蛍桜

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独りで憎んでみたけど

見えないものが多すぎた
見たくないものが多すぎた
自分の我侭にしたがってすべてを消していったら
残るものは何もなかった

泣きたい泣きたいって思って
気持ちが張り詰めて、どこまで走っても泣けなくて
どうして泣けないのかってタイミングが悪いのかって
おもいきって泣けたら何か変わるかもしれないのにって
それでも涙は出てきてくれなくて
瞳を通して外の景色を眺めている程度

家でじっとしていると、空気が周りで固まって
同じ事だけが繰り返されて、同じ世界だけで孤立されて
どこにもいけない どれだけ走っても
どこにもいけないところに来てしまったから
どうしても泣けないのは、その空気しか見れていないから
自分の中ではいろいろ変わって行くのに
すべてはうまく回っていかない
自分の中でどれだけ悩んでも、どれだけ叫んでも
それは穴に閉じこもっているのと同じ事で
現実なんてみてやいない そんなんで泣けるはずがない
自分の不幸に酔っていただけなんだ
何も、見えていなかっただけなんだ

だから、この空気から飛び出したとき
なんでもないことに泣いたりした
電話の向こうで聞こえる優しい声に泣いたりした
この場に馴染めないと泣いたりした
私は居なくていいんだと泣いたりした
あの音楽を聴いて泣いたりした

同じ空気の中に居たらいつかは息苦しくなる
泣きたいのに泣けなくて 本当に泣きたいのかも分からなくて
だけど飛び出す勇気なんてどこにもなくて
そのことにさえも気づけずにずっとそこに佇んで
その空気越しに見る世界はあまりにも汚れて見えた
あまりにも自分が汚れて見えた
飛び出すタイミングなんて人それぞれで
それが一生来ないかもしれない
それでも私は飛び出すことが出来て幸せだと思う

たくさんの人々が去っていった
来るもの拒まず去るもの追わず
人生の半分を諦めてしまっているだろう自分と
あの頃から時間が止まってしまっているだろう自分と
自分の中のすべてが
この状況に応じて進んでいるわけじゃない
どこか取り残された心たちが
その取り残された場所で今もその景色を眺めながら
懐かしみ、去っていった人の後姿を想い、
その場で立ち尽くして、泣いている
もしかしたら、笑っているかもしれないけれど
過去の所々にいる「自分」がその場所にいることに
意味があるのかと尋ねられたら
あるに決まっている、と答えることが出来る
過去を振り返るな、なんて言うつもりはなくて
過去に足を引っ張られてもいいと思う 存分に引っ張られていい
今まで過ごしてきた季節や場所や所々にいる自分
私が通過点にしてきた人たち 私を通過点にした人たち
それなりに感情を注いで それなりに感情を爆発させて
それなりにその時を生きていた自分
足を引っ張られているのかもしれない でもそれでいいから
過去においてきた自分たちをそのままにして
私は空っぽの自分をつれて歩く
そのうち、たくさんの空気と、季節と、場所を吸い込んで
新たな私が出来て、また泣いたり、笑ったり、怒ったりして
また、その場に立ち止まって、その瞬間をずっとずっと
覚えているだろう そして私はまた空っぽな私を連れて行く
いつか、置いてきた「私たち」が
みんな笑って、空っぽになった私の中に戻ってきてくれるまで
私は、空っぽになったとしても歩いていかなきゃいけない
過去が染み付いた「自分」を作り上げて行くために
過去が作り上げた自分を、大切にするために

腕の傷が、すべて癒えるまで

++

「さよなら もう新しい明日へ歩き出した
最後の強がり きっとこれが二人の為だよね?
待ち合わせ場所いつもの桜木町に君はもう来ない

繋いだその手をいつまでも離したくなかった
それでも行かなくちゃ 僕らが見つけた答えだから」

++

君には伝わらないかもしれない
君には伝えれないかもしれない
だから嘆くんだ だから叫ぶんだ だから喚くんだ

嘆くことに、なんの意味があるんだろうって
少しだけ、立ち止まったことがあった
この日記で、こうやって文章を綴っていることに
どれだけの意味があるだろう、って

大人になった私が見ても、胸を張っていえることなんてない
そんなことなくたっていいけれど
今の私は、2年前の私の日記を読み返せない
あの頃の自分が嫌いすぎて 今の自分も嫌いだけれど
読み返していけない 一言一言読むうちに
今はもうなくなった感情が爆発してしまいそうで怖い
恥ずかしいとか、そういうものあるけれど
あの頃の自分を、あまりみたくなくて
中学生っていう名前だけで、今は子供だなって思うけれど
それ以上に、2年前の私はガキで
見ていられない 見ていたくない

今がこんな状態なのに、大人になった時には
読み返すことが出来るのだろうか もう一度見ることは可能?
なんのためにこの文章を綴っているのか分からなかった
別に理由なんて必要なかった
それでも、無意味に人は理由や意味を求めるものでしょ?

自分をどれだけ曝け出せるか試していた部分もあった
それでも、すべてを曝け出すことなんていまだに出来ていない
たとえ誰もが持っている憎悪をここであらわにしたところで
なんの意味もない 誰も共感してくれない
自分の中の憎悪に、誰も素直になんかならないのだから
非難されるだけなんていやだった

かわいそうね、大変ね、大丈夫?
そうやって言われることが一番だった
時にはそういわれることがうざったいって思うけれど
それでも、最終的には同情を求めていた
ありがとう、も、ごめんね、も、素直に言えない私が
「あれは嫌い」「これは出来ない」
そうやって否定ばかり繰り返してきて
この日記は何の役割をしたのだろう 私を弱くしただけ?
私を我侭にしただけ? 私を醜くしただけ?
求めていることなんて分からなかった
誰にも分からない 分からない 分からない

「望むことは?」と聞かれたとき
本当は何も思い浮かばなかった だけど答えなきゃって
「消えたい」って答えた
私はネガティブなんだよ、って笑って答えた
そしたら、バカを見るような冷めた目つきで見られた
逃げてるな、とも言われた
そんなの分かってる・・・分かってるもん・・・

もう一度「望むことは?」と問われた
私には望むことなんてなかった その時点では何もなかった
けれども消えたいなんてもう言わないようにしなきゃと思った
相手が冷めた目で私を見てくるのもいやだったし
その目で見られている自分もいやだった
消えたいって答える自分がいやだった
「とりあえず、生き抜きたい」と答えた私は
本当にそれを望んでいたのか分からない
その場だけの建前で選んだ言葉かもしれないけれど
そうやって自分で言えたことがよかったって思う
さっきと言ってること真逆やん、とつっこまれたけれど
私は望みは何にしても、対象があるんだと答えた
死にたいと思うことは生きたいと強く思うことと一緒だと
だから消えたいと生き抜きたいも一緒だと
それでも相手は冷めた目で私を見ていたのかもしれない
死なんて、誰も語れない、みたいなことを言われた
死なんて計り知れない それを理解できる人はいない

そうかなぁって私は思った
それは、それこそ死から逃げていることなんじゃないかと

国語で、「死を隠している」ということを習っていた
医療とかが進歩していく中で、確実に死は先送りされてきた
豊かな生活を送りたいとかそうやって願うだけで
死に向かって走っていくことなんてしない
死を隠しているんだ、と言っていた
自分の「死のおはなし」を作り上げろ、と言われた

どこに逃げたって結局死は追いかけてくるんだよ
私たちが死を忘れても、死は私たちを忘れてくれやしない
そういう文を見た時に、ああ、そうだなぁって思った

私は小さい頃からどうやって死のうか考えてきた
父親が死んだ、ということで死について考えてた
お父さんは苦しんで死んだのかな、痛かったのかな
私は痛いのやだな、苦しみたくないな
だったら睡眠薬飲めばいいんじゃんって気軽に考えてた
所詮それは子供の戯言で睡眠薬で死ねるはずがない
交通事故とか、不慮の事故で自分が死んでしまうことが
「くだらない死に方」だと思っていた
だから自分で死に方を選びたいと思っていた
寿命で死ねるかなんて分からない
だからその前に、自分で終わりを決めよう
そう思っていた あまりにも自分勝手で
それでも、自分の中では理屈が通ってた
自分が探してた「意味」も「理由」も、おまけに「理屈」もあった
父みたいに死にたくはなかった

時間厳守な人だったから
余計に、あの救急車の音が生々しかった

おやすみなさい、お父さん

あの日は、目覚ましを描いて眠った
眠りの中に落ちていきませんように 私も死にませんように
起きれなくなりませんように
朝になっても、私が生きていますように

私を捨てた母が、心配して戻ってきてくれたことが幸いだった
私は何も、心配しなかった
父が死ぬだろうということも予測はしなかった
ただ、母がつけた電気の明かりが
閉じて行く目のすみで微かに見えることが嬉しかった 暖かかった

おやすみなさい、お母さん


だからかなぁ
母が、予定の時間通りに帰ってこなかったら
めちゃくちゃ心配するようになったのは
ついでに救急車の音が聞こえたら
母が出るまで何度も何度も電話していたのは

だからかなぁ
いつもは居るはずの大切な人が、何故かその日居なかったら
手が届かないところに行ってしまったんじゃないかって
泣くに泣けなくて
ただ布団の中に包まって唸るしか出来ないのは



死は、いつも一番遠くにあると思っていた
どこかで、訪れるはずないって思っていた

それは今も変わらない

あれ以来、私の大切な人は死んでいないんだから
そこまで怯える必要もなくなった
不安になる必要もなくなった
死を隣に考える必要もなくなった

それなのに
どうして私はまだ進めないでいるのか





父が、血を流した場所は、家のすぐ傍なのに
私は一度も自分で足を運んだことがない


2004.7.3  17:09
2004年07月01日(木)

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