冒険記録日誌
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2021年09月28日(火) 失物之城 ピレネーの魔城・異聞(フーゴ・ハル/アトリエサード)

 グレイルクエスト(ドラゴンファンタジー)シリーズの挿絵画家であり、別名義でいくつかのゲームブックを(現在でも)執筆されているフーゴハル氏の最新作です。もっともこれは小説で、ゲームブックではありません。
 ナイトランド・クォータリーという幻想ホラー小説を扱った雑誌というか、ムック本に掲載されている短編でして、さらに訳者は、はみだしゲームなど数々のゲームブックを執筆されていた奥谷道草氏となっていました。豪華な組み合わせですな。はっはっはっ。

 この「失物之城 ピレネーの魔城・異聞」は、「アーレア」と呼ばれる謎の空中に浮かぶ都市を舞台にした、ある男の手記による不思議な体験談です。
 最初は、アーレアは何かという解説から始まります。ベースとなっているのは、画家マグリットの代表作の一つである、ピレネーの城(どんな絵かわからない人は検索してみよう)ですが、この作品の中では、「マグリットの絵によって誤解が広がったが、実際は四角い形状をした空中城塞」と説明されています。
 きわめてゆっくりと移動する秘密に包まれた都市には人間が住んでおり、地上の人間は高い塔に引っかき棒を備え、この空中都市が接近するときを見計らって交易をするのだとか。おなじくフーゴハル氏の執筆した、膨大なイラスト付きの3D迷路というゲームブックの奇書「魔城の迷宮」(二見書房)に登場した、ハーマン・オクトーネの手記もここでチラリと登場します。
 そして、このお話しのメインとなるオッカムのワーダという男の手記が紹介されます。彼自身、晩年には天に向かって消え失せたという伝説を持っているそうです。
 彼はギターンという楽器を手に唄を歌っていると、アーレアから招待を受けて、この城を見物させてもらうことになります。彼の手記によると、この空中城塞の内部は立体迷路になっていて、案内人がいないと迷ってしまう不思議な構造をしています。
 しかし、この都市の最大の不思議はそんなものじゃなく、重力が3種類存在することです。すなわち、地上の人と同じく、地面に向かって立っている人間がいると思えば、天に向かって立つ、つまり天井を歩いている人がいます。さらに北に向かって重力が働いて、壁に垂直に座っている人も同時にいるのです。小説では淡々と紹介していますが、映像で想像すると凄い光景です。重力はあるポイントに行くと切り替わって、その人にとっての重力が変わる仕組みだそうです。
 昔、読んだ短編小説に2次元と3次元の人間や物質が共存していて、エッシャーのだまし絵みたいな街並みをした世界に住む、ある男のちょっと素敵な恋の一日、みたいな不思議な読後感のあるものがあって、それを久しぶりに思い出しました。
 ワーダと都市の人間との交流など具体的な物語の部分は、ここでは触れません。この短編が収録されているナイトランド・クォータリーはNo.21ですので、興味がある方は参考にどうぞ。
 なお、この小説はワーダが天に向いた重力の状態なら本を逆さまに、北に向いた重力なら本を横にして読むような趣向になっていて、フーゴハル氏の遊び心が感じられます。

 興味深いのは、この小説の作者後書きで、このアーレアは、先ほど触れたゲームブック「魔城の迷宮」の幻の続編「ピレネーの魔城」として、考えられていた舞台だそうです。
 昔、マーリンの呼び声というサイトの掲示板にも、フーゴハル氏が似たような趣旨の書き込みをしていましたが、今回は小説という形で部分ながら触れたような形になったわけです。
 これが実現していたら、複雑で怪奇極まりない超難関迷宮になっていたことでしょう。さらには、その迷宮に全部イラストをつけるとか、気が遠くなりそうな作業ですが、フーゴハル氏ならやってのけるのでしょう。フーゴハル氏は、今でも執筆を諦めたわけではなく、書籍化しようとする勇気ある出版社の登場を待っているそうです。実現するといいな、と思いつつ、現役ゲームブック作家としてのフーゴハル氏が健在であることを嬉しく思いました。


山口プリン |HomePage

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