on a wall
亜栗鼠



 主との出逢い 7/(家を出た日)

諦めて過ごしている中で、私は主と出遭った。

主は、私に強さを与えてくれようとしていた。
主は、私に力を与えてくれようとしていた。
主は、私に居場所を与えてくれた。
主は、私に安心を与えてくれた。


ある日、いつものようにメッセンジャーで主とお話ししていると、夫が私の後ろをウロウロする。
そして、「ねぇ・・・。ねぇ・・・」と繰り返す。
セックスのお誘いだ。
拒否すると、「じゃあ寝よう。」と言う。
結局するのだ。
私は、主に夫がウロウロしていることを伝え、セックスするかもしれないことも伝えただろうか?焦るようにメッセンジャーを落とした。
私の話し方もいつもとどこか違ったのだろう。
主は、それに気付いてくださっていた。

布団に入ると、夫は一言「嫌なら抵抗しろ。」そう言って私に覆い被さって来た。
えっ・・・?
言われるままに抵抗した。
「嫌!やめて!」
身体をよじっても、押さえつけられる。
どういうつもりだ・・・
抵抗したってやめてはくれない。
私は抵抗するのをやめた。
その代わり、感じるのもやめた。
私は微動だにしなかった。
全く動かない、ただ息をする人形。
夫は、ダッチワイフになった私に愛撫を続ける。
そして、そのまま挿入しようとしてきた。
今度は私も本気で抵抗した。
怖かった。
この人、私を妊娠させようとしてる・・・
今度は子供で縛り付ける気だ・・・
どんなに抵抗しても、夫は続けた。
そして、私の中で果てた。

恐怖に震えた。
主とプレイするようになって、私はピルを飲んでいた。
だから、妊娠する心配はなかった。
私の感じた恐怖は、妊娠させて縛りつけようとした夫のやり方、思考。

私は、無言で後処理をして寝室を出た。
夫も、無言で暗い表情をしてうなだれていた。
話し掛けてくる夫に、「どういうつもり?」と訊くと、「俺だってそろそろ子供欲しいぞ。会社でもみんなに子供はまだか?って毎日聞かれるんだ。アンタに俺の気持ちは解からないだろう?アンタは誰にもそんなこと聞かれないだろう?俺は会う人会う人に毎日聞かれるんだぞ。」と。
だからって、無理矢理してもいいものなのか?
「嫌なら抵抗すればよかったんだ。」
そう言う夫に、「したよ。」と答えると、「そんなに嫌なら、蹴ってでも抵抗すればいいじゃないか。」と。
私は、もう何も答える気がなかった。
恐怖で表情も固まったまま変わらない。
「嫌なら出ていけ!今すぐ出ていけ!駅まで送って行ってやるから。」
そう言われ、一瞬着替えを取ろうとした。
すると夫は、「今、着替えようとしたな。出て行く気だったんだな。早く着替えろ。荷物は後で郵送してやるから。早く!早く!」とまくしたてる。
「こんな夜中に駅に連れていかれても、私どうしたらいいの?」
そう言うと、
「始発まで待ってればいいじゃないか。」
と。
結局、今出て行ったところで、すぐに連れ戻されるのは目に見えていた。
そして優しい夫を誇示しようとするのだ。
私は動くのをやめた。
明け方まで夫に責め続けられた。
心の中で「頑張れ・・・頑張れ・・・」と呟く。
私はその日、主にメッセンジャーで「頑張れ」と言ってもらっていた。
「頑張れ」とは決して言わない人だと知りながら、私は「頑張れと言って下さい。」とお願いしていたのだ。
それは、何か辛いことがあったときに、心の中で呪文のように呟くため。
何度も何度も呟きながら、本当に頑張っても良いのか、どこまで頑張れば良いのかを考えていた。
不安で不安で、怖くて怖くて。
もう、ここにはいられない。
もう、この人と一緒にはいられない。
私、逃げられなくなる・・・

明け方になり、やっと夫は寝た。
PCを立ち上げると、私のHPの掲示板に主の書き込みがあった。
「はじめまして。」と、なんでもない書き込み。
起きてるから、いつでも連絡しておいで。と云う意味だとは感じた。
けれど、出来なかった。
夫がどこで監視しているかわからない。
私は朝まで耐えた。
何もなかったかのように夫を起こし、仕事に送り出した。
そして主にメールした。

「こわい。どうしたらいいのかわからない。たすけて。」

なかなか主からの返事が無い。
電話をかけてみた。
出ない。
仕事中なのはわかっていた。
私の電話番号が着信履歴にあっても、何があるかわからないので電話はしないでくださいと言ってあった。
主から電話がかかってくるはずはない。
けれど、混乱していて、自分がどうすればいいのか分からなくなっていた。
私は、ただただ電話を握り締めて、今にも暴れ出しそうな自分の体を押さえていた。
すると、主から電話が入る。
「どうした?何かあった?落ち着いて。」
私は、泣きじゃくりながら必死で前夜の出来事を話した。
妊娠はしない。
でも怖い・・・怖い・・・

「当面の荷物を持って、今から出ておいで。駅まで迎えに行くから。」

回らない頭で考えた。
本当に・・・本当にいいの?
そんなことしたら、夫は壊れる・・・
仕事にも行かなくなる・・・
会社にも迷惑がかかる・・・
夫の人生を私が壊してしまう・・・

でも・・・
もうココにはいられない・・・


私は、ほんの少しの着替えをボストンバックに詰めて家を出た。
電車に乗り、主のいる街に向かった。
電車を降りて、主と待ち合わせの場所まで1km程歩く。
桜が沢山咲いていた。
初めて歩く道。
怖くて怖くてたまらなかった。
不安で不安でたまらなかった。
待ち合わせ場所に着いて、30分程ひとりで待っていた。
「私が行くまで泣いてはいけないよ。出来るね?頑張れ。」
頑張れ・・・頑張れ・・・
心の中で繰り返す。
トイレで鏡を見ると、表情が無い。
自分の顔が怖かった。

主の車が見えた。
車に乗って、主に触れた。
「頑張ったね。泣いてもいいよ。」
声を出して泣きじゃくった。
そして、やっと少し落ち着いた。


主は、どこかいつもと様子が違う私に気付き、いつ電話があっても対応出来るようにと、朝まで寝ずに待ってくれていた。
恐らく、主は恐れていた。
私が「死」を選んでしまうことを。


それから一週間、私は主の家で過ごした。
仕事にもついていき、24時間ずっと一緒に過ごした。
その間に夫も離婚することを承諾し、主との関係は大きく変わった。

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2002年09月28日(土)
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