初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2011年04月12日(火)
長谷部誠選手が語る「カズさんがキングたる所以」

『心を整える。』(長谷部誠著・幻冬舎)より。

(長谷部選手が、プロ4年目に「カズ」こと三浦和良選手とはじめて一緒に食事をしたときのエピソード)

【カズさんはビシッとしたスーツ姿で現れた。あまりに緊張していたので、どんな店に行ったかまったく覚えていない。確か西麻布あたりのレストランだった。もちろん、すべてカズさんのセッティング。エネルギーに満ちあふれていて、17歳の年の差なんてまったく感じなかった。
 カズさんがキングたる所以は、メニュー選びのときに感じさせられた。野菜をたっぷり注文し、炭水化物はほとんど頼まない。試合の前はエネルギー源となる炭水化物を摂った方がいいけれど、普段は余計な脂肪がついてしまうからだ。やっぱりキングは違うと驚かされた。当然、デザートも食べない。
 僕はずっと聞きたいと思っていたことがいくつかあって、ここぞとばかりに矢継ぎ早に質問した。当時はまだ人見知りが激しかったけれど、さすがにカズさんの前ではモジモジしている時間がもったいなかった。
 カズさんは高1のときに単身ブラジルに渡り、さらにイタリアやクロアチアでもプレーした海外移籍の大先輩だ。当時、僕はヨーロッパリーグでプレーしたいという思いが強まっている一方で、はたして自分が通用するのかという迷いもあった。だから、素直にその気持ちを話した。するとカズさんは「絶対に行ったほうがいい。それもなるべく若いうちに行くべきだ」と言って、背中を押してくれた。同時に、生活面の不自由さやサッカー文化の違いといった海外挑戦の難しさもきちんと教えてくれた。当時はイタリア移籍の可能性もあったから、とても心強かったのを覚えている。もし、カズさんの一言がなかったら、僕は移籍のタイミングを逃してしまったかもしれない。
 それからもカズさんは定期的に声をかけてくれた。今までに計10回くらい、食事をさせていただいたと思う。ラモス瑠偉さん(現・解説者)が経営するブラジル料理店にも行ったりした。
 カズさんはみんなでご飯を食べていても、自分が決めていた時刻になったら、「じゃあ、明日練習だから」と言って帰っていく。まわりに流されず、長居はしない。やはり長く現役を続けている選手には理由があると思った。
 カズさんは今年44歳。まだまだ成長できる手ごたえがあり、そして、いまだ自分のプレーに納得していないのだと思う。僕もカズさんのようにサッカーを突きつめて、自分が納得するまで続けたい。そう思っている。】

〜〜〜〜〜〜〜

 現在(2011年4月)、ドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルクに所属している長谷部誠選手は27歳。長谷部選手は藤枝東高校卒業後に浦和レッズに入団されていますから、この「カズさんとの出会い」は、いまから5年前くらいのエピソード、ということになります。
 先日のチャリティマッチでの三浦和良選手のゴールは、試合を観ていた多くの人たちを感動させました。
 僕はリアルタイムでは観ていなかったのですが、あのゴールを決めたあとのカズダンス、そして、そのあとのカズさんの喜びと責任を果たせた安堵と、そして祈りのこもった表情は、録画で観ても十分に伝わってくるものがあったのです。
 対戦相手の日本代表チームを率いていたザッケローニ監督も、「相手にゴールを決められて嬉しかったのは、いままでのサッカー人生ではじめてだ」と述懐していました。
 カズさんが決めたからこそ、あのゴールには、大きな意味があったのでしょう。

 僕は正直、三浦和良という選手が、あまり好きじゃなかったのです。
 言動は派手だし、いつもスター選手としてちやほやされ、夜は毎日遊び歩いているようなイメージを持っていたので。
 44歳になって、ほとんどゴールを決められなくなっても現役にこだわる姿は「往生際が悪い」とも感じていたのです。人気がある「キング・カズ」のおかげで、試合に出られない選手もいるだろうに、もうそろそろ、若い選手にポジションを譲ってやれよ、と。
 いや、三浦和良選手に限らず、スポーツ選手、とくに野球とかサッカーのような人気のあるプロスポーツ選手には、そんな先入観がありました。
 でも、この長谷部選手の本を読むと、世界で活躍しているサッカー選手の多くは、厳しく自己管理をしているのだということがわかります。
 現在ドイツで活躍している長谷部選手が、ヨーロッパに移籍している日本人選手たちと「同窓会」をしたときに、アルコールを口にした選手はひとりもいなかったそうです。もちろん、みんな「絶対に酒は飲まない」というわけではないようなのですが、試合どころか、練習の前日にもアルコールは「疲れがとれなくなるから」と口にしない選手が多いとのことでした。

 この「カズさんの話」を読むと、44歳になっても現役にこだわる三浦和良選手の「キング・カズとしての矜持」が伝わってきます。
 44歳、もうあと何年現役が続けられるかわからないし、いまはもう、トップレベルの選手だとは思われていないのに、厳しい食事制限を自分に課している男。
 そして、「みんなでご飯を食べていても、自分が決めた時刻になったら帰っていく」というのを聞いて、僕は驚いてしまいました。
 これって、「簡単なこと」に思えるけれど、実際にできる人は、けっして多くないはず。
 人間関係とかその場の雰囲気を壊すことを考えると、帰りづらいですよね、やっぱり。
 楽しく食事をしていたら、「帰りたくないな」と思うこともあるだろうし。
 でも、カズさんは、「プロサッカー選手であるために」帰っていくのです。
 立場上、「カズさんだから許される」のかもしれませんが、それにしても、なかなかできることじゃありません。

 それでいて、若手に対しては、真摯なアドバイスを忘れない。

 単に「長く現役にこだわっていること」だけが、カズさんの魅力ではなく、こういう「プロとしての執念」みたいなものが、カズさんを「キング」として輝かせ続けているんですね。