風紋

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2002年09月17日(火) 全自動洗濯機と格闘 / 困ったことやまずいこと

昼過ぎに起きる。1日が短い。


新しい全自動洗濯機と格闘。今まで二槽式洗濯機を使っていたので、使い方がわからない。いつどれだけ洗剤を入れるのか、いつ水が入るのか、全然把握していない(←莫迦?)。説明書を読んでも「洗剤パワーチェンジャー」とか「浸透イオン洗浄」とかいう専門用語が出てきた時点で、降参。

今回、いくつか家具・家電製品を買い換えたのだが、最近のものは便利になっているなぁと思う。最も衝撃的だったのが洗濯機とお風呂(お風呂は家具でも家電製品でもないか)。両方に共通しているのが「つきっきりになっていなくても出来ている」ということで、洗濯機も洗濯物を入れて放っておけば洗濯をはじめたことを忘れていても脱水までしてくれるし、お風呂もスイッチを入れて放っておけばお風呂をしかけたことを忘れていても所定の水位と温度で沸きあがる。こういう風にして、いくつかの仕事を同時に進めることを可能にしてくれる道具が増えてきているのかなと思った。洗濯をしながら掃除をするとか。

食器洗い乾燥機はまだ使いこなせません。多分、当分使わない。


14日の日記の付け加え。

「その時その状況になってみて初めてわかる」ことはきっとたくさんあって、その中には困ったこととかまずいこともあるだろうけれど、それは必ずしも永遠に困ったことのままであるとは限らないかもしれない、とは一概には言い切れないとは思うけれど、そういうことがあることもある、のかもしれない。

家具の配置の話で引っ張るが、家具の配置を、どれだけ綿密に考えても、後で“これは不便だったかも”というところが1つや2つは出て来るんだろうけれど、それは何とかできるかもしれないし、何とかすることができなかったとしても(こんなところに柱がなければいいのに、とかいうのは何ともならないだろう)、そのうちその状態に慣れるかもしれないし(慣れることが必ずしもいいこととも限らないけれど)、実はその配置に思いもかけない利点を見出したりするかもしれない。

「困った」とか「まずい」とかとして下された評価そのものが主観的なものというか気の持ち方しだいのもので、ちょっとしたことで変化しやすいとも言えるけれど。

と、食卓と流しの位置が、以前と比べて何となく遠すぎるように思われる台所を眺めながら考えた。今はちょっと困っているし、不便だけれど、そのうち困らなくなってくるのかなとか。

家具の配置と、食卓と流しの位置を見ながら思ったことなので、家具の配置と、食卓と流しの配置以外のことに関しては適用できない考え方かもしれないけれど。

いずれにしても、何が起きても不思議じゃないというくらいのつもりで、どんと構えていたいなぁ、と思う。私は些細なことであたふたしたり、困ったり、挙句の果てには「何か起きる」のが不安で新しい状況自体を避けたりすることが多いから、余計にそう思う。こんなのではだめだ、とは思うのだけれど。


なんだか今日は何もしないうちに1日が終わってしまった。本当に今日1日何をしていたのだろう(←洗濯だってば)。実は火曜日だった今日。

明日は久しぶりに大学。あ、金曜日にも行っているから久しぶりでもないか。でも、ここ数日は日常から離れたような日々だったので、大学に行くと一気に日常というか現実に引き戻されそうな気がする。自分の家にいて「日常から離れた日々」というのも変な話だが、実際、まだ自分の家に住んでいるような気がしない。でも、そろそろ自分のするべきことを思い出そうと思う。来週は学会(もう来週か…)。あと10月に向けての準備と。

CD屋さんにも寄ってこよう。


備忘録:
・今日、なくて不便だったもの→フライパンの蓋
・学会(のうちの1つ)のプログラムと論文集が届いた。頭から水をかけられた気分。

追記:
これは絶対朝起きられないという気がしてきた。その割に何もしていない(片付けばかりしていた)。まずいってば。

追い詰められるまで焦らないけれど、一旦焦ると気が動転して何も手につかなくなるのは私の悪い癖。(2002/09/18 5:00)


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浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)