風紋 もくじ / この前 / この後
夕方から練習に行く。本番まであと2週間なので、人が揃ってきて、いろいろなメロディーの重なりを感じられるようになる。音の洪水の中に居るだけで心地よいと思う。 この先に、少し書きかけていたのだけれど、書ききるだけのパワーがないので、止める。書けそうになったら、また書くかもしれない。ずっと書けないかもしれない。それもそれで、そういうこともあるのかもしれない。きちんと日記にして書けなくても、自分の中には存在したものだということで。書かなければ忘れていくかもしれないし、忘れないかもしれないけれど。 なんだか、いろいろごめんなさい。 (追記…4月13日。この時に書こうと思って書けなかったこと) 先週、22歳の女性が自転車に乗った女性に突然刃物で刺されて亡くなったというニュースを見た。朝のワイドショーで(いつのどこの番組かは忘れたけれど)、そのニュースが取り上げられていたのを見た。ちょうど葬儀の風景だったので、少し見ているのはつらかったのだけれど。 その番組の中で、友人だったという女性が、「えっちゃんと、これからのこととか、もっといっぱい話したかった」ということを言っていて、あぁ…と思った。私もそう思ったことがあったということを思い出した。私とおんなじだと思った。もっといっぱい、これからのこととか話したいと思っていたし、話せると思っていた。これから一緒に、いろいろなものを見たかったし、いろいろなことを知りたかったし、いろいろなことを話し合いたかったと思った。彼女が亡くなったと知った時、もうそれは不可能なのだと思い知って、なぜそう思った時にそうしなかったのかと悔やんだ。 あれから、数年の月日が流れた。彼女の他にも私にはたくさん友人がいて、いろいろ話したり遊んだり笑ったりする。けれど、時々ふっと、“これで会うのが最後となったとしても後悔のないような会い方ができているだろうか”と思うと、反省せざるを得ない。そういう会い方をしなければならないのだろうと思う。というか、したい。そんなことは考えたくもないというのも気持ちの中にあるけれど。
もくじ / この前 / この後 |