良い子 ワルい子 かわいい子
〜〜ぱるたの子育て日記〜〜



← BACK NEXT →   初日から日付順に読む  最新  目次と登場人物紹介  BBS

■…2004年11月14日(日).......七五三
今年は、ぷみぷみ7歳、ノイノイ3歳で、二人一緒に御祝いできる七五三。
当初は、土曜日にお参りに行って、日曜日にのんびり近場で着物を着せて記念撮影をしようという計画だったのだが、何とノイノイおたふくかぜ発症!

がしかし。

おたふくでほっぺたが痛かったのは木曜の夜と金曜日少しだけ。土曜日も朝一度だけ痛いと言ったけど、あとはケロリとしている。熱もずっと下がってしまっている。さすがに、土曜日はお参りを延期し様子を見ていたのだが、あんまり元気なので、これは行ける!と判断した私たち。日曜日の早朝、お参りを済ませ、自宅付近に戻って11時に予約を入れた着付け、2時に予約を入れた記念撮影を済ませる、という具合に、二日に分けていた行程を一日に凝縮する計画に変更!

そして、迎えた今朝。当初、ぷみぷみ、ノイノイ、私たち親二人の4人で行くつもりだったが、ユイマも一緒に行きたいというので、5人で出発。朝8時15分家を出て、バスで駅に出て、そのまま西武線で順調に池袋へ到着。タクシーで雑司ヶ谷の鬼子母神に直行。あっという間に到着した。
朝早いお寺は気持ちがいい。竹箒で落ち葉を掃く人などもいて、すがすがしい雰囲気だ。
そんな中、多分今日の最初の七五三祝祷だろう。二人の成長健康祈願をしていただいた。

鬼子母神は日蓮宗らしくにぎやかなお経。火打ち石を子供らの頭の上でかちかちやると、火花が散ったりして、びっくり。ぷみぷみもノイノイも最初こそ神妙にしていたが、途中から少し飽きたのかそれともやっぱり怖くなったのか、ノイノイはお父さんの膝の上に乗ってしまった。お堂の中は薄暗く、物静かなのだが、それとは対照的にお坊さんの声は大きくて、響く響く。さて、祝祷が終わると、お札と千歳飴をいただいた。お堂の前で記念撮影などして、今度は次のイベント、着付け&記念撮影に向けGO!

だけど、思ったより時間的余裕があったので、池袋西武のルノートルでお茶。ここは開店前から開いているので助かった。何しろルノートルについた時点でまだ10時にもなってなかったのだ。子供ら3人はソフトクリームにぱくつく。

自宅近くに戻り、行きつけの美容室に紹介してもらった別の美容室へ。昨日のうちに着物や小物は預けてあったので、手ぶらで向かう。11時の約束だったが15分早く到着。
早速ぷみぷみが髪を結ってもらい、先に着付けに入る。ノイノイは、初めての場所で少し緊張したのか、上着を脱ぐのもいやがったが、美容室のスタッフの方々も慣れたもので、ムリに上着を脱がせるようなことはしない。そのままで髪の毛を結ってくれる。だいぶノイノイの顔にも笑顔が戻り、コトバも出るようになったころ、着付けに入る。すっかりその気になって着付けてもらい(何しろ、ぷみぷみが先に仕上がったのを見ているから。自分も!と思ったんだろうな。)とっても可愛らしく仕上がった。ぷみぷみは、キレイ。ノイノイは、かわいい。
予定より1時間も早くできあがってしまったので、写真館の時間も少し早めてもらうことにした。

写真館では、ぷみぷみが、とっても良い顔で何枚も何枚も撮ってもらう。カメラ目線であんなに良い表情ができるなんて、我が子じゃないみたい。どこぞのアイドル予備軍ですか?それとも、子供モデルですか?っていうくらい、決まってる。びっくり〜〜
写真館は、お友達のお母さん方に教えてもらった評判の良い写真館だったせいもあって、子供をリラックスさせるのがとても上手。でもその写真屋さんもびっくりするほど、ぷみぷみは撮られ方が上手だった。
それを見ていたノイノイもやっぱりやる気満々でカメラの前に立つ。だが、いいお顔をすると、なぜか身体が右に傾いたりして。でも、それもまたかわいい。
二人一緒の写真も数枚撮ってもらい、最後は家族6人全員の記念撮影をした。
ジュンコの時はたったの3人だったのにね、何でこんなに沢山になっちゃったんだろうねーなんて言いながら。

無事に終わってみると何だか夢のような一日だった。

備忘録として、かかった費用一覧

衣装代 ぷみぷみ 15750円(小物だけ借りたかったけど、この時期は無くて着物一式ということで)
    ノイノイ  9450円

着付け ぷみぷみ 15000円
    ノイノイ  5000円

祝祷料 二人で  10000円

写真代 不明   1枚あたり12000円くらいなので多分5〜6万円というところ。




■…2004年11月11日(木).......大荒れぷみぷみ
最近少し私の方に余裕が無くなってきていて、子供らの明日の支度などに手が回らない。今朝、ぷみぷみがいつもより少し遅く起きてきて、今日の支度全然してない〜〜と言う。半分寝ぼけているからとっても不機嫌そうな声。
ああ、昨夜声かけを忘れた・・・。
じゃ、朝ご飯食べたらやりましょう、と元気づけ、とにかく朝ご飯をせき立てるように食べさせる。
私は弁当詰めたり洗濯物を取り出したり、と忙しく立ち働いているうち、何だかリビングが騒がしい。どうしたの、と聞くと、ぷみぷみが今日の支度を始めたところで、やっていもいない音読カードに○をして判子を捺したのを、ジュンコとユイマが二人してとがめているのだった。

「なに?やってもいないのに、判子なんて捺してんの!?なにそれ〜〜!?」byジュンコ
「ぷみぷみちゃん、いけないんだ。騙してるよ。ウソついてるよ。」byユイマ
「ちょっとちょっと、今、詐欺にあったよ。判子ちょうだい、って言うから渡してやったら、やってもいないのにやったことにして捺してるよ!」と私に言いつけるジュンコ。

追いつめられたぷみぷみは、泣き出した。

だって、だって、もうできない〜〜宿題忘れるのやだ〜〜でもできない〜〜

私が、じゃ、今やりましょう。さ、教科書だして!と声をかけるも、気持ちがすっかりあっちの方に行っちゃったぷみぷみ、全然聞かない。パニック状態突入〜〜

やだやだ。学校いぎだぐない〜〜。宿題やっでない〜〜忘れ物ずるのやだ〜〜〜いがない、いがない、いがない〜〜〜!学校いがない〜〜!!あぁあぁおぉおぉ(号泣)
そして2階に走り去るぷみぷみ。

2階まで追いかけて、赤ちゃんよろしく服を着替えさせ、ランドセル背負わせて、玄関に連れて行き、とにかく行きなさい!忘れることもある。今までだって忘れていったことがあるでしょう。でも、やってもいないのに、やったことにするのはいけない。だから今日は忘れていきなさい。先生に聞かれたら、やれませんでした。忘れましたって本当のこと言いなさい!と言い聞かせる。

でもダメ。何を言っても「やだぁぁぁあぁあぁおぉおぉ」

仕方がないから私も外に出てぷみぷみを自転車に乗せて、学校まで連れて行った。自転車の後ろで、今度は、「泣いた顔で学校いげない〜〜」などと言ってる。自分の顔の心配なんかして、アタシの遅刻を心配してくれよ!
大丈夫、ちり紙出して鼻をふきなさい!!叫びながら自転車を走らせる。

校門のところで自転車から降ろすと、まだ、ヤダヤダ学校いぎだぐない〜〜とごねているが最初の頃よりトーンダウンしている。構わず、手を引いて更に下駄箱のところまで突き進む。さ、もう行けるよね、行きなさい。と言うと、やっと、観念したか、手を振って上履きを履き替えに入っていった。

ああああ。朝から疲れた〜〜〜!!!!

家に帰ると今度はノイノイだ。「おかあさんがノイノイちゃんのことおいてきぼりにした〜〜」と泣きながら出てきた。ジュンコがノイノイが外に出ないよう鍵をかけたらしいが、それも気に入らなかったらしい。

ぷみぷみの次はノイノイかよ〜〜。

でもノイノイはまだいい。目に付いた朝ご飯の残りのパン切れを「食べる」と言い出してむしゃむしゃやって、「牛乳、飲む」と言ってごくごく牛乳を飲めば、機嫌も直って保育園に行ってくれるから。

だが、私は更に出社が遅れてしまった(涙)




■…2004年11月07日(日).......七五三準備&誕生日
今年は、ぷみぷみが7才、ノイノイが3才なので、二人一緒に七五三のお祝いをすることにした。

ジュンコのときは、3才時はワンピースを着せて済ませ、7才の時は、親戚から借りた着物を着せたんだった。そのころはまだお出かけのときなどに私が着物を着たりしていたので、(今はさっぱり!)ジュンコは着物に対する憧れだけはあり、自分も着物を着ることになってもう有頂天。着物の自分にものすご〜〜〜く期待していたのだな。
実家の私の母に着付けてもらい、タクシーで雑司ヶ谷の鬼子母神へ。
そのときのタクシーの運転手さんも忘れられない。
このじいさん、車から降りたら歩けないんじゃないかっていうくらい年を取ってるんだが、生まれてこの方、そしてその後も、あんな運転にはお目にかかったことがないくらい、エレガントな運転だったのだ。なにしろ、ブレーキがかかって止まるまでがあまりにもなめらか。いつ止まったかわからない。そして、スタートするときもあまりに静かにスタートするので、いつ動き出したか分からないのだ。
かなり渋滞していたから、止まったり進んだりをくりかえしながら行ったのだけど、あの稀にみる運転の滑らかさに、だれも車酔いしなかったのだ。
そして、到着した鬼子母神で、祈祷してもらって、池袋西武の写真館で写真を撮った。

がしかし。ジュンコが憧れて憧れて仕方の無かった着物は、とーっても窮屈で、草履は足が痛くて歩けない、何ともとんでもない代物だった。もういやだ〜〜〜!!とすかっり不機嫌に。いつも思っていることと、現実とが異なるジュンコ。またしても期待を破られ、半泣きでした。あのとき、靴だけでも持っていってやれば、苦痛は半減したんだろうに。親もまだ未熟&自分の方に一生懸命すぎました(私も着物着て気張っていたので(笑))。

12年たってもこの記憶が鮮明なので、ぷみぷみとノイノイ、二人に着物着せて、池袋の鬼子母神まで連れて行くっていうのは、とってもリスキーだよね、とnoripと話す。そこで、土曜日に平服(って言っても少しはお洒落させるつもりだが)でお参りをすませ、日曜日に、衣装をつけて近場で記念撮影をしよう、という計画を立てた。

そこで、本日、ぷみぷみとノイノイの七五三の衣装を借りに、吉祥寺の大石衣装店へ。本当はもっと早く行きたかったけれど、だいぶ力の抜けた(いい加減になった)私たち。残り物には福がある、とばかり、ぎりぎりになって借りに行く。確かに、だいぶ衣装は減っていたけど、全然支障なし。

ぷみぷみは、お父さんのお母さんが7才で着た着物をもらってきているので、それに合わせて帯小物を借りようとおもったら、あら、この時期は小物のみの貸し出しは無しとのこと。一番安い着物(15750円!)を着ないけど借りて、帯を手持ちの着物に合わせて決める。

ノイノイの着物は本人に選ばせる。彼女が選んだのは、黄色の着物。お店の人が「それは化繊なんですけど、かわいらしいので良く出ますねぇ」と言う。見ると確かに正絹ではなく、ぱりぱりしている。お値段も1万円いかない。何と親孝行な!!(笑)
ぷみぷみは、淡い色合いの3才着物を手にとって、アタシはこれが良いと思うんだけど、とお姉さんらしくノイノイに当ててみたりしているが、ノイノイはそれはキライらしく、いや!と手を振り払う。意外と好みがはっきりわかれる二人。最初に好きになった黄色で決めた。

無事に衣装も決まり、借りる手はずも整えて、その後、子連れでも行けるヘイチンロウ新館にて遅い昼食。帰宅後、電話にて、写真館と、着付け、髪結いを予約。

夕方、家で一日早いノイノイの誕生祝いをする。もう3才だ。
お母さんからは、ノイノイのリクエスト通り、アンパンマンのご飯茶碗。お兄ちゃんがとっとこハム太郎の自由帳。2つのプレゼントで十分ご機嫌。(彼女はあまり物欲はないのだ。)ケーキに3本ろうそくたてて、さて記念撮影とカメラを構えたとたん、あっという間に吹き消してしまって、撮影できず。気が早すぎます>ノイノイ



■…2004年11月05日(金).......さじ加減、または、見極める
先月、予備校の講師が家にまで電話をしてきたことから ジュンコが2学期(9月以降)になってからほとんど予備校に行っていなかったことが発覚した。

私は浪人したことはないし、まして、芸術を目指したこともない。なかなか苦しい道を選んだものだ、とムスメを思い、私ができることはこれくらい、と毎朝がんばって弁当を用意していた。夜になってカラの弁当箱が戻ってくると、今日も一日浪人生をやっていたのだ、と思っていた。がしかし。

実態は、朝私が作った弁当を持って出かける振りをしていただけで、天気の悪い日は、うだうだ家で過ごすかS駅地下をうろついて時間をつぶす。天気の良い日は、S御苑にて絵を描き弁当を食う。夜のバイトだけは真面目に通う。という生活をしていたのだ(本人が白状したところによると)。

私が怒るのはムリもないだろう。なにしろ、私は生命保険を解約して1年分の予備校費用を捻出した出資者なのだ。それもさんざんジュンコと話し合い、本人に意思確認した上で、予備校に行きたいというからそうしたわけで。

出資者に何の説明もないたぁ、どういうことだ!!(怒)

でもでも。絵を描くのは本人だ。受験をするのは本人であって私じゃない。
のどの渇いた牛を水辺まで連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないのだ。

そう思って、予備校サボリが発覚してから1週間ほど、私はどうすべきか悩んだ。

出資者として、親として、絶対に学校へ行け!と強権発動するのか、本人の「行きたくない。違う方法で絵を描いて受験勉強したい」という意志を尊重すべきなのか。


強制するのはキライだ。

予備校に行け!と私が言ったら、それは強制になるのか。

でも、事態発覚後、おおっぴらに家に居て、だらけ続けているジュンコを見ていると、ジュンコ自身、自分を見失っているようにも感じられた。それを、このまま放って置いて良いのか。もしかして、ただ単に言いたいことも言わず、だらけたジュンコを見ない振りして放任しているだけではないか、と思い至った。そんなの、ムスメに対して無関心でいることと実態は変わらないじゃないか、と。

そこで、私は爆発した。

アンタなめてんじゃないわよ!これ以上サボるのは許さん!!明日から毎朝9時に間に合うように家を出て、定時の4時まで予備校で絵を描きなさい。アンタの仕事は絵を描くことでしょう!大学に入るための勉強をすることでしょう!だから予備校行くって言ったんでしょう?!だからアタシは生命保険取り崩して大金払ったんじゃないの?!自分のやり方でやりたいなんて言っちゃって、ただ昼間寝てるだけじゃないの!!どうしたらいいのかわかりもしないくせに、エラそうなこと言ってんじゃないわよ!家でなんかでだらだらしてんじゃないわよ!だったらちゃんと予備校いけ〜〜〜!!

noripも加勢してくれた。「要はサボリすぎで、予備校の敷居が高くなってるだけなんだろう。だったら、とにかく来週1週間、毎日真面目に行ってみなさい。それからもう一度良く考えなさい。」

週明けの月曜日、珍しく6時に起きて7時過ぎには家を出ていったジュンコ。顔つきも少し明るくなっている。
なんだ、こんなことなら、もっと早く爆弾を落としていれば良かったよ、とぼやくと、norip、「こういうことは、さじ加減、っていうのもあるし、いろいろと見極めてからじゃないと効果がないからね」と言った。

強制になるのはいやだ、でも私の気持ちも伝えたい。その葛藤の時間を持つことにも意味があったのかな。

折しも、ぷみぷみの通信講座にいつもついてくる親向けの読み物に、「学校に行きたくないと言われたら」という特集記事があった。様々な理由で学校に行きたくないと訴える子供への上手なフォローの仕方が述べられているのだが、最後に、「一方、子供が怠けたい気持ちから学校に行きたくないと訴えているようなときには、休ませるべきではありません。そのような場合には「ずる休みはだめ」と、少し厳しい態度で対応して、怠けて学校を休むわけには行かないことを子供に理解させる必要があるでしょう。」と書かれていた。まるでジュンコのことを読んでいるようだ。あいつは小学校1年生レベルか?!

まじめに予備校に行き続けたこの1週間も、明日で終わる(予備校は土曜日も授業があるのだ)。来週からどうするか、もうジュンコは決めただろうか。




■…2004年11月03日(水).......幸せな日常と悲惨な世界とのギャップに
個人的には楽しく幸せな日々を送っているが、世の中では悲惨なことが沢山起きていて、幸せな自分の生活を書き留める気力が起きなかったこの数日。

少し前、新潟では大地震があり、亡くなった方も多く、いまなお、沢山の人が不自由な避難生活を余儀なくされている。母子3人で乗った車が土砂に埋まり、その中から2歳の男の子だけが奇跡的に助かった。そのときのマスコミによる第一報が、「3人生存!」だったために、余計な混乱と悲しみをもたらしてしまった。

10月31日の私の誕生日は個人的にはとても幸せな日だったが、イラクで人質となっていた若者が首を切られて殺され遺棄されているのが発見された。数日前この若者が人質となったときに、この国の為政者の態度は「これほど行くなと国が言っているのに、それを無視してイラク入りしたのはあの馬鹿な青年だ。そんな馬鹿な若者の命一つのために国家が右往左往するなんてことはありえない。そんなことに影響されるのは迷惑だ。」と言う態度が見え見えだった。
私と私の子供たちが住んでいるこの国は徐々に、「無条件に自国民を守る国」ではなく、「国家に逆らわない国民だけを守る国」になりつつある。
国家という存在に、国民を守ること以外に、何の役割があろうか。 私が小さな頭で思うには、そのためだけに国家という組織は存在するのであって、個人としては、その恩恵を受けつつも、そのことが、必要悪にもなりうる・・・それが国家であるという認識だ。もし、国民のために国家があるのではなく、国家のために国民があるのだ、とだれもが公言する国になったとしたら・・・それを阻止すべく、日々生きているつもりだけれど、それでも力が及ばなかったら・・・私はこの国を捨てたくなるだろう。

10月28日に「日本全国の学校で国旗を掲揚し国家を斉唱させることが私の仕事でございます。」とほざいた某東京都教育委員に対し、園遊会の主が「強制になるということでないことが望ましい」と答えた。園遊会の主は、日本に住んでいながら日本国民ではなく、対外的には、例えば国家間での書簡にはその宛名に日本国元首と書かれるような人物だが、政治的な発言は一切禁じられていて、そのくせ、特別とされる血筋ゆえに一部からはあがめられてもいて、その一挙手一投足が世の中(海外含む)に対し独特な影響も与えている。
私は、この人物、というより、この機関の存在そのものに意義を見いだせないものである。
しかし、昭和と呼ばれる時代に同じ立場だった父親のもとに産まれ、先の戦争の始まりから終わり、そして、戦後民主主義を間近に見て育ったこの人物が、東京都教育委員会の昨今の動きを見て、何も感じない訳ではなかったのだとわかって、少しだけ、人間としての彼に共感を覚えた。
が、同時に、私もその人物(機関)の言動に影響を受けていることを少し嫌悪した。

このやりとりを受けて、東京都教育委員会の任命権者でもある都知事は「都教委がやっていることは強制ではない。国が決めたことを公務員として、義務として行うかどうかの問題だ」という更に腹立たしい発言をした。この知事を選挙で選んだのは東京の選挙民だ。私も東京の選挙民で、この知事の当選を阻止することが出来なかった。そのことに、心から絶望を感じる。
東京都がだめなら、埼玉県にでも引っ越すか?冗談でnoripとそんな話をした。なぜなら、東京都教育委員会の影響下にある公立小学校、中学校、高校に、これから進んでいくのは私の子供たちなのだもの。他人の死を願ったりしたら地獄に堕ちそうだが、私は現都知事の一日も早い死(政治的な・・・)を望む。

不幸なことが起きると、自分の幸せな生活を愛おしく思ったり、感謝したくなったりするもののようだが、私は、最近はどうもそんなふうには思えなくなった。私の小さな幸せと、世の中の不穏な動き、大きな不幸、悲惨な現実とのギャップが大きすぎて、つい、不幸なこと、不条理なことから目を背けたくなる。背けたくなる自分をもてあます。そしてそんな自分を嫌いになる。
そんな暗い気持ちのまま、ネットでリンクをたどりながら、関係情報を読んでいるうちに、このサイトにたどり着いた。そこで知ったこの言葉を今日はここに書いて、心に刻むことにする。

愛の対極にあるのは憎しみではない。無関心である。美の対極にあるのは醜さではない。無関心である。知の対極にあるのは無知ではない。それもまた無関心である。平和の対極にあるのは戦争ではない。無関心である。生の対極にあるのは死ではない。無関心、生と死に対する無関心である。



BACK NEXT 初日から日付順 最新 目次と人物紹介 BBS
ご意見ご感想などいただけると喜びます。
BBSでもお待ちしています



ぱるた