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2009年05月11日(月)
ゲッツ板谷さんのお母さんの「息子には伝えなかった遺言」

『やっぱし板谷バカ三代』(ゲッツ板谷著・角川書店)より。

【オフクロの葬式の翌日、なじみのキャームが夕方頃ウチに来て、次のようなことを打ち明けてきた。
 板谷家の人間がいない時でもウチのオフクロの見舞いに来ていたキャームは、オフクロが死ぬ3週間前に彼女からこんなことを相談されていたらしいのだ。それは、『ワルボロ』というのはうちの息子の半自伝的な小説だが、それが本ならまだしも映画になるんだったら、登場人物のヤッコとか小佐野くんには一言断っておく必要があるのではないか?……ということだった。
「で、俺が電話しといたよ、奴らんところに」
「えっ………」
「だから、コーちゃん(オレ)も何日かしたら、ヤッコとか小佐野なんかには電話しといた方がいいぞ」
「……あ、ああ」
 そう、うちのオフクロは映画の『ワルボロ』に喜ぶどころか、イロイロなことで心配になり、そのことをオレに内緒でキャームに相談していたのである。
「うっ……うううううううっ」
 気がつくと、オレはまた泣いていた。そう、本を何冊も出し、たまには新聞にも載るようになって、それでオフクロを喜ばすことができるようになったとイイ気になっていたが、結局オレは最後の最後までオフクロを心配させるガキだったのだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 板谷さんのお母さんが亡くなられたのは2006年の12月。7年間にわたる闘病の末のことでした。67歳というのは、現在の平均寿命を考えると、早すぎる印象です。

 昨日は母の日だったので、僕も自分の母親のことをいろいろ思い出していました。何かにつけて、息子のことをいちばん喜んでくれた記憶がある一方で、いちばん心配してくれていた(ときには、あまりの「心配性」にあきれてしまうくらい)のも母親だった記憶があります。

 作家として売れっ子になり、自分が書いた小説が映画化されることで、「親を喜ばせることができる」と考えていたゲッツ板谷さんの気持ちはよくわかります。このエッセイ集のなかには、病床のお母さんに、なんとか『ワルボロ』を見せてあげようとする板谷さんの苦労も描かれていますし。

 でも、お母さんは、もちろん喜んでいたのでしょうが、その一方で、「映画という多くの人の目に触れるメディアで息子が誰かを傷つけてしまうのではないか」と心配されていたんですね。
 たしかに、柳美里さんの『石に泳ぐ魚』という「自伝的小説」でモデルになった人物が裁判を起こしたケースのように、「自分のことをネタにされる」のを歓迎する人ばかりではありません。
 「昔は友達だった」としても、「自分の恥ずかしい話を書いてベストセラーで大儲け」した友人がいれば、不快になってもおかしくありません。

 亡くなられる3週間前、ということですから、おそらく、板谷さんのお母さんも、自分があとどのくらい生きられるかはある程度わかっておられたのではないでしょうか。
 これは、作家として生きている息子への、お母さんの「遺言」なのかもしれないな、と僕は思います。
 それを頼める「友人」キャームという人がいたのは、とても幸運なことだったはず。

 「お母さん」っていうのは、息子にとっては、本当におせっかいな存在。
 でも、お母さんがいなくなってはじめて、あんなに自分のことを心配してくれた人はいなかった、ということが、僕にもわかるようになりました。