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2006年07月31日(月)
電話口で、私の会話はもう徹底的に弾まない。

「とるにたらないものもの」(江國香織著・集英社文庫)より。

(「電話」というエッセイの一部です)

【電話で会話をするのは難しい。「最近どうしてる?」とか、「忙しいの?」といった単純な質問にさえ、一体何をどうどこから話すべきなのか考えてしまう。考えるあいだ沈黙が訪れ、私は困って動揺し、慌てて、「どうもしてない」とか、「忙しい」とか、文法的に正しくていちばん短い答を吐く。みもふたもない。
 電話口で、私の会話はもう徹底的に弾まない。おまけに切り方がいつもよくわからない。「それでは、さようなら」は口語として不自然な気がするし、「失礼します」は私には馴染まない。「またかけるね」と時々言ってしまうのだが、それはかかってきた電話だし、またかけたためしなどない。「またかけてね」が正しいと思いはするのだが、「そんなら自分からかけろよ」と相手が思うだろうと推察されるし、それが道理だ、とも思うので、言えない。
 結局のところ、相手が切るまで黙って待っていたりする。切ってから、たぶん双方に困惑とわりきれない感じが残る。中途半端な、なにか物足りない感じが。
 そうしてそれでいて、私は電話にでて相手の声が聞こえた瞬間、知っている人だとものすごく嬉しい。たまに電話が全くかかってこない日があると、なんとなく淋しく、「壊れていないかどうか確かめよう」とひとりごとを言いながら、受話器を持ち上げてみたりする。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕も電話は大の苦手なので(というか、人と話すことそのものが苦手なんですけどね)、ここで江國さんが書かれている電話のもどかしさ、よくわかります。そもそも、電話で話したあとって、「ベストのタイミングで電話を切れた」って思うことって、めったにないんですよね。なんだかさっさと切っちゃって、冷たいと思われたかな、とか、長々と話し続けて、しつこい人だと不快にさせたのではないかな、とか。
 携帯電話では、固定電話ほど、「切るときの受話器の置きかた」に気を遣うことはなくなりました。あれも、勢いよく「ガチャン」とやってしまうと、もう一度電話して、「今のはそんなつもりで(怒って)切ったんじゃないから」と言い訳をしたくなったものです。ああなんて神経質な男。
 しかし、この江國さんの言葉を読んでいると、僕みたいな人間は、世の中にそんなに希少な存在ではないのかもしれないな、という気もしてきます。
 もしかしたら、僕の今までの人生において、電話で、「素っ気ない会話」しかしてくれなかった女の子は、「僕のことが好きじゃなかった」わけではなくて、「電話での会話が苦手」だっただけなのかもしれないんですよね。
 
 顔が見えない相手との会話に気を遣うのがイヤで、電話での会話も苦手なはずなのだけれど、電話が鳴らないと「故障かな?」と気になって、肌身離さずに持ち歩かずにはいられない、そんな「電話嫌い」たちにとっては、
「メール」というのは、まさに「福音」ではあったのですが……
 結局のところ、「メールは便利」ではあるのだけれど、携帯メールだと「こんな時間に送っていいのかな…」とか「こんなに早く返信したら、ガツガツしているように見えるかな…」とか悩んでいるうちに、そのメールの「賞味期限」は過ぎてしまっていたりするのです。
 手段はいろいろあるけれど、やっぱり、コミュニケーションっていうのは難しい。



2006年07月30日(日)
「ガリガリ君」伝説!

「オトナファミ」2006・SUMMER(エンターブレイン)の記事「祝・発売25周年!ガリガリ君が生まれた日〜ガリジェクトX」より。

(「ガリガリ君」を販売している赤城乳業株式会社の常務取締役開発本部長・鈴木政次さんへのインタビューの一部です)

【インタビュアー:ガリガリ君はどうやって誕生したんですか?

鈴木常務(以下鈴木):実はガリガリ君を発売する前に、1億本も売り上げていた大ヒット商品”ドルピス”っていうのがありましてね。ところが、'79年ごろ、アイス業界で30円の商品を50円に値上げしようという流れが起こりました。で、30円の商品が主力だった当社も30円商品を廃止しました。しかし他社さんがまだ30円商品を販売している中で、うちの会社だけ主力の30円の商品をやめて50円の商品に切り替えたもんだから、商品がまったく売れない。それからケチがついて2年くらい何もヒット商品が出てこない。新商品は失敗続き、工場もストップしちゃって「このままではヤバいな」という状況でした。何としてでもヒット商品を出さなければいけないと思って考えたのが、”赤城しぐれ”をワンハンドで食べてもらうというアイデア。それで、かき氷をゼリー状に固めたものを'80年に発売したら、ものすごく売れたんですよ。ただし、クレームの嵐。かき氷にスティックを差しただけだから、袋の中でグズグズになっちゃったんだな。その善後策として、薄いキャンディーの膜を作る"シェル"と、その中にかき氷を入れる"コア"という考えが生まれた。フレーバーはその当時、一番馴染みがあったソーダに決定。ソーダの香りと清涼感のある色を出すには苦労しました。

インタビュアー:無色透明なソーダを、水色にした理由を教えてください。

鈴木:当時は何か色がついてないと価値がないと思われていて、真っ白の商品は売れなかったんだよ。だったら、ビジュアルという価値観をつけようということで、空と海に共通している色ということで水色に決定したんですよ。「デカい・ウマい・当たりつき」っていうことが、25年前から変わってないガリガリ君のよさ。当初は、現在より若干当たりの確率が高かったんだよ。また、各メーカーが50円商品を60円に値上げする時に、前回の反省を踏まえてガリガリ君だけは値上げを1年間ガマンしたことも子供たちから支持されたよね。

インタビュアー:ネーミングの由来は?

鈴木:かき氷をかじる時の擬音なんです。実は、商品を発売する直前までガリガリだけで、"君”がついてなかった。みんなで「何かさみしいな」という話をしていたら、社長が「じゃ"君"つけようよ」って。聞いた瞬間、満場一致で決定ですよ。
 もしあの時、社長が"君"って言わなかったら主体性のない、人物像のはっきりしない商品になっていたでしょうね。

(中略)

インタビュアー:発売に至らなかったフレーバーや、思い入れがあるフレーバーはありますか?

鈴木:塩味は世に出さなかったなぁ〜。7〜8年前の塩ブームのときに考えたフレーバーですね。それから、ガリガリ君の歴史の中で何度チャレンジしても売れないのがイチゴ味。21世紀の新入社員には、昔のイチゴ味ではなくて、彼らの感性に合ったイチゴ味を作り、ヒットにつなげてくれることを期待しています。】

〜〜〜〜〜〜〜

 こう言っては失礼なのですが、あの「かき氷を棒に差しただけ」のように見える「ガリガリ君」には、こんなにさまざまな「誕生のドラマ」があったのです(ちなみに、掲載紙には、もっとたくさんのエピソードが紹介されています)。
 僕のイメージとしては、「ソーダ味」=水色、だったのですが、確かにソーダそのものは無色透明なんですよね。そう言われてみると、あえて「水色」というのを選んだのも、ガリガリ君の成功の理由だったような気がします。「ガリガリ君」の水色は、本当に涼しげだものなあ。
 そして、単なる「ガリガリ」で発売される予定だったのが「君」をつけたことによって、とても親しみやすい雰囲気の名前になったこともヒットの原因のひとつでしょう。本当に「社長の思いつき」だったみたいなのですけど、うまくいくときというのは、そういうものなのでしょう。
 それにしても、「塩味」のガリガリ君って、ちょっとどんな味なのだか気になりますよね。歯磨き粉みたいな味なのでしょうか。一度は食べてみたいですけど、売れるかと言われれば、やっぱりちょっと厳しそう、かな。

 ちなみに、現在販売中のガリガリ君には、全12種のフレーバーがあります。定番の「ソーダ味」をはじめとして、「コーラ味」「レモン味」「白桃味」「グレープフルーツ味」「ピーチクーラー味」「青りんご味」「マスカット味」「ゆず味」「Wグレープ味」「Wみかん味」「グレープ味」。実際は「ソーダ味」以外は、あまり目にする機会がないような気もするのですが。
 しかし、これだけのフレーバーがあるのに、「イチゴ味」が売れないため現在は存在しないというのも、ちょっと不思議な話ではありますよね。かき氷では、「イチゴ」というのは、定番中の定番なのに。
 「ガリガリ君」のイメージに、イチゴは似合わないのでしょうか。それとも、イチゴ味はあまりに一般的すぎて、わざわざガリガリ君でイチゴ味を食べなくても……とみんなが思ってしまうのかな。



2006年07月28日(金)
『ジャパン・エキスポ』の「フランス人おたく」たち

「週刊SPA!2006.7/25号」(扶桑社)の鴻上尚史さんのコラム「ドン・キホーテのピアス・577」より。

【さて、フランスに行った仕事とは、先週紹介した『クール・ジャパン』というNHK・BS2の番組のためで、パリで行われる『ジャパン・エキスポ』というイベントの取材でした。
 この『ジャパン・エキスポ』がね、とにかくすごいのよ。
 3日間で参加者が約8万人。やって来るのは、当然、みんなフランス人。で、会場で紹介されているのは、ほとんどが「日本のマンガ」!
 一番、分かりやすく言うと、巨大なコミケが、パリで開かれているわけです。
 といってね、”おたくの祭典”ではないのですよ。もちろん、おたくっぽい人もいますけどね。んで、コスプレもたくさんいますけどね。そこはそれ、フランス美人が多い!
 なんか、怖くないコスプレを見るのは新鮮ですよ。
 キューティーハニーなんかもいるわけね。これが、可愛い!いや、すれ違って、ハッとするわけですよ。
『ジャパン・エキスポ』、今年で7回目。日本のマンガを熱烈に愛するフランス人が、自分たちの手で始めたイベントです。
 んで、一昨年、参加者が殺到しすぎて事故が起こり、去年は自粛したそうです。んで、今年は、会場をどでかく変えて開催しました。
 僕が行ったのは、日曜日、最終日でしたけど、4万人の人が来てました。
 で、マンガから発展して、「とにかく日本がかっこいいの!」と思っている人たちが来ていますから、”ゴス・ロリ”ファッションの人も普通にいるわけです。
 ”ゴシック・ロリータ”も日本なんですね。でも、フランス人の方が似合っているんですよね。
 番組では、『ジャパン・エキスポ』に興味をもった8人のフランス人と話しながら、いろいろと、フランス人がクールと思う日本を紹介しました。
 んで、ゴス・ロリは、かなりの上位にランクされていて、まさにこのファッションで番組に参加した人がいて、「フランスでも売ってるの?」と聞くと、「インターネットで日本から買ったの」と嬉しそうに答えてくれました。

 とにかく、「日本のマンガが大好きになった」ことから「マンガに登場する日本が大好きになった」となった人たちが、4万人も来ているわけで、日本の女子高生の恰好をしているフランス人もたくさんいました。
 でね、また繰り返し書きますけど、フランスですから、可愛い子が多いのよ!
 ちなみに、『ジャパン・エキスポ』での人気のマンガベスト10は、1位『ナルト』、2位『ヒカルの碁』、3位『鋼の錬金術師』、4位『天上天下』、5位『NANA』、6位『バガボンド』、7位『GANTZ』、8位『絶対彼氏。』、9位『軍鶏』、10位『名探偵コナン』です。
 コスプレでみんな歩いてるんだけど、「いったい、それは、なんのコスプレだあ?」と思うのもたくさんあって、逆にフランス人から教えられるわけです。】

〜〜〜〜〜〜

 いや、鴻上さん、フランス人(とくに可愛い子)に甘すぎないか?と言いたくなるような文章ではあるのですが、この『ジャパン・エキスポ』、かなり盛り上がっていたみたいです。いろんなメディアでも取り上げられていましたしね。
 ただ、その写真を観たかぎりでは、「これは何のコスプレなんだ?」と激しく疑問になるようなものもけっこうありましたし、海外で賞賛されて嬉しいのはわかるのですが、あまりに贔屓の引き倒しになるのもどうかなあ、と思われます。確かに、ゴシック・ロリータは、フランス人の可愛い女の子がやったら似合いそうではあるのですけど、日本人のコスプレ=「痛い」なんていうのはさすがに偏見なのでは。どちらかというと、フランス人のコスプレのほうが、同じフランス人からすれば「痛い」と判断されている可能性のほうが高そうな気がします。

 ちなみに、これを読んでいて、フランス人に『ヒカルの碁』の「碁」がわかるのか?と僕は疑問になったのですが、この会場のなかには、「碁を打つスペースも設けられてた」そうなので、マンガがきっかけで、それに関連した「文化」まで興味を持たれているみたいなのです。そういう意味では、日本とフランスの友好のために、「日本のマンガ」は、大きな力を発揮していると言えそうです。ワールドカップに出場していたイタリア代表の選手が、「キャプテン翼」フリークだったなんていう話もありましたし。
 この「人気マンガベスト10」に挙がっているタイトルを読みながら、僕はそこに「海外でウケるマンガの傾向」みたいなものを見出そうとしてみたのですが、見事なまでにジャンルも作風もバラバラで、「日本国内と同じ」だと感じました。ということは、フランス人は、一部の特殊な作品だけを受け入れているのではなくて、マンガという文化そのものを認知し、日本人と同じように楽しんでいる、ということなのでしょう。

 この会場の「カラオケ大会のようなもの」で、鴻上さんは、何百人ものフランス人が、『鋼の錬金術師』のアニメ主題歌を日本語で絶叫している姿を目の当たりにして、「世界の何かが確実に変わっていっている」と感じられたそうです。
 もしかしたら、日本のマンガが、21世紀の世界を救うことになるのかもしれませんね。



2006年07月27日(木)
ガリレオの「嘘つき望遠鏡」

「99.9%は仮説」(竹内薫著・光文社新書)より。

【みなさん、ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)は知っていますよね? 地動説を唱えて裁判にかけられ、有罪になった人です。
「それでも地球は動く」という捨て台詞を吐いたとか吐かなかったとか。世間では「天文学の父」と呼ばれ、ピサの斜塔の実験でも有名な人です。
 そのガリレオは、望遠鏡をもっとも早くからとりいれたひとりでした。
 1608年、オランダで望遠鏡が発明されます。ガリレオはその噂を聞きつけ、さっそく試行錯誤のうえに自作の望遠鏡を作り、天体観測を行いました。倍率は約33倍。デジカメの倍率を考えるとなかなかのものです。
 さて、1610年の4月のこと。ガリレオは、イタリアのボローニャに24人もの大学教授を集めて、自作の望遠鏡を披露しました。

(こいつら、俺様の大発見にビックリ仰天するにちがいないゾ)

 期待にワクワクしながら、ガリレオは、まず彼らに望遠鏡で地上の様子をみてもらいました。
 すると、どうでしょう。望遠鏡を覗きこむと、山や森や建築物など、はるか遠くにあるものがドーンと目のまえに映しだされます。
「これはすごい!」と教授たちはその迫力に驚き、ガリレオを称賛しました。当時、イタリアでは、だれもまだ望遠鏡をみたことがなかったのです。
 しかし、話はこれで終わりません。つぎに、ガリレオは教授たちに望遠鏡で天体をみせたのです。
 すると、どうでしょう。それまではボンヤリとした光る点にすぎなかった夜空の星々が拡大され、月のクレーターまでもがはっきりとみえたのです。
 教授たちはまたしても驚きました。そして、口々にこういったのです。

「こんなのはデタラメだ!」

 教授たちのなかには、当代きっての天文学者ケプラーの弟子、ホーキーもいました。
 彼はつぎのように語っています。
「それ(望遠鏡)は、下界においては見事に働くが、天上にあってはわれわれを欺く」
 つまり、ガリレオの望遠鏡は地上をみる分には問題なく作動するが、天に向けるとうまく働かない代物だ、と文句をつけているのです。

(なぜだ! なぜ、こいつらは俺様の大発見を否定するのだ? 自分たちの目でみているのに!)

 まさに天国から地獄へ。称賛の的になると期待していたガリレオは、失意のどん底につき落とされました。】

〜〜〜〜〜〜〜

 著者の竹内さんの解説によると、この教授たちの反応は、【神が棲む、完璧な世界であるはずの天上界に存在する「月」に、凸凹などあるはずがない、と彼らは信じていたから】ということなのだそうです。つまり、彼らは、自分の目に見えたものが、自分たちにとっての「正しい世界」と合致していなかったために、目に見えたもののほうを否定してしまったのです。
 こういう話を聞くと、昔の「非科学的な世界」を嘲笑ったりしてしまいたくもなるのですが、考えてみれば、「人は、自分の信じたいことしか信じない」という点においては、ガリレオの時代も現代も、そんなに変わりはないのかもしれませんね。
 この望遠鏡の話にしても、逆に「この望遠鏡で見えるものは絶対に正しい」という思い込みのせいで、本当は歪んで見えているはずの「正しい世界」を信じてしまう、という可能性だってあるかもしれませんし。
 人間というのは、多くの場合、「自分に理解できること」「自分が正しいを思うこと」を信じたがる生き物です。科学の世界でも、実験の結果が自分の予測と合致しないと、その「予想」が間違っているのではないかと疑うより先に、「実験のやりかたが悪かったのかな?」というふうに考えてしまいがち。そしてときには、「自分に都合のいい結果以外は『実験ミス』にしてしまう」なんていう例も出てきます。逆に、「自分にとって正しい結果」を「本当は間違っているのではないか」と、ひたすら追試するなんていうことは、まずないんですよね。
 もちろん、目の前で起これば、「信じざるをえないこと」というのはたくさんあるのですけど、僕たちが思いこんでいるほど「科学」は絶対的なものではないのです。その「正しさ」を振り回しているのは、所詮、人間なのだから。
 



2006年07月26日(水)
恐怖のサバと「食料限界」

「ほんじょの鉛筆日和。」(本上まなみ著・新潮文庫)より。

(本上さんが魚屋さんで買ってきたサバに起こっていた「異変」について)

【本日のサバは片手じゃ無理そうだったので、ひとまずあお向けにして両手でおなかを開けることにしました(どうしてトリガラ怖くて魚類は平気なんだろうって思いながら)。
 ぐいっ。
 赤い内臓に指をかけようとしたそのとき。
 なんだか、見慣れない模様が一面に広がっていることに気付いたのです。
 さあここからあなたは、心して読まなければいけません。
 ケシゴムのカスが丸まったような、水玉。赤いマル。マルと、うずまき。
 びっしりと1000個くらい。
 それは、寄生虫アニサキスさんたちでした!
 たぶん、大量に繁殖した彼らは内臓を食い破って出てきたのでしょう。
 私は<目黒寄生虫館>が大好きで、『おはよう寄生虫さん』という本も持っているくらいですが、まさかナマ寄生虫とこんなところで対面するとは思わなかった。
 どしぇーっ!
 私は大あわてで手を洗い、居間に避難。テレビのスイッチを入れました。何もなかったかのように、ミカンの皮をむいて食べた。
 20分後、呼吸をととのえふたたび台所へ!
 ミドリのゴム手袋をはめて、目をつぶりながら徹底的に掘り出し洗い流す。
 それから、こんがりと上手に焼きました。
 何もなかった。何もなかった。
 やっぱりサバは、おいしいなあ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 ぎえーーーっ!
 と僕はこの話を読んで驚愕してしまいました。日頃は外食ばかりで自炊をすることはほとんどなく、ましていわんや魚を自分でさばくなんてことがない僕にはわからないのですが、こういうことって、魚を料理する際には、そんなに珍しいことではないのでしょうか?
 そして、もしこんなふうにアニサキスさんたちがたくさんいらっしゃったときでも、よく洗ってから寄生されていた魚を食べるものなのでしょうか?
 医学的見地から言えば、焼いてしまえばアニサキスが体の中で悪さをすることはまずないのですが、それでもやっぱり、あんまり気持ちのいいものではないような。
 もしかしたら、僕が知らないだけで、料理屋などでは平然と「アニサキス除去後の魚」が使われているものなのかもしれませんが……

 こういうときに、どこまでが「セーフ」なのかというのは、けっこう個人差がありますよね。例えば、お菓子が地面に落ちても「3秒ルール!」を宣言して泥を払って口に入れてしまう人がいる一方で、どんなにテーブルが清潔そうであっても、皿から転げ落ちた料理は「食べられないもの」と認定してしまう人がいるように。
 そういえば、僕の大学の先輩には、昔、買ってきた弁当の白い御飯の中に小さなゴキブリが埋もれて死んでいたのを発見したとき、軽く舌打ちをして、そのゴキブリギリギリのところまで御飯を食べつくしたという伝説がありました。僕も以前、某カレーショップでカレーを食べていたら、なぜかハエが僕のカレーに特攻してきてズッポリと全身埋まってそのまま死んでしまう、という惨事を経験したことがあります。この場合、店の責任とも言いがたいですし、全部残して帰るというのも勿体なく、感じ悪いなあ、と悩んだ挙句に、3分の2くらい食べて、ハエの周囲を残して店を出ました。いま、こうして生きていますので、少なくとも猛毒ではなかったようです。
 まあ、僕たちの見えないところで、食べ物というのは、いろいろと「汚染」されているのでしょうし、身体というのは、多少のことには耐えられるようにできているのでしょうけど。

 でも、僕は正直、この「アニサキスサバ」はNGだなあ。
 「アニサキストロ」なら、洗いまくって食べるかもしれませんが。

 ……やっぱり、いくら高級魚でもちょっと無理。



2006年07月25日(火)
山に登るときの意外な「必需品」

「もっとコロッケな日本語を」(東海林さだお著・文藝春秋)より。

【最近は中高年の登山がブームになっている。新宿駅などで、そういう中年男女のグループをよく見かける。
 なかなか楽しそうで、ぼくもいつかああいうグループに混ぜてもらって、オバサンにモテたりしたらいいだろうな、なんていつも考えていたのだ。
 今回の冬山登山がきっかけになって、少しずつ訓練していけば、ああいうグループにも混ぜてもらえるかもしれない。
 そうしてそれが、やがて”白銀オバサンとの恋”に発展していくかもしれない。
 それにしても、なにしろ冬山は初めてなので、いろいろ知識を仕入れておかなければならない。
 装備もいろいろ揃えなければならない。
 本屋さんに行って「快適登山入門」という本を買った。
「山登りの始め方」「山でピンチになったら」という本も買った。
 装備のところを読むと、持っていくものとして、まず「着替え」が挙げられている。
 そうなのだろう、着替えは意外に見逃しやすい装備なのかもしれない。
「思いがけない急な雷雨などで、全身ズブ濡れになる場合はどんな小登山にもありうる」とある。
「非常食」も大切だ。
「たとえ日帰りのトレッキングであっても、常に遭難の危険はあるので非常食は必携」とある。チョコレート、チーズ、バナナなどがよいようだ。
 そのほか、水筒、救急用品、磁石なども必要で、骨折などに備えてのテーピング用品。
 さらに高度な登山になると、酸素ボンベなども必要になってくるし、凍傷になった場合の手当ての仕方も知っておかなければならない。
 沢登りの際は、不意の鉄砲水も頭に入れておく必要がある。
「不意に野犬の群れに囲まれた場合」とか「イノシシが突進してきた場合」というのもあり、読んでいるうちに緊張が高まってくるのであった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 実はこの話、東海林さんが『日本でいちばん低いなにわの七低山めぐり』というツアーに参加されたときのエピソードなのです。ちなみに、この「七低山」のうち、いちばん低い天保山が標高4.5メートル、いちばん高い鶴見新山が標高39メートル。まあ、「登山」というよりは、「ネタ」という感じなんですけどね。さすがに、天保山に登るのに、テーピング用品とかは要らないと思います。
 でも、こうして、「登山の必需品」として最初に挙げられたのが、「着替え」と「非常食」であるというのは、僕にとってはちょっと意外でした。いや、意外というよりは「盲点」だったと言うべきか。
 登山にほとんど縁がない僕にとっては、「必需品」としてまず思い浮かんだのは「登山靴」とか「ピッケル」でした。しかし、最も大切なのは確かに「衣食住」であり(まあ、「登山中では「住」というのはどうしようもないので)、「着替え」と「非常食」が「最優先の必需品」だというのは、当然の話なのです。もちろん登山靴やピッケルだって必要なのですが、対象がより身近な山であるほど、「着替え」や「食料」というのは、忘れられがちですよね。逆に、本格的にパーティを組んでの「登山」であれば、こういうものを忘れるということは、まずありえないのでしょうけど。
 僕も旅行に出るときには、つい、パソコンとか道中読みたい本とかを選ぶことにばかり気をとられてしまいがちなので、まずは「生命維持に大切なもの」から準備するように心がけたいと思います。当たり前すぎて、「盲点」になりやすいものって、確かにあるんですよね。
 まあ、平地であれば、「お金さえ持っていれば、大概のことはどうにかなる」のですけれども。



2006年07月24日(月)
言葉は届いてなくても、気持ちは届いちゃう。

「週刊アスキー・2006.7/25号」の対談記事「進藤晶子の『え、それってどういうこと?』」より。

(「王様のブランチ(TBS)のBOOKコーナーのコメンテーターとして、多くの本のヒットにも貢献しておられる、筑摩書房専務取締役の松田哲夫さんと進藤さんの対談の一部です)

【進藤:いい本を見極めるバロメーターってなんでしょう。

松田:僕が”ブランチ”に11年出ていて思ったのは、テレビを観ている人って、なにも聞いていないんだなってことなんですね(笑)。たとえば、ある本を取り上げようかどうしようか考えていて、最後まで読まないうちに決めなきゃいけない時期になってしまったとします。それで、その作家に対してはある程度評価していたので、3分の2まで読んだところで、ここまで読めば大丈夫だと。

進藤:信用して、取り上げてみたら。

松田:ラストシーンが納得がいかなくて。ダメってわけじゃないけど、キメてもらいたかった! って残念な気持ちがあったんですね。だけど、そのときは一生懸命いいところを考えてしゃべったんです。そうしたら、某書店の仕入れの人に「松田さんが取り上げるっていうんで200冊仕入れたのに、全然動かないよ」って嘆かれてしまって(苦笑)。

進藤:でもそれ、松田さんに言われても困りますよね(笑)。

松田:つまり、テレビの視聴者って、なにをしゃべってるかは聞いてないんだけど、その人が本気で薦めてるか、薦めてないかってことだけは、伝わっちゃうんです。

進藤:そう、コワイ媒体ですよね。

松田:逆に『永遠の仔』とか、重松清さんの『その日のまえに』とか、小川洋子さんの『ミーナの行進』みたいに、すごくいいと思うときには、あとからあれも言いたかった、これも言いたかったってなるんだけど、そういうときって、すごくインパクトがあるみたいで。言葉は届いてなくても、気持ちは届いちゃう。本当に怖いメディアだと思います。

進藤:観ている人が一瞬、手を止めるかどうかなんですよね。それは、言いたいことを言い切れてないっていう空気なのかもしれないし、強烈なひと言なのかもしれないし。不思議なメディアだと、私も思います。

松田:ただ、経験的に言うと届く言葉もいくつかあって。「泣いた」とか「涙が出た」って言うと、なんとなく残るものらしくて。

進藤:みんな、泣きたいんですね。

松田:それと「今年のベスト1に決めた」とか。今年はもう使っちゃったんですけど(笑)。これは結構、切り札なんです。たとえば『その日のまえに』は、僕はほんとに去年、いちばんインパクトの強かった作品なんですけど、そのとき思い切って、切り札を2枚使おうと……。

進藤:切り札を2枚?

松田:”涙!涙!!涙!!!”そして”僕は今年のベスト1に決めました”ってコメントを書いたの。

進藤:アハハ、ダブルで!

松田:それと実はもうひとつ、隠れた切り札があって。重松さんって、オジさん読者にはすごくウケがいいんですが、意外に若い女性読者がまだついていなくて。そこで、優香ちゃんに読んでもらったんです。実は優香ちゃんも、すごく本を読む人なので。そうしたら「松田さんが泣いたって本でも泣けないことがよくあるんですけど、これは本当に泣けました!」って言ってくれてね。そうしたら、全国の紀伊國屋書店の売り上げがリアルタイムで更新されるページがあるんですが、見事に”ブランチ”を放送しているエリアだけ売れていたんです。放送していない地域は、ピクリとも動いていないのに、ですよ。なんだか、ちょっとコワかったですね。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕も「王様のブランチ」での紹介がキッカケになってベストセラーとなった(とはいっても、作者の重松清さんは、もともと人気作家なのですけどね)「その日のまえに」を読んだので、この松田さんの話は非常に興味深かったです。「紹介する側」とにとっても、「テレビで本を紹介する」という経験からは、いろいろと「学ぶ」ところがあるのだなあ、と。
 「つまり、テレビの視聴者って、なにをしゃべってるかは聞いてないんだけど、その人が本気で薦めてるか、薦めてないかってことだけは、伝わっちゃうんです。」というのは、テレビという大きなメディアにかぎらず、僕たちの日常生活においてもよくみられる光景なのかもしれません。
 例えば、誰かに本や映画を「オススメ」されたとき、僕たちがその作品に興味を引かれるかどうかって、実は、その「オススメ」の内容そのものよりも、「誰が」「どのくらいの熱意で」薦めてくれたのか?ということが、非常に大きな影響を与えていると思います。それまでの自分にとって、全く興味を持てなかったようなジャンルや作家の作品でも、薦めてくれた相手が仲の良い友達や恋人だったら、手に取ってみる人は多いはずです。
 相手がそういう特別な人で無い場合には、やはり、その「読んでもらいたいという熱意」の差って、大きいと思うのです。同じように美辞麗句を尽くして「オススメ」してみても、その「薦める側の本心」っていうのは、画面を通してさえも伝わるみたいですから。そして、時には「理路整然とした説明」よりも、「言葉に詰まって絶句してしまう姿」のほうが、はるかに雄弁だったりもするのですよね。「説得力」というのは、必ずしも「おしゃべり上手」の専売特許ではありません。
 そういえば、先日出席した結婚式で、新郎のお父さんが最後の挨拶で、感激のあまり言葉に詰まってしまったシーンがあって、僕はなんだか、その姿にジーンとしてしまいました。ああ、この人は、本当に不器用で誠実な人なのだなあ、と。どんなに感動的な挨拶よりも、その姿は、僕たちの記憶に残ったのです。
 もちろん、テクニックとしての「美辞麗句」を全否定するつもりはありませんが、それだけでは、相手に伝えるには十分ではないのですよ、きっと。これは、サイトやブログだって、そうなのではないでしょうか。文章が上手でもなんだかスルリと頭を通り過ぎていくだけのブログもあれば、けっして巧い文章ではないけれど、心に響くブログもありますよね。

 しかし、どんな僕たちが「熱意」をこめても「優香も泣いた!」というキャッチコピーには、ちょっと勝てそうにないんですが。
 



2006年07月23日(日)
「道で死んでいる動物収集マニア」の主張

「NAMABON」2006年8月号(アクセス・パブリッシング)のなべやかんさんの連載エッセイ「下北沢のやかん」より。

【世の中には、色んな人がいる。人それぞれ、考え方、趣味、嗜好が違う。人と仲良くなるには、どれだけ相手のことを理解し、わかってあげられるかだろう。
 つい最近、某ラジオ局の人達と食事をした。最初は、ラジオの話をしていたのだが、徐々に話題は女性スタッフの恋愛話へと移行していった。Mさんは、長年付き合った彼氏と別れたばなりだった。初めは「なぜ別れたのか?」という話題だったのだが、次第に性癖へと向かう。
「Hビデオ撮影ってみんなするでしょ?」とMさんは、さも当たり前のように言った。一同、驚きだったのだが、ここで「そんなこと全員が全員しないよ」と言ってしまうとバリヤーを張って死んだ蛤のように口を閉ざしてしまうので、「そうだね。たまに撮るよね」と相手に乗ることにした。「ビデオは思い出に撮っとくんだ」そう話すMさんには、まだまだ隠していることが多そうだ。「他に思い出にはないの?」「彼の思い出は、いっぱいダンボールに詰めてるよ」また新しいアイテムが登場してきた。さっきは思い出は映像として残してあるものだったが、今度はもっと物質としての思い出だ。ダンボールには、一体何が入ってるのか?

(中略。ダンボールの中身として、「カサブタ」とか「綿棒」が挙げられます)

「まだあるよね?」「え!他に? う〜ん、彼が飼ってた犬の尻尾かな?」これには、さすがのオイラも驚きで、開いた口どころか開いた肛門まで開きっぱなしになってしまった。「犬の尻尾って、抜け毛?」「違うわよ。ちゃんとした尻尾よ」「えええ〜、なんでそんなもんが欲しいの?」そう聞いた時、Mさんのことをよく知っている男性スタッフが助け舟を出した。「違うんですよ、Mさんは動物の死骸があると欲しくなっちゃうだけなんですよ」何が違うんですよだ!!それが違うだろ!
 あまりにも違いが生じたので、詳しく聞くしかない。「死体って、何?」「家の方は茶畑が多いから、しょちゅう動物が車にはねられたりして死んでるの。見つけると、欲しくなっちゃうのよね」「だから、何で欲しくなるの?」「今まで、かわいい顔して人に媚売ってたのが、死んで動かなくなるしょ? それを見ると、私だけのものだって思っちゃうのよね。だから、持って帰るの」「持って帰ってどうするの?」「家で2〜3時間眺めてから、山に埋めるのよ」埋葬してあげる優しい気持ちまではわかるが、それまでの過程が理解不能だ。

(中略)

 Mさんは話し終えた後、こんなことを言った。「本当はあまり話したくなかったの。だって、取られちゃうと嫌だから」誰もダンボールの中のカサブタや他の品々を欲しがらないだろう。そして、道で死んでる動物収集マニアも、数少ないと思う。「言って失敗したわ。盗まれないよう気をつけないと」無駄な心配である。人を理解するのって大変だ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 いやまあ、世の中には、本当にいろんな趣味の人がいるのですね。
 でも、さすがにこれを理解するのは難しいかも……
 しかし、Mさんにはつい最近まで彼氏がいたという話ですから、世の中にはいろんな趣味の人がいて、そういう趣味の人に対する許容範囲も人それぞれ、なのでしょうね。
 僕だったら、もし自分の彼女がこんな「死体愛好家」だったら、やっぱり付き合っていくのは厳しいです。家に突然動物の死骸が持ち込まれ、彼女がそれをめででいたりしたら、そりゃあもう引いてしまうこと確実。
 さすがに考えすぎなのかもしれませんが、趣味が高じて、僕も彼女の独占欲を満たすために死体にさせられたりするんじゃないかと不安になったりしそうです。ただ、この「違うんですよ、Mさんは動物の死骸があると欲しくなっちゃうだけなんですよ」と「助け舟」を出した男性スタッフのように、大概の「性癖」なんていうのは、そのうち慣れてしまうということもあるのでしょう。でも、「だけ」って、ねえ……
 Mさん自身の言動からすると、本人としては、そんなに「異常」なことだとは考えていないみたいですし、「それで誰かに迷惑をかける」ということも、あまりなさそうな「趣味」ではありますけど。

 世の中には、いわゆる「死体愛好家」がいるという話は聞いたことがあるのですが、もしかしたら、道路に転がっている動物の死体がいつの間にか無くなってしまっている理由のひとつは、Mさんのような人の存在があるのかもしれません。
 実際は、誰でもひとつやふたつは「偏った趣味」を抱えて生きているものなのだとしても、やっぱり、これはちょっと引いてしまう「性癖」ではありますね。



2006年07月22日(土)
「売れない文庫本」たちの逆襲

「ダカーポ・588号」(マガジンハウス)の特集記事「この本を読め!本好きの本屋さんからの直言」より。

【大学卒業後の家業を継いで20年余り。久住さんは、札幌市西区で60年の歴史をもつ「くすみ書房」の2代目である。
「バブルの崩壊と若者の活字離れ、さらにナショナルチェーンの進出などで、町の本屋は青息吐息。売り上げはピーク時の半分に落ち込み、全国で毎年、1000店舗を超える書店の廃業が続きました。売り上げを伸ばそうと、何年も努力を続けましたが、ほとんど打つ手がない。それが3年前の状況だったんです。
 残る道は店を閉めるか、移転するしかない。久住さんは社員にそう宣言して、最後の頑張りのヒントを得ようと、片っ端から本を読んだ。

(中略)

 売り上げを伸ばす努力に怠りはなかった。だが、売り上げを一切考えないで、人集めだけを意識した取り組みをしたことはない。でも、どうしたらいいのか……。長年温めてきたアイディアの1つが浮かんだ。
「新潮文庫の注文書は、売れ行き順位がABCの3ランクで格付けされています。ちなみにCランクは1500位まで。Cランク以下の文庫本は無印で、その数700点。この無印本だけを集めてフェアをやったら面白いだろうと考えていたんです」
 売れない文庫本ばかりを集めても売れるはずがない――そんな常識を友人にぶつけると、それは面白い、でも、無印本では分かりにくい。「なぜだ!?売れない文庫フェア」にしようということになった。
「ところが、店長は焦っていると、全社員が猛反対。これほど反対されるのなら面白いかもしれない。さっそく新潮文庫の売れ行き順位1501位以下の700点、地味だけど味のある、ちくま文庫の800点を取り寄せ、フェアの準備を始めました。
<<『次郎物語』が本屋にないのはなぜ? 売れていないから本屋は置かない。本屋にないから目に触れない。そして絶版になり、消えていく。でも、本当に売れないの?>>
 店長手づくりのチラシには、売れる本ばかりを扱う大手チェーン店へのささやかな抵抗、そして町の本屋のレベルアップの思いが込められた。
 文庫フェアは'03年10月27日の読書週間初日から、年内いっぱいの約3か月の予定でスタート。文庫本の表紙が見えるよう、1500点すべてを「面出し」で店内に並べた。
 いよいよ初日。開店前から地元紙『北海道新聞』が紹介したフェアの記事を見た人たちから電話が殺到。シャッターを開けた途端、近隣の読書ファンが「売れない文庫本」見たさに押し寄せた。
「地元のテレビ局が取材にきたり、昼過ぎにはお客さんで身動きがとれないほどの大変な騒ぎでした」
 '03年11月の売り上げは、前年同月の約15%増。文庫本の売り上げは2.8倍を記録。売れない新潮文庫の売り上げベスト20を集計したら、1位は「次郎物語」の7冊だった。
「7冊といっても各1冊しか仕入れていないから、売れると補充の注文を繰り返す。驚異的な数字だと思います」】

〜〜〜〜〜〜〜

 「売れない文庫フェア」が大幅な売り上げアップに繋がったというこの話は、まさに「発想の転換」と言えそうです。でも、確かに「ベストセラー」というのはどこの本屋にでも置いてあるものですが、「売れない本」というのはなかなか目にする機会がないわけで、「どんな本が『売れてない』のだろう?」というのは、本好きにとっては、ややブラックながらも大きな興味をそそられるものだと思います。それも、単に「売れていない」だけではなくて、新潮文庫に収録されて現在発行されているということは、「それなりの価値がある」と少なくとも一時は評価されていた本なわけですから。
 それにしても、注文書の段階で、本が「売れ行き順位」で格付けされているとは、全然知りませんでした。

 僕が本屋で読みたい本を探すときには、「この本を買いにきた」という指名買いのときを除けば、だいたい平積みにされている新刊書・文庫に目がいきます。それ以外には、書棚の間を歩きながら、好きな作家の名前のところを一通りチェックするくらいです。よっぽど時間がなければ、棚に並んでいる本の一冊一冊を手に取ってみるのは不可能ですから。CDでは「ジャケット買い」というのがありますが、文庫本はとくに、旧いものになると同じような装丁の本が背表紙しか見えない状態で並べられていることがほとんどですから、よっぽどインパクトがあるタイトルでもなければ、なかなか「一目ぼれ」はしにくいものです。これだけたくさんの本が出版されていれば、やっぱり、書店側が「売りたい!」とアピールしてくれるかどうかというのは、非常に大きなファクターだと思われます。「売れている本」には、周囲の人々と感想を伝えあうという楽しみもありますしね。
 そして、書店が応援してくれない本は、どうしても「売れない本」になりがちで、なおさら人の目に触れる機会が失われていくのです。本当は、「多くの人が手にとってくれさえすれば、大ベストセラーになっていたかもしれない本」であっても。

 しかし、この記事を読んで、ちょっと暗い気持ちになったのは、こういうアイディアを実現させるためにも、ある程度の書店の規模は必要だということなんですよね。この「くすみ書房」には、4300点の文庫本が並べられているそうなのですが、僕が子供の頃に通っていた「おばちゃんがやっている、町の小さな書店」レベルでは、ここまでやるのはやはり難しいでしょう。
 僕も「町の小さな書店を応援したい」と思いつつも、品揃えが多い大規模書店でまとめ買いをしてしまうことが多いのが現実です。最近はamazonなどで家に居ながらにして、「田舎ではなかなか見つからない本」を探すこともできるようになりましたし、「町の書店」にとっては、受難の時代はまだまだ続きそうです。都会であれば、「専門書や1つのジャンルに特化する」ということも可能なのかもしれないけれど。

 それにしても、「売れない文庫」700冊を前にして、「やっぱりなあ…」と頷いたり、「この本も売れてないのかよ!」って憤ったりするのって、けっこう愉しそうですよね。



2006年07月20日(木)
「私は英語ができなくていい!」

「ぢぞうはみんな知っている」(群ようこ著・新潮文庫)より。

【英語ができないと、できる人よりバカに思われるんじゃないんだろうかとか、いちおう大学を卒業しているんだから、英語くらいはと思ったのも事実である。が、もう見栄を張るのはやめた。
「私は英語ができなくていい!」
 のである。だいたい書く仕事をしていながら、きちんとした日本語を知っているかというと、ものすごくあやふやだ。母国語すらちゃんと読み書きできないのに、他の国の言葉なんか覚えられるわけがない。英語を覚える前に、まず日本語をきちんと学ぶのが順番なのだ。それに英語は日本語と違う、英語的な独自の発想をしないと、日本語をただ訳しただけでは会話にはならないと聞いたこともある。私はどっぷりDNAが日本人なので、他の国の人間のような発想なんてとてもじゃないけどできない。それができる人とできない人と、絶対に向き不向きがあると思う。以前、上海に行ったときに、通訳をしてくれた若い女性が、
「日本語を覚えるために、学校以外に1日6時間以上勉強をしたので、他のことは一切、できなかった」
 というのを聞いて、深く納得した。通訳ともなればプロだし、ちょっと外国語ができる程度ではすまないのは事実だが、異国の言葉を流暢に話せるよういになるには、大変な努力が必要なのである。で、私は英語に関しては努力することを一切やめた。今まで頭の中に入っている英語で済ませる。万一、街角で急に英語が必要になる状況になったら、そばに英語が話せる人がいるかを探す。これだけ世の中の人々が、英語、英語といっているのだから、声をかけたら英語が話せる人の1人や2人、すぐ見つかるだろう(と思う)。海外で英語が必要になったら、ガイドを雇う。でもそういう状況ってほとんどないような気がするのだ。
 語学留学をした経験がある若者で、実際に流暢に英語が話せるようになる人は、実はとても数が少ないらしい。留学をしても日本人同士でつるんでいるので、いつまでたっても上達しないんだそうである。海外に行っただけで英語ができるようになるんだったら、いくらでも行く。外国人相手のおみやげ屋のおばちゃんも、特に英語の勉強なんかしたことがないのに、片言でああだこうだと相手をし、外国人客も喜びおばあちゃんも商売が成り立つという話をテレビで見たことがある。つまり、
「伝えたい!」
 という意思があれば、どんなつたない語学力であったも、たとえジェスチャーだけであっても、伝わるのではないだろうか。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕は「英語が苦手」で、しょっちゅう「もっと英語ができるようになりたいのになあ」なんて悩んでいるのですが、この文章を読んで、なんだか「英語が苦手な最大の理由」がわかったような気がしました。日本語通訳の人が「学校以外に毎日6時間勉強した」と言っているように、「大学受験以来、ろくに勉強もしていない僕が、英語がそんなに得意になれるはずがない」のですよね。センス云々の前に、まずは「勉強不足」だとしか言いようがありません。
 でもまあ、現実問題として、ここで群さんが書かれているような「開きなおりの心境」にも、なかなかなれないのです。
 もちろん、ときどき海外旅行に出かける程度であれば、どちらかというと、語学力よりも度胸のほうが大事であるような気がします。土産物屋で買い物をするのであれば、中途半端な英語を小声でボソボソと呟くよりも、ジェスチャーのほうが有用でしょう。
 ただし、それはあくまでも、「相手がこちらの話を聞く体勢でいてくれる場合」限定なんですよね。実際に海外で生活をしている人に話を聞いてみると、「英語も喋れないような人とは、かかわるのがめんどくさいと考えている英語圏の人」は、けっして少なくないようなのです。もちろんそれは、日本人にもいえることで、外国人に話しかけられても、「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ!」と、その場を立ち去ってしまう人も多いはずです。
 いくらこちらが「伝えたい!」という熱意を持っていたとしても、相手が「聞きたい!」という熱意を持っていなければ、コミュニケーションは成り立ちません。まあ、そんなに不親切な人ばかり、ということもないのでしょうけど。
 ちなみに、「英語が上達するための最良の手段」は、やっぱり「留学すること」なのだそうです。僕に留学時代の話をしてくれた人は、英語もよくわからないのに、いきなりラボ(研究室)での英語のミーティングに参加させられ、しかも、みんな新入りに全く遠慮することはなく、ものすごいスピードで普通に喋っていたのだとか。そういう環境に置かれてしまうと、もう「慣れるしかない」「勉強するしかない」のです。もしかしたら、「語学そのものを勉強するため」の留学よりも、「専門的なことを学ぶためには、英語を使うしかない」留学のほうが、英語が早く上達するのかもしれません。
 正直、論文を自分の国の言葉で読んだり書いたりできるのって、なんだか羨ましくてしょうがないのですけど、逆に、日本語で書いてあってもわからないものはわからない、からなあ……

 



2006年07月19日(水)
『ゲド戦記』と「宮崎家戦争」

「日経エンタテインメント!2006.8月号」(日経BP社)の飯島愛さんの対談連載「お友だちになりたい!」第52回より。ゲストは、映画監督の宮崎吾朗さん。

(宮崎吾朗さんが「ゲド戦記」の監督を務めることへの父・宮崎駿監督の反応について)

【飯島:宮崎駿さんは、反対なさってるって聞きますが。

宮崎:うん、反対しています。

飯島:まだ反対しているんですか。

宮崎:会っていないからわからないんです。

飯島:会っていないの? でも、うれしいんじゃないんでしょうかね。宮崎さんにお会いしたことないからわからないですけど、一般的に考えると、自分と同じ世界で息子が活躍することは複雑な思いがあると思うけど、うれしいんじゃないかって思います。

宮崎:もっと複雑な人ですからね。こんなもの作りやがって、俺だったらもっとうまくやるのに、みたいな(笑)。

飯島:何て言うと思います? 見て1発目。

宮崎:絶対見ないって言っていますから。

飯島:えー、絶対、見ると思う。100万円賭けた(笑)。ひっそり見ていると思うよ、いろいろ。

宮崎:それはそうみたいですよ。みんな帰った後に、準備室をこっそりのぞいているらしい、という話はあります。帰ったときは扉を開けて行ったのに、朝来たときに閉まっている、みたいな。

飯島:かわいいじゃないですか。

宮崎:「俺は見てない」って言いながら、全部知っているらしい(笑)。

飯島:全然知らん顔して。面白いね。何なんでしょうね。

宮崎:お互い意地の張り合いですから。

飯島;本当は相談したいなと思うときとかありましたか。

宮崎:いや、ないです。こういうふうにしたい、というのが自分の中にあって、作っているうちに、ああ、こうだなと、やればやるほど出てきますよね。相談したら、彼は自分がやりたいことだけ言うに決まっているじゃないですか。でも、自分は違うことをやりたいのに、そうしなきゃだめって言われるのは面白くないでしょう。】

〜〜〜〜〜〜〜

 あの宮崎駿監督の長男である宮崎吾朗さんは、この『ゲド戦記』が監督初作品。1967年生まれで、建設コンサルタントとして公園緑地や都市緑化などの計画・設計に従事してこられ、「三鷹の森ジブリ美術館」の総合デザインとともに、初代館長にも就任されていました。しかしまあ、今回の「抜擢」に関しては、「ジブリ作品の監督って、世襲制なの?」というような批判的な見方をしている人も、けっして少なくないと思います。まあ、僕もそのひとりなのですけど。それこそ、スタジオジブリには、もっと「叩き上げの監督にふさわしい人材」がいるのではないか?とも感じるし。
 しかし、このインタビュー記事を読んでいると、長男である吾朗さんが、父親である駿監督を「複雑な人」だとか「彼」なんて読んでいるのには、なんだか違和感もあるのです。もちろん、そこには「照れ」もあるでしょうし、絶縁状態の親子であれば、こんなふうに一緒の職場で仕事をすることなんてありえないでしょうが、「世界的な巨匠」を父親に持つというのは、必ずしも良いことばかりじゃないのだろうな、とか、いろいろと想像してしまうのも事実です。
 それでも、駿監督のほうは、なんのかんの言いつつも、「息子の作品」が、ものすごく気になってはいるみたいですけど。
 しかし、それもまあ当然のことで、もし、この『ゲド戦記』が失敗してしまったら、スタジオジブリ作品への信頼は失墜するでしょうし、父親としては、「無能な息子を縁故で起用したこと」に対して批判されることは必定。駿監督としては、かなり「危険な賭け」ではありますよね。

 ところで、この「賭け」は飯島さんの勝ちで、スタジオジブリのプロデューサーの鈴木プロデューサーが完成発表会の席上で【「駿監督も、社内の試写後に『素直な作り方で良かった』とつぶやいていた」という裏話を紹介した】そうです。
 ああ、でも内心「俺が作ったら、もっと凄い作品になってたけどな」とか思っているのかもしれません、あの宮崎駿監督ならば。



2006年07月18日(火)
「どうのつるぎ」を売れない男

「勝つために戦え!」(押井守著・エンターブレイン)より。

(『ドラゴンクエスト』の勝敗論についての押井守さんと野田真外さんのやりとりの一部です)

【押井:じゃあ『ドラクエ』の話でもしようか。

野田:お願いします。

押井:言ってみればゲームだって勝負なんだから、『ドラクエ』の勝敗論も当然あるんだよ。ただね。僕は麻雀も勝つまでやめないから嫌がられてるんだけど(笑)。それはちゃんと自分の資本を投下してる。コンシューマーゲームの場合は初期投資以外に資本投下する必要もないから、つまり何回負けても痛くも痒くもないから、勝つまで続けることが可能なんだよ。
 それでもない、『ドラクエ』をいかに勝つか? という勝敗がある。何のためにゲームをするかはそれぞれ違う。じゃあどういう方法で勝つかにこだわる人間とこだわらない人間のどちらがTVゲームをやることに即しているか。例えば一番典型的なところで言うと、アイテムを売るか売らないか。いつも悩むんだよね。店で買えない装備に高い値段がつくことがあるけど、それを絶対売らないってヤツがいてさ。最初に買ったどうのつるぎだのひのきのぼうだの絶対売らないで、最後まで全部持ってるんだよ。苦労して買ったんだから俺のものんだってさ。更新したら普通前の装備売るだろうって思うけど、彼にとってはそういうゲームなの。それは獲得する形式なんだよ。僕はありとあらゆる物を売る。できるだけ身軽でいたいから薬草なんか買ったこと1回もない。

野田:それじゃすぐ死んじゃうじゃないですか(笑)。

押井:「ホイミ」を覚えるまでとにかく鍛える。手に入れた薬草はすべて売り飛ばす。そういう意味ではドラクエVで仲間にした連中をどう選抜したかも実に明快でさ。前衛4人とホイミ系4人。しかも前衛はひたすら殴り系だけで魔法系はほとんど使わなかった。最後まで殴るだけ(笑)

野田:とにかく殴り倒すと(笑)。

押井:殴りで勝ち上がる最強の兵站部隊と呼ばれてたね。1回フィールドに出ると、ホイミを全部消費するまで3時間以上かかるんだよ。そうすると街に帰る頃にはレベル2つぐらい上がるわゴールドは3万〜4万たまるわで。その金で最強の装備を追求して使わなくなったものは速やかに売ると

野田:押井さんは『ウィザードリィ』から入ってるからそういう癖がついているんじゃないですか。

押井:いや、なぜそうするかってことなんだよね。ある知り合いの小学生が、奴隷に売り飛ばされた先の洞くつで延々と石を押してたんだって。これはそういうゲームじゃなくて、ここから逃げだそうとしないとゲームは進まないんだよって教えてあげても延々と石を運んでいる。彼にとってはそういうゲームだったんだよ、それが面白いから。それは昔さ『夢工場』でさ延々と大根ぶっこ抜いて遊んでたのと同じなの
 自分の望むやり方で勝ちたいと思うか思わないか。もちろん前者のほうがゲームを楽しめる。『ドラクエ』はその幅を見越して自由度をあげているんだからね。だからこそオバサンから小学生まで楽しく遊べる不朽のシリーズなんだよ。それぞれの遊び方を許容しているから。勝つための選択肢が1つじゃないんだよね。他は細かいことをもって良さとするゲームが多いけど、敢えて『ドラクエ』みたいな自由度の高いゲームだからこそ、自分で規制するわけ。余計な装備を持たない、アイテムに頼らないって。】

〜〜〜〜〜〜〜

 確かに、ゲームの「遊びかた」って、けっこうその人のキャラクターが出るような気がします。そして、ゲーム好きの人ほど、そういう「自分ルール」にこだわることが多いようです。
 僕はもちろんゲーム好きではあるのですが、そんな僕から観ても「武器も防具も全くつけずに『ドラクエ』をクリア!」とか、「全アイテムを集めて、すべての敵に遭わないと、自分基準では『クリア』じゃない!」というような「こだわり派ゲーマー」には、やっぱりかなわないなあ、と脱帽するばかりでした。「そんなレベル上げとかする時間があるのなら、他の新しいゲームをやればいいのに…」とか、つい考えてしまうんですよね。そういう意味では、僕は単なる「ゲームコレクター」であって、真の「ゲーマー」ではないのかもしれません。「とりあえずエンディング観られたら十分」なんですよね基本的には。
 いや、僕だって、ずーっとちまちまとスライムばっかり倒して、全然先に進まない女の子には、「そんなチンタラやってて、何が楽しいの?」とか、つい言いたくなってしまうのですけど、それこそ、相手にとっては、「自分はこれが楽しいんだから、ゴチャゴチャ言わないで!」という気分なのでしょう。遊んでいる本人が楽しければ、それがいちばん良い「遊び方」のはずなのです。

 ところで、これを読んでいて思ったのですが、僕はゲーム内でも「捨てられない人間」なんですよね。例えば、主人公が最初に装備していた「ぬののふく」とかを、「これは最初に着ていた思い出の品だから…」というふうに考えてしまって、なかなか売れないし、捨てられない。洞くつで拾った、明らかに自分が装備しているものより弱いけど店では売ってない武器とかも、「ここで僕がこれを売ったら、世界からこの武器は永久に無くなってしまうのか…」と思うと、やっぱり捨てられない。結局、「どうぐあずかり所」はいつもギュウギュウ詰めで、周りの人に「なんでそれ売らないの?」なんて呆れられています。でも、これって僕の部屋も同じ状態なんですよね。ほんと、物が捨てられないっていう性格は、ゲームでもやっぱり変えられないみたいで。
 いっそのこと、実生活のほうに「荷物預かり所」があればいいのになあ、なんて、つい考えてしまうのですけど。



2006年07月17日(月)
夜中に「お寿司を作り過ぎたから今から食べに来ない?」と云われたら……

「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)2006年8月号の連載エッセイ「もしもし、運命の人ですか。」(穂村弘著)より。

【例えば、先日或る女性作家のエッセイを読んでいたら、学生の頃は男の子に家まで送って貰ったら必ず「寄っていかない?」と云わなくてはならないと思い込んでいた、という意味の一文に出くわして愕然とした。
 それは歩み寄り過ぎだろう。毎回そんなことをしていたら大変だ。送って貰ってそのまんま返したら、男が激怒するとでも思っていたのだろうか。もしも男性全般がそういう生き物だったら、そもそも交際なんてできないんじゃないか。
 また別のケースでは、こんなこともあった。もう20年も前になるだろうか。
 夜中に突然電話がかかってきて「お寿司を作り過ぎたから今から食べに来ない?」と云われたのだ。相手は知り合ったばかりの女性だ。
 誘われているのか、たぶんそうだ、と反射的に思ったのだが、今ひとつ確信がもてない。これが普通に「御飯食べに来ない?」とか「ビデオ観に来ない?」だったら、もっと素直にOKサインと判断できただろう。だが、「夜中に作り過ぎたお寿司」というのが妙に具体的かつシュールで、案外、「本当にその言葉通りなのではないか」と悩んでしまったのだ。
 知り合ったばかりなので、相手の性格もまだ掴みきれていない。夜中にお寿司なんて変だと思いつつ、いや、でも、彼女はもともと「そういうひと」なのかもしれない、と思ったりする。迷いながら、とりあえず相手の家に行ってみると、そこには本当に大量のお寿司が待っていてさらに混乱した。誘いの口実にしては、手間隙かかっていてインパクトがありすぎる。結局その日はお寿司を食べただけで帰ってきてしまった。あたまのなかで性欲と食欲が混ざって、おいしかったが気が散った。
 この話をすると、「莫迦だなあ、それはOKに決まってるよ」と云う男友達がいる。「莫迦だねえ、OKに決まってるじゃん」と云う女友達もいる。
 だが、と私は思う。本当にそうだろうか。君たちは第三者の目でみているから軽くそんなことを云うけれど、本当に当事者になったら、もっと違った反応というか思いがけない行動をとったりするのではないか。
 少なくとも私の感覚では、現実のなかでの人間の反応は不定形で掴みがたいものだ。真夜中のお寿司だけ食べて帰ってくるほど思い切りの悪い私が、いくらなんでもこれはOKだろう、と確信して迫ったら、「ええー? 全然そんなつもりじゃなかった」と叫ばれたことだってあるのだ。
 慌てて謝りながら、思わず心のなかで「観客」たちに向かって、「でも皆さん、この場合、普通いきますよね?」と問いかけたくなった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 そもそも僕は、こういう「恋愛の駆け引き」みたいなのって全然ダメなのですけど、ここで穂村さんが書かれていることはわかるような気がします。まあ、僕が友達から「第三者」としてこのお寿司の話を聞かされれば、やっぱり「それはOKに決まってるだろ!」って言いそうではあるのですが。
 でも、確かに「御飯作りすぎちゃったから…」とか「面白いビデオ借りてきたんだけど」みたいな文脈であれば、「お誘い」にも応じやすいと思うのですが、いきなり「大量の寿司」となると、逆にちょっと考え込んでしまいますよね。それも、知り合ったばかりの女性からの誘いとなれば。
 「カレー作りすぎちゃった」とかなら、なんとなく合点がいくとしても、「寿司」となると、なんだか「家に行ったら宗教の勧誘の人たちが待っていて…」とか「お金貸してって頼まれるのでは…」とかいうような想像も、僕ならしてしまいそう。
 ところで、このとき穂村さんの前に出された「大量のお寿司」って、握りずしだったのでしょうか、それとも、稲荷とか海苔巻き、ちらし寿司レベルだったのでしょうか?それによっても、また違うリアクションになりそうです。握り寿司って素人にはなかなか作れそうもないですし、「作りすぎ」たりするのは、けっこう至難の業だと思われますから。
 もしかしたら、女性のほうもあれこれ考えた末、「普通の御飯だったら断られるかもしれないけど、お寿司みたいな御馳走だったら、来てくれるのでは」と考えて寿司にした、という可能性もありそう。

 確かに、第三者としてなら、「鉄板!」と言いたくなるような状況でも、当事者にとっては、かえって悩ましいときって、あるのではないでしょうか。そして、周りから「あの娘、絶対お前のこと好きに決まってるよ、行け!」と言われて行ってみたら、「そんなつもりじゃなかったのに…」「他に好きな人がいるんです…」なんて振られてしまうなんてことも、けっこうあるんですよね実際は。好き嫌い以前に、異性に対して、そういう「お誘い」だと誤解されるような行為にこだわらない人とか、誰に対しても思わせぶりな人っていうのも、いるからなあ……
 



2006年07月16日(日)
『じゃ2000円でいいよ』と言ってもらえるようなサイフ

「ほんじょの鉛筆日和。」(本上まなみ著・新潮文庫)より。

(「おとなのサイフ」という項より)

【それがね、前の年の末に、4年越しでようやくデートすることができた人がいたのだけれど、ゴハン食べに行く約束したのはいいがその生活感ありありのしょっぱいサイフを出すのがものすごく恥ずかしくて、そのときこれじゃダメだとついに自覚したのです。
 CM撮影で鼻息も荒くハワイへ。いつも親切なスタイリストのHさんが買い物について来てくれた。
 彼女は言いました。「まず、チャックはぶさいくの原因になるからダメ」。「小銭入れと札入れの2つ持つのは男前すぎるからダメ」。さらに「あんまり大きくて恰好いいのは金払いが良さそうでおごってもらえなくなるからダメ」。
「ワリカンにしましょう、とサイフを出しても『あ、じゃ2000円でいいよ』と言ってもらえるようなものを買いなさい」だって。
 フムフム。さすがお姉さん、タメになるお話をたくさんしてくださる。
 あちらこちらをにらむこと30分、ようやく『コーチ』のちび赤財布に決定しました。おそるおそる「赤いのってあんまり良くないんじゃ……」ってHさんに聞いたら「ふー、そんなの迷信に決まってるじゃない!」だって。頼もしい!】

〜〜〜〜〜〜〜

 サイフって、そんなにしょっちゅう買い換える必要があるとは思えないにもかかわらず、デパートでは、いつも「サイフのセール」が行われているような印象があります。僕はだいたい立派な財布は使わないのですが(一時期は、サイフを持っているとサイフごと失くすので、財布を使うこともやめていたくらいです)、世間の人たちは、ここまでサイフにこだわっているのだということに、ちょっと驚きました。僕の場合は、色どりとか形状がとりあえず気に入ったやつを使えばそれでいい、という感じなので。
 それでも、「お金が貯まるサイフ」なんていうのを見ると、それはそれで心が動かされてしまったりもするので、僕もあまり人のことは言えないのかもしれませんが。でも、本当にお金を貯めたければ、そのサイフを買うお金を貯金しろよ、とも思いますけどね、やっぱり。
 
 女性の場合、こだわりはじめると、男性よりもはるかに「サイフの購入時に気をつけておくポイント」というのは多いようです。「ぶさいく」じゃダメだけれど、あまりに立派過ぎると相手に引かれてしまうこともある。そりゃあまあ、僕がヨレヨレのサイフを出している横で、彼女がエルメスの分厚いサイフなんてサッと出してきたら、「ここは僕が払いますよ」なんて言うのも、確かにかえって恥ずかしい。
 しかし、本上さんが「4年越しでデートできた、しょっぱいサイフを出すのも恥ずかしかった人」というのは、いったいどんな人なのでしょうね、僕はむしろ、サイフよりもそれが気になってしかたありません。
 恋は、サイフに宿る。




2006年07月15日(土)
被告人席の「演技者」たち

「危ないお仕事!」(北尾トロ著・新潮文庫)より。

(「裁判」の魅力にとりつかれ、月に数回のペースで裁判を傍聴しているという北尾さんが見た、裁判所のさまざまな人々)

【まず、強引すぎる弁明。これは強姦やチカンなど、明確な証拠が残りにくい事件で多い。
 たとえば、居眠りしている女子高生のスカートの中が見える写真を撮影したけど、それは女子高生を撮ったらたまたまスカートの中が写っただけのことで、下着を写すことが目的ではなかったのだから無罪だとする主張。そんなことを言っておきながら、他の乗客から盗撮を指摘された瞬間、写真を撮った携帯電話をブチ壊して証拠隠滅を図っているんだけどね。

(中略)

 窃盗では、ハッと気がついたらバッグに品物が入っていたという定番の言い訳がある。そんなの誰が信用できるかって話だが、被告人は真剣な顔で言う。
「私も本当に不思議でしょうがないんですが……入っていたんです」
 その言い方はいかにもわざとらしくて、小学生の学芸会レベルの演技力。誰も真剣に耳を傾けたりはしない。それでも本人にとってはここが勝負所。高齢で仕事の当てもなく、身元を引き受けてくれる知人もおらず、家族でさえ傍聴にこない、”ないないづくし”の状態であれば、罪を認めることが執行猶予なしの実景につながる可能性は高くなる。
「冷静に質問に答えてくださいな」
 という弁護人の声も、耳には入らない。拘置所で考え抜いたクライマックスに向けて、被告人の演技はエスカレートするばかりだ。
 これが、たいていは同じなんだなあ。涙である。
「私は……私は……(このへんで泣きの態勢になる)、やっておりません!(号泣)」
 しょっちゅう同じような光景に遭遇するからだろう。ぼくは、この戦法が功を奏した裁判を見たことがない。
 被告人にとっては一世一代の演技が、裁判官にとってはよくあるサル芝居なのだ。ぼくはすべての裁判官が優れているとも信頼できるとも思わないが、被告人の心を見透かす眼力については、常人よりもはるかに研ぎ澄まされていると感じる。被告人や弁護人の熱っぽい発言に心を揺さぶられているとき、アクビをかみ殺すような裁判官の表情を見て我に返ることがよくあるのだ。で、検察官の反論を聞いて、なるほどそういうことか、やっぱりやっているよなと思い直すこともたびたびである。
 懸命な被告人とクールな裁判官。両者のギャップがかもしだす間延びした雰囲気は、裁判ならではの味わいだろう。でも、どうにかして罪を逃れたいという被告人の行動には、憎みきれない愛嬌を感じてしまう。
 もっとも、覚醒剤だとこうはいかない。
「私のバッグに入っていたことは認めます。ですが、私はシャブやらないんだから。やらない人間がどうして持っているんですか、裁判長」
 警察官にハメられた、敵対するグループのワナにかけられた、知らない男から中身を見るなと言われて預かった、遊びゴコロで買っては見たが怖くなったから使用はしていない、腕に注射痕があるのはためらい傷のようなものでトライはしたがカラダには入れていない……。
 こうなると、ふてぶてしさが漂うばかり。やってるから持ってるだけでしょ、と傍聴席から有罪を言い渡したくなるってもんだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 当事者にとっては、「一世一代の大芝居」のつもりでも、周囲の「裁判のプロ」からしてみれば、「典型的なサル芝居」になってしまっているというのは、なんとも皮肉な話です。ほんと、演じている被告のほうにとってはものすごく切実な状況なだけになおさら。被告になってしまった人は、それまでの人生で裁判所の被告席に座る機会なんてまずなかったでしょうし、裁判の傍聴の経験があった人もほとんどいないでしょうから、まさか、「みんな同じようなことをやっている」なんてことは、予想もしていないわけで。
 ここで紹介されている「言い訳」の数々は、第三者である北尾さん、そしてこれを読んだ僕にとっても、「そんなバカな!」とツッコミを入れまくりたくなるような代物です。どう考えても、これで罪が軽くなるとは思えないのですが、そんな「言い訳」をしてしまうほど、多くの場合、被告というのは追い詰められてしまうものなのですね。それとも、開き直って、「万が一でも減刑されたら儲けもの」というくらいの気持ちなのか。そういう「言い訳」に対して、サッカーの試合みたいに「『シミュレーション』と認定されて刑が重くなる」ようにできないものなのでしょうか。

 それにしても、裁判官というのも、けっこう大変な仕事なんだなあ、と、これを読んであらためて痛感しました。仕事とはいえ、こういう「サル芝居」を、形だけでも真面目に聴いていないといけないのですから。おそらく、裁判の中には、「またこんなくだらない事件……」とか「そんな言い訳は、もう聞き飽きたよ……」とか言いたくなるようなものも、けっして少なくないと思うのです。病院がみんな「救命救急24時」に出てくるような「戦場」ではないのと同じように、裁判所で扱われる「事件」だって、そんなにドラマチックなものばかりであるはずはないのですから。
 そういった状況にも感情的にならずに、要点をおさえながら冷静に「判決」を下していかなければならないなんて、本当に厳しい仕事ですよね。僕だったら、絶対に居眠りしそう……
 裁判官だって人間ですから、心の中では、「この犯人は死刑に値する」と憤りながらも、「無期懲役」の判決を出していたりもするんだろうなあ、きっと。



2006年07月13日(木)
「ジダン頭突き事件」の真実

asahi.comの記事より。

【サッカーW杯決勝で相手のイタリア選手に頭突きし、退場処分となったフランス代表主将のジネディーヌ・ジダン選手(34)は12日夜(日本時間13日未明)の仏テレビで「母や姉を傷つけるひどい言葉を繰り返され、耐えきれなかった」と釈明した。「ひどい言葉」の中身について自らは明らかにせず、真相究明は国際サッカー連盟(FIFA)の調査に委ねられる。ジダン選手が自身の行為について語ったのは初めて。
 ジダン選手は12日夕、仏の民放カナル・プリュスとTF1の看板キャスターによるインタビューに個別に応じ、その模様が両局のニュース番組で録画放映された。
 頭突きの原因となったマルコ・マテラッツィ選手(32)の「挑発」について、ジダン選手は「とても個人的なことだ。母と姉を傷つけるひどい言葉を繰り返された。1度や2度ならともかく、3度となると我慢できなかった」「言葉はしばしば(暴力)行為よりきつい。それは、私を最も深く傷つける言葉だった」と述べた。
 どんな言葉だったのかについて、同選手は「とても口には出せない」と伏せた。英紙がマテラッツィ選手の挑発として報じた「テロリスト売春婦の息子」との発言の真偽を問われると「まあそうだ」と答えた。ジダン選手はアルジェリア系移民2世。
 決勝の延長戦後半、ジダン選手はゴール前で激しいマークを続けていたマテラッツィ選手と言葉を交わした後、いったん離れかけたが、再び向かい合って頭突きを見舞った。ジダン選手によると、離れようとした後も同じ言葉を背中に浴びせられ、怒りが爆発したという。
 ジダン選手はまた「20億、30億人が見守る中での私の行為は許されないもので、特にテレビを見ていた子供たちに謝りたい。やっていいこと、悪いことを子どもに教えようとしていた人にも謝る」と語った。一方で「後悔はしていない。後悔すれば彼の言葉を認めることになるから」とも述べた。
 同選手はFIFAの調査に協力するとしたうえで「挑発した側も罰せられるべきだ」と審判の判断に注文。「W杯決勝の、しかもサッカー人生の終了10分前に面白半分にあんなことをすると思いますか」と、自らの怒りに理解を求めた。
 ジダン選手は、反移民を掲げるイタリアの政党幹部が「仏代表は黒人とイスラム教徒、共産主義者で構成されている」と発言したことにも触れ「私の行為より悪質ではないか」と批判した。
 マテラッツィ選手は伊スポーツ紙に、守備のためジダン選手のシャツを数秒間つかんだら「そんなにシャツが欲しけりゃ試合後に交換してやるよ」と見下した態度で言われ、ののしり返したと語っている。ジダン選手は「シャツ発言」を認めたうえで「誰も見下していない」と強調した。
 フランス国内では、国民的ヒーローの引退試合を本人が汚したことへの失望が尾を引くが、「彼の人間としての価値は変わらない。ジダンはジダンのままだ」(ドビルパン首相)との同情的な反応が優勢。61%が頭突きを「許す」とした世論調査(11日付パリジャン紙)もある。】

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日刊スポーツの記事より。

【各国メディアがビデオでマテラッツィの唇の動きの読みとり調査を行い、発言は家族と人種差別に関するものだということで、ほぼ特定されてきた。「プッターナ(売春婦)」と「テロリスタ(テロリスト)」というイタリア語が、両方とも含まれるという。ジダンはイタリアで5年プレーしているため、イタリア語が理解できる。暴力による報復は否定されなければならないが、母が緊急入院した状況で「売春婦」という言葉を投げかけられたとしたら、感情的になってしまうのもうなずける。

 母には恩がある。14歳でカンヌのスカウトに見いだされたとき、マルセイユから離れることに父エスマイル氏は反対したが、母は賛同した。理由はカンヌ側が提示したホームステイという条件だった。「貧しいわが家では受けられない教育を受けさせてくれる。それだけでも、この子の将来のためになるはず」と送り出した。この母の決断がなければ今の自分がなかったことを知っている。気丈に送り出した母は、ジダンの姿が見えなくなると同時に3日3晩泣き続けたという。
 しかも、そのときの恩人であるカンヌ元スカウトのジャン・バロー氏が、決勝トーナメント直前に他界した。重なったニュースが、ジダンをナーバスにさせていたかもしれない。】

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 「日刊スポーツ」の本紙の記事には、試合中にマテラッツィにユニフォームをつかまれたジダンが「そんなにユニフォームが欲しいなら、試合が終わったらくれてやるから」と言ったことがきっかけだったと書かれています。
 そのジダンの言葉に「見下されている」と感じたマテラッツィが、「暴言」を吐いたのだとか。また、スポーツニッポンでは、【マテラッツィは、ジダンの母親を侮辱したという報道に関しても反論。14歳の時に母親を亡くしているだけに「あいつのお母さんをバカにした覚えもない。母親は聖なるものだからね」と語った】そうです。
 もし、これらの言い分が事実であるならば、同じプロのサッカー選手であり、しかも、イタリア代表という「超一流」選手であるマテラッツィが、「いくらジダンだからといって、俺をバカにしやがって」とカッとなって「暴言」を吐いたとしても、それはそれで理解できるような気もします。いや、僕のようなワールドカップ期間限定のにわかサッカーファンにとっては、「ジダンのほうが圧倒的に格上」なのですが、当事者の考えというのは、また別の話。試合の最中に「ああ、憧れのジダンだ…」なんて思っているような、闘争心のない選手は、ああいう場には出てくることはできないはずです。
 いままさにワールドカップ優勝を争っている相手チームの選手に、こんなふうに茶化されたら、もともとかなり血の気が多いマテラッツィとしては、ついカッとなってしまっても不思議はないような気がします。
 ジダンだって、「これが最後の試合だから」という「引退モード」に完全になっていれば、どんな暴言を浴びせられても我慢できていたはずで、ジダンにとっては、ワールドカップの決勝戦も、自らの引退試合も、「闘わなくてはならない、目の前のサッカーのゲーム」でしかなかったのかもしれません。だからこそ、ジダンは大舞台で数々の「伝説」をつくることができたのです。

 僕はジダン選手のファンですし、彼があんな行為でレッドカードを喰らって現役最後の試合を終えてしまったのは、本当に悲しかったです。仮にジダンがあのまま最後までプレーをして試合が終われば、勝ったのがどちらのチームであっても、ジダンの「伝説」は、心地よい形での幕切れになったことでしょう。そもそも、今大会でのフランスの快進撃を支えてきた大きな柱はなんといっても復活したジダンで、グループリーグで韓国と引き分けた試合のフランスの体たらくでは、「予選で敗退してしまうのではないか」と感じた人も多かったはずです。しかしながら、「これがジダンのラストゲームになるのではないか」という周囲の予想に反して、スペイン、ブラジル、ポルトガルという強豪を、「終わった」はずのフランスが、次々と打ち破っていきました。考えてみれば、決勝まで進んできたことが、すでに「奇跡」みたいなものだったのです。

 あの「頭突き」事件は、確かに「ワールドカップの汚点」とも言うべきものですし、スポーツマンとしては、褒められたものではありません。
 ただ、さまざまな報道で得た情報からすると、ジダンは、決勝戦の直前の母親の緊急入院や恩師の死によるショック、そしてもちろん、ワールドカップの決勝という舞台や自分の引退試合ということへのプレッシャーを抱えながら、あのグラウンドに立っていたのだと思います。そして、なかなか試合を決められず、自らも決定的なチャンスにゴールを挙げられずに苛立っていたところに、あのマテラッツィの「暴言」。しかも、その内容が、緊急入院していて、ジダンにとっては大きな心配事である、母親の悪口だったとしたら……
 
 たぶん、マテラッツィは、「酷いこと」を言ったのでしょう。
 ただ、僕が思うに、その「暴言」の内容というのは、マテラッツィにとっても、ジダンにとっても、そんなに珍しい内容ではなかったような気がするのです。いくらマテラッツィが「トラブルメーカー」だからって、「ワールドカップ決勝用の、特別に酷い悪口のネタ」なんていうのを仕込んでいたとは思えませんから。そして、そういう「暴言」を吐いてきたのは、マテラッツィだけではないはずです。しかしながら、あの場面での、あの内容の「暴言」は、ジダンの「逆鱗」に触れてしまったのです。それは、マテラッツィにとっても「予想外」(あるいは、「予想以上」)だったことでしょう。

 あの「ジダンの頭突き」が起こった「直接の原因」というのは、マテラッツィの「暴言」だったのかもしれませんが、おそらく、その「暴言」に過剰な反応を示してしまうくらい、ジダンは精神的にギリギリのところで闘っていたのでしょう。
 逆に、「母親の入院」「恩師の死」「決勝の舞台」「引退試合」というような「背景」がなければ、同じことを言われたとしても、マテラッツィの「暴言」に対して、ジダンはああいう形での「復讐」を選ばなかったと思うのです。
 マテラッツィからすれば、「きっかけはジダンが自分をバカにしたことだし、あのくらいの悪口で暴発するほうがおかしい」というのが、自然な感覚なんですよね、きっと。彼は、今までと同じような「暴言」を吐いていただけなのだから。そして、ジダンの母親の入院のことを知っていたら、いくらなんでも、「母親の悪口」は、言わなかったと思います(というか、そう思いたい)。

 この「事件」には、本当にいろいろなことを考えさせられました。
 今まで僕が他人に対して「なんでこんなことで怒るんだ?」と感じ、その人を「怒りっぽい、心の狭い人」だと判断していた事例のなかには、おそらく、その相手にも「そこで怒るだけの事情」があったことも多かったのではないか、と。もちろん、その相手が、その「事情」を僕に伝えてくれるとは限らないし、その「事情」そのものが、僕には関係のないこともあるでしょうけど、人は、自分が知らないところで、本当にたくさんの他人を傷つけているのです。
 身内が病気で明日をも知れない状態であれば、苛立ったり、落ち込んでいるのは当然のことですし、長年付き合っていた恋人に振られた直後であれば、元気がなかったり、集中できないのも自然なことです。でも、僕たちはそこで、自分がしたことと相手のリアクションだけを比較して、「なんでこんなことで怒るんだ?」としか思えない。
 僕たちが、車を猛スピードで飛ばしてスッキリした、なんて話しているのを偶然聞いて、交通事故で子供を亡くした人が、心の中で泣いて、憤っていることだって十分にありえるのに。

 あまりいろいろな「背景」を考えすぎると、最後には「沈黙」しか残らなくなってしまいます。ただ、あの「退場劇」は、「どちらが悪い」というよりは、「人と人というのは、お互いにあんなふうにすれ違って、たいして悪意もないのに傷つけあって生きているのだ」ということの一例であるような気がしてなりません。
 おそらく、彼らの人生には、ジダンがマテラッツィの立場だったこともあれば、マテラッティがジダンだったこともあったはずです。

 僕たちも、あるときはジダンであり、あるときはマテラッツィなのですよ、きっと。



2006年07月11日(火)
芥川賞・直木賞と作家の「生涯賃金」

「ダカーポ・587号」(マガジンハウス)の特集記事「芥川賞・直木賞を徹底的に楽しむ」より。

(『きれぎれ』で第123回芥川賞を受賞された町田康さんと、『4TEEN』で第129回直木賞を受賞された石田衣良さんの対談の一部です)

【司会者:ところで、受賞直後に始まる受賞作家への各メディアからの取材依頼の嵐は、すさまじいそうですね?

石田:すごかった(笑)。1か月に50本か60本の取材を受けることになりました。
 よく、取材なんて毎回同じ質問でしょ? とか言われるんですけど、そんなことはないです。
 フジテレビのアナウンサーに「石田さんはカラオケで何を歌いますか?」と聞かれたかと思えば、赤旗新聞の記者に「作品の舞台になっている月島の各社社会について意見を?」と聞かれます。毎日毎日疲れたけれど、貴重な体験でした。

(中略)

町田:受賞したら、いきなり、それまでと打って変わって強引に原稿を取り立てる編集の人もいましたよ(笑)。やっと収穫だぜ! みたいな。あれにもちょっと戸惑いました。
 えっ、あれっ、この人、こんな人だったっけ? と思いました。まあ、これからは作家として独り立ちして行け、という気持ちなのかもしれないけれど。

石田:受賞第一作はうちで、みたいな。

町田:でも、石田さん、受賞時には、もう何作かあったでしょ?

石田:ええ、並行して何作か書いていますからね。

町田:出版社は帯に「受賞第一作」と書きますが、一作目がいっぱい出る人もいますね。
 書く側にとっては受賞側から取り組んでいるから「石田衣良の新境地!」と書かれても、実際にはかなり前から書いていたりする。

石田:新作はいつも新境地です(笑)。ただ、受賞後に作風がガラリと変わる作家は危険ですね。気負いがあると、作品が縮こまってしまう。小説は生き物だから。

町田:候補作になってから受賞までは数か月あるわけですから、自分のペースを維持していれば、受賞したときにはある程度かたちになった作品ができているはずでしょう。それがないとすると、数か月仕事をしていなかったことになる。

石田:テーマや書き終えた作品を常に複数持っていないと、受賞後もずっと書き続けていくのは厳しい。

司会者:受賞で現実的に得をしたことはありましたか?

石田:やっぱり、広く名前を覚えてもらえたことでしょう。本は売れますし。

町田:僕は、時間の流れをあえて混乱させる作品で受賞したので、受賞作を読んだ人が難しい小説を書く作者だと思い込んでしまって困った。

石田:編集者によると、直木賞を受賞すると生涯賃金が2、3億円上がるらしいですよ。

司会者:講演活動を含めてですか?

石田:そうです。でも、僕は個人の講演はいっさい受けていないんです。書き手としての自分を強く意識していないと危険だと思うので。だから、生涯賃金はそんなに上がらないかもしれません。町田さん、講演は?

町田:僕は人前でしゃべるのはダメです(笑)。

石田:でも、町田さんとは今日初めてお会いしましたけれど、2人で組んで旅回りでしゃべったら、受けると思いますよ。今日のこの対談のままで十分いける(笑)。とにかく、書くことは、好きじゃないと続かないですよ。朝早くから夜遅くまで部屋でじっとキーをたたく苦しい仕事だから。でも、つらいけれど、楽しいんですけどね。】

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 この本には、直木賞の選考委員である北方謙三さんのインタビューも載っているのですが、北方さんは、「ほかの作家の肩書に”直木賞作家”とある横で、僕だけ”作家”なのは、やっぱり嫌ですよ」と語っておられます。北方さんは、直木賞「未受賞組」なのですが(御本人によると「もらえなかったこともあるし、あげるというのを断ったこともある」そうです)、確かに、「芥川賞作家」「直木賞作家」というのは、「作家のなかでもステータスが高い職業名」として一般的に使われているような気がします。芥川賞・直木賞以外では、こんなふうに一般名詞化した文学賞というのはないんですよね。「三島由紀夫賞作家」とか、「このミステリーがすごい!大賞作家」と、テレビ番組で紹介されることは、まずありえないのです。

 作家にとっては、この「芥川賞・直木賞」というのは、「別格」の存在のようで、石田さんも【編集者によると、直木賞を受賞すると生涯賃金が2、3億円上がるらしいですよ】と仰っておられます。一流企業に勤めるサラリーマンの生涯賃金分くらいが、「芥川賞・直木賞作家になれるかどうか」にかかっているのですから、それはもう、作家として生きていくいこうとする人の大部分が、「ノドから手が出るほど欲しがる」のも、当然のことです。
 もっとも、ここでは「本が売れる」というだけではなくて、「講演」の話が出てきますから(というか、講演をやればかなり稼げるらしいです本当に)、「芥川賞・直木賞作家」になるというのは、「文化人」としてのステータスが上がって、それに伴う収入が増えるという面もありそうです。確かに「作家の○○さん」の講演だと知らない人は来てくれそうにありませんが、「直木賞作家の○○さん」であれば、名前を聞いたことがない人でも、なんとなく「大作家が来た!」と思うでしょうから、集客力もかなり違うのかもしれません。講演料とか依頼される頻度も、だいぶ違ってくるのでしょうね。

 しかしながら、同世代のなかでは、たぶん本をかなり読んでいる部類の僕も、「ここ5年の芥川賞・直木賞作家」の半分も思い出せませんから(ちなみに、あの綿矢りささんが受賞されたのが第130回芥川賞で、今から2年半前の2004年1月のことでした)、「芥川賞・直木賞作家」になれたからといって、必ずしも永遠に「人気作家」でいられるわけでは、ないみたいなんですけどね。
 その狭き門を考えると、生涯で2〜3億の上乗せというのは、むしろ、「安すぎる」ような気もします。



2006年07月10日(月)
奇才・楳図かずおの「創作のコツ」

「GetNavi」2006年8月号(学研)の記事「エンタ・チャンネル」の「スペシャルインタビュー・楳図かずお」より。

(現在公開中の映画『猫目小僧』(井口昇監督)に関連して)

【そう、『猫目小僧』はもともとは極めてシリアスなテーマを持った作品なのである。人間の姿に近い妖怪として生まれた猫目小僧は、人間界と妖怪界、両方から迫害される存在なのだ。

楳図「”完璧な孤独”という状態にいるんですね、猫目小僧は。ふたつの世界の中間にいて、どちらにも食い込まずにいる。そういう境遇を悲しく思う人は多いでしょうけど、実は猫目小僧こそがいちばん自由なんです。どこにも属さない代わりに、どこにでも行ける。そして日々、見知らぬ屋根裏に忍び込んで、人間たちの様子を観察している。僕自身も、世の中を引いた視点で見ながら生きているので、猫目小僧はすごくお気に入りのキャラクターなんですよ」

 なるほど、猫目小僧は楳図かずおの化身なんですね! と言うと、「それはうれしいですね!」とニコニコする楳図先生。確かに楳図ワールドは、人間界の常識には属していない。こちらが普通に信じていたものを、根底からひっくり返すのだ。

楳図「『漂流教室』なんかがまさにそうで、小学校丸ごとが突然異次元に飛ばされてしまう。人格も平穏だったときとはガラッと豹変してしまう。ホラーにしろ”ありえないことが起こる”という恐怖を描いていますから」

 その発想は一体どこから?

楳図「創作のコツとして、僕は絶対に論理からは入らないんです。パッと思いついたことをまず描いてみる。それから”これってどういうことなんだろう?”と考える。最初に右脳でどんでもないことを一発ボーンと発想して、そこから左脳に渡す。最初に左脳から出てきたものってつまらないし、理屈としても的ハズレな場合が多いんですよ」

 その驚異的な右脳から生まれた数々の楳図マンガが、『猫目小僧』に続き、『神の左手、悪魔の右手』(金子修介監督、7月公開)、準備中の『おろち』など、続々映画化されている。

楳図「僕のマンガを読んで育ったという世代の監督が、愛情を持って映画にしてくださるのはうれしいです。ただ本音を言えば、やっぱり監督のみなさんも芸術家なんだから、あまり原作をなぞらず、独自のイマジネーションで逆に僕を驚かせてほしい」】

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 このインタビューを読んで、「ああ、楳図先生は、本当に根っからのクリエイターなんだなあ」と思わずにはいられませんでした。普通「原作者」というのは、「あまり原作をなぞらずに、僕を驚かせてほしい」なんて言わないものでしょうしね。
 僕は子供の頃、楳図先生の「まことちゃん」を読んで、すごく衝撃を受けたことをいまでもよく覚えています。
 それは、「面白い!」とか「凄い!」というよりは、「いったい何なんだこれは?」という、とにかく、圧倒的なインパクト。「グワシ!」とか、あれがどういう意味なのかは全然わかりませんでしたけど、よくマネしようとしたものです。僕の指では、ちょっと厳しかったのですが。

 楳図先生は、このインタビューのなかで、「創作のコツ」の一端を明かされています。僕たちは、何かを考えるとき「筋道を立てて、結果を導いていく」ことが正しいと思いがちなのですが、楳図先生は、「まず思いついたことを描いてみて、それから、そのプロセスを埋めていく」そうなのです。
 確かに、普通の発想法では、なかなか「普通のアイディア」の壁を越えるのは難しいのですよね。もちろん、そういう「右脳でとんでもないことを思いつく」ということそのものが「才能」ではあるのですけど、多くの人が「こんな適当な思いつきなんて、意味ないよね」と捨ててしまう「発想」こそ、楳図先生にとっては、オリジナリティの宝庫なのです。

 楳図先生は、現在は腱鞘炎でマンガの創作からは離れておられるそうなのですが、大人になってからあらためて楳図作品を読み返してみると、なんだか、子供の頃にはわからなかった「怖さ」と「凄さ」をあらためて感じるんですよね。
 右脳マンガ、恐るべし。



2006年07月09日(日)
有権者の抱く「理想の政治指導者像」

「必笑小咄のテクニック」(米原万里著・集英社新書)より。

【秋には総裁選も予想されますので、有権者の抱く理想の政治指導者像についてアンケート調査を実施します。

1.非合法の金融業者や暴力団関係者との並々ならぬ間柄について噂が絶えない。病気持ち。妻以外に愛人が2人。ヘビー・スモーカー。毎日マティーニを8〜10杯引っかけている。

2.二度も免職されたことがある。夜更かしで正午まで寝ているクセが抜けない。学生時代には麻薬を吸っていた。毎晩ブランデーを1本飲み干す。

3.勇猛果敢な軍人としていくつかの勲章を授与されている。ベジタリアンにして非喫煙者。酒は、ビールのみを愛飲している。マフィア、刑事犯、マネーロンダリング、その他の不法行為とのいかなるかかわり合いも疑われたことがない。贅沢嫌いで生活はつましい。

 以上のように3人の有力政治家の皆さまのキャラクターを記しましたので、理想とする政治家の番号を○で囲んでください。あなたの貴重なご意見は、総裁候補選出に際して必ず参考にさせていただきます。ご協力ありがとうございました。なお、各番号に相当する政治家は、次の方々です。

1.フランクリン・ルーズヴェルト
2.ウィンストン・チャーチル
3.アドルフ・ヒットラー】

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 僕は、「3だろ、当然」と思いつつ読んでいたのですが、最後のオチを読んで驚いてしまいました。もちろん、人間にはいろんな面があるのですが、「私生活や嗜好」という観点からみれば、この中では、ヒトラーがいちばん「理想の政治家像」に近い、という人が多いのではないでしょうか。
 米原さんは、この話を「小咄」として書かれているのですが、果たして笑っていいのかどうか、ちょっと考え込んでしまう話ではありますね。
 一般的に、政治家というものは私生活もクリーンであってほしいと思われがちなのですが、こうして、私生活(の一部)だけを抜き出してみると、歴史に残る偉大な政治家が女性関係にだらしなかったり、酒びたりだったりというのは、けっして珍しいことではないみたいです。かなり旧い話ではありますが、カエサルは「借金踏み倒しの名人」だったそうですし、現在のアメリカでは、あの「不適切な関係」のクリントン前大統領が、かなり再評価されているみたいです。長い目でみれば、「政治家にとって、私生活なんて、大きな問題ではない」のかもしれません。
 逆に、「歴史に対する大犯罪者」であるはずのヒトラーは、その私生活においては、かなりクリーンな人物だった、ということになります。もしかしたら、そういう「潔癖な面」の反動として、あのような暴挙の立役者となってしまったのでしょうか。それはもちろん、本人にしか(もしかしたら、本人にさえも)、わからないことなのですけど。
 こういうエピソードからすれば、愛人問題であっという間に首相の座を追われたU元総理などは、そのまま首相の座にいられれば、「大政治家」になっていた可能性もありますよね。
 ただし、「私生活がだらしない大政治家もいる」からといって、「私生活にだらしなければ、大政治家である」というわけではないんですよね、残念ながら。



2006年07月07日(金)
南極観測隊の「電子レンジ戦争」

「面白南極料理人〜笑う食卓」(西村淳著・新潮文庫)より。

(南極観測隊に「料理人」として参加された、西村淳さんの本の一部です。「雪上車レンジ搭載事件」の顛末)

【内陸旅行に向かう旅行隊の食料を配布していて、あまりの量の多さに例によって飽きてしまい、
「あーめんどくせえ。こんなにあるなら全部プラスティっクパックにしてやるから、電子レンジでチンしたらすぐ喰えるんじゃないの?」
 この一言でその場に居た人たちを凍り付かせてしまった。
 世界に名だたる? かどうか知らないが、あの南極観測隊が氷原を進む雪上車の中で、チンした食料を食べるなんて……「この無礼者! 何と大それた事を抜かす。手打ちだー」と包丁片手にかかってきた隊員はいないが、確かにそんな雰囲気だった。
「面白そう、やろうやろう! 前例をつくってしまえばいいんだよ」
 ニコニコ笑いながら賛成してくれたのは、旅行隊で炊事担当の大堀隊員ただ一人。
 沈黙の中を夏季宿舎「レイク・サイド・ホテル」まで行って、現在の基準からすると、とてつもなく重い電子レンジを雪上車に備え付けた。
 大堀隊員は東京工業大学から参加したエンジニアで、同年齢ということもあり、何かとつるんで色々なことをやっていたが、この電子レンジを雪上車に備え付けることが、いかに大事件だったかなんてその時点では知るよしもなかった。が、彼らが「みずほ基地」に向かった夜、BARで某隊員からネチネチとお小言をたまわった。
「南極観測隊はといでいない米を炊き、その若干粉っぽい糠臭さを極上の香りと感じ、毎回灯油コンロで不便な思いをしながらでも三食作り上げることに意義があるのであって、そんな中から連帯とチームワークがナンチャラカンチャラ」
 要は営々と築いてきた形態を変えてはいけないのだよ、と言っていることはわかったが、趣旨はさっぱり理解できなかった。
「なーんもだって! 飯作ってる時間があったら、短時間でパパッと作って、その空いた時間で酒飲んでいたほうがはるかに有意義だって」系の言葉で、その場はしめくくったと思うが結果は……、
「電子レンジがあるおかげで、毎日が快適でーす」
 こんな旅行隊からの無線で締めくくられた。
 輻射熱ではなく、摩擦熱で食品を温める「電子レンジ」は高地でもすみやかに温かい食事を提供したようで、例のぶちぶち文句たれ隊員の追及もその後は無かった。
 ただ帰国した時成田空港で、極地研のお偉いさんから、「旅行隊に電子レンジ持たせたんだって……フーン」と、すがめで言われた時には、何かとんでもないことをしでかしたかと、すみやかに本業の国家公務員に意識を戻していた身には、一瞬ドキリが走った。
 ただこの調理法は全般的に好評だったようで、8年たって再び南極観測隊に参加した時、雪上車に電子レンジが備え付けられていると聞き、ニヤリとしたが、それをまだ邪道だと思っている御仁がいたとは……正直心の中で口をあんぐりと開けてしまった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 ほんと、「飯作ってる時間があったら、短時間でパパッと作って、その空いた時間で酒飲んでいたほうがはるかに有意義」だと僕も思います。いや、酒を飲むかどうかはさておき、別に食事を作るトレーニングをするために内陸旅行に出るわけではないのですから、そんな美味しくなさそうなごはんを作ることに時間をロスするよりは、電子レンジを使って、余った時間は仕事なり休養なりにあてたようがいいに決まっているはずなのに。

 でも、ここに出てくる「ブチブチ文句たれ隊員」とか「極地研のお偉いさん」みたいな人って、世の中には決して少なくないのです。しかも、こういう人にかぎって、偉くなってしまって発言力を持っていて、自分の「成功体験」を無理矢理後輩に押し付けがち。

 どう考えても非効率的だったり、効果が期待できないやり方にもかかわらず、自分がそれをやって(しかも、そのおかげで辛い目にあって)きたからという理由で、そのキツくてめんどくさい習慣を「それがうちの伝統だから」と決めて、後に続く人に無条件でそのままやらせようとする人って、たぶん、どこにでもいるのです。いやもちろん、「伝統」がすべて非合理的で無意味なものだとは僕も考えていませんが、こういうのって、「このシゴキがうちの部の伝統」なんて勘違いしている高校生みたいなものですよね。痛い目にあわせれば技術が向上するのなら、SMクラブにはサッカー日本代表が続々と押しかけていくはずですが、実際にはそんなことはありません。

 しかしながら、彼らは、「自分もそれをやってきた」という呪縛から逃れられずに、それを「美化」してしまうのです。そして、「自分はこんなキツイことをやってきた」ということを他人に誇るようになっていきます。
 そんなふうに言っている本人だって、現場にいたときには「糠臭いごはん」に、不満だらけだったにもかかわらず。
 まあ、こういうのって、「電子レンジが使える次世代」へのヤッカミ半分なんでしょうし、こんなことを書いている僕だって、「携帯電話でのコミュニケーションなんて、真のコミュニケーションなのか?」とか、つい考えてしまいがちなのですけれども。
 



2006年07月06日(木)
誤解されている『ボーイズ・ビー・アンビシャス!』

「日本語必笑講座」(清水義範著・講談社文庫)より。

【さて、ここから今回私がしようとしている話に入ります。古くから伝わる名言や、故事というのは、時としてその意味が誤って伝えられてたりすることがある。初めに誤訳があったり、伝えられるうちに意味が逆転したりする例だ。
 で、この『少年よ大志を抱け』というのも、どうもそのクチじゃないのか、という説があるんだそうです。クラーク博士は『ボーイズ・ビー・アンビシャス!』と言ったわけだが、そのことばをおごそかに、名言の口調で言ったわけではないらしい。別れを惜しんだ生徒たちが、涙を浮かべたりしてメソメソしているので、はっぱをかけるように言ったというのだ。
『ボーイズ! ビー・アンビシャス!』と。つまり、『男の子だろ、しっかりせんかい』というような意味だったんじゃないかと、その説では言うわけです。
 それが本当だとしたらとても面白い。何気ない元気づけのことばが名言となって残り、おごそかに『少年よ大志を抱け』となってしまうんだから。
 それから、これも有名なことばに『ナポリを見て死ね』というのがある。死ぬまでに一度はナポリを見ておけ、それほど美しいところだ、という意味に理解されていて、『日光見ずして結構と言うな』という言い方と似たようなものだな、と思われている。
 ところがあれが、誤訳らしいんです。あれは本当は、『ナポリを見て、次にモリを見よ』という言葉だそうで。モリというのは、ナポリ郊外の小さな町で、今はナポリ市に含まれているんだとか。そのMORIを、イタリアのナポリ地方の方言のMORI(死、という意味)と間違えて訳して、『ナポリを見て、次に死ね』となったんだそうだ。
 本当かしら、と思うような説だが、信頼できる本にそう書いてあった。これもなんだか面白い。
 では次の話。私が小学生の時に使っていた国語の教科書には、扉ページの裏にこんな名言が書いてあった。
『人生は短し、芸術は長し』
 子供ながらに、名言だなあ、と思った。人の生涯はほんの短いものだが、芸術は人が死んでも永遠に残るものである、という意味だと解し、先生もそれで正しいと教えてくれたのだ。
 ところが、そうでもないらしいのだ。普通にはその言葉は、セネカの『人生の短さについて』という文章の中にある『アルス・ロンガ・ヴィタ・ブレビス』ということばの訳だとされている。そして、セネカの言いたかったことは、今我々が解釈するようなことだったらしい。
 ところが、それは実は、セネカより前に、医学の祖ヒポクラテスによって言われたもので、セネカのはそこからの引用なのだ。そしてヒポクラテスの言うアルスは、医術などの技術のことだった。
 つまり、『技術を十分に学ぶには大いに時間がかかり、なのに人生は短い(だから、務めはげまなければ)』ということをヒポクラテスは言ったのである。どちらかというと、『少年老い易く、学成り難し』のような意味だったわけだ。
 『帝王切開』というのは、帝王のシーザーがその方法で生まれたので、そう呼ぶんだときいている人が多いであろう。ところがそれは間違いらしい。英語でもシーザー式手術、と言うし、ドイツ語でもカエサル式手術というふうに呼んでいるのだが、もうその段階で誤訳があったんだそうだ。そのやり方をラテン語で『セクティオ・カエサレア』というのだが、このカエサレアは、シーザーのことではなく「カエスラ(切る)」から来ている。つまり、切る方式、ということばだったのを、誤ってシーザー方式と訳してしまったのだそうである。
 ことばというものは伝えられるうちにいろいろと誤解も生んでいくもので、それも楽しい。】

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 いま、「名言」として語り継がれているものの多くは、発言者にとっては、「何気ない一言」だったのかもしれません。もちろん、『ボーイズ・ビー・アンビシャス』がどういうような状況で発せられたのかは、リアルタイムで現場にいた人しか知らないことですし、ましてや、その言葉にどういう意味が隠されていたかなんて、クラーク博士本人にしかわからないに違いありません。当時の日本人の英語の翻訳力は、まだまだそんな手馴れたものではなかったでしょうから、「めそめそすんなよ!」というような軽い励ましの言葉が、「少年よ大志を抱け」と大仰に訳されてしまって、「歴史的名言」として残ってしまった可能性は十分にあると思います。
 しかし、考えてみれば、「若者よ、大きな夢を持て!」なんていうのは、当時のアメリカ人にとっては、そんなに珍しい考えでもなんでもなくて、それこそ、日本という国が変わっていく時代に新しい技術を学んでいた若者たちに対して、このクラーク博士という人が言ったからこそ、「名言」になったという面もありますよね。
 もちろん、この清水さんが取り上げられている話のほうが「歴史的真実」だったかどうかというのは、僕にはわかりません。でもきっと、たいした言葉じゃないのに、発言者の個性で補完されたり、誤訳・誤解されたことによって、「名言」となった言葉というのは、この世界にはたくさんあるのだと思います。
 前者で言えば、チャーチルの遺言とされている、「もうあきあきした」なんていうのも、チャーチルというキャラクターと、彼の言葉を日本語に翻訳した人のウイットがあればこそ、「名言」として遺っているわけで、死ぬ間際になれば、誰だって「疲れた…」「もういいよ」くらいのことは言いそうではあるのです。後者で言えば、『ナポリを見て死ね』なんて、『ナポリを見て、次にモリを見よ』だったら、単なる観光ガイドの一節でしかありません。たぶん、原文を書いた人は、こんなありふれた文が、「名言化」してしまうなんて、思いもよらなかったのではないでしょうか。
 人間っていうのは、他人の言葉を事実より遥かに深く受け止めてしまうということが、往々にしてあるみたいです。そして、誤解や誤訳が、さらに「名言化」を推進させるのです。

 そういえば、僕は、『人間は考える葦である』という言葉を「人間は『考えることができる』ということができるという点が、唯一ほかの生物よりも優れているのだ」とずっと解釈していたのですが、星新一さんが書かれたものによると、「葦はいずれ枯れるのを知らないでいるが、人間はそれを知っていることがちがう」という意味なのだそうです。わかっているようで、聞き手というのは、けっこう自分勝手にいろいろと解釈してしまうものだし、言葉というのは、発した人の思い通りには、なかなかうまく受け取ってもらえないというのが「歴史的事実」なのかもしれません。
 



2006年07月05日(水)
元カリスマホストが語る「合コンの奥義」

「週刊SPA!2006.7/4号」(扶桑社)の特集記事「OL100人が判定『モテ男検定2006・夏』」より。

(元カリスマホスト・城咲仁さんが語る「モテオーラ放出法」)

【城咲「『モテそう』と思われる秘訣は『余裕』でしょ。『場慣れてる感じ』の演出になるからね。”さりげない”気遣いも、余裕を感じさせるから、モテそうに見える。でも、普段から心がけていないと難しいよ。例えば『助手席のドアを開けてあげる』のは不評みたいだけど、これは慣れないことを、女性の前だけでやろうとする”これ見よがし”男が多いからじゃないかな。『やってあげてる』という意識が透けて見えるんだよ。ドアの開け閉めは目的じゃなくて、乗り降りのときにバッグを持ってあげるとか、スカートがはさまらないようにしてあげるとか、必然性があるからやるんだからね」

 気遣いに不慣れな男が、即実践できるワザはないでしょうか。

「じゃあ”合コンにはメシを食ってから行け”と。腹が減ってると、つい食べることに気がいっちゃうけど、腹がいっぱいなら、ほかへ気を回す余裕ができる。会話したり、ほかの人の注文を取ってあげたり。それが余裕の振る舞いに見えるわけ」

 もう一声。気を回す加減についてもアドバイスを。

「例えばカラオケで、われ先に面白ソングを歌うのは盛り上げの気遣いじゃないよ。ほかの人に気持ちよく歌ってもらって、テンションが落ちそうな頃にバカをやる。これが気遣い。それから、全員に気を配ろうなんて思わなくていいの。前の人と横の人に気を配れば、十分に気の利く男に見える。オレだってそうしてるよ。それだけで、自然と空気がよくなって、楽しそうな雰囲気になるからね。入り口付近に座って、注文を取ったりできれば言うことなしだけど、やりすぎに注意ね」

 100点を取ろうと気張る必要はなく、60点くらいを目指す。それこそ”さりげない”気遣いの極意なのかもしれない。】

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 なるほどなあ、と、合コン経験そのものが2回くらいしかなく、モテないどころか何話していいかもわかんないので、早く帰ってゲームしたいなあ、とかずっと思っていた記憶しかない僕は感心してしまいました。これって別に、合コンに限らず、普通のパーティとか飲み会でも十分に通用する「極意」ですよね。
 確かに、お腹が空いていると、「まず食べなくちゃ」という感じで、気遣いの余裕が無くなるというのはよくわかります。しかしながら、「食事が出るところに行く」前に、あらかじめ食事を済ませておくというのは、やっぱりちょっと勿体ない。でも、そこであえて、その「下準備」を済ませておくというのが、余裕につながるのでしょう。一度にいろんなことをやろうとすれば、かえって中途半端になってしまうだけ。僕などは、もし食事まで済ませているにもかかわらず、しらけきった雰囲気だったらやることなくて辛いだろうなあ……とか、つい考えてしまうんですけどね。

 そして、「助手席のドアを開けてあげる」というのが「とりあえずその行為だけを真似するからカッコ悪くなる」というのもよくわかります。「どうして開けてあげるのか?」という理由を考えれば、自然に気配りができるはずで、状況によっては、ドアを開けるのではなく、バッグのほうを持ってあげてもいいわけですよね。
 さらに、「前と横に気を配れば十分」というのも、言われてみればそのとおりです。逆に、あまりに遠くの席の人にまで注意を払っていると、なんだかその人に気があるのではないかと思われるでしょうし、各人がそれぞれ前と横に気を配っていれば、結局その場の全員を誰かがカバーしていることになりますし。

 僕ももう少し若い頃、こんなテクニックを知っていれば、もっと違う人生が開けていたかもしれません。でも、これって全部完璧にこなすと、さすがに「ホストみたい」と引かれるような気も……



2006年07月04日(火)
いじめられていた「ドラえもん」

「ぼく、ドラえもんでした。」(大山のぶ代著・小学館)より。

【そののぶ代ちゃんが中学へ入って初めて、ああ人生って厳しいものだ……、つらいものだ……と思えることにぶつかりました。
 ご存知のように、中学はいろいろな学校から集まってきたお友だちが、新しいクラスで一緒にお勉強します。
 背の高いカッコいい男の子がいたので、私はその子のお友だちになりたくて、
「ねえ、私、大山のぶ代っていうの。あなた、名前なんていうの?」
「えッ、大山……。お前、ヘンな声だなー」
”ムッ。な、なにさ、ちょっとカッコいいと思って、返事もしないで人のこと、ヘンな声だなんて”私はその子とはもう、口もききませんでした。
 その後、私はそんなことはすっかり忘れて、学校が楽しく、毎日元気に通っていました。ところがある日、ふっと気がつくと、なんだかクラスの中で、変な遊びが始まっているようなのです。朝、出席をとる先生の声に、
「ハーイッ」
 と元気に答えると、クラスの中がサワサワッとするのです。
 ザワザワだと先生も”静かにッ”と言います。でも先生が気がつかない程度になにか、何人かの子がサワサワッとするのです。
 それが毎日だんだんはっきりしてきて、明らかに私がなにか言うたびに、何人かの男子が、お互い相手を肘でつつき合いながら、声を殺してクスクス笑うのです。英語の時間、
「アイアム、ア、ガール」
 なんて声を出して読むと、
”ヒヒッ、ボーイみたいな声を出して”
 とか、クスクス笑いとかが聞こえてきます。
 なんとなく嫌だなーと思いながら、昼休みなどについ忘れて、大声で、
「ドッチボールしない?」
 なんて言うと、すぐ3、4人の男子が私の周りを囲んで、
「おい、大山ッ。お前の声、どこかで出てるんだ」
「お前の声は、音かッ。ぶっこわれてるぞ」
「もういっぺん声出してみろーッ」
 とか言って小突きます。私も負けていません。
「なにさッ、私の声のどこがおかしいのッ」
 言い返しながら、ふたりくらい突き飛ばして教室に逃げて帰ります。
 午後の授業でも、うっかり
「ハーイッ」
 なんて手をあげて、先生に指されて、黒板の前で数学の問題なんかやると、クラスのヒソヒソ、サワサワはだんだん人数が増えてきます。
 嫌だなー、嫌な遊びが流行っちゃって……、と思いながら毎日を過ごしていましたが、その人数はドンドン増えてきました。
 5人くらいのいたずら坊主が始めた変な遊びが、クラス中の他の子たちにも広がって、今はクラスのほとんどが、誰かのクスクスと肘のつつき合いを真似して、私が声を出したとたん、あっという間にクラスじゅうで、サワサワ、クスクスが始まります。

 本当にみんながみんな私の声をおかしい、と思っているわけではあないと思います。
 ただみんながすると、それに一緒に入ってやっていないと、いつかその遊びが自分のほうへ向かってくると困るから……、なんて卑怯なヤツが、みんなの真似をして私をチラチラ見ながらお互いをつつき合っているんです。さすがの元気なのぶ代ちゃんもこれにはすっかり参ってしまいました。
 だんだん無口になって、学校に行くのがつらくなってきました。でも、病気でもないのに学校を休んだりするのはズル休み、卑怯者のすることだ、と思うから、どんなにつらくても嫌でも学校だけは毎日ちゃんと行きました。】

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 「ドラえもんの声」として、日本中から親しまれ、愛された大山さんの声には、こんな悲しい時代もあったのです。ちなみに、大山さんは、お母さんのアドバイスで、この危機を「声を出すクラブ活動に入る」ことで乗り切ったのです。そのとき、放送部に入って「放送劇」をはじめたことがきっかけで、演劇に興味を持ち、それが現在の大山さんの仕事にもつながっています。
 今の僕たちの感覚でいえば、大山さんの「ドラ声」は、まさに、大山さんの「個性」であり、「大事な武器」なのですけど、「特徴的な声」というのは、少なくとも中学時代の大山さんにとっては、けっして良いことばかりではなかったんですよね。
 そういえば、以前、谷村有美さんというシンガーソングライターが、「小さい頃は、自分の声のことで苛められたことがあって、自分の声が大嫌いだった」と書かれていたのと読んだこともあります。しかしながら、その谷村さんの「変な声」は、歌手としての彼女にとっては、「クリスタルボイス」と言われる、大きな個性になったのです。
 もちろん、大山さんや谷村さんみたいに、「子供の頃に悩まされた自分の特徴」が、将来的に「個性」としておおきなメリットになるケースというのは、そんなに高頻度ではないのかもしれません。
 でも、大事なことは、「他人と違う」というのは、必ずしもマイナスばかりではない、と自信を持つことなんですよね、きっと。そして、それを誰かが認めて、励ましてあげること。
 大山さんのお母さんは、悩んでいる大山さんに、こんなふうに言われたそうです。
 「声が悪いからって、黙ってばかりいたら、しまいに声も出なくなっちゃうわよ。あなたらしくもない。明日からドンドン声を出すように、なにか声を出すようなクラブへ入りなさい。そこで声をたくさん出して、いくらかでも人様が聞き取りやすい声の出し方、お話の仕方を覚えなさい」

 もし、大山さんが、あのドラ声じゃなかったら、そして、「ヘンな声」だと同級生にからかわれなかったら、今の「ドラえもん」は存在しなかったはずです。
 あのとき、大山さんに嫌がらせをしていた同級生たちの子供や孫も、「ドラえもん」に夢中になっていたのでしょうから、人生なんて、何か幸いするかわからない、と思わずにはいられません。】



2006年07月02日(日)
ワールドカップと「隣人愛」

「Number・Germany 2006 World Cup Special Issue3」(文藝春秋)の木崎伸也さんのコラムより。

【6月16日、シュツットガルト。コートジボワールに勝利したオランダ代表のサポーターが、路面電車にゴトゴトと揺られて、中央駅に向かっていた。決勝トーナメント進出が決まって、みんな嬉しそうに笑顔で話している。
 そんなオレンジ一色に包まれた車両で、ドイツ人の若者5人が歌い始めた。
「残念オランダ、全ておわり♪ 全ておわり♪」(Schade Holland, alles ist vorbei, alles ist vorbei)
 これは相手を馬鹿にするときのドイツでは定番の歌。完全な嫌がらせだ。黙って電車に乗っていればいいものを、オランダ人が得意気になっているのが気に食わないらしい。
 最初は苦笑いしていたオランダ人たちも、さすがに堪えかねて反撃を始めた。
「残念ドイツ、全ておわり♪ 全ておわり♪」
 オランダ人もドイツ人も、口は笑っているのだが、目が全然笑っていない――。殴り合いになる前に中央駅に着いて、事なきをえたのだが。
 今大会だけでなく、ドイツとオランダは歴史的に不仲である。'88年のユーロ準決勝では、負けたドイツの選手側がオランダとのユニフォームの交換を拒否。唯一、オラフ・トーンが、ロナルド・クーマンにドイツのユニフォームを渡したら、あろうことかクーマンはユニフォームで、尻を拭くジェスチャーをした。
 '90年W杯で対戦したときは、ライカールト(現FCバルセロナ監督)が、フェラーにツバを吐きかけた。この試合終了後、ドイツとオランダの国境沿いの町で、若者同士のケンカが一斉に起こり、暴動になったという。
 今回もオランダのある会社が、オレンジ色の"ナチス型"ヘルメットを売り出し、「これでドイツを侵略せよ!」とキャンペーンを展開。オランダの試合会場となったライプチヒの市長は「そのヘルメットを被ってきたら、街に入れない!」と警告していたが、オランダ人は堂々と被ってきた。いつどこで新たな因縁が生まれてもおかしくない。
 ファン同士の衝突といえば、あの国を忘れてはいけないだろう。街中ですぐに上半身裸になり、ビール片手にゴッド・セーブ・ザ・クイーンを歌うあの人たち……イングランドサポーターだ。今回も早速、彼らがやらかした。6月10日のイングランド対パラグアイ戦の前日、フランクフルトの街中で、ドイツ人の若者とイングランドのグループが大乱闘。20人が逮捕される"今大会初の事件"を引き起こした。】

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 「スポーツは政治とは関係ない」というのが理想ではあるのですが、現実というのはなかなかそううまくはいかないみたいです。ここで取り上げられているドイツやオランダ、イングランドのサポーターたちにしても、別に双方のチームが試合で直接対戦しているわけでもないにもかかわらず、こんなトラブルが起こってしまうのですから。
 それにしても、ドイツとオランダは隣国にもかかわらず(隣国だから、なのかもしれませんが)、かなり深刻に「歴史的に不仲」なのですね。「試合でもユニフォームの交換を拒否」だとか「ユニフォームで尻を拭くジェスチャー」なんていうような話を聞くと、ここまで仲が悪いと、もう、どうしようもないなあ、という感じです。「隣国開催」であったにもかかわらず、オランダの人たちにとっては、ドイツでのワールドカップというのは、非常に敷居が高いものだったのかもしれません。しかし、「ナチス型ヘルメット」キャンペーンなんて、いくらなんでもやりすぎですよね。

 これを読んでいると、隣国同士で仲が悪いなんていうことは、そんなに珍しいことではないし、「お隣だから、応援しなくてはならない」なんていうメンタリティというのは、けっして「世界標準」ではないのだなあ、ということがよくわかります。日本人というのは、そういう意味では、非常に「隣人愛に満ち溢れた、良心的な人々」なのかもしれません。
 まあ、どちらが良いかと言われれば、「みんな仲良く」できたほうが良いには決まっているんですけど。
 



2006年07月01日(土)
或る「裏人形師」の告白

「危ないお仕事!」(北尾トロ著・新潮文庫)より。

(「ダッチワイフ」の製造業者、人呼んで「裏人形師」こと『ハルミデザインズ』の島津さんという方へのインタビューをまとめたものの一部です)

【変わったワイフファンもいる。女房に先立たれ、自殺未遂までしてうちひしがれていたところへ雑誌でさちこ(注・『ハルミデザインズ』で製造されているダッチワイフの商品名)の存在を知り、購入。この人はお礼まで送ってきた。もはや高齢でナニはできないけれども娘のように可愛がっている人もいる。さちこが生き甲斐になっているのだ。人形の力である。口パックリのワイフではこうはいかない。こんなところで人助けまでしているとは、さすが人形師……。
「うん、だからこの仕事は奥が深いですよ」
 そうなのだ。アダルト通販グッズっていうのは、どこで誰がどういう風に使っているのかわからないけれど、それぞれに奥があると思われる。まして人形の要素が加わっているのだ。妙な世間体や常識の呪縛から逃れることさえできたら、おもしろい仕事といえるかもしれない。
「いままで何人か1、2年使ってから返品してきた人がいますよ。愛着が湧いて処分できないんですね。それぐらいもう、愛情を感じてしまう、心のスキマを埋めるようなところがあるんでしょうね」
 そんな作ったような話があるのかと突っ込んでみたが、利用者からの礼状、感想文の束を見せられ、納得。本当だった。
 寺の坊主の常連客もいる。小学校の校長先生もいる。綿々とオノレの身の上を語るヤツ、ただたださちこの具合のよさをたたえるヤツ、化粧して人に見せたら誰も人形だと気がつかなかったと喜んで写真を送ってくるヤツ、ほめちぎりながらも改良点を指摘してくるヤツ、夫婦で愛用(どうすんだ)してるっていうヘンなヤツもいる。
 まったくみんな、フクザツな人生を生きているのね。】

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 この島津さんの会社は、もともと工業用の動力電動機や分ぱん器を作っていたのだそうです。そんな中で、たまたま見つけた「特殊なスポンジ」という素材を生かすことを考えて、この「ダッチワイフ製造」に辿り着いたのだとか。ちなみに、従来の「空気を入れて膨らませるタイプ」に比べて、スポンジのメリットは「肌触りが良いこと」で、デメリットは、「場所をとるし、空気を入れるタイプのように、小さくして仕舞っておくことはできないこと」だそうです。

 もともと、「人形」というのは人の魂が乗り移るなんて言われていますし、感情移入の対象になりやすいものではあるとは思うのですが、この「さちこユーザー」たちのさまざまなエピソードには、なんだかとても印象深く思えます。そりゃあ、「ナニをしないのであれば、わざわざ『さちこ』じゃなくても……」という気もしますし、いくら自分の手で処分するのがしのびないとはいえ、そういう「中古品」を送り返してこられても……とも思うんですけどね。しかしながら、「性」に関する問題というのは、いつの世のでも、滑稽である一方で、なんだかとても哀切なものがあるのです。
 
 たぶん、「さちこ」を愛用している人たちというのは、世間的にはけっして目立つ人ばかりではないだろうし、とくに「変人」揃いというわけではないはずです。むしろ、僕たちの周囲にたくさんいる、真面目で自分の欲望を開けっぴろげにできないような人のほうが、多数派なのかもしれません。
 でも、そういう「普通の人」の中にも、「さちこ」でしか埋められないような心の隙間が存在しているのかと思うと、本当に、「みんな、フクザツな人生を生きているのだな」と感じますし、「普通に」生きていくっていうのは、結構大変なことだよなあ、とあらためて考えてしまいます。