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白い紙とパルプを
2006年01月21日(土)

タイトルからわかるとおり、「白い犬とワルツを」を読んだ。
(※製紙の話ではない。)
なんだか老人の気持ち。
やっぱり私は、老人の気持ちに共感できるよなあ。
若い人が主人公の話よりも、入り込めてしまう。

うちの犬とモルツを。(酔いどれ?)

ちなみに私も犬もビールが嫌いである。
(犬に勧めたが断られた。)

しかし、うちの犬は毛並みがいいなあー。
毛がたくさん抜けて、次々生え変わっているんだろう。
たまに「何者かにむしられたのか?」と思うぐらい、
毛束が落ちている。
そのまま集めてクッションになりそうなぐらいだ。

雪がすごい。
映画に行こうと思ったのだが、やめようかと思う。

白い絹とカイコを。

白い米とライスを。

パルプといい、この「製造」シリーズはどうにかならんかね。
“米とライス”にいたっては、米とライスは同じものだし。
ただひとついえることは、私はどうやら、
「白い犬〜」のタイトルがわりと気に入ったらしいことである。


俺はあせらず
2006年01月15日(日)

ゆるゆる〜、とすごす。
本当に、心の底から、全身全霊をかけてゆるゆるしたい時というのは、
「ゆる体操」をするほどの気力もないものだ。
ということで、異常に長く眠る。
そして、犬の頭をなでる。
普段はあまり食べないカップラーメン(しかも豚骨風味の)を食べる。

私はラーメンじたいをそんなに食べる方ではなく、
カップラーメンもそんなに食べない。
ただ喉が痛かったので、湯気の出るものが欲しかったのだ。
食べつけないものを食べたからか、なんかおなかが痛い。
うーん…コーンスープにしときゃよかっただろうか。

ことあるごとにむせている。
家でも本を読んでいる。
紅茶はどんどん冷めていく。
たまごっちも育てている。

病気のようで病気でないような、
眠たいようで元気でもあるような、脱力ぎみの休日。
ひたすら食べてばっかりいるけど、
ちっともエネルギーに換算されていない感じがする。

私はたしか、なにかいいものを創ってみるとか、
とびきり楽しい絵を描いてみるだとか、
そういう発展的なことでハッピーになれる奴じゃなかったっけか。
とはいえ、とはいえだ。
脱力しているとなんにも作る気が起こらない。

こういうのを、疲れてるっていうのかな。
こういう一日もあってもいいのかな。
だけど、もっと元気になりたいな。
もっと強くもなりたいな。
あせらず、あせらず。


本!だらけ
2006年01月08日(日)

本を読んでいたが、難しくてぐったり。
文体が難しかったり、私にわからないことが出てきたり(歴史とか)、
登場する地名や人物名が難しかったり(横文字とか)で疲れる。
疲れるんだけど、面白い本だというから読んでいる。
難しい本もふつうに読めるようになれないと。
そういう難しさにも少しは慣れていかないとなあーと思う。

また新たに本を買う。
こうして蓄積されていくのだ。どんどん!
でも、自分を成長させる術はいまのところこういう方向だから、
これできっと、いいのだ。


どこまでも仕事!なの、か…?
2006年01月07日(土)

セブンアンドワイで本を入手。
近くに大きい本屋さんがないし、
大きい本屋さんに買いに行く暇もない。
とはいえ年末年始休暇をはさんでしまったため、
到着が通常より遅れている。
つまり待ちかねていたんである。
さあて、これから読もうかね!

信じられない。といまだに思う。
さっき一冊読み終えたばかりで、
これを読み終えた後にも、
今日図書館で借りてきた本が数冊ある。

2005年は、本を読むことが平気になり、楽しくなった年。
本を手に取るのも苦痛だった数年前とは別人のようである。
病気が治ってきた証拠だろう。

いや、それか…ただ単に、仕事の役に立つからか?
うーんだとしたら、私はつまらない人間なのかもしれないなあ…。
純粋に趣味として何かを楽しむことのできない人間、という意味で。

だから、あらゆる趣味を役に立てられそうな仕事を選んだりした。
矛盾しているようだけど、こうでもしない限り、
幅広い視野を持つなんてことができなくなりそうである。
小さい頃から、なんでもネタにしよう、と常に探っている人生。
これっておかしいのかなあ。
他の人みたいに、趣味とか好きなことがあってもいいんだろうけど、
そんなふうに好きになれることがないのだ。
面白いネタになりそうとか、自分を高めてくれそうとか、
そんなようなこともどっかで考えているようで、
「好き」という判断基準は結構ぼやけている。
ただ、「嫌い!」と感じることだけはハッキリしているなあ…。
そっちはもう少しあいまいになってもいいと思うんだが。
利害とか客観性とか関係のない、言葉にならない次元で
見極めなくてはいけないこともある。
今年はぜひとも、“直感”を磨く一年にしたい(っていう抱負も、
しかしながら仕事っぽいなあ…)。

いやね、仕事っていうか、これは生業なんだ。
いいものを創りたい、生み出したいっていう、本能的なナリワイ。
…うんうん、その言い方のほうが、いい感じだね。


俺とあいつとあいつと俺と
2006年01月06日(金)

「お正月、なにして過ごした?」
と会社の先輩に聞かれて、
とっさに何も浮かばない。そんな正月休み。
全体的に、なんか、すごく眠ってたよなあ。

珍しく人間関係に悩んだりして、すごい疲れてたのかもしれない。
私はこれまで、人間とあんまり無理に関係しないことで
生きながらえてきたようなところがあるので、
こういうことで悩むのに慣れておりません(きっぱり)。
仕事上のことなら「これも仕事のうち」と思って
割り切れるんだが、そういうことともちょっと違う次元。

ここを見てくれている学生時代の友人・知人たちに言いたいが、
私が高校・大学で出会った人で嫌な奴は一人もいなかったと思ってるし、
それはすごく幸せなことだったと思っている。
相性の合う・合わない、個性の暴走などはあったかもしれないけど、
それでも周りがドライだったから、あまり深刻にはならなかった。
こんなにも友達ができなさそうな危ない性格をしているのに、
友達には恵まれたほうだなあと思う、本当に。

普通のことがわからなかったり、
みんなに見えているものが私には見えなかったり、
お前は一人だ!と常に言われている気分の一年だった。
一人だ!って言われる分には別にいいんだけど、
その言葉に「お前はキモイ」とか「お前はヤバイ」とかいう
ニュアンスがにおってくるのを感じると、一気にしゅんとするんだね。

でもここで、「お前は一人じゃないよ」とか
言われちゃうのも、私はあんまり好きじゃないんだよな。
そもそも「一人っていいよね」ぐらいのノリだから。

孤独はかまわないけど、敵意を向けられるのはいい気分じゃない。
辛いことがあるたび、今の気持ちを忘れまいと、いつも思っている。
これを思い続けて、後々どう変えていくかがポイントかもしれない。


新年だなぁ
2006年01月02日(月)

新年明けたなあー。
筋肉痛やらなにやらがまだ抜けないんだが、
今日からゆるーく再起動。

昨日は眠ったりお笑い番組を見たり、
能動的なことをしないでだらだらしてばかりいた。
でも心の中ではものすごい焦りと心配が渦巻く。
もうちょっとまったり休むことが得意にならなければなあ、
我ながら先が思いやられるなぁ。
もっとそのあたりが図太くなればいいんだな、たぶん。

今日、年賀状を書いた(爆笑)。
図案はとっくに決めてあって、それをプリントアウトして
コメントを書き添えただけだが。
ということで、年賀状を書いてくださった方でここをご覧の方、
届くまでしばらくかかっちゃいますが、
必ず投函するので…気長に待ってやってください。
年末ギリギリまで仕事で、しかも色々とハードだったんで、すんません。

そんな私にも年賀状を書いてくださった人がいる。
今年はもっと、人を大切にしなきゃな。
すべての人を同じように大切にするなんてできないけど、
だったらせめて、「大事な人」たちを。
涙が出そうなくらい嬉しい言葉をくれた人、
不器用ながら思いやりの気持ちを見せてくれた人、
私は嬉しいときに上手に嬉しい顔ができなくて、
わーん、もったいないー!と心で叫んだりしている。
そういう人たちに感謝を伝えることを
もっと丁寧にやっていかないと、後悔してしまいそうだ。
表面的なコミュニケーションだけではやっぱり嫌で、
社交辞令や虚礼が飛び交う世の中だからこそ、
本物の人間関係を創り続けたい。
難しいかもしれないが、それは決して贅沢な願いではないはずだ。