をガンガンにかけ続けるので仕方なく庭に脱出した。
体調の良くない時に大音量はキツイわ。

庭で、昨日途中で中断したアジサイの片付けなどをする。

片付け終わって部屋に戻り、しばらく休憩。
が、いつまで経っても体が熱いので熱を測ってみたら微熱が出てた。あーあ。

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このまま一日が終わるのかと思ってたけど、夜、ホントに些細な事だけど嬉しい事があった。

スーパーでうろついていて、タイムスリップグリコが目に止まった。
鉄人28号とか、三種の神器とか、20世紀の懐かしグッズの精巧なオマケがついたキャラメル。

普段なら買わないんだけど、今日はなぜかふと、買ってみようかという気になったので一つ買ってきた。

帰宅して早速箱を開ける。
オマケを開ける前に15種類あるオマケのリストを見ていて、ひとつ、絶対これがいい!っていうのをみつけた。

スーパーカブと丸いポストのセット。

実は先日、両親の所へ行った時に、父のカブがよく見るとかっこいいなあと思って写真に撮ってたのね。んで、丸いポストも田舎だからまだ残ってるかもしれないと思って、散歩がてら探してたんですよ。結局みつからなかったんだけど。

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わくわくしながらオマケの袋を開けた。すると…

なんと出てきたですよ、カブとポストが!
1/15の確率なのに出てくるなんて。ラッキー!

嬉しくて、カブとポストを眺めながら夕食を食べてた(笑)。
今はPCの上に飾ってます。
ホント、精巧でかっこいいなあ。かわいいなあ。
買って良かったー。

2002年05月13日(月)



  切りまくる。

アジサイ、ドクダミ、雑草、髪、紙、指。

今日切ったもの。

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昨日も一昨日も、体は疲れているのに何故か元気だったけど、今日そのツケが来た。10時間寝たけど、起きると物凄い疲労感。

動くのがだるい。
気分はぼーっとはするものの、薬を飲んだので「並」ぐらいに。

今の時期の草木はどんどん伸びる。
ひさしぶりに快晴だったので、動きたくはなかったけど、後に回せば余計に大変になりそうなので庭の手入れをする事にした。

植木バサミを持ち出して、驚異の繁殖力のドクダミと雑草をざくざく切りまくる。

問題はアジサイ。
猫の額ほどの狭い庭なのに、どんどん伸びて2m以上にもなっている。裏の家にもはみ出しているので、まずは半分位の高さで大元の幹(茎ではなくて硬い幹と化している)を切る。
その後、切り落とした部分の解体作業。

枝を切り始めてしばらくして、急に目の前が真っ暗になった。
目眩。
卒倒しかけて慌てて座り込む。

解体作業は1/3ほどで中断した。
あとの解体はもういいや。そのまま放置しておこう。

しばらく横になってマシになったけど、体調が悪い時にこんな事はするもんじゃないね(笑)。

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残りの今日切ったもの。

髪は伸びた前髪を適当に切った。
紙はいらない紙を切ってメモ用紙に。
指は庭仕事の途中で小指をちょっと切った。

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ドクダミの臭いって強烈。
今もまだ手がドクダミ臭いよ。

2002年05月12日(日)



  仕事を始められたらいいなあ…。

6時半に起きた。

今日もカラダ本体は疲れているのに、血の流れが速くて無理やりに元気にさせられているような、ヘンな体調。ココロの状態は薬を飲むと「中の上」くらいに。

やはりアイスコーヒーを飲みだしてから、全体的に底上げされている。病院の先生が「カフェインの効果が出過ぎ」と笑っていたけど、本当に笑ってしまう位に効果覿面。さすがに親の所に行っている間は少し心が乱れたけどね。

今日は町内会の役員会議に行ってきた。
今日で3回目の会議だけど、気が付けば、毎回私は会長の次によくしゃべっている。真っ先に意見を言ったり、話をまとめたり。

会議は長くても一時間程度と短時間だし、いつも薬を飲んでから挑んでいるので、上手くやれているのは薬のおかげという部分が恐らく大きいんだけれど、それでも以前の私を取り戻せたようで少し嬉しい。

ちょうど今日、探し物をしていてデザイナー時代の手帳を見つけ、パラパラと眺めていたんだけど、そっち系でフリーの仕事を少しずつ始める事はできないかなと思ったりした。

薬に頼りっぱなしでもいいから、今の状態が続けば、の話なんだけど。底上げされている今のうちに、仕事を始める下調べを始めておこうかなあ…。

2002年05月11日(土)



  躍動する血流

今日の日記のタイトルは、私の好きなあるユニットのアルバムタイトルのもじりですが、恐らく気付く人は一人もいないでしょうねえ。。

旅行から帰った翌日は、いつもなら疲れきって一日中寝込み、熱を出す事もよくあるのに、何故か元気だった今日の私。

や、体はすんごい疲労感があるんですけどね、体の中身が元気っていうか。血が興奮しているみたいな妙な状態。4時間半しか寝ないで目覚めたんだけど、昼寝もせずに過ごしてたし。

両親の所へ行った後は、いつも気分の落ち込みが激しくなるので、その予防の為にいつもは朝晩にしか飲まない薬を昼にも飲んだんだけど、今日の調子だとその必要もなかったかもしれない。

んでも、やっぱ夜は比較的早くに寝てしまった。
で、翌朝6時半に起きて、この日記を書いたりしてます。

2002年05月10日(金)



  ただいま。

今日、家に戻ってきました。

今日は母のデイサービスの日。
母がデイサービスに行っている間に私は出発するので、今朝で母とはまた、しばらくのお別れ。

母は髪を洗えないので、今朝、「水のいらないシャンプー」とかいうヤツで、母の髪を洗ってあげた。

昼、父と港近くの食堂で昼食を取って港へ。
父が「持ってけ。」とだけ言って、一万円札を私に差し出した。

「いいよ。」と断れればいいのだけど、お金に困っているので素直に受け取ってしまった。いい年をして情けない…。

傷つくような言葉を直球で投げつけてくる父だけど、私の事を心配してくれているという事を改めて思った。病んだ娘でごめんなさい、と心の中で謝った。

2002年05月09日(木)



  誕生日

今日は私の誕生日。
ハッピーバースデイ!>自分

…と、機嫌良くいきたいけれど、朝からアタマが痛いー!
午前中は頭痛で「のろのろ」といった感じで過ごす。

昼食時、父が誕生日だからという事で、私にだけ握り寿司を買ってきてくれた。普段通りの昼食を取る両親を前に、自分だけ寿司を食べる。普段ならなんとなく悪いような気がするだろうけど、ここ数日、散々父から文句とイヤミを言われているので、今日は遠慮なくパクついた。

午後もまだ頭痛が残っていたけど、空が晴れてきて、近所のハーブ園の写真を撮りたくなったので、デジカメを持って1時間弱ほどうろついてきた。

写真撮りまくり。
ハーブの写真専門のサイトが作れそうなくらい(笑)。

一人で気の向くままにのんびり歩き回り、海沿いの道でぼーっと海を眺めたりして楽しかった。

でも、戻ってきてからやっぱり疲れて眠ってしまい、また父に叩き起こされちゃったよ(笑)。

2002年05月08日(水)



  

普段から母の睡眠時間は短い。
夜11時〜12時に寝て、朝の4時過ぎに起き出す。
そして布団の上に座り込んだまま、3時間程ずっと一人で喋り続けている。
昼寝などは全くしない。

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今朝7時過ぎ、起きて居間に行くと、父がぼーっと座っていた。
訊くと、昨晩の母は何故か一睡もせずに、一晩中喋り続けていたらしい。
その喋り声のおかげで、父も一睡もできなかったのだ。

まだ喋りつづけていた母を居間に連れてきて、父に寝るように勧めた。共倒れになっちゃうからね。

時々介護に疲れて無理心中という記事が新聞に載るが、見る度にやるせなくなる。他人事ではないから。数年前は私が一人で介護をしていたが、その時と比べると母の痴呆はもう末期にまで進んでいるので、介護の苦労は父の方が私の時より何倍も大変だろう。

今回私はひさしぶりに両親の元へやってきて、父にイヤミたっぷりの文句を散々言われてアタマに来たりしているが、それでも現在の父の生活を思うと文句を言い返せない。家に帰ってから、その溜め込んだ文句が爆発して、鬱や破壊衝動が悪化しそうな気がする。

2002年05月07日(火)



  重い…

朝、いきなり父が島内の温泉の求人広告のチラシを差し出して言った。
「お前、ここ行くか?」

行くか?っていうのは、就職するか?の意。
黙っているとイヤミたっぷりに「そうやな。お前、仕事する気なんかないもんな。なまけ者や!」。

…違うよ、働きたいけど働けないんだよ。

と、心の中だけで言い返す。

精神的な疾患に対して偏見を持っている父には、いくら真剣に病状を話しても理解はしてくれないだろう。32条の適用まで受けていると知ったらどうなるかな。罵倒されるくらいじゃ済まないかもなあ。あーあー大変。うるさく文句を言われ、うすうす勘付かれてはいても、シラを切り通すのが結局一番なんだろうな。

どうでもいいやと思いつつも、気分はどんより。

2002年05月06日(月)



  病名、一部バレた。

昼食時。
私が食べている目の前では、一人では何もできない母に父が食事を食べさせていた。

そこで突然に父に訊かれた。

父「お前、昨日のあれ(一日中寝てた事)はなんや?」
 「どっかおかしいんか、お前!」

私「‥‥病院行ってる。」

父「(即座に)鬱病か!」

私「違う。月経前症候群。」


「月経」と言われて返す言葉に困ったのか、そこで父は黙ってしまった。おかげで私は鬱病ではなく、月経前症候群だという事で話しは落ち着いたが、いきなり「鬱病か!」とくるとは。黙っていたけど、やはり何かを勘付いていたか。離れて住んでいるとはいえ親子だし、たまーに弟が私の様子を父に報告してるっぽいしなー。

とにかく、月経前症候群というのもウソではないので、それで病院に通っているという事にして、今までみつからないように飲んでいた薬も堂々と飲む事にした。

父は薬を見ても何の薬かなんてさっぱりわからないしね。もしも今、母が元気だったら、元看護婦なので薬を見ただけで全てバレバレだろうけど。

2002年05月05日(日)



  罵倒

昨夜9時に寝て、今朝9時に起床。12時間睡眠。
起きた後もまだ少し眠く、午前中に1時間ほどウトウト。
午後、3時前からまた寝る。

実は昨日からセーリが来たのだ。
両親の住む島までやってきた疲れと、セーリ時によく出る「睡眠過多」の症状とで、今日はどうしても起きていられなかった。

夜7時、夕食の時間になり、一日中寝ている私にしびれを切らした父が、「いつまで寝てんねん!」と怒鳴りながら起こしに来た。

「おまえも痴呆症か!」
「おかしいんちゃうか!」
「なまけ者め!」

内心かなりアタマに来て、もう通院している事を全部話してしまおうかと思ったが、やめた。いくらアタマに来ても、母の世話で精神的にも参ってきている父にこれ以上心配事を増やす訳にはいかないだろう。

結局何も反論せず、黙って少しだけ食事に手をつけ、そしてすぐにまた寝た。

2002年05月04日(土)



  イチゴ狩り / 従姉妹

8時前起床。気分、体調ともに並。

イチゴ狩りや散歩などをして過ごす。

父が家の隣の畑で育てたイチゴが今、食べきれない位にたくさんなっている。真っ赤で大粒で甘い。スーパーで買ったら1パック\800はするな。

他にも父は色々な野菜を育てているし、家の裏にはタケノコがにょきにょきと生えまくっている。季節が巡ればスモモ、無花果、柿なども勝手にたくさんの実をつける。野菜と果物は買いに行かなくても生活ができる。

天気も体調も良かったので、父のデジカメを持って近所に散歩に出た。
そこら辺に咲いている花やイチゴを写して遊ぶ。

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夕方、突然に叔母と従姉妹がやって来た。
父の畑の豆を取りに来たらしい。

従姉妹は3つ位年上で、素直過ぎるくらい素直な性格。
良く言えば純真だが、時に配慮にかけるストレートな質問をぶつけてくる(本人に悪気は全くなし)。

今日も会っていきなり「毎日何して過ごしてんの?」と訊かれた。
家族を含め、誰にも病院通いの事は話していないので、他人から見れば私は働けるのに働かない、ただのなまけ者のいいご身分の人に見えるのだろう。

面倒なので、そういう事にしておいた。好きなように思っててくれていいよ。事細かに本当の事を説明した所で、理解してくれるかどうかなんてわかんないしね。

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別の部屋でこっそりと薬を口に入れ、何事もなかったかのような顔をして両親がいる居間へ戻り、コーヒーやお茶で薬を飲み込む。この手段で今日も父には薬の事はバレずに済んだ。いつまでバレずに済むかしら。。

2002年05月03日(金)



  両親の住む島へ

寝ると起きられなくなってしまいそうだったので、寝ないで両親の元へと行く事にした。気分は並だけど、寝ていないせいか頭痛がする。

朝8時半に家を出て、バス、電車、船を乗り継ぎ、12時半過ぎに両親の住む島へと到着した。父が港まで迎えに来てくれていた。

3ヶ月半ほど前に会った時より、父の白髪が増えた気がする。
いつも早朝に起き出して、一人でしゃべり始める母のおかげで睡眠不足も続いているようで、精神面だけではなく身体的にもかなり疲れている様子だ。

今日はちょうど週2回の母のデイサービスの日だったので、父と二人で港近くの食堂で昼食を取ってから両親の暮らす家へと向かった。

父は1時間ほど仮眠を取ったあと、島内の病院の一角にあるセンターへ母を迎えに行った。

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半年ぶりに会う母。

今までは自分の娘だという事はわからなくても、私の顔を見ると嬉しそうな顔はしてくれていた。でも今日の母は…。私の存在自体が目に入っていないかのような反応。無反応だった。

母がずっと大切にしていた、幼稚園時代の弟がプレゼントしたブローチも見せてみたけど、こちらも無反応。母の幸福な記憶は本当に全て消えてしまったんだろうか…。

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夜、父が近所の集まりへとでかけて行ったので、今日は私が薬を飲んでいる事はバレないで済んだ。両親が寝たあとの部屋で、この日記を書いています。


2002年05月02日(木)



  明日から留守にします。

体調、気分、共に並。歯がちょっと痛むけど。
今日もアレは来なかった…。

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明日から両親の所へ行く事にした。

体と心の両方の具合をみながら決めるので、いつも決めるのは直前になる。

朝のうちに、船の予約の電話を入れる。
ゴールデンウィークのこの時期に、前日になってから予約を入れるというのは賭けみたいなもんだ。以前、夏の終わりの時期に当日(笑)に電話をしたら、キャンセル待ちしかなかった。その時はそれでも行って、結局乗船できたんだけど。

今日は、無事フツーに予約が取れた。
父に「明日行くから」と電話をする。

船。
そう、船に乗らなければ行けない所に両親は住んでいるのです。
母が生まれ育った島。
海に囲まれ、あちこちに花が咲き乱れる、美しい島です。

一週間ほど、そこへ行ってきます。
父もPCを持っていますが、ネットにはあまり繋げそうにないので、日記の更新もあまりできないと思います。

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薬、飲まない訳にはいかないので、絶対に父にみつかるなあ…。
胃薬とか言っとけば信じてくれるかしら。

数日前の日記に書いた、幼稚園時代の弟が作ったカメのブローチ。あれ、母の日が近いので持って行く事にしました。

2002年05月01日(水)
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