冒険記録日誌
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2016年05月22日(日) 真夜中をさまようゲームブック(津村 記久子/美術出版社)

 「真夜中をさまようゲームブック」とは、2015年10月号の美術手帖という雑誌に、唐突に掲載されていた短編ゲームブックです。
 ゲームブック目当てに雑誌を買うのは、クロスワードランド(以前フーゴハルが“はみだしゲーム”というゲームブックを連載していた)以来ですよ。パズル雑誌ならわかるのですが、美術雑誌とゲームブックは、どうにもつながりませんね。
 ちなみにこの号は春画特集だそうで、ゲームブックも春画の描き手が主人公の時代劇風のものか、はたまた一枚の幻の春画をめぐるビブリオマニアの争奪戦ストーリーか?
 そういったいろいろな妄想を描きたてられ、興味深々でこのバックナンバーを買ってみましたが、結論から言うと短編(62パラグラフ)ゲームブックながら密度が濃くて面白かったです。春画特集の方も面白かったしなかなかお買い得でした。

 さてこのゲームブックのストーリーは、職場の飲み会を終えて家に帰った主人公(サラリーマンかOL)が、家の鍵をどこかに落としたのに気づいてどうしよう?と悩むところから始まります。春画と全然関係ない。(汗)
 家族は運悪く旅行中。時刻は終電も終わった深夜。住宅街なので近くにホテルはなし。財布は残り3千円。
 基本的に自宅周辺をあてもなく歩くのですが、迷路やパズルの要素はなく、コンビニ、ファミレス、漫画喫茶、公園などいくつかの地点の移動を繰り返しているうちに時間が経過していく構造になっています。
 この町の治安は悪いようで、複数の不審者と、取り締まりの警官がウロウロしていまして、不審者にあっさりナイフで刺されたり、警官に冤罪で捕まったりと結構ゲームオーバーを繰り返しました。ただしクリアまで遊ぶと、一見バラバラに起きているトラブルが、それぞれ関連しあった事件になっていたのが、わかるのが良いですね。
 問題点は、ゲームブックだから許されるのかもしれないけど、小説的にはちょっと無理がある展開があります。全体的には整合性がとれている内容だけに、特にゲルググのフィギュア絡みの部分にはそう感じます。まあ、そうしないと漫画喫茶で無事一晩過ごして、お話しが終了になっちゃうから仕方なかったのかもしれませんが。
 特筆すべきは、文章のうまさです。客観的な文章でたんたんとした書き方なのに、ユーモアも漂っているという絶妙さ。
 私のお気に入りをあげてみると、例えば停車している車に乗っていた怪しい人と話すシーン。

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 「こんばんは」と後部座席の異性は、窓を開けて君に話しかけてくる。君好み、と評すると、君が特殊な嗜好であった場合に不適切なので、この場合は、社会一般的に非常に魅力的な異性であるとする。全体の調和が、平均よりだいぶ高いレベルで保たれたタイプの容姿の異性だ。ちなみに、現在君が非常な興味を持って日々目で追っている、会社の岩尾さんとは似ても似つかない。
 異性のやや翳りのある目付きは、動いていないのにうなずいているように見える。実際、君に対してもなんらかの了解を発信している。なんらかの。
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 作者の津村記久子さんは芥川賞を始め数々の賞を受賞している方だそうです。江戸川乱歩賞を受賞した鳥井架南子さんの悪夢シリーズも文章がうまいのが印象的でしたが、これで「実力派の作家はゲームブックも良作を作れる」説にまた一つ実証ができた気分です。

 美術手帖読者は、ゲームブックに無縁と思われる方々が多いと思うのですが、ルールはわずかなフラグチェックと、乱数(ページを無作為に開いてページ数の十の位が偶数か奇数かで分岐)による分岐が数箇所あるだけなので、とっつきは良いと思います。
 完成度も高く、ゲームブック初体験者にはうってつけの作品ですので、これで楽しめない人は、おそらくゲームブックそのものが合わない方と思うので仕方ないという感じです。津村さんの短編集にこれが収録されたら迷わず買うし、是非また新しいゲームブックを書いてほしいです。それにしてもなにがキッカケで美術手帖にゲームブックを書くことになったのか知りたいなー。


山口プリン |HomePage

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