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2006年06月13日(火)
「ごくろうさまです」「おつかれさまです」問題

「日本語必笑講座」(清水義範著・講談社文庫)より。

【つまり、今我々は、古くからの敬語の形がガラガラと音を立てて崩れていく時代に生きているのだ。こういう時代は、昔のルールをちゃんと知っている人にとってはなげかわしく、知らない人は時として大恥をかく、という過渡期である。もうしばらくすればある線に落ちついてくるのだろうが。
 そういうことがわかりやすい例が「ご苦労様です」だ。課長が先に会社から帰る時、ヒラ社員がその課長に対して「ご苦労様でした」と言ってよいだろうか、悪いだろうか。
 昔からのルールでは、それはペケである。「ご苦労様」というのはねぎらいのことばであり、目下が目上をねぎらってはいけないのだ。
 お経をあげたお坊さんや、頼まれ仲人をしてくれた上司に対して「ご苦労様」はとんでもない。目上の方というのはそのぐらいのことはたやすくやってしまい、少しも苦労ではない、というのがこのことの論理である。
 そして、「ご苦労様」は、中流以上の家庭で使用人に対してよく言ったことばでもある。
 お坊さんや上司には「ありがとうございました」である。
 ところが調査してみると、かなりの高齢者でも、この「ご苦労様」を不快に思うのは30%ぐらいで、気持のいいことばだと感じる人の方が多いのである。
 もともとのルールはそうであっても、変わってきてしまっている、わけだ。
 部長が出張から帰ってきたら、入社一年目の社員が「ご苦労さまです」と言う時代になっているわけであり、それで不快じゃないなら私が騒ぎたてることもないのだ。ことばは変っていくのだから。】

(上に引用した清水さんの文章への読者の反応に対して)

【ひょっとしたら来るんじゃないかなあ、と思っていたら、やっぱり来た。前回のこの新聞で、敬語のことを取り上げたその反響である。
 特に、目上の人に「ご苦労様」と言っていいのだろうかという論考に、どどっと手紙が来た。
 実は、この問題は以前にNHKの「ことばてれび」という番組に出ていた時にも取り上げたことがあり、その時も、放送に対して視聴者から大反響があり、次の回でもう一度取り上げなければならなかったのだ。ひっかかる人が非常に多いテーマなのである。
 目上にだって「ご苦労様」と言っていいではないか、という主張が多い。「ご苦労様でございました」と丁寧に言えば立派な敬語だ、という指摘もある。
 毎日新聞”編集室から”に書いてあった「お疲れ様」のどこがいけないか、と言う人もいる。上司が先に帰る時に「ありがとうございました」では意味が通じない。「お疲れ様」は心のこもった敬語だ、と。
 もちろん、「目上をねぎらってはいけない説に同意だ、というお便りもある。先に帰る上司には「お気をつけて」と言うのがいという提案もあった。
 大いに意見の分かれる問題なのだ。それが現時点での実情である。
 私は個人的には、なるべく目上の人には「ご苦労様」を言わないようにしている。だがそれをひとに強制するつもりはない。
 実は私は敬語というものが、嫌いでもあり、好きでもあるのだ。人と人との間に身分の上下をつけるという点では、あまりいいものではないなと思う。しかし人間は社会的動物で、現にそういうことがある。その時にことばによってそれを微妙にあらわすその細やかさはとても面白いと思うのだ。そういう絶妙さが文化というものなんだろう。
 敬語問題で大いに反響が寄せられるということ自体を、私は豊かで素敵なことだと感じている。】

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 僕がいままで働いてきた病院という職場では、「おつかれさまでした」が使われることが多いです。でも、確かに「ご苦労様」という言葉には、「目上の人が目下の人の労をねぎらう」というような語感がありましたので、僕自身は目上の人には使いません。僕の周りの人も、偉い人に「ご苦労様」って言う人はいないような気がしますし。もしかしたら、時代劇の武将の「苦労であったな」みたいなのをイメージしてしまうからなのかもしれませんが。
 そして、あまり自分の職場で「目下の人」というのがいるような気もしないので、ほとんど使うことのない言葉ではあるんですよね。

 しかしながら、この「ご苦労様でした」は、目上、目下に関係なく、ごく一般的な挨拶の言葉になってきているのは間違いないようです。ここで清水さんが書かれているように、高齢者でも不快に感じる人が30%しかいないそうですから、僕たちのような30〜40代にとっては、「不快に感じる人のほうがおかしい」くらいなのかもしれません。
 現代では、逆に、10代の人に「ご苦労様でした」なんて言われたら「礼儀正しい子供だなあ」なんて感心してしまいそうなくらいです。
 それでも、「気になる人は、やっぱり気になる」のも事実で、僕も正直、言われてカチンと来ることがなくはないのです。

 では、「お疲れ様でした」なら良いのかというと、実は、これも違うみたいなものです。まあ、「ご苦労様でした」がダメな理由が【目上の方というのはそのぐらいのことはたやすくやってしまい、少しも苦労ではない】であるならば、同じように、「目上の方は、そのぐらいのことでは、少しも『お疲れ』ではない」ということになるでしょうから。

 先日、あるラジオ番組で、高名な日本語学者の金田一秀穂先生が、この問題についてコメントしておられたのですが、先生によると、【言葉で返すのではなくお辞儀・会釈がいい】ということでした。
 なるほど、その手があったか…という感じではあるのですが、その一方で、上司は声だけかけてサッと通り過ぎてしまってこちらに目もくれないかもしれないし、相手がそういうことを理解してくれるような人でないと、礼儀としては正しくても、かえって伝わりにくいのではないかなあ、とも思うのですけどね。
 みんなが「お疲れ様でした!」って言い合っている職場で、この「正しい挨拶」をやると、かえって浮きまくってしまいそうだしなあ。