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2009年07月12日(日) ■
「著者の方って、アマゾンのレビューでついた1つ星をすごく気にする人が多いんです」

『TVBros。 2009年13号』(東京ニュース通信社)の記事「『ウェブはバカと暇人のもの』著者と編集者がネットと自身を丸裸!〜赤裸々全裸対談」より。

(『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)の著者・中川淳一郎さんと光文社新書の編集者:柿内芳文さんの対談記事です。中川さんは、以前『TVBros。』の編集者として活躍されていたそうです)

【柿内芳文:最近、デキ婚した友人の話なんですが、彼は子供の名前は普通がいいって言うんです。ネット社会で匿名性が保てなくなるからって。

――それはなんだかひどい話ですね。

中川淳一郎:名字が”鈴木”だったら”一朗”にしろと。そうすればマリナーズのイチローが代わりに引っかかってくれる。なんで自分の名前を捨てなくちゃいけないのか? 本来自由だと思っていたネットが、これほどまでに不自由なものになるとは!

(中略)

中川:自分がもし毎日セックスしていて、年収が高くて忙しかったら、ブログだの書き込みだの誹謗中傷だのはしない。現に今、俺はモテモテだし年収も高いから…

――ブログをやっていないんですね。

中川:そう。タレントは、たとえば新婚アイドルだったら、毎日作った料理をアップしていたらママドルとしての仕事が来るかもしれない。芸能人は自分の経験が金になるからね。でもそれと同じことを一般人がやってどうなのか?

柿内:そうだ!

中川:お前らが盛り上がるのは”草��ネタ”だろ!? 結局、テレビが作った情報だ!

柿内:テレビで話題になると、2ちゃんねるにすぐスレッドが乱立します。なんだかんだ今でもテレビなんです!

(中略)

中川:暇つぶしとしてネットをやっているだけならいい。ただ、ネットがプロの価値をおとしめているのが許せない。プロが書いたものに対して「俺もできる」とか「そんなの前から知ってた」とか言うな! じゃあお前書けよ!

柿内:その通り!

中川:そしてプロはいちいちネットでの評価を気にすんな!

柿内:著者の方って、アマゾンのレビューでついた1つ星をすごく気にする人が多いんです。ネットがあることによってスル―できなくなった。

中川:本来、目に見えてなかった戯言が、ネットによって簡単に見えてしまうようになってしまったからね。

柿内:僕も編集者になりたての頃は検索ばっかりしていましたけど、今は真に受けなくなりました。いい評価だけを見ればいいんだと思います。

中川:”テレビブロス”スペース”おもしろい”とか”最高”とかで検索すればいいんだ。いちいち客の反応に振り回される必要はない。

柿内:とあるコンビニ店長から聞いた話ですが、ある客から「おでんを買って車に乗ったら、おでんがこぼれてしまった。土下座して謝れ!」って言われたんですって。

――すごい言いがかりですね。

柿内:それでその店長は土下座しちゃったんです。僕が「よく土下座なんてできるなあ」って言ったら、店長は「土下座で済むなら…」って言ったんです。一回そういう風になるともう麻痺しちゃう。

中川:いい加減、日本人は三波春夫とスマップの呪縛から解き放たれるべきだ。もっと謙虚になれ! そして、いいサービスには自信を持て! 作り手はもっとプライドを持て!】

参考リンク:『ウェブはバカと暇人のもの』(琥珀色の戯言)

〜〜〜〜〜〜〜

 中川さんと柿内さんが全裸(もちろん局所は隠されていますが)の写真入りで登場している、この異色の対談記事。『ネットはバカと暇人のもの』も既読でしたので、興味深く読みました。この対談の内容も、その新書の内容の焼き直し的な部分が多かったのですけどね。

 『ウェブはバカと暇人のもの』なんて扇情的なタイトルを目の前にすると、ネット大好き人間である僕は、憤りを感じずにはいられないのですが、実際にここで2人が語っていることは、「ネット社会の一面の真実」ではありそうです。
 「検索避け」のために、有名人と同じ名前をつけろ、なんていうのはさすがに乱暴だし、「有名人と同姓同名」っていうのもけっこうストレスになりそうですが。
 僕の知り合いに、某イケメン若手俳優と同姓同名の男がいるのですが、彼は、病院や銀行で名前を呼ばれるたびに周囲からの視線を感じ、自分の姿を確認されたのちに、「そりゃ、あの人がここにいるわけないか……」という失望に満ちた顔をされるのがイヤでイヤでたまらないそうです。
 こればっかりは、親が名づけた時点では存在しなかった同姓同名の有名人がいきなり登場することもあるので、どうしようもないのですが。

 いわゆる”DQNネーム”の子供たちも、将来ネットを使うようになって自分の名前を検索してみたら(誰でも一度はやりますよね)、「○○(自分の名前)っていうDQNな名前をつけた親がいる!」なんて書かれている、ということが十分に予想されるわけです。それって、どんな気分なのだろうか?

 ウェブ日記や個人サイトが流行りはじめた時期は、「ブログで友達を作る!」とか「お金を稼ぐ!」なんて見出しを雑誌でよく見かけたものです。
 ところが、最近はそういう記事を目にする機会はほとんどありません。
 ブログがそんなに目新しくなくなった、というのも大きな理由なのでしょうが、「無名の人がブログを書いても、行きつく先は、無名のまま埋もれていくか(こちらが大多数)、派手に炎上するかのいずれかしかない」ということが実感されてきたのも事実だと思います。

 ネットって、やたらと「否定したがる人」が多いような気がします。
 専門家が書いた内容については、厳しいチェックが加えられ、「プロのくせにこんなことも知らないのか?」「そんな当たり前のことをわざわざ書くな!」という罵声が浴びせられるわりに、「見返り」は少ない。
 挙げ足をとることに専念している「名無しさん」は、文字通り「失う名前もない」ので、勝手な思い込みで他人を罵倒しても、(責める価値もないため)誰からも責められません。
 なんらかの理由で名前を売りたい人や、初期からネットにいて、「既得権益」を持っている人以外には、「リスクばかりが目立つ」のが現状です。
 いまや、mixiに「友人のみ」に書いた内容でもさらされ、叩かれてしまう世の中。
 Amazonの「1つ星」なんて、ネット以前には、著者にそんな感想が届くことはなかったはずです。面白い本の著者に感動を伝えたいという気持ちで手紙を書くことはあっても、つまらない本の著者にわざわざ文句を言うために手紙を書くというのは「面倒で、割に合わない」ものですし。
 現代の作家には、昔よりも「バッシングへの耐性」が要求されるはず。

 本当に怒ってもいないのに、「あいつは最近調子に乗っているから…」と言いがかりをつけて「炎上」させようとするネットイナゴたちと、本当は自分が悪いと思っているわけでもないのに、謝るポーズをしてみせるブロガーたち。
 最近は、「何が本当に謝るべきことなのか?」が、どんどんわからなくなってきています。

 そういう「閉塞感」が、いまのウェブをつまらなくもしているし、日頃目にしている「叩かれている人たちのむごい姿」が、明らかな言いがかりに対しても「土下座で済むなら…」という発想につながっていくのでしょう。

 発信する側も、受信する側も、なんだかちょっと麻痺してしまっているのが、いまのウェブなのかな、と僕は思います。
 ウェブくらいは、バカと暇人のための「最後の砦」であってもいいのかもしれないけれども。