青い物語
由良



 女神の棲む家<4>…?

二人して、ひとつの机に向かい合って座って
遅い朝食をとっていた時に、突然チドリが言った。


「実は、私には記憶がないんだ。」

「――…へぇ、そう。」

「……。」















「何だ、その気の抜けた反応は。」

「悪かったね。もっと派手にリアクションしてほしかったのかい。」

チドリは呆気に取られたような、拗ねた子供のような、微妙な顔をしていた。
右手に持ったスプーンが止まっている。

「お前の事だから、もっと驚くものかと思っていた。」

少しぬるいスープを飲みながら、僕は答えた。

「初めて会っていたときにそう聞いていれば、僕は確かに物凄い勢いで驚いたかもしれない。
でも今じゃ僕は君のことを“過去も素性も謎の、何を考えているかわからない女”って認識してるからね。
今更、過去の記憶がないんだって言われたって、僕の君への認識が“過去も素性も謎の、何を考えているかわからない女”から“過去も自身の記憶も無い、何を考えているかわからない女”に変わるだけだ。大差ない。」

「あぁ、そう。」

「……何か気に食わないみたいだね。」

睨み付けてくる視線を真正面から受け止める。
食事の時だけは、なぜか僕は精神的にチドリより優位な立場に立てた。
自分の作った料理を相手も食べている、という事実がほんの少し支配的な気持ちにさせるのかもしれない。
彼女が自分の手の内にあるような、そんな幻想めいた錯覚があった。

「……お前は、過去が無いって事がどういう意味なのかわかってない。」

「…まぁ、そうかもしれないね。
自分が被害に遭ってみなきゃ本当のところはわからない。」

「……その考え自体が間違ってるんだよ。」

ばしゃんっ、と無作法にスプーンをスープに投げ入れ
苛立ちをそのままにガツガツと凄い勢いでそれをたいらげていく。

「それ、どういう意味。」

「うるせぇ。自分で考えろ。」

「……わからないから聞いているんだけどな。」

「………。」

一心に食されるスープは見る間に彼女の胃の中に収められて
テーブルには空の皿が残る。
ふぅっ、とひとつ息をついてから、先程よりは落ち着いた声でチドリが言った。

「今までの自分が無いんだ。ついでに、経験も無い。
自分が何者なのか解からない。
自分がこれから何者になっていくのかも予想できない。
……これほど恐ろしいことってあるか?」

「……そのわりには、君がそんなに恐がってるふうにも見えないけどね。」

「馬鹿。恐いモンを素直に恐がってどうすんだよ。意味無ぇ。
……いや、恐いと思うのは自己防衛本能の一種だ。意味が無いわけじゃない。
だが、恐れはさらなる恐れを呼ぶ。
私には、私を守ってくれる経験も過去も何もないんだ。そのうえにさらに恐ろしいモンが増えたらこの先やっていけない。
私はただ自分を守ってるだけだ。」

「……結局、強がっているだけってこと?」

「……人は誰だって強がって生きてるさ。
私も、お前も。」

チドリの口元が、ほんの少し引き攣ったのがわかった。
内心では、しまった余計な事まで喋ってしまったと後悔しているに違いない。
僕は彼女とは反対にほんの少し微笑んだ。

「そう簡単に、自分と他人をいっしょくたに考えない方が良いよ。」

「うるせぇ。」






「不安にならないのか。」

「何が?」

「自分が何なのか。自分が何故ここにいるのか。自分がするべき事は何か。
知りたいと思わないのか。知らない事を恐いとは思わないのか。」

「……あまり、考えた事無いな。」

「……本当に気楽な奴だな。
お前はちっぽけな思いこみに縋って気付かないふりをしてやり過ごしているだけだ。今に思い知る時がくる。」

「なんだか不吉なこというなぁ。」

「私は知りたい。
自分が何者なのか、なぜこの地に居るのか、何をするために存在するのか。
なのに、お前のせいでベッドに縫い付けられて何もできないんだ。」

「本当に、自分の気に食わない事は全部僕のせいにするんだね。」

「事実だろう。」

「事実も何も……ベッドの上で、考えれば良いじゃないか。」

「………。」

「それとも何、僕のせいでベッドの上で一人で考え事する事もできない?」

「いや……、そうだな。まったくお前の言う通りだ。」












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何が書きたいんだよ……泣
疲れた……


2003年12月06日(土)
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