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■ on Air
地上数億階。 エレベーターのドアが開いた。エレベーターであって、決してエスカレーターではない。それこそ、どこまで乗っていても果てしない、永久に辿り着かない。天国への階段とでも呼ばれそうだ。 「でも、ドップは歩いて階段で上がるそうですよ」 降りてきた弟子は、ずり落ちそうなメガネをいつものように押さえて、もう一人の弟子について述べた。同時に、思い出さざるをえない。この、もやしの養成栽培、いや養成機関のような“塔”で、唯一冬でも半袖短パンの人間のことを。 「アレは特例だよ」 天国への階段とは比喩ではなく、地上と天を繋ぐ超高速エレベーターが万一故障した時の緊急手段である。そんなものがあったところで、使用できる人間は先ほどのドップぐらいしか思い当たらないが。それより、一か月分の水と食料を備蓄しておくことの方が、よほど意味がある。 今日も階下には白い雲が広がっている。その下は何も見えない。 一度ここに上がれば、一週間は下りることはないから、この下には本当に世界があったのか、時々忘れそうになる。 始末の悪いことに、忘れたところで何の不都合もない。 「先生、そろそろ朝礼の時間です」 今日から一週間勤務する弟子は、几帳面に腕時計を見た。塔の中で時間が必要な時なんて、会議の時ぐらいだ。 弟子はまだ若い。 自ら志願してここに来るにはあまりにも、大事なものがありすぎる。今からでも遅くはないから、下で普通に暮らした方がいい。そう忠言したこともあったっけ。 自分の師であった人物は、塔そのものと言っていいほどだった。晩年は人であることを忘れていたのだろう。雲の下に、同じ人間が暮らしていることも、あの人はわかっていなかった。だからここが性に合ったのだ。 「いや、今日有給なんだ」 「じゃあ、どうして……」 メガネを押さえながら、同時に反対の手で口を押さえた。言ってはいけないことに気づくようなら、まだ君は人だ。 「気にしなくていい。ボクはここが好きなだけだよ」 大きな窓の外には、スクリーンに映し出されたような真っ青な空が広がっていて、白い雲の下にはきっと世界があるはずの、風景が。 「……先生はいつもここにいますね」 「そうだね」 「どうしてですか?」 見晴らしがいいから、という単純な理由は、ここではひどく特異に映る。ここでは誰も外なんか見ないから。見たところで、毎日変わり映えがない。弟子も、来たばかりの頃は空の美しさに見とれた。が、直に飽きた。 故郷があるはずの方角すら、正しいのかどうか怪しく思えてくるらしい。 その気持ちはわかる。 きっといる、きっとある。 そんな希望も霞んでしまう、遠くて遥かな場所だから。
雲の下にいるはずの君を、思っている。 地ベタを這い回って、決して諦めずに、自分の生を全うしている、かつて会ったことのある君を。
2009年02月07日(土)
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