風紋

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2004年11月13日(土) 眼・新聞記事・ひとりであってひとりでなくてひとりで

私は、比喩的にいうならば「眼」である必要がある時があるのかな、と思うことがある。別に「見る」に特化するのでなく,聴くこと,匂いを嗅ぐこと,肌で感じること,全身を使って、今、私のいる場に佇むこと。そして私なりに、わかること。

ただ、私は少し欲張りであるようで、「眼」でありながら、「話をしたい、話を聞いてほしい、伝えたい」と思う。だから、こうやってWeb上に日記を書いている、というところもある(Web上に日記を書いている理由はそれだけではないけれど)。少し欲張り。

そんな私の、見たものの全てはここに書けないけれど、見たものの、一部。


朝日新聞「天声人語」2004年11月10日。
こちら。ただし、時間が経つとリンク切れになると思われる)
「墓場は、忘れられない人と忘れられた人を抱いて、時を重ねている。」と書かれている。どきり、としながら読み進むと、「忘れられるどころか、触られたりこすられたりして光を放つ墓が、パリのペールラシェーズ墓地にあるという。」と続く。以下、いろいろな墓の説明があった後、「墓地そのものが、歴史を刻む墓碑になっている。」と、文章は閉じられていた。

忘れられないという想いを抱いて、忘れないために建てるのがお墓だと私は思っていた。それはその通りなのだが、そのようにして建てられた「お墓」もまた、未来の見知らぬ人の想いを受けて変化するのだという視点は、私自身にとっては、初めて持つものだった。その「未来の見知らぬ人の想い」はいろいろで、それに触れる、触れない、そういうことを積み重ねて墓碑はそこにあるのか、と。

それは、いわゆる「希望」へとつながるものではないかもしれない。崩れたりということもあるかもしれない。それもまた、「歴史」であるのか、と思い、心にとめておこうと思った。


神戸新聞「正平調」1999年1月17日
こちら

「「いま、阪神・淡路大震災に遭った街はどうなっている?こちらじゃ、もう話題にもならないけど」。四度目の一月十七日を前に、そんな便りを、東京の人からもらう。」という文章から始まる。これは、今からおよそ5年10ヶ月前の記事である。「4度目の1月17日」であってさえ、こうであったのかと思う。しかし、私自身が、もっと考えねばならないことは、つい最近まで、このようなことにも心をとめずに生きてきた私自身のあり方だ。

ずれ、温度差、ということを考える。「ずれ」があると実感して、打ちのめされて、どうしようもなく落ち込む。でもそこから、何かうまれないかと思うのは、私はあまりにも希望的に過ぎるだろうか。

つい最近になって、毎月17日は月命日なのだと私は思うようになった。ある意味で忘れられない日付であるとも思うようになった。特に17日だけではないだろうということにも思いを馳せる。11日も月命日、1日も月命日、12日も月命日、…まだまだあるだろうと思う。

「月命日」という表現に抵抗がある方もいらっしゃるかもしれない。私自身も迷いながらこの言葉を用いている。

私もまた、私の月命日を持つ者である。それが、何になるのか、だからと言って何なのか、よくわからないけれど、今はひたすらに、心を寄せようとして、できずにいる。


神戸新聞「正平調」2003年1月25日
こちら

「人は「痛み」を通じてこそ、本当にやさしくなれる。」という、こちらもどきりとする文章から始まる。内容は、画家である中島潔氏についてである。私は、小学生の時から中島潔氏の絵が大好きで(きっかけは、児童文学の絵を描いていたのが中島潔氏であったということ→「十二歳の合い言葉」(こちら)からはじまる、薫くみこ氏著の「十二歳シリーズ」の絵を描かれた)、今も時折展覧会を見に行ったり、画集を買ったり、手帳にイラストを入れたりしているのだけれど、このようなことに思いが至るようになったのは、ごく最近のことだ。

だから、やさしく見えたのか、と思う。

中島潔氏は絵を描いている。私はどのように旅に出ようか。


神戸新聞「正平調」2004年10月30日より。
こちら

これは、私からは「このような記事があったのだ」という記述にとどめたい。

そして、新潟日報。こちら

一方で、兵庫県でも、台風23号の被害はまだ終わっていない。そしてもちろん、阪神・淡路大震災も終わってはいない。


と、いうことと、ゆきさんの記述された「羊飼いの唄だった」(諦念ブシガンガ)の2004年11月9日(こちら)、11月11日の記述(こちら)、そして、まさひこさんの「胡桃の中の世界」の2004年11月12日の記述(今はこちらかな)を、なんとなく結びつけながら、考えていた。

まさひこさんの「ふとすれ違う言葉や詩に、あ、この孤独感は僕のものでもあるのだな。とか、この人とは同じ孤独感を共有しているのだなとか思ったりはする。」という記述に、はたと気付かされた。まったく同じということはあり得ないのかもしれない(あり得ないと私は思う)のだけれど、「少し似ているかもしれない」「そういえば、わかる」という部分が少しでもあることで、少しあたたかい気持ちになることがある。

先ほど、私は、いくつかの新聞記事について書いた。その新聞記事がどうあれ、今日挙げた新聞記事(の、他にも実はもっとたくさんあるのだけれど)に、「私は、ひとりなのだけれど、ひとりではないのだ」という気持ちになったということを記しておく。その気持ちが何になるのか、今の私にはわからない。わからないのだけれど、こうして、公開の場に書きたくなった。

ひとりではあるのだけれど、そのように、ひとりである人は、ひとりならずたくさんいるということ、かもしれない。


予定していたよりもたくさん書いてしまったように思う。

私なりに納得のいく「眼」であるために、体調をよりよい状態に保ちたいと思う。よく食べて(かつ、栄養のバランスに気をつけて)、よく休む。

最近、どうにもこうにも体調がいまひとつ良くなくて、苦しくてつらい。悔しいという気持ちも少しある。

この私の苦しさやつらさは、私が何とかするしかないのだけれど、ずいぶんたくさんの人に見守っていただいていると思う(実生活でも、Web上でも)。


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浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)