蛍桜

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あわれ人の子

独りじゃないことを知ったとき
独りになるのが怖いと思うのと同じように
どんな幸せが訪れても
その先の闇に埋もれていくしかないんだろう
我慢しなきゃいけないところは我慢していくけれど
いつまで我慢すればいいの?って
充分頑張ったじゃない、って思ってしまえば
そこが自分の限界だと決め付けて終えてしまうから
私の心は底なしだ、と
いつまででも我慢しよう、と思えば我慢できるし
視点を変えれば、詰め込み方を変えれば
もっと多くを自分の中に受け入れることが出来る、と思う
何事も否定するのは簡単だから
どんなに捻じ曲げてでも
私はそれらを受け入れることに努力したい

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こんにちは

地面からモグラのように顔を出したその場に不似合いなイルカが
僕を見上げて言う
いや、実際は声が耳に聞こえたわけではなく
言葉じゃない言葉が、心に、響いた
イルカは、体中全てが干上がっているようで
水分はまるでなかった
イルカの周りの土は、みずみずしく湿っていて
とても対照的だった

どうしてそんなところにいるの?

僕は尋ねる
イルカのように、心へ響かせる方法を知らないから
強く心に願って、心に届けるふりをしながら
実際は、いつもどおり口に出して言葉にして尋ねていた

理由なんてあると思う?

イルカは尚も心に言葉を届ける
まぶたのないその瞳が少しずつ灰色に近づいているのが分かる

苦しくないの?

もう一度、心に届けようとしても無理で
諦めて、心で念じることをやめて口に出して尋ねた

苦しく見えるのならば、苦しいのかもしれない
でもそうは見えないのならば、そうではない

イルカは少し顔を傾けながら、高い音を漏らした
その姿は、明らかに苦しそうなのに
きっと彼はこれでいいと思っているんだ、と
感じ取ることが出来た

なにを求めているの?

どうしてそんなところにいるの?という質問がダメなら、と
少し考え、捻って、尋ねてみた

聞きたいかい?

イルカは少し、もったいぶった
僕は大げさに首を縦に振って見せた
イルカはそんな僕を見て、自慢げに口(この場合は心だろうか)を開いた

ボクには友達がいるのさ
そう、それこそいろんな友達が

イルカはそう言うと、一息置いた
次を促すように、僕は 友達って? と尋ねた

ボクはずっと海の中に居た
だけど、世界がこれだけじゃないことに気づいていたんだ
ボクはいろんなやつの心に、声を送ったんだ
でも、ボクのように心に返事を返せるやつなんて、そうそう居ないのさ
居たとしても、それはボクの仲間、イルカたちくらいさ
だから誰とも話せなかった
誰かがボクの声に気づいているかさえ分からなかった

イルカは少し伏せ見がち(のようにみえた)に言った
また一呼吸置いて話し始めた

でもある日、カモメと出会ったんだ
カモメはボクに、たくさんの伝言を伝えてくれたよ
キリン、アリ、彼岸花、ユメクイ、モグラ、コウノトリ、、
とにかくみんながボクに返事をくれたんだ
だからボクもまたみんなの心に返事をした
そしたら、一週間後くらいにカモメはまたやってきて僕に返事をくれる
そうやってボクたちは知り合い、意気投合したんだ

これでわかっただろ、というようにイルカは僕をしっかりと見据えた
それでも僕はさっぱりだった

つまり、会いにきたんだね?

イルカはまた高い音を喉から出して、肯定した

じゃあ、今ここにいるのは、何故?

聞き方を変えただけだが、結局は一番初めにきいた質問と同じだった
頭のいいイルカも、それはわかったようだが答える気になったようで
また僕の心に声を送り始めた

ボクは会いに来た
だけど、みんなはボクがイルカだって知らなかったんだ
みんなにとってボクは、強烈だったのさ
あんなに言葉では、意気投合しても
実際会えば、何かが変わるんだ
ボクを食べようとしたやつさえいたさ

少し悲しげに、イルカは鳴いた

だけどボクからしたら、みんなは友達だ
だから待っているんだ
またカモメがボクに何か言葉を運んできてくれるかもしれない
ここから居なくなったモグラさんも、アリさんも、帰ってくるかもしれない
ボクはイルカだ
だけどボクはボクなんだ
そのことを知ってほしかっただけなんだ
誰か一人でもいいから気づいてほしかった
ボクはただ、みんなに会いたかっただけなんだ

イルカの声は、どんどんと冷静さを欠いていた
きっと、自分に言い聞かせるようにしているに違いない、と想像することが出来た

ほんとうは

僕が何か言おうと、口を開いた時、また心に言葉が飛び込んできた

ほんとうは、分かっていたんだ
ボクはイルカだってことを
海の生き物であって、みんなと出会ってはいけなかったこと
違う世界の生き物だったということ
だけど言葉を交わしていくうちに思ってしまったんだ
世界は違っても、きっと何かつながれるはずだ、と

そんなはずないのにね、とイルカは小さく付け足して話を終えた
世の中、そんなにうまくいかないらしい
僕に分かったことはそれだけだった

君は、君なのにね

僕がそういうと、イルカはまた喉から高い音を出した
それがあまりにも高々に、力強く僕の心に響くものだから
別に悲しくもないのに、涙が出た
その音を最後に、イルカは完全に干からびて
僕の心に声が届くことはなかった
僕の瞳から零れる涙を一滴、イルカの上に落としては見ても
染み込みさえせず、土の上に落ち、吸い込まれるだけだった

僕がしばらくその様子を見ていると
カモメが、どこからともなく飛んできて
乾いて果ててしまったイルカの上に足を置き、とまった

イルカさんはどこだい?ここらへんだと思ったんだが

そこだよ
君のしたに、いるよ

なんと!
なんということだ
わたしは彼に、言葉を伝えることが出来なかった

なんていう言葉だったんだい?

それを部外者に言うことは禁じられているよ
ああでもイルカさんがこうなってしまっては
部外者もなにも、なくなるわけか
言葉
この言葉はね
モグラさんからだよ
実は―――――




海は急に、凪のように、静まった
僕の涙を頬に垂らしたイルカは
何事もなく、眠っているだけだった

何事も、なく





2007年05月06日(日)

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