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2009年10月01日(木)
「粥」「愛欲」「変」という言葉を身体に彫る人々

『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 超大国の悪夢と夢』(町山智浩著・太田出版)より。

(「粥」の刺青が目に入らぬか!」という項より)

【「粥」
 彼の二の腕にはそう刺青されていた。
 筆者が住むオークランドはヘルズ・エンジェルズ発祥の地で、今もバイカーのメッカだ。サン・パブロ通り沿いのバイカー・カフェにはハーレー・ダヴィッドソンが並び、革ジャンに全身タトゥーだらけの巨大な男たちがマシンを自慢し合っている。
 先日、娘の学校の送り迎えで、そんなバイカーと信号待ちで並んだ。チラッと横を見ると、むき出しの腕に「粥」と彫られていた、
 見間違いかと思って、よく見直したが、どう見ても「粥」。なぜ「粥」?
 こんなこともあった。アメコミ・ショップで店員の女の子が雑誌を棚に並べるためにしゃがんでいたが、背中の腰の部分に「愛欲」と書いてある。じっと見ていたら、その鼻ピアスGOTH娘が振り向いた。
「何見てるの」
「いや、その刺青、漢字だよね」
「そうよ。あなたチャイニーズかジャパニーズなら読めるでしょ。これはラブ&パッションって意味よね?」
「あ……ああ、そうだよ。うん」
 可哀想なので本当のことは言えなかった。
 アメリカで漢字のタトゥーが流行している。しかし、たいてい間違っている。

(中略)

 漢字ブームは芸能界にも飛び火して、あのブリトニー・スピアーズも、お尻に「変」と刺青した。本人は「ミステリアス、という意味よ」と言っている。まあ、たしかにブリトニーは「変」だけど。
「あなたの漢字タトゥーは間違っている!」
 中国系の学生ティアン・タンは「一知半解」と題したブログ hanzismatter.com で漢字タトゥーの添削サービスを始めた。すると次々とマヌケなタトゥーの写真が送られてきた。
 セクシーという意味だと思って「性的」と彫ったり、「根性」みたいな意味がある Blood & Guts を直訳して「血腸」。これじゃ内臓の病気みたいだ。「粥」のように中華料理のメニューを彫られてしまった例も多い。
「タトゥー業者のほとんどが漢字を知らないし、見本のカタログにもデタラメが多い」。タンは言う。
『NYタイムズ』は、自分の子どもが生まれて喜んで One Love と彫ろうとして「恋痛イ」という珍妙なタトゥーをしてしまった父親を取材している。彼は現在、病院に通ってレーザーで刺青を消している。同紙は「刺青は一生肌に残るかもしれない。自分が読めない言葉を彫る時はネイティブ・スピーカーに相談してからのほうがいい」と警告している。
 アメリカ人ってバカでー、と笑ってはいけない。ティアン・タンが漢字添削ブログを始めたのは Engrish.com というサイトに影響されたからだ。
 Engrish.comというサイト名はLとRの区別がつかない日本人をからかっている。ここには英語を使う人々が日本に観光旅行した時に町で見かけたヘンな英語の写真の数々が投稿されている。たとえば携帯用濡れティッシュの商品名 My Wet(私のお漏らし)、旅行マップの Feel Up (女性のアソコを撫で回す)、「化粧室は後方へ」という駅構内の表示に添えられた Go back toward your behind(お前の肛門に戻れ)。Tシャツにプリントされたデタラメ英語は数え上げたらキリがない。コーヒー・クリームのCreap(creepは『気持ち悪い奴』)、ポカリ・スウェット(缶入りの汗水かと思う)、カルピス(Pissは『おしっこ』)、お菓子のコロン(colonは直腸)はあまりに有名。Kinki KidsはKinky Kids(変態小僧)に聞こえるよ。
 要するにお互い様というわけだが、「日本人彼女募集中」と大きく書かれたシャツを着たガイジンを見かけても親切に意味を教えてやらないように。あれはナンパの手口で、知ってて着てるのだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 朝日新聞であれば、「刺青を入れることそのものを考えたほうがいい」とアドバイスするんじゃないかと思うのですが、アメリカでは、NYタイムズでも「「刺青は一生肌に残るかもしれない。自分が読めない言葉を彫る時はネイティブ・スピーカーに相談してからのほうがいい」と「刺青を入れるときの注意」をしてくれるんですね。

 「日本人は、外国語(とくに英語)をありがたがって、意味もよくわかっていないのに使いすぎる」という批判はよく耳にします。僕も長年「そうだよなあ」と感じていたのですが、これを読んでみると、「外国の言葉に憧れる傾向」というのは、日本人特有のものではないようです。
 そういえば、僕がアメリカに行ったときも、ヘンな漢字のTシャツを着ているアメリカ人がけっこういたものなあ。
 そもそも、アルファベットで生活しているアメリカ人の大部分にとって、漢字というのはあまりに複雑すぎるみたいです。アメリカでカードを使ったときに、店員さんが僕の名前を真似して書いた漢字は、あまりに前衛的というか、象形文字に近いものでした。でも、その店員さんは、「これでOKだね!」とか平然と言っているんですよ。これだと、偽物のサインでも、とにかく漢字らしく見えればいいんじゃないだろうかと、ものすごく不安になりました。

 「Bitch」とか「Fuck」とか書いてあるTシャツを着ている日本人もたくさんいるので、あまりバカにはできないのでしょうが、それでも、「一生残るかもしれない刺青」を、その言葉の意味をよく知らないまま入れてしまうというのはけっこう凄い。「粥」とか「血腸」とかだと、それはそれで「ミステリアス」かもしれませんし、ブリトニーのお尻に「変」というのも、それはそれで悪くないような気もしますけど、本人が想定していた意味とあまりに違うというのは、やはり悲劇だとしか言いようがありません。

 ここで紹介されている日本の商品名も、なかなか味わい深いというか、事前にチェックしなかったのか?と言いたくなります。実際のところ、「コロン」は、大腸のcolonとはスぺル違いのcollonですし(たぶん、英語圏の人にとっては、「ものすごく似た言葉」なのでしょうけど)、ポカリ・スウェットというのも「汗水」というニュアンスそのものは、清潔感はないけれど、メーカー側の意図とそんなに外れてはいないようにも思えますが、英語圏の人からみれば噴飯ものなんだろうなあ。駅で、「お前の肛門に戻れ」なんて見つけたら、そりゃあもう即座にデジカメで撮影して、ブログにアップしたくもなるでしょう。

 とりあえず、外国語で刺青を入れるときには、注意が必要なのは間違いないようです。もっとも、日本語で、「○○命!」なんて入れてしまって、その恋人と別れたあと、刺青を消すために苦労するなんていうのは、それ以前の問題なのだけれど。