冒険記録日誌
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2005年06月25日(土) ゲームブックの思い出 (ブーム最盛期編)

 ゲームブックブーム最盛期の頃、私は「ネバーランドのリンゴ」から当時最新刊だった「スーパーブラックオニキス」まで、すっかり創元推理文庫のシリーズにはまってしまっていた。どの作品も物語の雰囲気がいいし、なによりゲーム性が素晴らしい。
 そのころ創元推理文庫作品にはさまっていた小冊子「アドベンチャラーズイン」は、他の熱心なゲームブックファンの存在を感じ取れる貴重な情報源だった。この冊子の全バックナンバーが欲しくて、買いもしないゲームブックからまだ持っていない「アドベンチャラーズイン」を何枚も抜きだして、一冊のゲームブックの中に無理矢理全部挟んでからドキドキしながらレジに向かった想い出がある。(笑)

 当時の私が求めていた作品は、理不尽なゲームオーバーの少ない双方向システムのもの、買い物ができる要素があれば尚良しというものだった。
 今から思えば私は、やはりTVゲームのRPG的な楽しさをゲームブックに求めていたのだろう。それに当時は機能の限られたファミコンのゲームより、ゲームブックの方が表現力において豊かだったと思う。値段は安いし、TVを占領して親にうるさく言われる心配がないのも大きなポイントだった。
 双葉文庫のゲームブックもTVゲームの代用品として遊んでいたように思う。「ドラゴンクエスト」や「ポートピア連続殺人事件」なんかはまさにそのつもりで購入した記憶がある。
 もっとも「ゼルダの伝説」や「未来神話ジャーヴァス 」、「ミシシッピー殺人事件」あたりは原作を知らずとも購入して楽しく遊んでいた。原作の周辺グッズにすぎないというほど、双葉のゲームブックが貧弱なものとは思っていない。つまらない作品はなかった。というより、貴重なお小遣いを無駄にする気はなかったので、本屋で慎重に吟味してそうゆう感じの作品は避けたのだ。

 逆に買うたびにガッカリさせられたのはファイティングファンタジーシリーズだった。
 ほとんどの作品は何度か挑戦をして死んで覚えることを前提とするゲーム性になっていてそれが嫌になってくるのだ。おまけに正解ルート以外はクリア不可能な展開も気に入らなかった。ゲームブックは読者が主人公ではなかったのか、これでは作者が考えているルートを捜す作業ではないかと。
 それでも表紙カバーといい、魅力的なモンスターといい、雰囲気を出している文章といい、冒険をしている感は、ファイティングファンタジーシリーズが一番だった。いつもワクワクしながら購入しては落胆の繰り返し。これでもう少し簡単にクリアできたら最高なんだけどなぁと何度思ったことか。
 それでも「海賊船バンジー号」「フリーウェイの戦士」「ロボットコマンドゥ」など苦労の末にクリアできた作品に対しては特に愛着を深く感じていた。

 これだけゲームブックを好きになると今度はゲームブックを自作してみたいと思うのは自然な話しで、この頃は今から思えば実にしょうもないゲームブックを自作していた。(2003年02月05日の冒険記録日誌を参照のこと)
「アドベンチャラーズイン」で告知していた第二回ゲームブックコンテストに私も応募したかったが、ゲームブックの作り方がわからなくて困っていた。パラグラフ番号をどうやって乱数にするか疑問だったのだ。
 ウォーロックという雑誌の13号にゲームブックの作り方について特集記事があるというので、現金書留の使い方を親に聞きながら、初めて通信販売で取り寄せた覚えがある。残念ながらウォーロック13号は、ゲームブックを作る心構えのようなものしか書いていなかったが、鈴木直人の特別コラムが掲載してあったり、オリジナルゲームブックが掲載してあったり、非常にお徳感を感じた。
 もっともお金がなかったので、ウォーロックは結局それきり買わなかったのだが。


続く


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