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2005年07月22日(金)
「…こっちはもっと悲惨でした」

「失踪日記」(吾妻ひでお著:イースト・プレス)より。

(巻末の吾妻さんと、とり・みきさんとの対談の一部です。)

【とり:描かれている内容は十分悲惨なのに、あんまりそういうふうに見えない。その微妙な距離の取り方が、読んでいてすごく面白くて。すごいぶっちゃけた話をしますと、往年のガロ系の漫画家の方で、一回”向こう側”に行って戻ってきた方々が、やはり何人かいらっしゃいますけど、そういう方々の作品って……やっぱりどこか、まだちょっとおかしいじゃないですか(笑)。またそれが面白さになってはいるんですけれど。吾妻さんの漫画は、視点が昔と変わらずクールなんですよね。そこは相変わらずというか、コントロールされてる感じ。自分を冷静に、ギャグの対象として見ている感じがあって。

吾妻:自分を第三者の視点で見るのはお笑いの基本ですからね。

とり:失踪している最中も、そんなふうに客観的に見られてました?

吾妻:いやぁ、そんな考えるどころじゃなかった(笑)。寒さとかね、ほんとに死ぬかと思った(笑)。一週間眠れないんだから。……失踪から帰ってきてから、これネタにしようかなぁと思って、「寒くて死にそうだった」とかノートに書き出してたんだ。でも翌朝見たら、そこに奥さんが「…こっちはもっと悲惨でした」って書き足してあった。

(一同爆笑)

吾妻:そりゃ家庭はぐちゃぐちゃですよ。だからこの原稿描いて、仕上げを奥さんに頼むときもすごいドキドキするんです。能天気に描いてあるから、また怒られるんじゃないかと思って(笑)。】

〜〜〜〜〜〜〜

 【(一同爆笑)】って、それは本当に笑っていいところなのか!と思ってしまうのですが、まあ、確かに笑うしかないというかなんというか。
 ちなみに、吾妻さんの奥さんは、漫画家・吾妻ひでおのアシスタントもされているので(結婚前からアシスタントをされていたのかは不明なのですが)、「漫画家」という仕事の辛さをともに味わってこられた方です。
 だからこそ、「失踪」とか「アルコール依存症」というようなトラブルの数々があっても、吾妻さんを支え続けてこられたんでしょうけど。
 でも、この漫画で、けっこう飄々と「失踪生活」を送っておられるようにも見える吾妻さんの原稿を仕上げながら、奥さんは、いったい何を思っていたのでしょうか。「こんなに面白く描けるなんて、やっぱり才能あるなあ」と感心していたのでしょうか。それとも、「失踪した側は、それなりに『自由になれた』のかもしれないけど、失踪された側は、いなくなった人への心配な気持ちと現実に対応しなければならないあわただしさで追い詰められていたのに、お気楽なものね!」と内心怒りに燃えていたのかな。いずれにしても、その失踪時の残された人たちの心境は、「もっと悲惨」だったのではないかと思うのです。
 いなくなった人を「勝ってに失踪しやがって!」と一方的に責められるようなメンタリティの人はまだマシかもしれないけど、大部分の人は、「いなくなってしまった原因」が自分にあるのではないか?なんていう自責の念にかられたりもすることもあるでしょうし。
 しかしまあ、こうやって「失踪した側」の話は「視点がクールで面白い」なんて言われている一方で、「失踪された側」の話というのは、ほとんど描かれることはないのです。【「…こっちはもっと悲惨でした」】という奥さんの「コメント」は、本当に切実なものですよね。
 もっとも、この漫画の場合は、「話が悲惨になりすぎないように」という吾妻さんのポリシーに基づくものなのでしょうけど。

 ちなみに、吾妻さんによると、家に戻ってみたら、こんな「変化」がみられていたそうです。【マンガには描かなかったけど、一回目(の失踪)の時は、帰ってみたら家が改築されてました(笑)。なんでやねん、ですよ。俺の仕事場が潰されて、玄関になってたんですよ。よっぽど腹が立ったんでしょうね。もともと玄関だったところはただの踊り場みたいになっていて……玄関を広くしたかったんでしょうね(笑)。】
 確かに、その「変化」に秘められた「奥さんの気持ち」っていうのは、かなり怖い!「帰ってきてほしいから、玄関を広くしたのか、忘れたかったから、家を改築したのか……