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2011年10月06日(木)
「世界一のセールスマン」スティーブ・ジョブズ(再掲)

『iPodをつくった男』(大谷和利著・アスキー新書)より。

(現アップル社CEO・スティーブ・ジョブズが、(1985年にアップル社を追放されたあと紆余曲折を経て)1996年にアップル社に復帰した際に最初に行った「大仕事」の話)

【世間の一部で犬猿の仲と思われているマイクロソフト社のビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズは、もちろん最大のライバル同士であはあるのだが、かつては酔っぱらったゲイツがジョブズの家にイタズラ電話をかけたりしたこともある旧知の関係で、最近もウォールストリートジャーナルが主催したD5というイベントに2人並んで出演し、過去を振り返りつつも、熱く未来への展望を語っている。
 話を戻せば、ジョブズがアップル復帰後の最初の大仕事としてマイクロソフト社を訪れたとき、交渉の相手として出てきたのは、やはりゲイツだった。もはや風前の灯とも言えた当時のマックを製品として存続させるには、マイクロソフト社が次世代OS(後のマックOS X)にもオフィス製品を対応させてくれることが不可欠だった。
 開口一番、ジョブズはゲイツにこう切り出した。「ビル、君と僕とでデスクトップの100%を押さえていることになる」。ここで言う「デスクトップ」とは、パーソナルコンピューター製品のことを指す。確かにジョブズの言葉は嘘ではないが、これではあたかもウィンドウズとマックOSが五分五分の関係にあるかのように聞こえる。多少大目に見ても六分四分か、百歩譲っても七分三分が良いところだろう。しかし、当時のシェアは、ウィンドウズが97%で、マックOSは3%に過ぎなかった。
 これには、さすがのビル・ゲイツも驚いた。そして、マイクロソフト社としては、まだ普及するかどうかもわからないアップル社の次期OSにコミットする気はない、と突っぱねようとした。しかしジョブズは、さらに畳みかけるように、前にコミットしたときにはずいぶん良い思いをしたではないかと、ゲイツの痛いところを突いた。それは、ゲイツが発売前の初代マックを見て夢中になり、最初のエクセルをマックのOS向けに開発して、後のオフィス帝国を築く礎になったことを指している。
 結局、ゲイツはジョブズの要求を飲むはめとなって、こうつぶやいたのである。「彼は世界一のセールスマンだよ」。
 この会談の結果、97年にボストンで開催されたマックワールドエキスポでは、アップル社とマイクロソフト社の歴史的な提携が発表された。アップル社との関係をさらに強化するため、マイクロソフト社が同社に1億5000万ドルを出資して、議決権のない株を収得するというのだ。ジョブズのキーノート・プレゼンテーションの最中にスクリーンにゲイツの姿が現れ、会場からはブーイングも起こった。
 コンピューター業界の事情に疎い日本の大手新聞社は、この出来事を「マック白旗」といった見出しで紹介。そして他の大多数のマスコミもゴシップ的な興味で飛びつき、マイクロソフト社がアップル社を買収したとか、アップル社がマイクロソフト社の軍門に下ったような記事を書いた。だが、現実には株取得と言っても全アップル株式の5〜6%にしか相当せず、議決権もないため、買収とはほど遠い話だった。】

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 もしこのとき、ビル・ゲイツが断固としてマックのOS Xへのオフィス製品対応を拒絶すれば、確かにマックは「息の根を止められていた」かもしれません。
 あの時期に、「オフィス製品がマックでは使えない」ということになれば、ビジネスユースのマックユーザーたちの多くは、ウィンドウズに乗り換えざるをえなかったでしょうし。
 しかしながら、マイクロソフトにとっては、この時期「オフィスをマックに対応させる」ということには、あまりメリットは無かったはずなんですよね。
 シェアが圧倒的に少ないマック版は、開発費や手間のわりに大きな売り上げは見込めないでしょうし、この段階では多少の利益が出たとしても、将来のことを考えれば、いっそのことここでマックを潰したほうが、今後「マック版を開発する手間」も省けます。

 このスティーブ・ジョブズの「世界一のセールスマン伝説」を読むと、まさに「不可能を可能にした」ジョブズのすごさに圧倒されてしまうのですが、その一方で、僕はこんなことも考えてしまうのです。

 「なぜ、ビル・ゲイツは、ジョブズのこの『理不尽な要求』を受け入れることにしたのだろうか?」と。
 ジョブズがどんな素晴らしいセールストークをしたとしても、この要求が「マイクロソフト社にとってプラスになるとは思えない」ですよね。
 ということは、結局のところ、ビル・ゲイツを動かしたのは、「情」の部分だったのではないかと。もともと親交があったという2人ですし、ビル・ゲイツは以前、マックというコンピューターを手放しで賞賛していたそうですから、もしかしたら、「マックを潰したくなかった」のは、ビル・ゲイツのほうだったのではないかと僕は考えてしまうのです。
 いやまあ、もしかしたら、ジョブスは外部の人間には想像もつかないような「切り札」を出したりしていたのかもしれないけれども。ビル・ゲイツの若い頃の「失敗談」をばらすぞ、と脅していたとか(笑)。
 結局、どんな大きなビジネスでも、最後にモノを言ったのは「人と人との情」ということが少なくないのかもしれません。それが周囲に知られているかどうかはともかくとして。

 そういえば、僕もここで紹介されている提携のニュースを聞いて「マックも終わったな……」というような感慨を抱いた記憶があります。こういう、ニュースを読んだだけでわかったつもりになっていたことって、この話に限らず、今までにもたくさんあったのだろうなあ……